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35話 決闘

 照りつける日差し、わずかに頬をしたたる汗、土埃が舞いあがる。


 懐かしい闘争の臭い、戦いの空気だった。

 俺はこの場所が好きだった。俺にとっての存在意義だった。


 ぼんやりと佇む俺とは対照的に、先に動いたのはケルベロスだった。

 

 戒めから解き放たれるや否や野性的で暴力的に飛びついてきた。大口を開けて鋭い牙を噛みしめる。そんなものに当るわけにはいかない、俺は即座に後退していた。


 攻撃を避けた小癪な相手に向かってケルベロスはぶうんと前足を振る、長い鋭い爪は烈風を巻き起こした。どれもこれもまともに喰らえば細切れだろう。


 周囲の亜人たちは血を求めて大きな怒声と歓声を響かせる。まるで古代の奴隷の剣闘士にでもなった気分だった。


 化け物を前にして剣を握りしめる。

 生きている、俺はまさに今生きていると感じる。


 何で戦うか。上手く使えない魔術か、それとも剣術か。選ぶのはもちろん決まっている。


 ケルベロスは後ろ脚に力を溜める、それは獲物を捕らえる時の動き。後ろ脚をバネのようにしならせて猛スピードで飛んだ。圧倒的な巨体、暴力、死が迫る中で俺はただ立っていた。


 ドン! と鈍い音がした。ケルベロスがその巨体を持って無残にも押し潰した、そう見えた者もいるだろう。しかし俺は既にケルベロスの背後に回っていた。


 獲物を捕らえそこなったことに気付いたケルベロスは我武者羅に前足を幾度も叩きつけ、3つある頭で噛みつこうと動く。しかし俺には当たらない、当るべくもない。


 速度が違いすぎるのだ。

 

 速さ──それは魔術を使えないからこそ魔術師に勝つために磨き続けたもの。あらゆる可能性が閉ざされていたからこそ、一つのものに賭けてそれを磨いた。


 いつしか俺は魔術師殺しとまで呼ばれるようになっていた。


 だが速さだけではない。これは亜人の魔力操作による肉体強化と同系統の技ではある、しかし俺の技術はそれをさらに発展応用させたもの。一瞬の中で行われる緻密な魔力の操作により生み出される刹那の力の爆発。


 集中と爆発だ。武術で言う発剄と概念は似ている。力を全身から練り上げるのと合わせて魔力の流れをぴたりと同調させる。そしてケルベロスの前足と俺の掌がぶつかる、そのほんの一瞬に、極限まで集中された力は爆発し釣り合った。


 巨体の繰り出す剛腕を俺は素手で受けとめていた。


 魔力の流れを精密に完全なまでに見切り、肉体の動きとシンクロさせることで可能にする、さらにそれを敵の攻撃に合わせなければならない。人に言わせれば神技の部類だ。


 今度は俺のほうから動いた。掌底──ケルベロスの顔の一つにぶち当てると、あまりの衝撃に巨体がわずかに空に浮かんだ。


「本当に人間なのか」そう囁き声がこだました。

 ケルベロスの牙が砕け血反吐を吐く。


 それでもまだケルベロスはまだ戦意を失ってはいなかった。3つの頭の口を大きく開けた。そして咆哮する。


『ガアアアアアアアアアアアアアアアア』


 ケルベロスの体から発散されたマナによって空気が振えた。


 『ハウリング』という系統の魔術だ。これには雷の属性が付与されて敵を威圧し体の自由を奪い、さらに電撃によって痺れをもたらす。防御魔法の使えない俺はこれをまともに受けるしかない。


 だから即座に大地を強く蹴って、大空へと跳躍していた。

 そこは魔術の間合いの外だった。


 観察することが俺の第二の特技といってもいい。身体が弱かった頃、俺はとにかく人を見た、あらゆるものの動きを見た。歩く姿を、戦う姿を、生きる姿を。


 身体の調子が悪くベッドから離れられない日も映像を見ていた。そればかりをし続けて、物事には相応の流れやリズムがあることを知った。動きには必ず無意識化にて微細な魔力、つまりマナの動きが付随し、それを読み切れば敵の行動をわずかに先読みすることも、だいたいの魔術の範囲を見切ることも可能であった。


この特技があってようやく俺の技は完成する。


「炎の槍よ」


 相手との格の違いを思い知らせるために魔術を行使する。が、やはり駄目か。完全に収束しきれない。唸りを挙げた魔力は暴走しようとしていた。


 せめて被害を小さくするために真下に向けて放った。


 瞬時に着弾した魔術は ドドドン! と大地を大きく揺るがした。大地が焼け焦げ、周囲の亜人たちからも怯えたような悲鳴があがった。


 地面に降り立った俺の目の前でケルベロスは半ば戦意を失っていた。


「もう十分だ」


 弱い相手を嬲り殺しにする趣味はない。そこで武威を強烈に叩きつける。ここまで弱らせればギフトの効果も強く働く。


 ケルベロスは完全に戦意を挫かれて座り込んでしまった。


 不気味なほど静まり返り、徐々に様々な感情の渦がわき上がった。恐れ、驚愕、その力を認めた尊敬の念、雑多な思念だった。


「審判はついた! もはや手出し無用だ!」


 セレーネが叫んだ。


『決着はついていない。どちらが死ぬまでは! この審判、私が引き継ごう!』


 獅子の頭を持つ亜人がこの決着を不服として巨剣を担いで進み出た。彼を殺せばもはや殺気立った空気を止められない。人質にとるしかあるまい。


 獅子の亜人は巨剣を真っすぐに上段に構えた。リーチの差を活かして間合いを築いている。狂暴そうな見た目に反して戦いにおいては繊細な技量も備えているのだろう。これは迂闊に近づくことはできない。普通の者ならば。


『む』


 彼の不審がる声の理由は、俺が彼に向かって無造作にゆっくりと歩いていったからだ。その姿が異様に映ったのだ。


 俺は確実に間合いをつめる。そして彼の巨剣の間合いに一歩踏み込む、獅子の男はまだ動かない。そして二歩目にて完全に間合いの中に入り、逃れられない位置まで近づいた。これ以上は俺の剣が届く範囲だ。だが獅子の男はやはりまだ動かない。


 もう一歩、俺が足を進めかけた、その瞬間に獅子の男は雄たけびとともに剣を振り下ろした。剛腕と巨剣によって風を引き千切るような一刀であった。


 その刹那に俺は足元で力を爆発させ彼の横を通り過ぎていた。


『馬鹿な』


 獅子の男の呟きがもれる。彼の巨剣がなます切りにされて鉄くずとなってバラバラと地面に落ちていった。つまりそれは今の隙に数回殺せたということだ。


 向き直り彼に問いかける。


「まだやるか?」


『無論』


 実力差を見せても彼は引かなかった。


「死ぬぞ」


『たとえ死のうとも、断じて引けん。仲間のためだ』


 獅子の亜人は俺を強者と認めた完全に捨て身の構えをとった。俺の太刀を受けてから反撃するつもりだ。それを見て俺はより一層、自らを研ぎ澄ませる。


 彼は彼なりの信念に従ってこの無謀な戦いに興じようとしている。

 俺はそういう男は好きだった。殺す気はないが少しの怪我は覚悟してもらうしかないだろう。


 闘気と闘気がぶつかり合い弾けあう、それが爆発する、


「やめよ!」


 寸前に鋭い声が空気を切り裂いた。 

 彼女のためにみんなが道を開けた。


 それは周囲から一目置かれる存在だという証だ。

 陽光のごときプラチナの輝きが目に入った。 


「会いたかった」


 そこにいたのはアステールだった。


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