37話 残虐王
序盤にパンチが足りない気がしたので1話と3話と4話と7話と15話の内容を加筆修正しています。話の本筋には関わっていません。唐突に修正して申し訳ありません。3月26日記載。
アステールにはまだ聞きたいことがあった、残虐王の身体にいる俺がなぜ魔術を上手く行使できないのか、それを問わなければならない。俺の疑問に彼女はあっさりと答えた。
「他人の身体にいることが原因だろう」
薄々感づいてはいたが、やはりそんな理由の可能性が高そうだ。
「臨死体験などでもある、身体と魂の通り道の紋がずれて魔法を使えなくなることが。そういう時は魂の記憶と肉体の記憶を引き合わせればいい。だがこれに当然リスクがある」
わずかに逡巡する。答えはすぐにはできなかった。
なぜなら明らかに身体の記憶は俺のものではない。
「残虐王と会うことになるわけだ」
「そうだ。危険だが、魔法を使えるようになる可能性は高い」
不安要素は非常に大きい。
「やめるか?」
少し考えて、心を決める。
臆していてはチャンスは得られない。
「いや。やってみてくれ」
「分かった。……そこで横になるんだ」
言われた通りに寝台に横になる。
これから会い見えるのは最悪の敵、それとも味方か。
アステールは俺の傍らに腰掛けて……彼女の掌がぽんと俺の頭に乗った。うっすら片目を開けて問いかける。
「それは必要なのか」
「必要だ」
ならば仕方あるまい。渋々と納得する。
本来であれば不快感が勝るはずだった、戦士が無防備な状態で他人の手に触れられているなど、本能的に嫌うからだ。しかし予想外にも不思議な懐かしさ、安堵感が訪れた。
まるで何度もこうされていたかのようだった。
気が付けば俺は全く違う部屋に立っていた。
掌を眺める、はっとして顔を触る。前のいつも通りの自分の身体だった。
そこは冷たく無機質な部屋だった。タイル張りの床があり、液体に満たされた透明な巨大なカプセルが謎の機器につながり、いくつも置かれている。いくつものカプセルの柱を間をぬうように進む。人の気配だけはなかった。忘れ去れた研究所、といった様相だ。
どこだ、ここは。残虐王の記憶の中なのか。
「楽しんでいるようだ」
背後から声がして瞬時に振り向いた。そこにいたのは残虐王、しばらく借りていた身体の本来の持ち主だった。この男は自信が満ち溢れた笑いをする。
「目もくらむ大金」
残虐王は朗々と口にする。
「いくらでも寄ってくる女。人を従える強大な力。そして権力に縛られない快感。それこそが俺の罪の根源。人はそれを欲して罪を犯す」
脳裏に過る、いくつもの光景が。
「楽しいはずだ」
彼はそう断言した。
「お前は俺の名で俺の身体で俺の罪を味わっている」
「何が言いたい」
「考えたことはないのか。お前に懐いているあのルシャとかいう小娘も、本当は俺のものだ。アステールもお前が俺の仇だと知ったらどんな顔をするか」
俺の中にある不安を的確に突きつけた。
「そんなこと言われなくても分かってる。俺はお前に成りすましているだけだ」
ルシャにラナにアステール、それだけでなく自由都市の人々の顔が浮かぶ。今までの人生でここまで他人に求められたことはなかった。そこには心地よさがあり、一抹の恐れも内包していた。
俺は偽物に過ぎないのだということが暴かれてしまえばどうなることか。
「分かってる。俺は偽物だ」
自分に言い聞かせるようにもう一度、言う。
すると残虐王は大仰に手を振った。
「だが、それが何だ。それの何が悪い?」
「なんだって」
彼は俺のことを非難していたのではなかったか。
「お前は何も間違ってはいない。他人から奪うのはこの世の真理だ。俺はもうこの様だ。お前に二度も負け、僅かに残った記憶の残りカスだ。ならばお前が俺になればいい。奪って自分のものにすればいい。我々にもはや偽物も本物もないのだ。あるのはただ一つ、その罪だけだ」
その濃密な存在感に飲まれてしまいそうになる。
「欲しくはないか。俺の力の全てが」
その言葉の意図を計りかねる。
迂闊に信用すれば足下を掬われるだろう。
「エル・デ・ラント。我々の目的は同じだ」
「同じだと? ……亜人たちを救えとでも」
くつくつと音を立てて嘲笑った。
「違う。違う。そんなお綺麗な理由が必要か。悪党らしくもない。他人に聞かせる言葉は美しいほうがいい、だが自分には正直であるべきだ。お前の望みはこの世界から脱出することだろう? そして奪われた復讐をする」
心の内を言い当てられてドキリとする。
「我々は似たもの同士だ。常人には理解できない狂気につかれている。お前が俺になるのだ、真実として残虐王に。監獄都市を攻め落とし、この世界から脱出する。お前ならばできるはずだ」
亜人を従えて監獄都市を攻める、確かにそれが俺の目的にはもっとも近づくことではあるだろう。
「お前は本当に悪いやつなのか。あれだけ亜人に慕われるほど彼らのために戦ったのに」
「俺は常に自分のために動き、この世全て俺の思い通りに変える。それ以上の悪はあるまい」
残虐王は手を差し出した。
「俺を受け入れろ。さすれば全ての力を解放できるようになる。そうして目的をはたせ」
わずかに逡巡する。もし彼の言う通り、その力の全てを手に入れるとすれば、もはや俺に敵う人間は存在しなくなるだろう。だが。
「断る」
「なぜだ?」
と問いながらも俺の答えが分かっていたように残虐王は手を引っ込めた。
「悪いが悪党の戯言に耳を貸さないと決めているんでな」
話が上手すぎる。彼はこの身体の主導権を得ることを目論んでいるのかもしれなかった。
「そう言うと思ったさ」
彼はすっと手を挙げて、ぱちんと指を弾く。
振動が波動となって世界に響き渡る、すると眩い光が満ち溢れた。
「だが必ずお前は力を求める。近いうちにな。その時は俺の名を呼べ」
世界全てが白い光に包まれて、残虐王の姿も溶けていった。
その姿が完全に消え去る前に俺は叫んだ。
「待て! お前は何を知ってる! 俺はなぜ狙われた!」
残虐王は振り向いた。その顔には愉快気な笑みがあった。
「いずれ。自分の目で見る」
人の価値は平等だなんて誰が言い始めたのだろうか。
持つ者の欺瞞からか。持たざる者の願望からか。
確かなことは、その言葉が夢幻に過ぎないことは誰もが知っているということだ。その血には価値の違いがあった。その命には差があった。魔法を使えるものと使えないもの。精霊に愛されるものと愛されないもの。
俺は神よってその命に価値がないのだと定められた。
口には出さなくとも、みながそう知っていた。
まどろみの中で昔の光景を見た。
忌子と嫌われてのけ者にされた、そんな俺にただ一人優しかった年上の亜人の女の子がいた。彼女と出会ったのは俺が通う病院の敷地内の花壇の近くであった。美しい花々が咲き誇る中で、彼女は一層輝いていた。
「また来たんだ。君。懲りないね」
俺の顔を見ると朗らかに笑う。
彼女と会うのは最初はただ生きるためだけが目的の行為だった。戦いの技術を学び、自分の価値を見出したかった。しかし時が経つに連れてお互いの身の上話などの他愛のない話もした。いつしか彼女との語らいは幼い俺にとって唯一の安らぎになっていた。
しかしいつも研究者のIDを付けた男が現れてその時間は終わる。
「また勝手に出歩いて」
強引に彼女をどこかへ連れて行かれてしまう。
「じゃ、またね。帰らなきゃだ」
そうやって言う時の彼女は寂しそうに笑うのだ。
彼女は亜人であり、とある実験の被験者にされていたと耳にした。それには想像を絶する苦しみをともなうこともあるそう。俺は彼女を助けたかった。しかしできることは何もなかった。
もし強くなれば彼女を助けられるのかもしれない、全てから自由にしてやれるのかもしれない。そう思って、ひたすら気功術の練習に励んだ。
しかし、ある日から二度と彼女は姿を見せることはなかった。全く足取りがつかめず、行方知れずになった。生死さえ分からなかった。
俺に力があったら、それを防げたのだろうかと何度も思った。
俺が力を求めたのは、彼女を助けたかったからだ。
守りたかったからだ。初めて自分を認めてくれた人を。
いつしかただ力を求めるだけになっていた。自分のためだけに強さを求めるようになっていた。しかし根源にあった思いはそんな他愛もない初恋のお話だったのだ。
そう。俺を認めてくれる人たちを二度も失うわけにはいかない。
絶対に守らねばならないのだ。
もはや迷いはない。全てのことをやり遂げてみせる。