25話 悪党って何だっけ
「ふてぶてしい奴らですね。助けて欲しいと言って助ける悪党がどこにいるのでしょう」
まるで自分を納得させるかのようにルシャの口数は多かった。先ほどから似た内容の発言を言い続けている。そこで俺は気が付いた。
「もしかして助けたいのか?」
ルシャはうっと言葉に詰まり、しばらくしてこくんと頷いた。
そして唸り声を上げて頭を抱えた。
「駄目なやつです。私は駄目なやつです。困ってる人を見ると助けたくなってしまいます。こんなんじゃ凄い悪党になれません」
ふいに彼女が不憫だと思った。あまりに幼気だ。父のために父の言葉を盲信するとは。本当は心優しい性格なのに無理をして俺に師事している。
彼女は赤の魔帝の娘だ。良いように利用してやればきっと役に立つだろう。悪の道に引きずり込み、上手く働いてもらうのだ。それも本人も望んでいることだ。俺の咎ではない。俺が背を強く押せばきっとどこまでも転がり落ちていくだろう。そうすることだってできた。
だけど俺の取る選択はやはり違った。俺は人を疑ってかかる、裏切りも許さない。だが、たとえ信用できない相手だとしても、俺から裏切ることだけはしないと心に決めていた。
「分かった。しばらくこの都市の近くに滞在しよう」
まだ情報を仕入れきってない。
この時点で出ていくのは正直あまりしたくはなかった。
「ま、マスター。私の為に」
ルシャは目を輝かせて感動していた。
尊敬の眼差しが突き刺さる。
「人助けなんて虫唾が走って反吐が出るほど嫌いなはずなのに、弟子の私のためにそこまで」
さすがに残虐王でもそこまでじゃないと思うんだがね。
実際のところは知る由もないが。
「看守をやっつけるためだ」
「そうですね! 看守をやっつけるためですよね!」
ルシャはしばらくご機嫌な様子で調子っぱずれの鼻歌を歌っていた。
それは城門に差しかかろうかという時だった。
「待ってくださぁーい!」
背後から叫び声が届いて俺達は振り返る。
肩で息をして全速力で駆けてくる人影があった。
「はあはあ。ようやく追いついた」
ラナはそれだけしぼり出すと、身体を折り曲げて苦しそうに息を吐いた。
あらためて彼女の姿を見据える。慌てて走ってきたためか隠すことも忘れて、人間にはない特徴的な黒毛の猫耳がはっきりと見えた。もちろんカチューシャなどではなく毛並みからしても間違いなく本物だ。
「お、お願いがあります」
「お願い?」
「自由都市に住んでください」
ラナはそう言って深々と頭を下げた。
「わたし看守に目をつけられました。このままだと、どんな目に合わされちゃうか……。少しの間でもいいんです。私に家に空きがありますので、どうかお願いします」
あの場で追い払った看守の怒りが俺ではなくラナに向かうのは当然あり得ることだった。不安のあまりに彼女の猫耳は元気なくぺたりと垂れていた。
俺を巻き込む迷惑を考えていた彼女がそうまで言うのは、俺の量刑が終身刑であったことに関係しているのだろう。終身刑の者はこの監獄世界で唯一、看守を恐れずにすむ存在だった。
ラナは感触の薄い俺を見てはっと何かを思いついたようだった。
「ど、土下座! 土下座します!」
地面に手をつきかけた彼女を慌てて止める。
「しなくていい」
やけに慣れた手際だった。
まさか土下座慣れしているわけでもあるまい。
どうするかと悩み視線を巡らせると、意外な助け舟がルシャから出された。
「マスター。大悪党たるもの囲いの女の一人や二人いなくてではないですか?」
「君はちょっと物語の見過ぎじゃないかい?」
どんな教育をすればこんな悪党観が生まれるのだろう。それにしてもルシャは自分も女の子だということを完全に忘れているようだ。弟子気分ということなのだろう。
「まあ、分かった。そうさせてもらうか」
「ありがとうございます! 本当に」
ラナはこれ以上ないほどに深々と頭を下げた。
「だけどいいのか。他の人は俺がいたら不満なんだろ」
「大丈夫です。ルディスさんがひとまずみんなを説得してくれたんです」
それは俺の恨みを買いたくないといった理由からだろうか。それともこの都市の現状に不安を感じてのことか。だが、そんなことは些細なことだ。
もはや監獄都市に情報は筒抜けだ。ここに残ろうと他の都市に出ようと、やることも変わらない。
俺には明確な目的がある。もう一度、あの男たちに会い見えるのだ。
そして絶対にこの監獄世界から抜け出してやる。
◇◇◇◇◇◇
バン! と署長室の扉を蹴破る勢いで入ってきた男がいた。
「なんだい。今話の途中で──」
看守長たちを集めてレギルは都市のことについて話している真っ最中であった。
「残虐王が自由都市に現れました!」
非礼をとがめる言葉を叫びがかき消した。
「彼が自由都市を支配するとなると完全に均衡が崩れます! いえ! またも魔帝らと手を結び監獄都市に攻めのぼってくるやもしれません!」
──やはり、動いたか。
レギルはこれからの戦乱の予感から激しい胃痛と吐き気を感じた。だが周りに部下がいる、すました顔をなんとかして取り作った。
「蛆虫が」
心底憎々しげに看守長は言い放った。
「そのような蛮行。我々、正義の執行者が黙ってはいない。そうだろう。みんな」
一同は恐れを抱えつつもそれでも頷いて見せる。
「シルセス署長。さしでがましいようですが。我々にお任せいただけませんか」
「大丈夫なのかい?」
看守長の申し出にレギルはあからさまに嬉しそうな顔を見せた。
「ふふ。古臭い魔術師などもはや我々の敵ではありませんよ」
魔導兵もしかり。最近の戦闘の流行は格闘術の概念を加えた複合的な戦闘だ。あまりに強力だった守護壁も近年の研究の結果として突破の技術が進み、砲台役として動くのみの魔術師など制圧するには容易い。そのように、かつての残虐王の実力を知らないものは考えてしまうものなのだ。
だが物事には万が一がある。
レギルはその万に一つの可能性にも縋りたい気分だった。
「サーシェス」
「は!」
一人の男が看守長の呼びかけに答えて胸に手を当てた。
蛇のように鋭い目をしている。
「残虐王を打ち取ってこい。殺しは得意だろう」
「お任せを」
サーシェスと呼ばれた男は深い笑みを浮かべて頭を下げた。
「それではダニの駆除を始めましょう」
冷徹な看守長の唇から朗々と紡がれる。
「看守長の名にかけて、残虐王を断罪する」