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12話 平穏の終わりの訪れ

 市中の様子はなかなかの見ものだった。貴重な妖精種が飛んでいたかと思えば、ホビットなど見慣れた亜人ものそのそ歩いていたり、魔物にしか見えない人面樹なども普通に闊歩していた。ぎょっとして剣の柄を握りかけたところでアステールに止められる、なんて場面もあった。


 そんなうちに時間も経過して日も落ちる時間になってきた。

 そろそろ館に帰らなくてはならないだろう。


「俺はそろそろ戻るか」


「なにもあの館にいる必要もない。今日は私の家に泊まるか?」


「旦那に悪いだろう」


 多くの一族が死んだと言っていたから生き残っていない可能性もあったが。

 しかし俺の問いにアステールはポカーンと表情を緩めた。


「何を言っておるのだ? 私に夫はいないが」


「君には子供がいたんだろ。なら旦那がいるはずじゃないか」


 あまり口にしていい話題とは思えなかったが、事実関係をはっきりさせるためにそうした。


「あの子は……死んだ友の残した。私が親代わりに預かっていた一族の子だ」


「そうだったのか」


「そうだ」


 とアステールは頷いた。


「私は未婚だ。男を家に呼んでも不義理ではない」


 となると次は男女の問題が生じるが。長らく龍として過ごした弊害なのか自分が女性であるとアステールは失念しているのではないか。最初に出会った時も抱きついてきて無警戒というか、いろいろ無防備すぎる。彼女としては少しじゃれている程度の感覚なのかもしれない。


「男を勘違いさせると恐ろしいぞ」


「はっはっは。ドラゴンに夜這いをかける人間なぞ英雄譚にもおるまいよ」


 黄金色に染まる町には同じぐらい眩い人々の笑顔があった。

 彼女の笑みはその中でも一際、眩しく見えた。


「そ、それに。別に嫌というわけでは」


 ぼそぼそと口にするが、どう返答していいか分からずに聞こえないふりをする。

 うーっとアステールは頬を朱に染めて恨みがましく俺を見据えた。


「平和だな」


 気づけば無意識的に呟いていた。亜人たちの生活も人間の営みとそう変わりはなかった。彼らも普通に生きて、こうやって生活しているのだ。亜人も人間も何も変わらなかった。


 確かに本国の人間が言うようにまだ文化レベルは低いかもしれない。だが野蛮人ではないし噂に聞くような獰猛な人種ではなく普通の人々だった。彼らはただ悪として教えられ、今まで俺はそう信じ込んできた。だがそんなことはなかったのだ。目が覚める思いだった。


 監獄世界だということを忘れるほど世界は活気に満ち溢れていた。


「それも今だけのことだ」


 強い風が通り抜けて白金の髪を散らした。


「近い将来、必ずまた戦が起きる」


 アステールは足を止めた。つられて俺も立ち止まる。


「ここにいるのは戦を嫌ったものたちだ。戦えない者が多い。一度戦いが始まれば我々は滅びる、もしくは隷属することになるだろう」


 彼女は振り向いて真っ直ぐに俺を見た。

 それは恋人が口づけをねだるような甘い視線ではない。

 俺にも覚えがある戦士が戦場へと赴く前の、決意と覚悟が宿った瞳だった。


「我らを助けて欲しい」


 アステールはそう口火を切った。


「貴方は我らの王の力を受け継いでいる。その力を貸してほしい」


「俺に奴の力が?」


 恩寵に関して言えば確かに正常に動作している。

 しかし希代の魔術師の力を受け継いでいる実感はなかった。


「ああ。主様はそう言っていた」


 最初からそのつもりで俺に好意を示していたのか、そう疑念が過った。


「俺を仲間に引き込もうとしてったわけか」


「すまない。そういうつもりでは」


 アステールはわずかに怯んだようだった。またしてもいつもの悲しそうな瞳を浮かべる。それを見ると心臓が掻き毟られたように痛みが走った。


 捨てられた子供みたいな表情、昔の自分を見ているみたいだった。何の力もなかった頃の自分を。なぜこの世で最も強く美しい存在であるはずの彼女がそんな顔をしなければならないのか。俺にはどうしてもそれを許すことができなかった。


「なぜだ。なぜ亜人は残虐王とともに人間と戦った」


「我々はただ。自分達の生きる場所を守りたかっただけだ」


 そうか、と簡単に腑に落ちた。彼女らは先住民である、つまりこの地に住んでいる人間は彼女らにとって侵略者以外の何ものでもなかったのだ。流刑地とされ、極悪人がこの世界を荒らしたのかもしれない。それで選んだのだ、王とともに戦うことを。


「お願いだ。私にできることなら何だってする。だから……」


 助けると、そう言ってやりたい気持ちはあった。 


 以前に俺は確かにアステールを助けた。しかしそれは最期の時、死に際に半ば自棄になっての行動だった。今の俺にはやらねばならないことがある。この世界から脱出してレギルを破滅させなければ気がおさまらなかった。


 これからの人生を亜人のためにも彼女のためにも生きることはできなかった。彼女のことは嫌いではない。しかし、それをはっきりと伝えなければならない。


「3年前、あの事件から監獄都市の所長が変わった。彼は積極的に亜人を狩っているんだ。もういつ攻めてきてもおかしくはない」


「戦えばいいだろう」


「署長のレギルの他にも主様を打倒した4英雄がいる。我らの力だけではとても」


「なに?」


 衝撃のあまり呼吸が止まった。


「今の署長はレギル・シルセスか」


「あ、ああ。そうだが」


 やつはこの世界にいる。血が沸き立つ思いだった。この世界から脱出するのもそうだが、やつらとはけりをつけなければ。今すぐにでも監獄都市に向かいたかった。亜人達と関わっている暇などない。


「……エル?」


 訝しげに問いかけられ、はっとする。


「悪い。ちょっと考えさせてくれ」


 気づけばそう口にしていた。

 アステールがあまりにも辛そうだったから。




 アステールと同じ屋根の下で眠る気にもなれず館に帰ってきていた。


「お帰りなさいませ」


 そこで出迎えたのがルシャだった。ぺこりと頭を下げる。

 急ごしらえで直したのか不格好な机につくとお茶を出した。


「何やってんだ?」


「こういうことは弟子の仕事でございます」


 ふうんと適当に相槌を打って一口頂く。

 無警戒だったのは毒物を見分けるギフトを残虐王が持っているからだ。


「まっず」


 一口飲んであまりの不味さに眉をしかめる。センスの欠片もない。

 がーんとルシャは表情を凍らせていた。


「申し訳ございません! 捨てます!」


「いや。捨てなくていい」


 せっかく作ったのにもったいない。元々俺は味にはうるさくないほうだ。それに今俺は自分を痛めつけたい気分だったのだ。ルシャの不味すぎるお茶はそれにちょうどいい。


「ま、ますたー」


 ところが何を勘違いしたかルシャは感動したように瞳を潤ませた。しばらく俺が茶をすする音だけが室内を満たし、ルシャは嬉しそうにそれを眺めていた。


「悪いことをしたな」


 お茶を飲み終えると、俺はぽつりと口にする。


「何がですか」


 そうルシャが問いかけた。


「みんなをぬか喜びさせた」


「いいえ。そんなことないと思います」


 俺の言葉を即座にルシャは否定してみせた。


「力とかそんなの関係ないんです。みんなマスターとまたお会いできただけで、嬉しいんです」


 ふわりとした温かな言葉だった。


 その純真さ、それが重荷になっているのだ。

 残虐王の言うように彼の罪全てを背負い込むつもりはなかった。

 



 惑う心を抱えながら外に足を向ける。今日訪れていた街をもう一度目に収めようと思った。そこで気が付いた。街では紅い光はゆらゆらと揺らめいていた。


「あれは」


 街の光源に見えない光は不安を想起させる。


「町が燃えてる」 


 それは自然発生したものには見えなかった。

 となれば答えは一つ、これは襲撃である。


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