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51話 亜人たちの集い

「主様はなぜレストの傭兵なんかを従えておられるのかしら。それに人間を守るだなんて」


 不平不満の覚めやらぬレイチェルはいつまでも同じようなことばかり口にする。その場にはルシャやアステールなどの亜人組たちが集まり、彼らの主やレストの傭兵はいなかった。


 赤の魔帝の娘ルシャ、穏健派のまとめ役アステール、主戦派からの使者であるレイチェル、そして自由都市の住民のラナがいた。いろいろと込み入った話にもなりかねないため人払いをしていた。


「レイチェル様。マスターにはマスターのお考えがあるんですよ」


 レイチェルは口を挟んだルシャをギロリと睨みつけた。凍りつくほど冷徹な瞳だ。


「赤の魔帝の使いっ走りは引っ込んでなさい。あなたは関係ない」


 強い視線を受けたルシャは動じずに誇らしげに言葉を返した。


「私はマスターの弟子です。関係はあります」


「今なんと?」


「一番弟子にしてもらいました」


 レイチェルはおおうと驚きに口を大きく開いた。


「こんなぽっと出の小娘が弟子ぃいいいいいい!?」


 気品をかなぐり捨ててレイチェルは悲鳴を上げた。


「ルシャ、前々から気に食わなかったのよ。私と勝負しなさい!」


「レイちゃん。無駄な争いはやめましょう。マスターも喜びませんよ」


「誰がレイちゃんよ!」


 喧嘩に発展しかねないと見かねてラナが二人を止めに入る。何となく場違いかなとラナは思いつつも少しでも周りの役に立とうと、話し合いに加わっていたのだ。


「あ、あの。落ち着いてください」


 レイチェルはその何気ない態度のラナを見て、ぴしりと固まった。そして世にも恐ろしい強大な敵と遭遇したような絶望的な顔をした。主にその胸元を観察してだが。


「あなたは!? あなたは主様の何なの!」


「ラナさんはマスターの愛人です」


「る、ルシャちゃん。それはだからちょっと語弊がね」


「あ、愛人」


 レイチェルは衝撃のあまりふらふらとよろめく。立て続けの新情報の連打を受けてグロッキー寸前の状態だった。しかしやにわに立ち直り、きっとラナを睨みつけた。


「これね。このおっぱいが主様を誑かしたのね」


 そしてラナの後ろから襲いかかり胸元をむんずと掴んだ。


「ひ!」


 突如の出来事にラナは足元から頭まで、ついでに猫の耳までビビビと震え上がらせた。そんなラナに追撃として、レイチェルはそのまま好き放題、胸元ををわしわしと揉みしだいた。


「このこの! 黒猫のくせに巨乳なんて卑怯よ!」


「ひや、や、やめてくださあい」


 ラナが涙目になって助けを求めると、


「やめんか」


 ぱかんとアステールはレイチェルの頭を叩いた。両手で頭を押さえながらもレイチェルの勢いは止まらない。


「あ、アステールはいいの? だって主様の愛人なんだって!」


「む。い、いや。それに確かに初耳だったが。だが実際はそういうものではない」


 アステールは軽く咳ばらいをして動揺を隠して言った。


「なに悠長なこと言ってるのよ! もう最後までしちゃってるかもよ! うかうかしてると正妻の座を取られちゃうわよ!」


 レイチェルの絶叫が響き渡ると、ルシャはきょとんとした。


「最後ってなんです?」


「あ、あれよ。えーっと。ほらあれよ。夜に男女でする激しい運動」


 大変オブラートに包んだ表現で伝えると、ラナはぶんぶんと横に首を振る。レイチェルがホッとしたのもつかの間。しかしルシャは……。


「しました」


「え?」


 レイチェルの口から凍りついた声が出た。


「へ、へえ。ふーん。ほ、本当ならどんな感じだったか言えるわよね。まあ、しょせんは強がりで言ったつまらない嘘でしょうけどね。おほほ」


 うーんと、と唇に指を当ててルシャは唸った。


「あの時のマスター凄く激しくて、いつもよりちょっと怖かったですけど」


 わずかな不安を思い出したように両指を絡めた。


「でも大丈夫かって何度も聞いてくれたんです。辛くないかって。やっぱり凄く優しくて」

 

 瞳を閉じながらわずかに頬を紅潮させる。 


「幸せな時間でした」


 とろけるような表情はまさしく、情事を思い返しているようにしか見えなくて。


「うううううう!」


 レイチェルは野生の獣のような唸り声をあげた。


「なんでなんで! ルシャはいいのに何で私は駄目なの!」


 レイチェルは敗北感につかれて脱兎のごとく逃げ出した。


「私も主様に愛してもらいたい!」


 乙女の悲痛な叫び声が都市に轟き。

 なんだなんだと住民たちに騒ぎを起こしたのだった。


 ◇◇◇◇◇◇


 時刻は夜更け、バシン、バシンと乾いた竹が弾ける音が響いていた。ルシャは己の師匠に向かって一心不乱に竹刀を振るっていたのだ。約束通り稽古をつけてもらえることになった。しかし何度かめの打ち合いだというのに、ほとんど手も足も出ていなかった。


 だが守勢に回って耐えていたところに、とうとう師匠の攻撃の中に隙が見えた。攻勢に回ろうと気持ちを切り替える、その一瞬の隙をつかれ、手の中にあった竹刀がもぎ取られていた弾けて飛んで行った。


「つあ」


 反動でたたらを踏んで尻餅をつく。その眼前へと竹刀が突きつけられた。見せた隙など最初から誘い、フェイントにすぎなかったのだ。


「ここまでだな」


「はい。ありがとうございました」


 稽古にお礼を告げて立ち上がる。


「マスター。強いです。全然当たりません」


 世界最強の魔術師であることは知っていたが、まさか剣技でもここまでの差があったのかと、自信を失う気持ちと師匠の凄さを再認識するような事態だった。

 

 だがなんてことないように彼は答えた。


「そりゃ当たり前だ。ルシャに俺を倒す気がないからな」


「そ、そんなこと」


 言葉につまる。ルシャは本気の本気でやっているつもりだったのだから。


「もう1回やってみな」


 と竹刀を放って投げられた。


 もう師匠の前で無様はさらせない。気力を充填させたルシャは鋭い呼気とともにこの日一番とも言える一撃を振り下ろした。今までは完全に見切られ、ここから反撃がやってくるのだが。


 躱さない──このままでは当ってしまう。どうして? と疑問に思う前に心が咄嗟にブレーキをかけた。脱力して身体に触れる寸前でぴたりと竹刀を止めた。


「ほらな」


「え?」


 こうなるのが分かっていたという表情と言葉だった。


「優しさが君の弱点だ。無意識にいつも手を抜いてるな」


 はっきりと告げられて愕然とする。


「やっぱり私ダメダメです」


 ルシャは座り込んで頭を抱えた。


「こんな間抜けな悪党どこにもいません」


 世界一の師匠に教えを乞うているというのに、なんと駄目な弟子なのか。そんな自責の念でルシャの胸の中はいっぱいになっていた。


「俺はそのままでもいいと思うがな。それは弱点でもあるが、いいところでもある」


「いいんですか?」


 みながそのままでは駄目だと言っていた。父からずっとそうするべきだと教えられてきた。それなのに初めてそのままでもいいと言われた。


「君みたいに生きていける子は貴重だ。こんな世界で悪党になりたいなんて間抜けなことを言うような子はな」


 師匠の言葉はよく分からなかった。ただ馬鹿にされたわけでないことは分かった。彼が優し気な笑みを浮かべていたから。


「答えは簡単だ。誰よりも強くなればいい。例え手を抜いていても圧倒できるぐらいにな」


 それは史上最強になれというのに等しいほどの言葉だった。


「そしたらかっこ良くないか?」


「は、はい! 凄くかっこいいです!」


 だがそれを簡単に言ってのけてしまう。この人のもとで学べばそうなれるのではないか、そんなほのかな期待すら持たせてくれる。希望がふつふつと心の中でわき上がった。いろいろな可能性を与えてくれる。彼はルシャにとって世界一の師匠だった。


「ありがとうございます! マスター!」


 感極まったルシャは師匠に飛び付いた。


「おい。ひっつくな」


 と言いながらも優しく頭を撫でてくれる。


 直に会うまではもっと怖い人だと思っていた。ルシャにしても一大決心しての弟子入りだったのだ。しかし、聞いていた噂は全然出鱈目だった。


 ──こんな幸せな時がいつまでも続いてくれたらいいのにな。


 ルシャはそう願うのだった。


 ◇◇◇◇◇◇


「ということがありました」


 そうルシャは締めくくった。先ほどのレイチェルとの話の詳細を聞かれて説明していたのだった。


「そっか。そうだよね」


 納得したと、ラナは何度も頷いた。


「あれ。今ラナさん。なんかホッとしました?」


「ええぇ。し、してないよ」


 ラナは声を裏返して両手を振った。そこでアステールは、はっはっはと愉快そうに笑う。


「ま、そんなところだろうと思ってたさ」


「他に何だと思ったんですか?」


「え。い、いや」


 ルシャのきょとんとした質問にアステールはさすがに凍りついた。



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