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36話 邂逅

1話と3話と4話と7話と15話の内容を加筆修正しています。話の本筋には関わっていません。3月26日。

 半ば強引に審判の時は終了となった。捕虜たちは元の囚われの身に戻ったが、俺とルシャ、そしてハーフのラナも拘束を解かれていた。今はある天幕の中で俺とアステールの二人だけで向かい合っている。


 もう会わないことすらも覚悟した別れだったというのに意外と早い再会になったものだった。


「アステール。なぜこんなに自由都市の近くにいるんだ」


 人間と他種がぶつかり合えば必然、争い合うことになる。

 それが分からないわけでもあるまい。


「エルが出て行ってから、北に強力な蝕害が現れた。ここ十数年でもっとも強力だ。普通の蝕害とは違い『最初の一体』の分身みたいなものだ。やつらは冬眠状態にある『最初の一体』のために周囲から命をかき集めて、それが終わると東に向かう」


 蝕害に関して言えば彼女ら亜人のほうが詳しい。

 俺はただ聞き入っていた。


「北にはエルフの集落がある森が広がっていて、我々はそこにいた。その付近に蝕害が出現してな。やつらは命を奪うために多数の生き物に惹かれる性質がある。そこで我々は蝕害を引きつけながら南下しているんだ。エルフの森であんなものと戦うわけにはいかないからな。どれほどの瘴気をまき散らすか。通過しただけでかなりの被害を受けた」


 彼女の言い分は十分に理解はできる。しかし場を南に移せば人間と接触することは分かっていたはずだ。


「しかし南は人間の領域だ。そんなものを連れてきたら……いや、まさか」


 厄介な化け物を処理する都合のいい方法があるではないか。

 アステールは頷いて肯定を示した。


「想像通りだ。監獄都市にぶつけるつもりだった」


 合理的だが、えげつないことを考える。


「どれだけの人が死ぬことになるか分かってるのか?」


「十分に分かっている。関係ない者が死ぬことは。だが我らの戦力を減らさずに少しでも監獄都市の力を削げるならば、そうするべきだ」


 はたしてそうだろうか。延々と補充され続ける駒を倒したところで意味はない。それに。


「最初に戦闘に駆り出されるのはきっと奴隷の亜人だ。本当に分かってるのか」


 あのレギルならば必ずそうする。彼ならば都市の被害を最小限に抑えるために亜人の奴隷を使い、倒させるか囮として利用して今度は東の魔帝の領域に誘導するだろう。そしてそのルートを選択すれば下手をすれば自由都市に蝕害の矛先が向く可能性もあった。


「分かってる。あそこから仲間たちを助けるのは不可能なんだ」


 アステールはぎりと歯を噛みしめた。


「一生をあんな扱いを受けて生きるなら、いっそ一縷の可能性にかけたほうが」


 乱戦ともなれば逃げる機会も生まれるかもしれない。囮にされても同様だ。彼女はその機会とリスクを天秤にかけて、己が全ての責任を取るつもりで、そう行動しているのだ。


「すまない。部外者の俺が軽はずみなことを言った」


「いや、私こそすまない。こんな話をして。やっぱり誰かに相談したくて」


 お互いに謝り合って、どちらからともなく笑う。

 だがすぐに気を引き締めた。


「捕まえた人間をどうする気なんだ」


「今穏健派の状況は厳しく、みんな殺気立ってる。全員を無事に帰すのは無理だろう。特にレストの傭兵たちはいくら私が擁護してもどうしようもない。あいつらは心底憎まれている。何よりも今ここでエルを含めて人間たちを解放してしまえば我々が蝕害を連れてきていると監獄都市に情報がもれるかもしれない。そうすれば戦争だ。だからみんな殺したがってるんだ。もし強引に人間を解放しようとすれば私も支持を失うだろうな」


 傭兵たちはどうなっても構わない。ルシャやラナの安全が確保できたらいい。しかしそれは問題なさそうだ、穏健派ならばルシャはもとよりハーフのラナは受け入れられるだろう。彼女に余計な情報をもらさないようにしてもらえればそれで。


 ここで問題になるのが俺の存在だ。俺はどうするべきなのか。相変わらず目的は変わっていない。裏切り者にそのつけを払わせる。だが、俺の人生はそれだけなのか。力を求め続けた結果何もかも失った。この新たに得た信頼、それに応えたいという思いがあった。


「残虐王だと明かせば、亜人はみな俺に従うか?」


 アステールは頷いて、どこか遠くを見据えた。


「彼は誰よりも強く、何よりもその圧倒的な存在感、カリスマがあった。あの人は我らの希望だった。もし彼が再び現れたならば亜人の誰もが跪くだろう。私も含めてな。かつて……残虐王が倒れ、私の愚行によって今この状況がある」


 とても悲しそうに微笑んだ。アステールに声をかけることも忘れて俺は一つの疑念につかれていた。


 背筋に冷たいものが流れた。


 残虐王が残していった私財に刀剣の類。親切なものだと思ったが。まさか、俺の罪を背負えとは……。俺に人類を敵に回せと言っているのか。自分の代わりに亜人たちを導き王となれと。あんな悪名高き男のように振る舞えというのか。


「残虐王の目的は何なんだ。いったいなぜあんな酷い真似をした」


 かすかに震える声をしぼり出す。


「残虐王とは人の名前ではない。その身に封じられている邪龍の名前だ。強力な力を持ってはいたが残酷で暴虐の限りを尽くして仲間すら見境なく殺した。その結果ついた呼び名が残虐王。あの人は彼を自らの身に封印し、その名を語っていただけだ。そして噂のほとんどは人間によって作られた虚構に過ぎない。よくある敵を貶めるための手段だ。主様はそれも面白いと笑っていたがな」


 アステールが語った事実は驚くべき内容だった。


「彼は始まりの蝕害を倒し、この世界で人と亜人が共存することを願っていた」


 かつて俺は栄光と同時にどん底を味わった。


 希望とともに絶望を。正義の裏には悪があり、悪の裏には正義もまた。まるでコインの裏表、かつて俺が必死になって得ようとしていたものなど、この世の一側面を映しているだけなのかもしれなかった。




「全ての責は私が負う。全ての罪と命の責任を」 


 重苦しい口調でアステールは言う。

 だが俺は彼女にそんなものに縛られていて欲しくはないのだ。


「俺が力を貸す。何か他の方法はあるか」


 俺の目的を果すためには自由都市の依頼を果す必要がある。だが彼女らと敵対する真似はどうしてもしたくなかった。


 今までの俺は何か一つのために全てを切り捨ててきた。だが本当はそうしなくても良かったのではないだろうか。復讐を忘れることはない、だが彼女たちを救うことも俺にとっては重要なことだった。


 残虐王のように彼らの指導者となり人類を敵に回す決断をしたわけではない。王となる覚悟があるわけでもない。だが俺は彼女らを守りたかった。人は容易く人を裏切る、簡単に信用はできず、疑いの目を向けざるを得ない。だからこそ、真実信頼できる一握りの者は守らねばならないのだ。


「で、でも、いいのか? 無理はしなくてもいい」 


「せっかく生き長らえた命だ。好きなことに使いたい」


「好きな、こと?」


 アステールはいったいそれは何かと、訝しげに口にする。


「お前を助けたい」


 俺は冗談めかして言う。


「どうした?」


 問いかけたのはアステールがぱっと急に後ろを向いたからだ。

 彼女の頬は真っ赤に染まっていた。


「だから、ずるいって。急にそんな」


 それからしばらく俺のほうを向いてくれなかった。


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