閑話 過去の戦い
これは昔のとある出来事だ。
残虐王は中空にてマントをはためかせた。
パラディソスにある兵器の製造拠点の破壊工作、それが目的だった。
作戦自体は完全に成功した。圧倒的な力で防御機構ごとねじ伏せたのだ。足下には煙を上げる施設が散見された。元より防ぎようもないのだ、単機にて軍に匹敵する者の攻撃など。
しかし彼我の戦力差は膨大である。世界全体を敵に回して戦線など開けるわけもない。普段は野に潜り、隠れ潜んでいることが多かった。
「なんだ」
帰還しようとしていた残虐王は一筋の光を捉えた。
ほんのわずかに視認した。
同時に首筋に違和感、鋭利な刃物によって切り裂かれていた。しかし残虐王は顔色一つ変えることはなかった。その傷が瞬く間になくなったからだ。
「魔術師殺しか」
即座に正体を察知してその名を呟く。
長大な剣を引っ提げ馬鹿げた速度で動く剣士だ。
魔術師は魔術などのマナを使用した技でしか突破できない堅牢な守護壁をまとう、その者の内包するその恩寵量によってその強固さは天と地ほども違う。歴代最強とまで言われる残虐王の守護壁を突破できる魔術師などどこにもいないと分かっていた。唯一の例外は魔術師殺しとあだ名される剣士。
いつも戦場の花形は魔術師だった。魔術師の優劣が戦場の勝敗を大きく分けた。大規模な魔術を放つ大砲役と守護壁による防御役を担う。攻撃能力も防御能力も魔術師の質と量に依存するからだ。そもそもみな魔術を使用できる人間同士の戦いでは、純粋なる戦士など存在しなかったのだ。
そんな中で一石が投じられたのが守護壁突破の研究だ。
結果的に言えばその研究は失敗にすぎなかった。守護壁を無効化するために生み出されたのが成人男性の身の丈ほどある馬鹿でかい剣であった。重量も重く、誰もまともに扱えない。
こんなものを抱えて魔術師に突っ込んでいくなど正気の沙汰ではない。本来は名もなき失敗作となるはずだった。しかしそれがある男の手に渡るとそれは魔術師にとって恐怖の代名詞となった。
「狂気の沙汰だな」
またも閃光がきらめいて腕が吹き飛んだ。しかし痛みはない、千切れた腕はすぐに元通りになった。自らの身体を魔力の塊、精霊体に変換して物理攻撃を無効化する。
魔力の持つ限り続く残虐王の固有の秘術だ。
「ちっ」
また突風とともに身体を刻まれて軽く舌打ちする、完全に捉えきれない速度だった。魔術が使えない男は装具にエンチャントされた足場を作る魔術を利用して空を圧倒的な速さで跳ねまわる。危機の予兆を告げるギフトが発動した刹那にもう攻撃が通り過ぎている。
「しかし、これで関係あるまい」
瞬時に足下から頭上へと無数の風の刃が吹き荒れた。
魔術を使えない男はそれをまともに喰らえばバラバラになるはずだった。
だがそうはならない。その男の周りには強固な守護壁が張られていた。相手は5人組で動く。そのうちの1人に特に防御魔術を得意とするものがいた。そいつの仕業だ。広範囲に向けた弱い魔術では防がれてしまうぐらいには堅い。
そして他の人間たちも残虐王が魔術を放った隙を逃さない。
左右から同時に魔術反応。
蹴りに爆炎と拳に冷気をまとい、突進してくる男女の一組が。
彼らの魔術が至近距離で爆発する。
残虐王は躱すことをしない、それを同時に受け止めていた。
「反属性を同時に」
「しかもこの威力で」
イリナに対しては水、ニースに対しては炎属性を使って攻撃を中和した。同じだけの威力をぴたりと使用する離れ業だった。守護壁で防ぐまでもないという、それだけの実力差があった。
「化物」
イリナの口から怯えをにじませた呟きがもれた。今度隙だらけになったのは至近距離での攻撃に失敗した二人だった。残虐王が彼らに目を向けた、その刹那に死角から紫電の槍が襲いかかった。だがダメージはない。守護壁で防いでいた。
「もう一人は相変わらず臆病だな」
最後の一人は遠くから隙を見て狙う、厄介なタイプだ。しかし負ける気はしなかった。この場で唯一、危険があるとしたらやはりおかしな剣士によるものだろうと思っていた。残虐王の秘術はこれだけではない、この程度で歴代最強とまで呼ばれたりはしなかった。
ようやく剣士が足を止めたことでその姿をまともに視認する。今まで何度となく邪魔をしてくれただろうか、その度に退けてはいたが、時間を経れば経るほど彼が強さを増していっているのを感じていた。そろそろ危うい芽は摘んでおきたい、そう考えるようになっていた。
「発想は悪くないが。そんななまくらでは私は斬れんぞ」
残虐王の守護壁は彼の持つ剣でしか突破できず、霊体化は魔術でなければ突破できない。彼らに決め手はない状況だった。しかし少し研究が進めばあの失敗作の剣にも属性付与魔法をエンチャントできる可能性が出てくる。そうなるとわずかに危険も生まれる。
「それが魔術師でないものの限界だ」
「俺は自分に限界を定めたりはしない」
剣士の男の両の腕、服の裾から覗いた体に呪印が刻まれているのを捉えた。
「それは……使用者の魂を削り使う最悪の邪法」
主に呪術に分類される呪いだ。魔術の範疇から外れた攻撃のため魔術で防ぐのは難しい。それはきっと精霊体になった状態でも通じるだろう。未だにそれを伝承しているものがいたとは驚きだった。
「死地を、定めたか」
「もとよりそこが俺の目指した場所だ」
剣士の視線は一切揺るがずに残虐王に注がれていた。どこまでも一心に強さを追い求める、それは一種の狂気でもある。だが考えようによっては似た者同士なのかもしれなかった。
こんな戦争をしかけるなど狂気につかれていなくてはできない。
「いくぞ。世界最強」
「来るがいい。魔術師殺し」
そして激戦の幕が開かれたのだった。
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