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38話 これからの生き方

 だんだんとぼやけた視界が鮮明になる。

 アステールが俺の顔を覗き込んでいた。


「エル。良かった。目が覚めたか」


 アステールの不安そうな顔がほころび、ほっと胸をなで下ろした。心配しなくても大丈夫だ──そう口にしようとして。


『アステールもお前が俺の仇だと知ったらどんな顔をするか』


 残虐王の言葉が耳の中で反響した。


「起きるのは俺じゃないほうが良かったんじゃないのか?」


 アステールは驚いたように目を見開いた。

 その表情を見て、言った瞬間後悔した。


「……そんな寂しいことを言うな」


 か細い囁きが耳に届く。


「思い出した。エルがずっと眠っていた日々のことを。毎日のように、もう目を覚まさないのかもしれないと不安に思っていた。……エルに救われて、あんな別れ方をしたんだ。もう一度でも会って話がしたいと思っていた。だから目を覚ました時、本当に嬉しかった」


「……」


「あの人は我らの主だった、だけどエルのことも大切なんだ。意地悪はしないでくれ」


「悪かった。八つ当たりだ」


 まったく、自分の不甲斐なさを棚に上げて他人に当るなんて。しかも命の恩人のアステールを相手に。


「3年も待っててくれたのにな」


「よい。3年など龍の一生からすればたいした時間ではない」


 アステールはベットからひょいと飛び降りた。 


 外に向かう、その背を眺めながら悪いことをしたなと思った。何か言葉を投げかけようか思案する、俺の行動よりも先にアステールは振り返ってにかっと笑った。


「20年30年程度では龍人の愛情は薄れない。覚悟するんだな」


 一度深く交われば、もはや情がつきることはない。


 龍種が愛情深き生物だと言われる所以が分かった気がした。


 しかし、だからこそきっと誰よりも苦しむのだろう。

 俺はそんなアステールを守ってやりたいと、そう思うのだ。




 残虐王との邂逅は少し自分のことを見つめ直す機会になった。


 俺が偽物であることは紛れもない事実だ。しかし俺は俺なりに頼ってきているものに向き合ってやらねばならない。ルシャに対してもわずかに邪険に扱っていたと今更ながらに反省だ。彼女にまともな修業などつけてこなかった。少なくとも戦いのいろはぐらいは教えてやれたのに。


 彼女を訪ねると、座禅を組んで目を閉じていた。今まで見たことのない真剣な表情を見て息を飲む。彼女にしても今回のことでいろいろと思うところがあるのかもしれない。


 空気の震えが伝わったのか、ルシャは薄く目を開いた。


「悪い、邪魔したな。瞑想してたのか?」


「いいえ。大丈夫です」


 ルシャは首を横に振って、グッと拳を握る。


「かっこいい必殺技を考えていました」


 肩の力が抜ける。ほんとに馬鹿だな、この子は。


 馬鹿な子ほど可愛いと言われる意味が分かったような気がする。ルシャには暗い気持ちになる度に癒された。これは父親もたいそう可愛がっているだろう。


「ルシャ。帰ったら稽古付けてやるよ」


「ホントですか!」


 ぱっと嬉しそうな顔をしたあと、半信半疑の面持ちになって言う。


「料理のじゃないですよね?」


 俺もすっかり信用を無くしてしまったものだ。


「戦いのだよ」


 悪党の道など教えられないが、これだったら。


「嬉しいです」


 弾けるような笑顔はあまりにも眩しかった。


 今まで切り捨ててきたものたちは、これほどまでに温かみがあったのか。そんなことに今さら気づくような俺もきっとルシャに負けず劣らず馬鹿なんだろう。

 

 そんな物思いにふける中で、突如として天幕に飛び込んできたアステールの姿があった。


「エル。急いで来てくれ!」

 

 真剣な表情からはただならぬ気配を漂わせていた。



 

「蝕害が自由都市方面に進路を変えたらしい」

 

 まさか、と最悪の事態に舌打ちをしたいところを抑え込む。


「ここにひきつけることはできなかったか?」


「試したが。無駄だったそうだ。蝕害は亜人よりも人間を標的にしやすい。なぜかは知らないが」


 蝕害の生態の研究者もいるが、これといった成果を挙げていないと聞いていた。あんな化け物の考えることなど人間が分からなくても仕方がないのかもしれない。


「到達まで何日だ」


「4日ほどだな」


 ぴくりと眉が上がる。だいぶ時間があるなと意外に思ったのだ。人間の足とさほど変わりはあるまい。馬車や騎獣を使えば、十分に間に合うだろう。


「大きくなりすぎた蝕害はエネルギー効率を良くする為に動きが鈍る。移動形態と戦闘形態を使い分けるんだ。だから我々はこうもゆっくりしていられてる。……だがまずいことになったな。自由都市にぶつける気はなかったのだが。さて、監獄都市はどう動くのか」


「レギルならば必ず見捨てるはずだ」

 

 あの男はそういう人間だとよく知っていた。

 もしそうなれば。


「多くの血が流れるな」

 

 お互いに考えを巡らせて、言葉数が少なくなった。

 周囲にはしんと静寂が訪れる。


「アステール。俺に一つ考えがある」

 

 そこで俺は彼女に一つの考えを相談することにした。




 亜人のリーダー格たちが集まる天幕の中では激しい論争の中にあった。怒号が飛び合い、机が叩かれて、水の入った杯が倒れて、雫が飛び散った。それを誰も気にしようともしない。


「解放するべきだろう。この審判は彼らの勝ちだ!」

 

 セレーネは断固たる態度でそう言い放つ。


「確かに神々の審判に逆らうわけには」


 一人孤立していた前回とは違い同調する声もあがり始めた。


「それはできん。分かっているだろう。全面戦争の引き金になりかねない」 

 

 他の亜人が冷静な態度でそれを否定する。

 セレーネは、きっと獅子の亜人を睨みつけた。


「ライオット。お前が一番よく分かっているだろう。矜持はないのか」


『一生卑怯者と罵られても、矜持を捨てても。仲間のために』


 真向から視線をぶつけ合うライオットにセレーネは根負けしたように呟く。


「私を助けてくれたものたちだけでも、救ってはくれないか」


『例外はない』


「そもそもあいつは何者だ。あんな男をどうやって捕らえたんだ」


 話し合いは終わりを見せず、完全に二分された状況に陥っていた。

 

「入るぞ」


 その殺気すら渦巻く緊迫した中にアステールの呑気な声が割って入った。


「アステール殿。貴方には聞きたいことがある」


「なんだ?」


 詰問のごとき言葉に、平然としたアステールの返答だった。

 亜人の男はとぼけることは許さないと俺に指を差す。 


「その人間とやけに親しいようだな」


「何か問題が?」


「まさか貴方ともあろうものが人間にうつつを抜かしたか」


 騒ぎかけた面々、しかしそこでがつんがつんと杖が机を叩いた。


「やめい。仲間内で争ってどうする。人間とて一概には」


 そう発言したゴブリンロードは雷鳴に打たれたかのごとく、その時が静止した。レゾットの魔術が込められた指輪を外した俺の顔を見て。


「ま、まさか貴方は」


 目に見たものが信じられないのか、俺の姿を食い入るように凝視する。口を震わせ、それが全身にまで伝播する。それは驚愕か、あるいは歓喜の予兆か。


「ほ、本当に貴方様なのですか?」


「そうだ」

 

 俺は躊躇いなく頷いた。

 すると彼はふらりとよろめくように膝をついた。


「よくぞ、また我々の下にお戻りになさってくれました」


 指導者の一人が行った突然の出来事でにわかに騒ぎ始めた。


「なんだ。どうしたのだ?」


 若い風貌の面子には何が起ったか理解できていないようだった。


「馬鹿者! この方こそ残虐王その人だ」


 ゴブリンロードが一喝すると他の亜人たちにも慌てふためいた。


『い、生きておられたのですか!』


「貴方が?」


 驚愕に目を開くセレーネやライオットの姿もあった。


 そして誰ともなく一人ずつ徐々に跪き始めた。

 そして気が付けばその場全ての者が俺の前に跪いていた。




「貴方がいらっしゃるなら話は違う。我らも戦いに加わります」


 それに次々に賛同の声があがった。しかしながら俺は人間と戦争をするために名を明かしたのではない。全世界を相手どって戦えばきっと負けることになる。


「人間との戦争は考えていない」


「なぜですか。貴方がいれば人間に勝てるはずです」


「私もそう思っていた……だが結果はどうだった」


 息を飲む音がざわめきとなった。

 言わずともがな、残虐王は負けた。


「人間は強い。それを認めなくてはならない。人間とは群だ。一人一人は弱くとも敵に回せば一個の怪物になる。さながら九つの首を持つ不死の龍だ」


「それではどうすれば」 


「だから味方につけるんだ。怪物の頭同士で争わせるのさ」


 室内の亜人たちに動揺が走った。いきなり人間と手を結べと言われても納得できないのは当然だ。


「憎むのは結構。だが人間全てが敵じゃない。俺のようにな。味方になってくれる人もいる」


 結局のところ残虐王が人間である事実、これは大きい。彼がいかにして亜人たちの信頼を勝ち取ったかは知らない、俺はそれを上手く利用させてもらうだけだ。


 何も人間全てと泥沼の殺し合いなどする必要もないのだ。監獄都市を落とし、唯一の道であるゲートさえ押さえてしまえば、あとはこの世界で魔帝の領域を平定し、人々との共存を目指せばいい。監獄都市には4英雄がいると聞いた、そこで俺の復讐も果たされるはずだ。アレーテイアに帰るならばそのあとでも構いやしない。


「まずは自由都市を味方につける。そのためにも蝕害の退治に俺達も協力する」


 力強く宣言する。吉と出るか凶と出るか、この場を収めるにはこれしかなかった。


 俺の質問に対してアステールは言っていた。


『主様とルシャの力があれば我々だけで倒すことは可能だろう』と。

 

 この機会を上手く利用すれば自由都市の人間とも協力関係を築けるかもしれない。しかし、これは非情な決断になる可能性もある。俺達で倒すことにすれば今いる多くの亜人に犠牲がでる可能性もある。それを知りながらアステールは納得してくれた。彼女はそれだけ俺の存在にかけているのだ。


 いや違う、彼女が信じているのは俺ではなく、かつての王なのかもしれない。


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