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43話 増援

 それから数時間もの間イリナは単独で戦い続けた。住民たちが助力しようにも逆に足手まといになる。単独で戦ったほうが効率が良かったのだ。


 すっかり息が上がって肩で息をする。めまいがして倒れかけたところを寸前で頭を振って持ち直す。汗が伝った頬を拭う手にも力が宿らない。完全に魔力切れ寸前だった。


 朦朧とした意識の中で見えたのはかつての思い人の背中。


「嘘だよね」


 目の端には涙が滲んだ。


「私を裏切ってなんかいないよね」


 剣の扱いだけではなく戦いのいろはを教わり、臆病だったイリナを戦いの中でいつも支えてくれた。よく頑張ったな──そうやってイリナの頭を撫でる、あの優しかった手が嘘だったなんて信じたくはなかった。王家の存在として自らを厳しく律してきたイリナが不安定になるほど、追い込まれていた。


 そんなイリナの前にはさらなる敵が。黒光りする堅そうな甲殻をまとった、蜘蛛をそのまま数十倍巨大化させた形の蝕害が現れた。ぎょろりと複数の目が同時にイリナを射抜いた。


「さすがに」 


 撤退すべきだと考えたところに子供の泣く声が耳に届いた。視界の端には騒ぎ始めた赤子を必死にあやしている母親の絶望的な表情が姿があった。まだ小さな赤子がいるため危険地帯まで戻ってきて、逃げ遅れてしまったのだろう。


 もう戦う余力は残ってはいなかった。理性は逃げるべきであると痛いほど叫んでいる。だがイリナは知っていた。逃げてはいけない時があるのだということを。


 例えそれを教えてくれた人が裏切ったとしても。

 イリナの誓いは破れない。


 絶望感をかき消すように心の奥底から残った力をかき集める。

 その時だ。


 ドス! 飛来した矢が蝕害の目に直撃し、黒い体液が噴出する。さらに連続して放たれた矢は的確に弱点を捉えつづけた。


 増援だ。レギルが来てくれたのかと心に希望が宿る。

 しかしそれは思ってもみなかった者達だった。


 ◇◇◇◇◇◇

  

 セレーネの援護射撃が終わるとアステールは瞬時に蜘蛛の蝕害の懐に入り込んだ。


「でぇえええええええええええええええええい!」

 

 裂ぱくの気合を込めて拳を振るう。ずどん! と小柄な体躯の拳打に似つかわしくない音が響き、蝕害の巨体がわずかに地上から浮き上がった。さらに回し蹴りが咢を砕き、蝕害を跳ね飛ばした。壁に激しく激突してようやくそれは止まった。


 これで全盛期の半分以下に弱くなってるとは。さすがは龍種だ。龍気という独自の肉体強化をまとい、気をあらゆる形に自在に変化させて扱うことができた。


 俺は困憊したイリナ姫のもとへと向かう。


「ざ、残虐王。どうして」


「もう休んでろ。それほど疲弊したんだ。もう動けまい」


 ふらふらなイリナを捕まえて強引に肩に背負ってしまった。


「な! ぶ、無礼な。お、おろしなさい!」


「子供の我儘を聞いている暇はない」


 暴れられても困るため、少し離れた安全な場所にイリナを降ろした。


「あなたがなぜここに」


「この都市を助けるために決まっている」


「魔王が? なぜ……今までどれほどの人を弑してきたか」


「そんな噂は敵を貶めるための常套手段だ」


 イリナの息を飲んだ気配がした。


「俺はただこの世界に亜人たちが平和で暮らせる場所を作ってやりたいだけだ」


「そんな」


 他人に聞かせる言葉は綺麗なほうがいい。


 そうだ。そのほうが人を動かせる。俺は昔こういう処世術を知らなかった。


 目線を蝕害に移す。話しながら敵をじっくりと見させてもらった。どんな相手でも舐めたりはしない。蝕害は実在するしないを問わずに、ある一定の形態を取る。


 何かに影響を受けた時の姿は、その構造も同じだ。堅い蜘蛛の甲殻を貫くのに必要なのは正確さ、そして鋭さだ。一閃、まさにその速さと正確さを備える刃を走らせた。


 甲殻と甲殻の隙間の関節部分を的確にとらえた。黒色の体液と、関節が引き千切れるブチブチという音が響いた。ひゅんひゅんと数度の刃の閃きが蝕害の片側の足を残らず断ち切った。


 蝕害は体勢を崩し、俺を最大の敵と認めて口から広範囲に糸を吹きかけた。しかし俺はその場にもういない。跳躍して躱すと、もう片側の足を切り飛ばす。


「ルシャ」


「はい!」


 蝕害が再生のために完全に動きを止めたところで指示を出すと、ルシャの持つシミターに焔が渦巻き、それは次第に炎の巨剣をおりなした。


「てい!」


 気合とともに振り下ろされた炎の剣が蝕害の腹を貫くと、蝕害は完全に時を止める。そしてさらさらと塵のように消え去った。見事なものだ。俺にも対蝕害用に開発した技はあるが彼女に任せたほうが効率が良い。


「あなたの。その力は。いや、その動き」


 イリナの言葉はルシャに向けてではない、驚愕の瞳は俺に向いていた。


「やつから奪った技術だ」


「いや。そんなはずない。あの人はギフトを持っていなかった」


 その通りだ。俺にはギフトなどはなかった。


「見よう見真似なんかじゃできない。それは」


「……」


「あなたはいったい」


 俺はそれに答えずに行動を開始した。




 急ぎ現場の防衛隊の指揮官のもとへ向かっていた。


 亜人の大群を敵襲と考えられては困るからだ。蝕害と戦っていることから味方をしているのは分かっているだろうが、念のためにすぐに話を通さなければ。


 城壁の上にいる人間達をかき分けて階級章をつけた男に声をかける。


「指揮官だな?」


「は、はい、そうです」


 彼は都市に食らいつこうとする蝕害に横から突撃してなぎ倒す亜人たちを茫然と見下ろしていた。指揮官だけではない、防衛隊も、住民たちもそれを困惑して見届けていた。


「どういうことですか。なぜ亜人が我々の味方を」


「俺が連れてきた。俺の部下だ」


 彼は驚愕のあまりあんぐりと口を開けた。


「今のうちに魔力を回復させろ。間違っても亜人を攻撃するなよ」


「は、はい!」


 指揮官はその情報をすぐさま都市内へと伝令を出した。

 そこで俺は戦場の状況を眺める。


 本国の戦場では歩兵が大規模な隊列を組むタイプの戦術は廃れて久しい。近代の広範囲、高火力の魔法が発展して以降、一か所に多数でまとまることは魔術の砲撃の的になるに等しかった。


 少数で散開しつつ距離を取ってチームごとに防衛線を築くのが基本だ。そうすると、きちんとまとまった命令系統が必要になるのだが。亜人の戦術は単純、精鋭が突っ込んで相手を混乱させて物量で押し潰す。それをエルフやシャーマン、妖精族たちが辛うじてバックアップしている。近代的に組織されているとはお世辞にも言い難かった。


 しかしそれでも。


「強いな」


 そこかしこで都市の結果に侵入を狙う蝕害を跳ね除ける亜人たちの姿があった。獅子族のライオットは人間が両手で扱うような大剣を片手で一本ずつ持って、双剣として巧みに振り回す。ゴブリンロードのガルムには近づく蝕害が一瞬で細切れにされていく。それは冴えわたる剣技と魔術の複合技だ。


「ふふふ。戦える者を連れてきたからな。主戦派のメンバーはもっと強いぞ」


 アステールは微笑で応えた。


 俺は対魔術師専門でもあり、今まで亜人と戦う機会はほとんどなかった。人間に虐げられる弱い種族が多いと認識していたが、その強さは頼もしかった。


「アステール。亜人の指揮は任せるぞ」


「エル!?」


 さて、と城壁の際に立つ。足元に広がるのは怒号が飛び交い、鮮血の飛沫が飛び散る戦場、そこはまさに俺の生きた場所だ。亜人たちに助力するべく城壁から身を躍らせた。



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