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44話 戦い

今日はもう1話あげると思います

俺は一気に都市結界から飛び出して蝕害の群れの中に飛び込んだ。


無数の蝕害が周囲から襲いかかる、一見無謀、死ににいくような行為だ。しかし襲いかかる蝕害は首が落され腕が落され足が切り裂かれ、乱舞する剣によって細切れにされていった。


 刃を振るうたびに黒い体液が噴出し、剣を濡らし頬に飛び散った。蝕害を倒すには2つ、再生を上回る速さで細切れにするか、一撃で木っ端みじんに吹き飛ばすかだ。


 俺は前者を選択し、それを実行している。俺に近づく蝕害たちはただの黒い水へと戻っていった。


 俺が全力で戦える相手というのは珍しいものだ。


 久しぶりに本気の力を引き出して戦いに臨んでいた。巨人の蝕害を両断し、獅子の首を切り落とし、龍の喉元をかき切った。周りの負担を軽くするためにも一人突出して蝕害を薙ぎ払っていった。


「なんだ。あれ」


「ば、化物かよ」


 人間の兵士たちから驚愕の言葉がもれる。


「さすがは主様だ。なんたる力」


 亜人たちからは恍惚とした賛辞が。

 俺はそんな中でただ無心に戦い続けていた。




 しばらく戦いが続き、俺は敵の圧力の強い場所のカバーに回るため都市結界の内部まで下がっていた。先ほどまでいた場所はかなり押し返した。魔術隊も動きを連動させて、攻撃を加えてくれたためだ。


 このまま行けるか、そんな希望が多くの者に宿りかけた。

 俺もそう考えた時のことだ。


「ぐああああああああああああ!」


 一人の人間の兵士が蝕害に押し倒されて苦痛の叫びをあげた。


 すぐに俺はその蝕害に鋭く剣を突き立てる。そして一気に体中のマナを剣先に集めて爆発させた。蝕害の身体の中で渦巻いたそれは内側からその身を爆散させた。気功術の応用『爆裂功』という技だ。主に拳打で使うそれを、対蝕害用に改良したものだった。


 兵士は右腕を血まみれにして剣を取り落していた。

 それでも戦う意思を見せるが。


「無理せず下がれ」


「っ。か、感謝します!」


 やはり人間にも亜人にも疲れが見え始めていた。襲い来る化け物どもと終わりが見えない戦いは精神力から削っていく。わずかに味方に動揺が広がった。戦場は生き物だ、こういう感情はさざ波のようにどこまでも広がっていくことがある。


 ──立て直すか。


 乱れかけた戦線を維持するため、極限まで剣にマナを乗せて、一気に振りぬく。それは空で形を成しいく、剣線をそのままマナによって体現した飛ぶ斬撃だ。


 気功術の応用『一閃』である。


 アステールに命をわけられ残虐王の恩寵量によって裏打ちされた一撃は目の前の数十の蝕害を真っ二つにと両断した。しかしこれでは蝕害は死なないと分かっている、だが再生の時間稼ぎになれば十分だった。


 大地を蹴り、たんたん、と城壁の段差を蹴って上に登った。そして「頼む」とルシャの顔を見つけて言うと、彼女は「はい」と青い顔をしながら答えた。ルシャは目を閉じて深呼吸する。


「炎の加護を」


 謳うように唱えると城壁の弓兵が構える矢じりに一斉に炎が宿った。


「放て!」


 号令で無数の弓矢が空を飛ぶ。俺が切り裂いた蝕害たちの身体に突き刺さると、頼りなくも感じられた火はあっという間に蝕害の身体を包み燃やし尽くした。人間たちから大きな歓声があがり、士気も多少は持ち直した。確かに奇跡のような力だろう。こんな戦場でもルシャは人に希望を与えることができた。


 俺は一息ついて、


「状況はどうだ」


 指揮に専念していたアステールに問いかける。


「身体が小さくなっていってる。いずれ打ち止めはくるが……場所が悪いな。本体を隔離するか、やつごと一気にやらないと、いつまでも周囲から命を吸い続けてしまう」


 明らかに分体である大蝕害の身体の容量は減っていっている。しかしまだ半分にもなっていない。これと同じ状況を倍以上続けるというのは、守りの崩壊の危険を示していた。


「負傷したら下がって治療しろ! 無茶はするな! 都市に入り込む敵を優先しろ!」


 アステールの指示がこだまする。徐々に負傷者も現れている。このままでは犠牲は少なくないだろう。


 残虐王を倒し個人としては最強の称号を手に入れた俺も専門は一対一だ。単独では全てを殺し尽くすには時間がかかり過ぎる。大きな戦争においてはいつも魔術師の数や質が勝敗を分けてきた。大群に効果的な能力を持つのはやはり魔術士だ。


「マスター」


 ルシャが心配げに俺を呼んだ。周囲に流れる血に恐れと不安を抱いているのだろう。


 考えが甘かったか。今までの俺は自分の命を好きに使ってきた。しかし、ここで流される全ての血は俺の決断によって生じたものだ。他人の命を背負うということ、それがいかに重いのか、思い知らされたようだった。


 だが守ると誓った人々に血を流させ、苦悩させることなど許せはしなかった。


 しばし目を瞑る。戦場にては致命的な行為だった。

 それでも必要なことだと感じた。


「残虐王」


 自分の言葉が心の奥底にまで浸みこんだ。


「お前の罪を受け入れる。力を貸せ」


 その瞬間、頭の中で情報が弾けた。

 彼の記憶、彼の力、全てではないがその一部が。


「待っていたぞ。エル・デ・ラント。これで我々は真に一蓮托生。運命共同体だ」


 どこからか聞こえた声はひどく愉快気だった。


 ◇◇◇◇◇◇


 アステールは他を威圧するほどのマナの波動をまとい中空へと飛び立った王を眺めていた。それは紛れもない記憶に残るかつての主の魔術だった。


 戦場にて単機、威風堂々と佇むその姿はまさに。亜人にとっては希望の、人間にとっては恐怖の代名詞。それを誰もが希望として抱く日が来ることはあるのだろうか。


 アステールはどうか、そうあって欲しい思うのだ。


 風がそよぎアステールの髪を揺らした。


「かの人の力を受け継いだあなたならば、倒せるはずだ」


 かつての王を信じていると言う思いがある。

 しかし、それ以上に。


『これほど美しいものは他にはいないと思っていた』


 死に際の男の言葉が脳裏を過った。最期の別れ際に、あそこまで情熱的な言葉を受けたのは生まれて初めてだった。一方的に助けられて、あんな真似までされては見捨てるなどできはしなかった。


「見せてくれ、もう一度」


 祈るように言葉を紡ぐ。


「我らに希望を」


 王として、亜人に希望を。


 ◇◇◇◇◇◇


 空に漂いながら頭に浮かんだ魔術が紡ぎだされようとする中でも恐怖感はなかった、力を制御しているという実感があった。未知数の力の奔流が整然と形を織なし、確実に一つの術式を構築しようとしていた。あまりのマナに身体が軋みを上げるほどだった。


 そして魔術が紡ぎだされると、全ての音が消え去った。


『────』 


 きぃぃんと鳴り響く、甲高い高い耳なりが全ての音をかき消しているのだ。大規模に空間が歪み、軋みを上げた。世界全体が振動しているように全てがぶれた。


 かっ! と閃光がその場にいた者の目を眩ました。それが収まった頃には奇妙な静寂が訪れていた。気が付けば目の前の大量の蝕害とともに大地は抉れて消え去っていた。大蝕害の本体すらもその半身を消し飛ばされて揺らいでいる。


 眩暈がする。空間魔術、これが世界最強と謳われし魔術師の固有の秘術だった。範囲内の空間を全て異空間に吹き飛ばして蝕害を隔離した。かつて防御不能と恐れられた技だ。 


「よし今だ! 全員砲撃しろ!」


 アステールは今こそ好機と号令を出す。

 亜人や人間たちは死にもの狂いで魔術の集中砲火を浴びせた。


「遠慮はいらん! 力を使い切るつもりで撃て!」


 豪雨のごとき魔術が乱れ飛び、色とりどりの閃光が空を駆ける。激しい打撃を受けて大蝕害の身体は徐々に剥がれていった。


 大蝕害は断末魔の悲鳴をあげた。びりびりと耳朶を叩く凄まじいまでの慟哭だ。世界を憎み、命を憎む、その感情が迸り肌に叩きつけられるようであった。


 城壁へと戻った俺は人の群れの中から特徴的な赤い髪の少女をすぐに見つけ出す。


「ルシャ」


「はい!」


 俺の命令でルシャは最後に特大の焔を放った。


 穏やかな炎が体に巻き付くと、やがて全身が炎に包まれ、その中で巨体が崩れ去り霧散していく。空に舞い散る蝕害の肉体。それは散っていく花弁のようで、俺の手元にまでひとひらのかけらが来た。


 咄嗟に手で止めると、すぐに溶けて消え去った。

 心には不思議な寂寥感が訪れていた。




 その場には歓喜が爆発していた。

 

 生き残った人々は喜び祝い唄を口ずさむものもいた。普段は毛嫌いしている亜人たちにも惜しみない感謝の言葉が届けられた。


 特に俺に向けたものが多かった。あまりに強力な魔術を放ち怯えられるかと思えば、ラナを助けるために看守と揉めた事件も関係しているのか、間違いなく彼らを助けるために放たれたものであることからも、多少の怯えを示すものはいても危険視する者はいなかった。


 戦いに疲れた者達は座り込み、治療を始めていた。


 そこにガチャ、ガチャ、と重低音を響かせて、完全武装した鎧の兵団が現れた。その先頭にいるのは自由都市に市長であった。眼鏡の奥に冷たい光が走った。


「お前たちを拘束する」


「いったい何の咎でだ?」


「とぼけても無駄だ。この都市を乗っ取るつもりだろう」


「俺達にそんなつもりはない」


 少し考えれば分かるはずだ。そんな目的ならばこの都市を蝕害から命を懸けて助けたりはしない。それが分からないということはつまり、初めからこうするつもりだったということだ。


「先住民を引きつれてきて、言い逃れができると思ったかい」


「市長。見てなかったんですか。我々を助けてくれたんですよ」


 人々から口々に同意を示す言葉があがった。そこには怒りすら宿っている。戦いと生存したことによる興奮に彼らはつかれていた。


「目を覚ませ。本当にあんな怪物たちと手を取りあえるか」


 市長は興奮に冷や水を浴びせるように冷徹に現実を示す。


「彼らの策略だ。いずれ裏切られることになる、凶悪犯に町を乗っ取られる危険があった。だから私はみなのためにこうしている」


 揺るぎを見せない市長の言葉に動揺する者たちが現れた。

 人々は互いに顔を見合わせて困惑しつつあった。


「屑はどこまでいっても屑だ。現状を見たまえ。彼らはこの都市を制圧しようとしている」


 市長の言葉を信じる者と信じない者。例え信じるまではいかないとしても、わずかな疑念が宿ってしまえば、それは延々と心に燻り続けることになるだろう。


 混迷しつつあった現状を、


「それでは私にしたことも町のためですか」


 一つの声が切り裂いた。



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