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2話 亜人と奴隷

 ガリガリガリ。


 掻き毟るような音が断続的に響く。

 それは鉄の鎖が地面とが擦れる音だ。多くの影が足に枷をはめ、鎖が伸びた先は丸い鉄球へとつながっていた。彼らが動く時に鎖と鉄球が引きずられて音が出るのだ。

 

 その奏者は緑色の皮膚を持つ人型の生き物、ゴブリンという種だ。人間の女性の平均身長ぐらいの体格のものが多い。かつて残虐王は監獄世界全てを支配下に置き、先住民である亜人たちをも従えていた。残虐王の名のもとに亜人と人間との争いが起り、戦いに負けた彼らの現状がこれだ。彼らは忌み嫌われる対象となっていた。


 一時音はなくなり、しばらくして再開する。


 ガリガリガリ。


 まったく耳障りな音だと思った。

 あちこちから幾重にも重なり合い織りなす世にもおぞましい協奏曲だ。この都市では監獄世界の先住民である彼らを狩り、奴隷化して働かせていた。彼らが解放される日は永遠に訪れない、彼らの一生はあそこで終わる。それに比べれば、まだ俺の境遇などましなのかも知れなかった。




 あまり道草を食っている時間もなかった。俺も同じ立場なのだから。

 遠く視線の先には囚人を逃さないための白い壁が屹立していた。そしてそれを越えた先にもまた壁があり、その先にも壁がある。俺がいるのは監獄都市内にて何十にも区切られたブロックの一つだった。普通の囚人は越えることができないその壁を、俺はある事情があって通ることができていた。それが任されている特殊な仕事が関わっていた。


 その仕事場に向かうための行く道で他にも多種多様な先住民とすれ違った。尖った耳と白い肌を持つエルフ族の奴隷、豚の頭の人間はオーク族だろう。俺達に与えられた任務は監獄世界の開拓である。犯罪者たちを労働力とする計画なのだ。


 さらに先住民たちを捕えて奴隷化し、どんどん人間の領土を広げていた。


 鉄のパイプで組まれた簡易の足場を通るとカンカンと靴音が響く。

 しばらく歩いて巨大な建物の中に入っていくと、視線の先には目的地が見えた。だだっ広い室内の平らな地面の上に山のように盛り上がった物体。天井がガラス張りになっていて、降りそそぐ太陽の光を反射して全身が白く耀く。


 そこには巨大な竜が鎮座していた。プラチナドラゴン、ハイドラゴン種の中でも滅多にお目にかかることのできない白龍という種族だ。


 ほうとため息を漏らす。美しい。見る度に惚れ惚れする。

 純粋なる力の権化、俺の目指し続けたこの世の最上位の力だ。


 それを鎖につなげることがなんて口惜しいことか。足枷をはめられ全身に鎖が巻かれたまま眠ったように動かない。大人しい龍だから、いつものことだった。


 俺の仕事はそのドラゴンの世話だった。龍は精霊種に分類され、空気中エネルギーを吸い取って食料とすることができる。何トンもの肉を食べさせたりする必要はなかった。だから主な仕事は掃除になる。龍に水を被せて洗い、たわしで体を綺麗にするのだ。


 それが終わるとデッキブラシで部屋中を掃除していく。その際にも気は緩めない。人間など彼の気まぐれによって容易く命を散らすだろう。だから他にやり手がおらず、俺がわざわざ志願してこの仕事をやっていた。


 その理由は単純だ。脱走のため──というわけではない。

 ただ単に強くて大きなものに惹かれる子供みたいな感情によるものだ。男ならば一度ぐらい強さに憧れる経験はあるだろう、俺の場合はそれを拗らせてしまった。

 

 その果てにこの現状がある。

 

 手を伸ばし、わずかに白い鱗に触れる指先、強大な力が内包されているのを感じる。おそらく全盛期の俺ならばなんとか倒せるだろう。ただそれは延々と鍛えた結果だ。


 彼らはただ生まれながらにして空を統べる王者である。もし彼らが人間と同じだけ強さに執着し、その身を鍛えていけばもはや他の種族は届きはしないだろう。


 しかし彼らは強く、人間は弱かった。

 だからこそ俺たちは強さに羨望を抱き、強くなろうと思うのだ。


「どうしてそんなに強いのに……人間に捕まっているんだ」


 独り言のつもりだった、どうせ返事は返ってこないと思っていたから。

 しかし、グッグッと押し潰したような声が反響した。

 白龍の喉が鳴動していた。笑っているのだと気が付いた。


『我らは』


 初めて声を聞いた。意外にも透き通る綺麗な声だった。喋れるのか……彼らに人間同様の知能がある事は知っていたが、意思の疎通はどうしてだかできないと思っていた。


『人間ほど強かではなかったのだ』 


 目が合った。その瞳には理知的で思慮深い光をたたえていた。

 しかし、どこか寂しそう。


『我が種は多くの者が人間に狩られてきた。牙や爪に鱗、血の一滴まで利用するために殺されてしまった。人間は他者を蹴落とし利用するのにまるでためらいがない』


 猛る言葉では無くなだらかで平坦なものだった。

 怒りよりも諦めが勝っているのだろうか。


『貴様らはおぞましい種族だ』


 それでも言葉は耳に残って離れなかった。




 仕事も終わり、休憩時間にぼんやりと遠くから龍の言葉に思いを馳せていた。


「お疲れさん」


 手すりに身体を預けて佇んでいると、突然声をかけられた。そこにいたのは看守──名をゼクトという、かなり話のできる看守と囚人の間で話題にのぼる者の一人だった。


「物好きだな。あんなおっかない仕事をよくやる」


「上に話を通してくれて助かった」


「そりゃあ誰もやりたがらないからな。逆に感謝されたぜ」


 彼にはあの龍の世話という仕事を取ってきてもらった恩もある。だがもとよりあの龍の相手をするには多少腕に覚えがある程度では自殺行為だろう。あれが暴れても俺は何とかできる自信があるものの、それでもやはりその圧倒的な存在感には心の奥で恐れを抱くものだ。


 それほどの存在がああやって鎖につなぎとめられているのは不思議なことだった。


「あの龍。どうやって捕まえたんだ」


「俺は最近入ったから詳しくは」


 ゼクトはおーいと近くの看守に声をかけ、事情を説明した。


「なにか知ってるか?」


「ああ。上手いこと子供を捕まえたのさ。んで、そいつを囮にした」


 看守の男は話しながら煙草に火をつける。

 きつい草の臭いがむっと鼻をついた。


「それで簡単に捕まえられた。龍種っていうのは賢いって話だったが、ただの馬鹿だったな」


「子供の龍はどうしたんだ」


「とっくにばらしたよ」


 その内容を理解して息を飲んだ。


「あんまり暴れるものだから、痛めつけていたら弱って来てな。ドラゴンの医者なんていなかったからそのまま死んじまった。仕方ないから有効利用したってわけ」


 それ以上話をする気にもなれず適当に会話を終わらせてその場から去った。

 不思議な喪失感と虚無感が胸中に宿っていた。


 ──慈悲はないのか。



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