22話 自由都市
それからしばらくして俺達は自由都市の城門の下まで到着していた。石造りの城壁は3メートルほども高く積み上げられ鉄の門扉は固く閉ざされていた。頭上の見張りの兵士が弓をつがえる準備をしているのが確認できた。
「おーい。開けてくれ。ルディスだ」
「そいつらは誰だ!」
見張りの兵から返答がきた。
「ご新規さんだ。二人ともいい人だ。助けてくれた」
「待ってろ。今開ける」
合図とともに堅い城門が軋みをあげた。ごごごと重低音をならして、やがて俺たちの前に入り口をさらした。都市の内部へと入る前に脇の別室へと通された。ラナとルディスはそのまま通らされている。室内には槍を持った兵士が数人おり、案内した兵士が出入り口を固めた。
「手をあらためてもいいですか」
一人の兵士が言う。丁寧な言葉だがそれは強制であった。
後ろ暗いものがないルシャは特に気負った様子もなく手を差し出した。失礼しますと手を取られたルシャは兵士と目が合うとにこにこ笑った。つられて彼も少し微笑む。
「無印……ここの生まれなんですか」
「はい」
元気よく肯定した彼女に続いて俺も右手を差し出す。
その手の甲には何の印章も刻まれてはいなかった。
「あ、貴方もそうですか」
「ああ」
これで終わりだという態度の俺だったが、兵士は目敏く視線を送った。
「念のためそちらの手も」
逆手の手に視線が注がれて動機が早まった。
だが俺は平静を装って手の甲を見せる。
彼はそれを検めて。
「無印……失礼いたしました」
ほっと安堵に胸をなで下ろす。俺の手には指輪がはまっている。それはレゾットの魔術を込めた、手の甲に刻み込まれた終身刑である証しを誤魔化すためのものだった。
旅に出る前に彼に頼んで用意してもらったのだ。レゾットの力を信じていないわけではなかったが、ばれたらと思うと気が気ではなかった。
「ようこそ。自由都市に」
兵士たちは左右の壁際に分かれ、俺たちの前に道が開かれた。
中に入った俺達が見たのは治安の良さを感じさせる人並みだった。監獄世界にはもっと魑魅魍魎と悪鬼が跋扈するイメージが先行していたが、自由都市と言うだけあって意外となんでもかんでも暴力に結びつくわけではないようだ。ごくごく普通の生活の営みがなされていた。
「にしても自由都市なんて人手が足りるのか、すぐ戻る人ばっかりだろ」
重犯罪者を排斥している以上、ここにいるの軽犯罪者ばかりとなる。必然、数年の間にはアレーテイアに戻ることになるだろう。
「やっぱり人の入れかわりは激しい。でも人は意外と多いんだ。アレーテイア中の犯罪者がここに送られるし、送られるのは犯罪者だけでもない。それにあっちの世界に嫌気にさした人がこの世界に残ることもあるからな」
ある程度量刑を区切ってるとは言え、全世界規模の犯罪者となれば結構な量になる。そして故郷を捨てる者、人それぞれということだろう。
「マスター。これからどうしますか」
「宿を取ったり、いろいろだな」
とりあえず居を落ち着ける必要があるだろう。
「それならいい宿を紹介するよ。お礼代わりにもらならないけど」
「ああ、感謝する」
「とんでもない。感謝するのは私たちのほうさ」
ルディスはメモ用紙にさらさらと住所と店名を書いて俺に渡した。
「そんな強いんだ。冒険者ギルドに登録したらどうだい」
「冒険者ギルドって……中世みたいな話だな。そんなものがあるのか」
「ははは。この世界はそんなもんさ」
もともとこの世界だけ圧倒的に遅れているのは間違いないだろう。冒険者とは、子供じみた冒険心みたいなものが沸き上るのを感じた。だがそんなことをしている暇はないぞ、と心に強く念じる。
「それじゃあ本当に助かった」
「ありがとうございました」
ラナとルディスと別れる。
まずは街の散策でもしてみるかと足を向けた。
散策中におすすめされた宿屋や冒険者ギルドなるものを発見する。
しかし今の目的地はそこではない。何度か人に話を聞きながら、とある専門店へとたどり着いていた。裏路地のこじんまりした店に入るなり草を煮詰めたような濃密な臭いが鼻を突いた。魔術師で薬品系等を販売してくれる人を探していたのだ。
意気揚々と乗り込んで、
「あ」
と同時に声を出す。
そこにいたのはラナ、助けた形になった少女だった。
店内には乾燥した干物類がロープからぶら下がり、色とりどりの薬品の瓶が棚に並んでいた。今まさに何かを調合しているのか、窯に火を入れており少し煙たかった。
「もしかして君が店主か?」
「は、はい」
俺の感想はただ一つ──若い。若すぎる。この系統の店は可愛いお姉ちゃんと会話するために来るのではない。年齢の高さイコール能力の高さとまで極論を言うつもりはないが、若くてできるやつは稀だ。
彼女を観察する途中で後ろを振り向く。
その理由はルシャに袖を引かれたからだ。
ルシャは耳打ちするようにしてこそこそと話す。
「マスター。どうするんですか。やはり悪党と言えばこういう場合は『おい、ねーちゃん。この店はこんな不良品おいてんのかよお』みたいな感じに商品にケチをつけて代金を踏み倒してしまうのでしょうか。そ、それはちょっと可哀想かなって思うのですが」
「君はいったいどんな悪党観を持っているんだろうね」
それはまさしくルシャが言ったちんなけ小悪党がすることではないか。いい加減、ルシャを誤魔化す説明を考えるのも面倒になってきた。
いいか──とルシャに言って聞かせる。
「凄い悪党っていうのはルールを守るんだ」
「守るんですか」
ルシャはポカンと首を傾げる。
「例えば魔帝がいるだろう。凄い悪党っていうのは支配者としてルールを作るんだ。なんでもかんでもルールを破ってぶち壊してるようじゃいつまで経っても二流にしかなれない」
俺が適当に言いくるめると、ルシャは神に祈りを捧げる修道女のように両手の指を組んだ。
「マスターの慧眼に感服いたしました。さすが悪のスペシャリスト」
神の啓示でも受けたかのように崇め奉る体勢だ。ルシャには悪い彼女がいると話がいろいろと面倒なことに気が付いた。
「ルシャさん。ちょっと外で遊んできていいよ。はいお小遣い」
俺は持ってきた金貨をルシャに1枚渡す。
価値が分からないがきっと足りるだろう。
「また私を子供扱い──はっ。まさか。これも修行の一環?」
またまた都合のいいように解釈して大きく頷いた。
「はいっ。全力で遊ばせてもらいます!」
「ほどほどで構わないよ。2時間後に宿で集合な」
と言い切る前にルシャは一気にすっ飛んでいく。
まるで暴風雨みたいだ。
それにしてもいつかボロが出そうで恐ろしい。もし中身が違うなんて露見したらどうなってしまうことやら。意外と何事もなくすんなり納得しそうな気もしたが試す気にはなれない。
「どんな御用でしょうか」
「急に魔法が使いにくくなったりすることあるかな」
ここに来た理由はただ一つ。どうやら魔術がろくに使用できないということが判明した。使おうとすると暴走して爆発する。確かに俺は魔法不適合者ではあったが、それは元の肉体の話であり今は使えるはずなのだ。
もし本来の肉体の持ち主ほどの力の行使が可能ならば、俺の大きな助けになってくれるだろう。使えないのは身体の不調か、それともただ単に俺が魔術を使ったことがないで勝手が掴めないせいなのか。
「時々そういった方は来られますね」
ラナはうーんと頭を悩ませた。
「魔力回路の調子が悪いんでしょうか。調子を整えるお薬ならあります」
「まあそれでいいかな」
ラナによっていくつか見繕われて、用法用量を守って云々と。
「ありがとう」
「こ、こちらこそ」
試してみて、これで駄目ならまた別の手段を考えればいいだろう。
用事も終わったところで俺は別件を切り出した。
「そうだ。暇だったらちょっと町を案内してくれないか」
「えっと」
人見知りする性質の彼女にわざわざ頼むのも悪いとも思った。
しかし、少し彼女と接点が持ちたいと考えた。それは僅かに感じるきな臭さが理由だ。初対面の時の印象はかなり根深く残るものだ。この子も俺のように罪状を誤魔化して自由都市に潜入しているのではないか。少し人となりを探ってみるかと思い立った。
それに襲撃者の男たちとルディスの食い違う証言もある。
実際に触れ合ってみるとかなり気弱で繊細な感じを受けた。俺の推測が間違っていればそれでもいい。仮に正しくとも、ラナが俺の目的の邪魔にならないならば問題なく、俺だって同じ立場だ。とやかく言えるわけもなかった。
「もちろんただじゃない」
ポケットから白い貨幣を取り出して彼女に渡す。
するとラナは驚いて声をあげた。
「わ。白金貨。こ、これで2月暮らせます」
逆に驚きだ、今のは銀貨じゃなくてプラチナだったのか。白金貨があるなんて教本に載ってなかった。投げるべきチップの量を完全に間違えた。こういう大事なこともついでに日記に書いておけと、残虐王に内心で文句を言い募る。
「で、でもいいんですか?」
ラナは悪いと思ったようで念を押して確認する。
だが出した物を引っ込めるなんてことはできない。
俺のちゃちなプライドが許さないのだ。
「これの代金も入ってる」
薬剤を掲げて苦し紛れに、そう言うしかなかった。