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95話 毒麦

 かん、かんと金槌が振るわれる音が響く。それだけではなく威勢のいい言葉が飛び交う。


 そこは新緑が鮮やかに色づく深い森の中、穏やかな川の流れ街道を分断している場所だった。ここはタイラントベアが暴れたため壊れた橋だ。多くの人々が集まって作業を行っていた。


 橋もようやく復旧が終わろうとしていた。普通に考えればかなり早い工程だ、魔法技術だけではなく建築にも詳しいエリック・ドランことクインが手を貸し、さらに亜人も精力的に働いているためだ。


 巨人やドワーフの中に、機械仕掛けの巨体も混じる。太陽に照らされて鈍色に輝いている。それは魔導兵だ。破壊された打ち捨てられた魔導兵をクインが何とか部品を集めて修繕したのだ。


「アクアでは人下と亜人がともに暮らしていると聞きましたが、実際見ると驚きました。だがあなたがいるのならば当然の話ですね」

 

 俺にそう話しかけたのは南の自由都市の長だった。白髪交じりの、初老に差し掛かった年頃の男だった。


「俺のことを知っているのか?」


「私はここの生活も長いものです。自由都市にも少ないが残虐王……あなたの支配下の時代を知るものはおります。遠目にですが、一度だけ見たことがありました」


「そうか」


 確かにそういう人間がいてもおかしくはないだろう。


「あなたはこの地に圧政をしくこともなかった、それに戦いを強制されることもなかった。亜人も魔帝も自由都市も一つの大きな力がまとめ上げていた。この世界に限って言えばむしろ大きな混乱や戦は少なくなったとすら思っています。あなたの目的は結局はこの地ではなかった」

 

 残虐王の目的、それはこの地からの脱出だ。まだすべてを明かさぬ彼の目的を知ることも、俺にとって重要なことだという確信があった。


「今回もそうです。あなたがたのおかげで助かりました。……そのかわりというわけではありませんが、お約束します。無理難題を求めなければ、我々があなたがたに弓引くことはありません」


「俺も同じことを約束しよう。その言葉が嘘でない限り」


 がっちりとかたい握手をし合った。その約束が守られることを祈るしかない。もし違えれば、俺は報復せざるを得ないのだから。


 作業がひと段落したのかクインが魔導兵から飛び下りて、地面に降り立った。俺は彼に対して労いの言葉をかける。


「見事なものだな」

 

「一応本職なんでね」


 軽くそういう今のところ魔導兵を操作できるのはこの男だけだった。その理由は単純、中枢構造の解析が不可能であり、自作したという他の基盤を接続してアナログ的に操作しているためだ。


「完全な解析はできないのか」


「中枢は完全にブラックボックスだ。俺にも分からんよ。こんな上等なもんどうやって作ったんだかな」


 目標をただ攻撃する程度の知能しかなかった前時代のゴーレムとは性能が丸きり違う。


「お前でも無理か」


「そりゃ俺が天才っていっても、同じぐらいできるやつはいるからな」


 これもまた、賢人会議なる組織でも関わっているのだろうか。


「お疲れ様です。クインさん」


 話し込む俺たちのもとへとラナが飲み物を持ってやってきた。感謝を告げてカップに口をつける。魔術でよく冷えた水が身体を内側から冷ましてくれる。


「それにしてもラナ。今日も凄いな」


「何がですか?」


「揺れがだよ。揺れが」


 ラナはセクハラ発言に顔を赤くして胸元を隠した。そんな様子を見てクインはにやにやと何とも嫌らしく笑うのだ。この男は本当に煩悩に忠実に生きているものだ。


 そんな呑気な空気を破る大声が響いた。


「蝕害だ!」


 瘴気をまき散らし草花を枯らして現れたのは大きな蛇だ、ヤマタノオロチのように、蛇が何匹も混ぜ合わせ不格好なキメラだった。人々は蜂の巣をつついたように大慌てで避難を開始する。


「ルシャ。頼む」


「はい!」


 勢いよく飛び出して一閃、刃の軌道を遅れて焔が軌跡を描いた。蝕害は炎に包まれるとあっさりとその巨体を散らしていく。


「おおー」


 歓声が沸き上がった。橋の修繕作業中に何度となく見せてきた光景だ。蝕害を倒す力と純白の翼、そして強い癒しの力を持つルシャは現場の男衆からずいぶんと人気を集めていた。


「お嬢ちゃん、助かった!」


「ありがとうよ。女神さま」


 周囲から浴びせられる言葉にルシャはペコペコ頭を下げて応える。今更の話だが悪党の要素が一つもない。どこまでも甘い子だ。それは愚かさでもあると言える、しかし俺はその愚かさを守ってやりたいと、そう思うのだ。


 だがそれにしても問題は。


「最近、多くなってきたな」


 蝕害の発見の報告が上がってきていた。何かの予兆でないといいのだが。考えごとをしているうちにルシャが戻ってきて、上目遣いで期待する眼差しを俺に向けてきた。


「よくやった」


 ぽんぽん頭を撫でると、ルシャは花開くような笑顔を浮かべる。


 ──子供は可愛いものだ。


 感情がそのまま顔に出て、表情豊かなところが好きなのだと思う。人間は大人になるにつれ、いつしかそれを忘れてしまう。悲しくても笑って辛くても前を向くことを求められるから。


 幸せならばそれが顔に現れる。この世を謳歌して輝いている姿が見える。俺たち大人が素直にできない分、彼ら子供がそうしてくれていることで俺たちは救われるのだと思う。


 ふとかすかにかつての恩人の顔が浮かんだ。

 

「マスター、どうかしましたか?」


 ぼーっと見つめていたせいで、ルシャは不思議そうにパチパチと瞬きを繰り返した。


「いや、何でもない」


 過去を振り返る暇はない、これからはただ進むしか道はなかった。




「お帰りなさいませ! 主様!」


 アクアに帰還して、市長室に足を踏み入れるなりレイチェルが飛びついてきた。俺はいつかのように避けはせずに今度はちゃんと受け止めてやる。レイチェルも予想外だったのか俺の腕の中でしばし固まった、しかしすぐに力を抜いてご満悦そうに、にやけ顔を見せた。


「ほら、いい加減離れろ」


 レイチェルは名残惜しそうにしながらも離れていった。


「レイチェルちゃん。女の子なんだからあんまりそういうことはしないほうが」

 

 この一連の流れを見たラナが苦言を呈した。


「恋愛成就の秘訣は攻撃あるのみ。もたもたしてると遅れをとるわよ」


「……」


 ラナはきょろきょろと俺とレイチェルを交互に見て、口を開閉させるが言葉にはならなかった。


「仕方ないわね」とレイチェルは続ける。


「主様。ラナもしてほしいそうです」


「ええ!?」


 本当かとラナに視線を向ける。


「い、いえ! め、滅相もないです!?」


 彼女はぶんぶんと首を振って否定した。


「……レイチェルちゃん」


 ラナは少し怒ったような、恨みがましい視線を送る。


「せっかく気を利かせてあげたのに」


 レイチェルは取り付く島もない。だが意外とこの二人は上手くやっていた。子供っぽいところがあるレイチェルにはラナのような温和なタイプが合うのかもしれない。


「アステールはどこに?」


「城壁で見回りをしているそうですね」


 どうやら入れ違いになったのか、二度手間になってしまった。レイチェルに礼を告げて俺は外に足を向けた。



 町中を歩いていると騒ぎが起こるため、城壁までこっそりと足を運んでいた。無事到着し、通りすがりの衛兵の詰め所からは笑い声が響いてくる。聞いた声だと中を覗けば。


「はっはっは。まだまだ甘いな」


「はあ。もう勘弁してください」

 

 ザルドとウィルがポーカーに興じていた。しかもウィルはだいぶ負けが込んでいるようだ。大人気のないことだ。


「ほどほどにしておいてやれ」


「ああ、旦那か。了解だ。小遣いぐらいは残しておくさ」


 助けてくれとばかりのウィルの視線に手を振って応えて俺は先を急ぐ。少し歩いて、すぐに見つけた。アステールはじっと遠くを見つめて佇んでいた。


「帰ったか。エル」


「ああ」


 こちらを見もせずにアステールは言った。何をしているのかと思えば、彼女は妙にそわそわと落ち着かない様子を見せていた。


「大丈夫だ。心配しなくていい。あの約束は破れない」


「それは分かっているのだが。どうにもな」


 亜人が開放されるのか、心配なのだろう。何と言ってもその時刻は今日だった。迎えにやったのはセレーネとライオットのコンビだ。あまり反りが合わない二人だが、それを問題にするような馬鹿な真似をするほど愚かではない。


「見えたな」


 地平線の先には大きな人の群れが見えた。数百から下手をすれば千に近い数だ。先頭ではライオットが大きく手を振っている。どんどんと自由都市に近づき、おーいと叫ぶ声が聞こえる距離にきた。多くの亜人たちが口々に呼び掛けていた。


 それに応じて自由都市からも亜人が飛び出していった。手を叩き再開を喜び合う友や、抱き合う家族の姿があった。笑顔がはじけて涙がこぼれる。


 アステールはその姿をただ黙って眺めていた。ぽつん、と雫が石畳で弾けた。彼女の横顔には涙の雫が伝っていた。


「まだ何も終わってない。それは分かってるんだ。でも」


 必死に涙を拭うアステールの肩に手を置いた。


「今日ぐらいはいい」


「エル」


「もうお前は一人じゃない。これからは俺が背負ってやる」


 責任に囚われて、罪に囚われて、そんな生き方はしてほしくなかった。俺がかつて求めたのはあらゆる戒めから人を開放するだけの力だった。


「ありがとう」

 

 アステールは静かに感謝を告げた。


 ◇◇◇◇◇◇ 


「これで終わったわけね」


「ええ。つつがなく」


 監獄都市の会議室にて、イリナの問いに、高級看守のゼクトが答えた。リナスも含めて新しくやって来た二人は亜人の開放という大事にも、冷静な様子でことを進めていた。どこか余裕すら感じた。


「それで、どう対応するのですか?」


 こんな危機に対応するために派遣されてきたと、そう言っていた。仮面で顔を隠した男、リナスが答えた。


『解放した亜人たちには爆弾が潜んでいます』


「爆弾?」


 穏やかな表現でないなと眉をひそめる。


『人間も同時に開放したんですよ。多数の重犯罪者たちを野に放ちました。重罪だとばれないように刻印を変えてね』


「なぜそんな真似を」


『彼らには呪いをかけています。非人道的で本来は使用できないような。残虐王を殺すこと。それのみが呪いから解放される条件。彼は都市に混乱をもたらし、しばらくは時間も稼いでくれることでしょう』


 リナスは非道な行いを一切の感情を見せずに淡々と語った。この分では開放というのもどこまで本当か怪しいものだろう。利用できるものはとことん使いつぶす気だ。


 そんな話し合いが行われる部屋の外で、


「はやくお伝えしなければ」


 こっそり聞き耳を立てていたリゼッタはそっと離れていった。

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