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34話 幕間の時

「すまない。私の力が足りなかった」


 俺たちの捕まっている天幕に訪れたセレーネは沈痛な面持ちだった。責任を感じているのだろう。もっともそれは俺たちに対してだけであり、レストの傭兵には冷たい視線を投げつけていたものだが。


「これから戦わされることになる。勝てば無罪放免。負ければ死だ」


 セレーネは死刑宣告を告げでもするように重苦しい態度だったが。

 

「なら良かった。穏便にすみそうだ」

 

 俺は軽く返した。これからどうすべきかと悩んでいたが、いいようにチャンスが降ってわいたものだ。


「自信家だな」


 確かに身体にでも影響されているのか、みなぎる自信が溢れている気がした。もともと自分の実力にはそれなりの自負があったが、今のこの肉体には万能感が常にある。


 しかし、セレーネは多大なる責任を感じているようだった。表情に影を落としていた。


「なぜ私を助けた。人間」


「言ったろ、子供を虐めるもんじゃないってよ」


「だから私はもう子供なんかじゃ──」

 

 むきになって否定しようとした言葉を止める。


「その……ありがとう。感謝する」


 代わりとして述べられたのは率直な感謝の言葉であった。


「お前のような人間がなぜレストの傭兵なんかを?」


「俺は自由都市の所属だ。傭兵じゃない」


「そう、だったのか」


 セレーネは納得がいったとばかりに微かに頷いた。

 そんな彼女に俺は問いかける。


「聞きたいことがある」


「なんだ?」


「我々をこんな大地に押し込めて、と言っていたな。あれはどういうことなんだ」


「言葉通りだ。かつて我々も惑星アレーテイアに住んでいた」


 セレーネの言葉は続く。


「遥か昔に我々亜人はかの地から人間によって追放された。蝕害の『最初の一体』とともにこの荒れ果てた、厳しい大地に押し込められた」


 俺の知る常識とは食い違う話だった。

 これらが残虐王の秘密に関っているのだろうか。


「最初は生きるための奪い合いだった。同じく追放された者たち同士が虐げ合い殺し合った。だが我々、森の民はこの世界を住みよくしようと戦った。ほとんど荒野しかないこの世界で土地を耕し作物を育て、緑を増やしていった。そして次第に他種と協力して町を作り暮らすようになった。とうとう亜人の多種多様な種族がたった一つの目的で団結するまでになっていった。そして始まりの蝕害を滅ぼしてこの世界を楽園とするために、四つの氏族を中心に大同盟を結んだ」


 エルフとは緑を育てることに才能のある一族だった。この地でもその力が従前に発揮されたのだろう。しかし、それゆえ人間に目をつけられたという面もある。


「始まりの蝕害は周囲から命を吸い取る不死身の化物だ。厳しく苦しい戦いだった。多くの優秀な戦士が倒れていった。だが着実に最初の一体の力を削ぎ、とうとうその身を東の果てに封じ込めることに成功した。東の砂漠の不毛地帯に閉じ込められたやつは力を使い果たし、周囲には吸い取る命もなく、冬眠状態になっている。そして我らは楽園を手に入れた」 


 まるで実際にそれを見てきたかのように口にした。


「だが今から200年ほど前、人間が現れて、全ては狂った。彼らはまた全てを奪っていった。誰のものでもない土地に柵を立てて近づく者を攻撃し、街に侵攻してきた。その時、我々は戦うか逃げるかを迫られた。人間は恐ろしい存在だ、一度敵対すれば滅亡は免れないと我らはよく知っていた。逃げる者と残る者、意見は対立して同盟は脆くも崩れ去った。今では多くの者が昔のように生きるために奪い合っている」


 唇をかみしめて彼女は語る。そんな現状を憂い、悔いているのだろう。


「もはや我々も人間と変わらない」


 それだけを語って彼女は去って行った。

 その背はわずかに寂しそうに見えた。




「マスター。どうしますか。誰か話の分かる人を見つけますか」 


「彼らをどう見る?」


 俺の知識だけでは不備がある。ルシャの見立ても聞いておきたかった。


「エルフは基本的に穏健派ですね。セレーネ様の名前は私も知っています。直接お会いしたことはないですけど」


「それがなぜこんなところにいるか」


「もしや穏健派から分離したのかもしれませんね。この物々しい雰囲気は」


 しかしそれならば東に向かうはずではないのか。主戦派と合流するならそちらだ。あえて南下する意図とは何か。


「だがもし仮にそうなると……君は大丈夫なのか。ハーフとはいえ魔帝の娘だろ」


「確かに主戦派と赤の魔帝の関係は少し悪くなっていってますけど、みんな私には優しくしてくれました」


 下衆なことを考えれば、それはルシャの力欲しさの好意だとも考えられた。残り少ない種族の生き残りだ、むしろ大事に扱われていたのだろう。


「俺の正体は明かしたくない。ルシャは自分の判断で明かしていいぞ」


 ルシャは「はい」と頷く。そして次に恐怖で青ざめ、猫耳まで小刻みに振るわせているラナの肩を優しく叩く。


「ラナ。君もルシャと同じでハーフだろ。彼らの話しぶりからして殺されることはない。安心していい」


「で、でもエルさんは?」 


 ラナは申し訳なさそうな、心配そうな瞳でのぞき込んでくる。


「俺は問題ない。戦いで勝ち取れって言うなら、ちょうどいい。穏便に終わらせるつもりだ」


 気力が充実した肉体、どんな相手にも負ける気がしなかった。


「か、かっこいい」


 とルシャは口元を押さえて呟き。


「やめんか」


 俺は指でルシャのおでこをペチンと弾く。


「あう」


 ルシャ額を押さえながら何で何で? と俺を見つめてくる。残念ながら俺は過剰に持ち上げられると恥ずかしくなる人間なんだ。




 それは肌に刺すような日差しが照りつける日だった。審判の日の当日である。亜人たちからの憎しみが熱気となり、殺意が混じったその場は俺にとっては古き日常そのものだった。どこか懐かしさや心地よさまで感じさせる。俺はここで生きてきた。そういう実感がある。


 今までの戦いでは感じる間もなかったが、ようやく実感として湧きあがる。俺はまた帰ってきたのだ。もはや立てないと思っていたこの場所(戦場)に。


『さて。誰からだ』

 

 獅子の獣人が問いかけた。


「俺がやる」


 それに俺はいの一番に名乗りをあげた。


「馬鹿やろう。お前なんかに任せられるか」


「揉める必要はないぞ。一人だけとは決めていない。お前ら全員が死ぬまで続く。敵を倒した時点で生き残っていた者は自由だ」


 リーダーの男はさっきまでの勢いが嘘だったかのように引き下がる。


「そうか……ここは大人の俺が先を譲るわ」


「ありがとうよ。いい大人だな」


 大量の亜人たちが輪になって中心に大きく場所を開けている。俺はその場所へと進み出た。周りからは殺気が実体を持つように押し寄せて肌を撫ぜた。


 亜人の召喚士たちが複数で歌を歌い始めると地面に幾何学的な魔方陣が浮かび上がった。強烈な光が襲われて目を細める。光の中から生まれる蠢く黒い影。それは。


「地獄の番犬」


 三つの頭を持つ、全長が4メートルはある巨大な化け物だった。鋭い咢からふーふーと荒い吐息をもらし、ぼたぼたと涎をたらす。その目は捕食対象である俺に釘付けになっていた。しかし暴走はしない。首の周りに大量に巻かれた呪符が首輪となり彼を制御していた。


「これはこれは。結構な化け物が出たじゃないか」


 軽い口調で楽し気に口にする。渡されたのは頼りにならないなまくらの剣一本。対するは物語にも出てくる地獄の使いだ。


 普通に考えれば絶望的な状況だろう。しかし俺は一般的な魔術師ではない。まともに魔術が使えなかったからこそ、まったく違うベクトルの技術を使う。


「面白い」


 意図せずに薄く笑う。俺にとって周囲に自分の力を誇示することが生きることだった。

 

 自分を認めさせる、今までずっとそうやって生きてきた。

 今日この時とて、まさしく日常の延長線上であった。


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