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30話 目的への手がかりを求めて

 自由都市を出歩く俺を迎えたのは意外と好意的な人々の対応だった。気にせず横を通り過ぎるものもいる。だが俺を見ると恐れをあらわに道を変えるものもいる。やはり考え方は人それぞれということだ。


 ──もし監獄都市と関係が悪化したら。


 そういう懸念の声もわずかに聞こえた。やはり重罪犯はいて欲しくない派と看守から助けて欲しい派が存在しているようだ。


 この外出の発端は俺の今日の朝の問いかけにある。


「エリック・ドランって名前を知ってるか」


「も、申し訳ありません。知りません!」


「私も分かりません」


 ルシャとラナの二人はそれぞれ答えた。


「どんな悪党ですか?」


「魔術技師だ。俺の知る限り最高の。確か懲役150年ほど食らってたはず」


 元々は国に雇われてその手腕を発揮した超級の魔法技師だ。あらゆる魔術システムに精通し、誰にも侵入できない強固な銀行のシステムなども作成した。しかし裏では自分だけがシステムに自由に侵入できる小細工をしていたことがばれて監獄世界送りとなっている。彼だったらもしかしたら、自由さえ確保させればこの世界からも。


「自由都市に情報屋がいます。行ってみませんか」


「そうしようか」


 敵の出方を待つだけは芸がない。俺も自分の目的のためにまい進しなくては。


 という理由で今日はラナの案内で情報屋に向かっていた。最初から話をややこしくしかねないルシャには遊びに行ってもらっている。


 よほど用心深い人物なのか、会う前に部下らしき護衛の男のボディチェックを挟み、武器の類を取り上げられた。そしてある一室に通される。何かの部品や用途不明なガラクタばかりが山のように転がっている奥に一人の人間がいた。


「お久しぶりです。クインさん」


「おう。よく来たラナ」


 返答したのは古めかしいパイプの煙草をふかしたボサボサ髪の男だった。薄汚いつなぎをまとっている。作業服なのだろう。俺には理解できもしないような機械類の類と格闘していた。


 唐突に彼は何かに気が付いたように血相を変えて、ラナに視線を飛ばす。


「お、お前。ちゃんとボディチェックしてきたのか」


「何も持ってないです」


 両手を挙げラナに対して男は鋭く目を光らせた。


「俺の目は誤魔化せんぞ」


 男はスッと人さし指をラナの胸元に向ける。


「とんでもない凶器を隠し持ってるじゃないか。俺があらためてやる」


 ラナは伸ばされた男の手をぺしんと叩く。男は気分を害した様子も見せずに──それどころか少し嬉しそうにして下卑た笑みを浮かべる。


「相変わらずおっきいなあ。ふへへへ」


 弛みきった顔でラナの胸元を不躾に眺めた。ラナは顔を真っ赤にして視線から隠れるように体を隠した。


「それで今はどうしてる」


「一応この人と同居を。守って欲しくて」


 ラナは横にいる俺を手で指し示す。


「嘘だろ……先に言ってくれれば俺が守ったのに!」


 一向に話が進まず、堪らず俺は口を挟んだ。 


「そろそろいいか。聞きたいことがあるんだが」


「お断りだね。ぺっ」


 何だこの野郎は。


「毎晩この巨乳揉んでるんだろ。そんなやつに情報教えたくねえ。呪われろ」


「安心しろ。指一本触れちゃいない」


 男は顔に手を当てて天を仰いだ。


「なんて罰当たりな野郎だ。巨乳を司る女神がいたら不敬罪でお前は死刑だ」


「いなくて幸いだったよ」


 やはりルシャを連れて来なくてよかった。顔を赤らめているラナと違い、この下世話な会話にどんな反応を示したか考えただけで恐ろしい。


「聞きたいことがある。人の行方を知りたい。一人目は看守だ。確か名前はゼクトとかいったな。中央本部配属だ。そして二人目がエリック・ドランという名前の魔法技師だ」


「なるほどな」


 ふふんと意味深に笑った。


「知ってはいるな。看守は知らないが。エリック・ドランのほうは」


「どこにいる」


 急いて被せるように問いかける。


「あんた噂の終身刑だろ」


 誤魔化す意味もなく頷いてみせる。


「なにを考えてるか知らんがやめておきな。そいつならまだ監獄都市にいる」


「監獄都市か……」


 場所にもよるが気軽に会いに行くのは難しそうだった。


「この自由都市にいる脱走者の多くは軽犯罪者か、そもそも犯罪者じゃないニートや亜人とのハーフ、魔法不適合者などなどが多い。なぜか分かるか」


 それは考えるまでもないことだ。


「監獄都市での監視が緩い」


「正解だ。監獄都市に入りきらない大規模農園や牧場は周囲の外縁都市にある。そこはとにかくだだっ広い。そっちの配属なら簡単に抜け出せる。だが、エリック・ドランといったら超重罪犯だ。塀の外には出られないだろうから、そのルートは到底使えない」


 だが、と言葉を続ける。


「俺は建築技師でな。俺は監獄都市の増築の設計にも関わった。地下の水道施設から忍び込むルートを知ってる」


「あの都市は罪人に作らせたのか?」


「まさか。監獄都市ができたのはもうずっと前だ。俺は都市の老朽化の整備と増築改築のために来た有志のボランティアで、普通の技師だったんだよ。それが今じゃこの様ってわけよ。この自由都市を作ったのは女でな。今はもういないんだが、やつはそれはもう凄い巨乳だった。俺はあいつの胸元に誑かされてしまったんだ。罪な女だよ。あいつは」


 手で顔を覆って大げさにため息を付く。


「ま、それはいいとして、この自由都市アクアを助けてくれたら協力しようじゃないか」 


「俺が助けに入ったら自由都市と監獄都市の関係は悪化しないのか」


「それはもう既に時間の問題だ」


 重苦しい声で断言した。


「魔帝が小競り合いで忙しい中、監獄都市はどんどん領域を広げていっている。あの4英雄も出張ってきてる。最近は監獄都市からの要求は増える一方だ。このままじゃどんどん食っていけないやつが出てくる。それに亜人たちとのもめ事も多発してる。問題は山積みだ」


 こんな世界で住む以上は多少の問題はあって当然だろう。


「だから協力して欲しいんだ」


「分かった。協力しよう」


 忍び込むルート、それは2つの意味で必要だ。エリック・ドランのため、そしてレギル・シルセスのために。これは受けないという選択肢は存在しなかった。



 帰り道のさながら、遊びに行かせていたルシャと合流することになった。よく遊んできたのかへらへらと楽し気に笑って、何が楽しかったなど、いろいろと勝手に喋り始めた。


 会話に相槌を打ちながら道行く俺に向けられる様々な感情があるのを感じた。恐怖、侮蔑、畏怖、感謝。雑多な感情の中でもっとも強く抱いているものを感じ取る。これは透視系のギフトの効果だろう。


 ほんの一部、ごく珍しい人間は「さとり」と呼ばれる他人の心を読むギフトを持つものがいる。これはそれの前段階程度のギフトだ。


  帰り道の最中に町中で少しの騒ぎが起っていたことに気が付く。人々が指差すのは頭上の建物だった。都市の中で一番高い建物である時計塔の屋根がある。そこにはなんの遊びか知らないが登ったはいいが、降りられなくなっていた少年が悲痛な顔をして蹲っていた。

 

 友達だろうか、時計台の展望台から心配そうな顔をして少年を見下ろしていた。


「助けます」


「待て──」


 俺がやる──という反応を待ちもせずにルシャは動いた。

 

 言葉とともに外套を脱ぎ捨てたルシャを中心に突風が巻き起こる。ふわりと身体が浮き上がった。風系統の恩寵による魔術だ。プラス翼を顕にして風に乗っている。体が浮かぶとひとっ跳び、屋根の上に軽やかに足を付ける。


 太陽の光を受けて光り輝く純白の翼をもって空を優雅に飛ぶ姿は幻想的で美しかった。黙ってさえいれば絵になる子なのに、もったいないものだ。


「ほらおいで。もう大丈夫だよ」


 ルシャは優しく手を差し伸べた。


「わ!」


 少年は助けに気を抜くあまり足を滑らせた。地面に向かって真っ逆さま、落下を開始する。ルシャは即座に飛んだ。彼女は少年を空中で優しく捕まえると、同じように風を纏って。


 しかし減速しきれない。地は迫っていた。

 人々の悲鳴がこだました。

 



「ふう」


 俺は安堵の息を吐く。直前で滑り込んでなんとかルシャをキャッチした。さもなければそのまま激突していたことだろう。無茶をするものだ。


「おいおい。俺がいなかったらどうする気だったんだ」


「かなり痛い予定でした」


 どうせすぐ治るとはいえ、そんな予定は立てるなと言いたい。


「でもなんというか」

 

 そうルシャは続ける。


「マスターなら助けてくれると思ってました」


 なんとも調子のいいことだ。

 ルシャの腕の中の少年は気を失ったのか眠りに落ちていた。


 しかしその寝顔は安らかだ。


 少年の治療のため助けを呼ぼうとして俺は異変に気が付いた。その場が異様とも言えるほどに静まり返っていることに。そして誰かが静寂を破って呟いた。


「天使だ……」


 純白の翼を広げて少年を抱くルシャを見て人々は茫然としたように佇んでいた。あまりに珍しい有翼種の亜人、そしてハーフのルシャは翼以外は人間と区別できない上、非常に可愛らしい容姿をしている。


 俺が以前に一瞬、そう感想を抱いたように、住民たちもその美しさに呆気に取られていた。良くも悪くも、この日から俺の連れに過ぎなかったルシャもこの都市で一躍有名人となった。


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