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31話 ルディスの行方

 あくる日俺が訪れたのは都市の中心部、市長の部屋だった。情報屋のクインを経由して市長に呼び出されたのだ。これもこの都市を助けるという頼みの一部であるようだった。


「この都市の長をやっている」


 見たのは二度目だが、やや灰色がかった髪の中年の男性だった。眼鏡をかけた落ち着いた雰囲気をしている。彼と握手をする。戦士の手ではなかった。


「ルディス君を知っているね」


「ルディスさんが、どうしたんですか」


 ラナが心配そうに問いかけると、市長は沈痛な面持ちで口にする。


「先日調査に出てから戻ってきていないんだ」


「そんな」


「発信機の信号を追ったら装備だけが残されていた。装備にはこれが刺さっていた」


 見せたのは一本の矢だった。

 魔獣の羽を用いた矢には奇妙な図形が描かれていた。


「これはとある種族の先住民たちが使う矢だ。部族を表す紋章が彫ってある」


 市長の説明は続いた。


「近頃、先住民が南下してくることが多くなってるんだ。ゴブリンやらオークやらが。彼らの生息域は広いから都市の近くにいても不思議はないのだが。最近は妙に数が多い。彼はその調査をしていた。不運にも見つかってしまったのだろう。依頼は先住民の撃退だ。ルディス君の生死も探って欲しい」


 亜人の調査──ルディスとラナが都市の外に出ていたのかにはそのような理由があったと聞いていた。ルディスとは一応個人的な知り合いでもある。異論はなかった。


 だが一つ気がかりなのはこんな依頼を市長が俺に回してきたことだった。


「あんたは納得してるのかい。俺がこの都市にいることに」


「みんな、何か状況を変える希望を欲しているんだ。『天使』の少女もそうだ。君らに救いを見いだしているものが増えていっている。例え君が重罪犯だとしても、これから町の為に何をしてくれるかで判断するべきだと思った」


「器が大きいんだな」


 コンコンと扉がノックされた。


「入ってくれ」


 促されて入って来たのはなんとも人相の悪い男たちだ。武装して、いざという時に動きやすいように利き手側の空間を確保している。まさに戦士の佇まいだった。


「彼らはレストの傭兵だ」


 市長が説明するが俺にはぴんとこない。


「傭兵都市レストでは荒事に対して傭兵を派遣する事業を都市全体で行っています」 


 ラナが気を聞かせて説明してくれた。

 本当はここにいるのも嫌だろうについて来てくれたのだ。


「その通りだ。俺は登録者数が3千を超える中の20番台の位階だ。強いんだぜ」


 傭兵のリーダー格だという男がそう自慢げに口にした。頬に大きな傷がある壮年の戦士だ。灰色の短髪で、引き締まった肉体は間違いく歴戦の戦士のものだった。


 しばらくすれば本国に帰るのに、そんなランキングなんか必要なのかとも疑問にも思うだろう、しかし犯罪者の中にはここのほうが水があって残る者もいた。刑期前にここから出るのは不可能だ。だが刑期が終わったあとも残るのなら簡単だった。魔法技師に頼めばすぐ終わる。俺もそれぐらいの知識は持っていた。


 市長がパンパンと手を鳴らして会話を終わらせた。


「先住民との小競り合いも予測して君らを呼んでおいたのは正解だった。私からの依頼はルディス君を襲った先住民を狩ることだ」


 これは狩りだと、市長は感情の宿らない冷徹な瞳で言い放った。


「……亜人か」


 すんなりと受け入れた傭兵たちとは違い、俺は釈然としない感情を抱えていた。


 だが今は前に進むしかない。道は開けているのだから。




 半日近く徒歩で歩いて、ルディスの装備が残されていたという崖近くまで来た。亜人とのハーフであるラナもルシャも体力はあるほうだ。少しばかり疲れた顔をしていたが、まだ余裕は残っていそうだった。


 今は崖下から頭上を見上げているが、かなり高さもあり傾斜が鋭くとがった岩肌だ。もしここから転落したのだとすると助かっただけで奇跡だろう。ルディスの装備はこの崖下に残されていたという。亜人の矢と一緒に。


「おい、あそこ」


 傭兵の一人が指さした。そこには大地に黒い染みが広がっていた。それもかなりの量だ、死んでいてもおかしくないと、そう思うほどだった。


 傭兵たちは猟犬に血の臭いを嗅がせていた。残された矢の臭いと、この場に残る臭いを合わせて辿るのだろう。しかし最近は雨も降ったあとだ、どこまで痕跡が残っているかは怪しいものだった。その予想通り猟犬たちはこれといって明確な反応を示さなかった。


 それを見て頭を抱えたのはリーダーの男だ。


「これは何日がかりになるかは分からんな。とにかく何でもいいから先住民を見つけて生け捕るぞ」


 リーダーの男が口笛を吹き鳴らした。すると猟犬の動きが変わる。ひとところに留まり長らく観察に時間をかけていたのが、方々を歩き回らせて臭いを探させるようにしたのだ。


 そしてしばらくして、猟犬たちは鼻先を地面に近づけて何度か唸り声をあげた。


「そっちに行ってみるか……」


 望み薄なのか声に力はなかった。




 数日以上かかる仕事なため夜は野営になる。俺は慣れていてルシャは神経が図太い。だがラナだけはかなり寝苦しそうにしていた。周囲をこれだけの荒事を生業にする者がいれば当然だ。


 彼女を連れてくるかどうかはギリギリまで迷った。戦力になるとは思えなかったからだ。しかし真摯な瞳で頭を下げられた。


『回復魔術と、防御魔術なら得意です。お願いします。私も連れて行ってください』


 ルディスの生死に気をもんでいるのだろう。そこまで言われたら俺も頷かないわけにはいかなかった。だが傭兵たちなど奴隷商と変わりはない。女の子二人の身柄を預かっている以上は夜も気を抜けはしなかった。


 しかし俺は長年の経験から眠りながらでも、殺気や害意を即座に対応することができた。この域に達するまでに5年はかかっただろう。


 うとうとと俺も眠りに落ちる。


 そんな中で、ある時リアルな夢を見た。上空の木の枝を伝った蛇がそろそろと地面に降り立ち牙を剥こうとしている、そんなショックイメージが頭に叩き込まれた。


 今までに経験したこともない出来事に目を開き、状況を認識した刹那、短剣を放り投げる。だん、と木の幹に突き立った剣は蛇を射抜いていた。


「良い腕だな」 


 ほとんど同時に気が付いていた傭兵のリーダーの男が言った。

 どうやらこの不思議な感覚は危険察知の恩寵によるものだった。


 ……俺の5年を返して欲しい気分だった。




 それから空振りが続いて3日目のことだった。

 猟犬たちが唐突に何度も小さく吠え立てた。


「見つけた。近くにいる」 


 リーダーの男はそう合図をした。猟犬たちは地面に鼻をつけて臭いを嗅ぎながら森の奥深くへと進んでいく。俺達はそれに導かれるように進んで行った。


「森の木陰なんかを好む。木に登ってないかも気を付けろ」


 言われた通りに頭上や木陰にも十分に注意を払い、足音を殺して慎重に歩いた。


「静かに。もう近いぞ」


 リーダーの囁くほどの小さな声、同時に手の仕草で命令をすると、一行は足を止めた。水の流れる音が聞こえてくる、小さな泉のほとりの近くまでやってきたようだった。


「いたぞ。回り込め」


 泉のほうを指を差し、ジェスチャーで命令を出す。以心伝心で傭兵たちは動いていった。さらに音を殺し猟犬たちは忍びよっていく。退路を塞ぐのだろう。 


「弓の準備だ。合図で一斉に囲むぞ」


 静かなる息遣いの中で着々と準備が進められていく。

 俺は念のためだが、彼らと認識を合致させるために問いかける。


「目標はどれだ」


「あれだ」


 男が泉の傍らを指差した、その先には小柄な人影があった。

 エルフの少女が一人、泉で休息をとっていた。


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― 新着の感想 ―
[一言] 一匹の龍に助けられた死に損ないが人間以外見捨てて調子こいてる話だろ?
2020/01/19 18:42 退会済み
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