留年大学人物ファイル ~美術部の裁番長編~
僕は留年大学一年の砂男。ちょっと変な大学に通っている。
今日は統計学Ⅰの講義室に辿り着くために魔の美術室を通らねばならない。なぜかというと建物の構造がそうだからとしか言いようがない。
階段―廊下―美術室―廊下―講義室となっていて、他に道はないのだ。
ちなみに先ほど抜けてきた階段は、階段部と廊下の接合に難があり、降りで助走をつけて3メートルの走高跳をしなければならなかった。帰りもこれやるのか。しかも廊下の幅が50センチしかないから助走なしで。
これがこの学校が留年大学と言われる所以だ。
授業毎に3割の生徒は講義室に辿り着けず、6割は期末試験の会場に辿り着けず、2割は学力で落ちる。
さて、目の前には美術室がある。
今日は幸いドアもある。床が砂場になっているのは些事だ。酷い時は美術部員がドアをコンクリートで塞ぎ、「トリックアートだ!」と叫んでいることがあったのだから。その時は、ドアそのものが消滅してんだからトリックじゃねぇよ、と思ったのですが僕は何か間違ってますか?
で、僕はここで当たり前のようにリンボーダンスをしなければならない。イーゼルが真横になってドアの上半分を埋めているからだ。
部屋の奥も似たようなもので、画材が置かれているというより張り巡らされている。あれ? リンボーダンスよりしゃがみ歩きの方が楽だったのでは? 先程の走高跳でアクロバットに目覚めた弊害では? と思いながら進んでいると、
『からん』
「あ、」
絵筆を体に引っ掛け落としてしまった。とたんに美術部員Aがギョッとする。
「おい、そこのお前! 死にたいのか……!?」
しまった。美術部には噂の裁番長がいると聞く。罪を犯すと高速の早口でまくし立てられ、日は沈み、一年が終わり、留年し、気が滅入ってしまうという……。
「ど、どうしよう……」
「ど、どうしよう……だって?」
ちゃーらーちゃらららっらー ちゃらららっらー らーらー↓ と、特撮モノのようなBGM、軽くボイスチェンジャーを当てたような高い声、クリクリの天パ、モッサリした丸顔、少し、いや、かなりイラッとする雰囲気の人物が現れた。BGMを流すだけの黒子は後輩部員だろうか。
「君、君、一体何をしたって言うんだ? はぐらかそうものならこの裁番長こと」
「誤って絵筆を落としてしまいました! 申し訳ありません!」
「色裏屋西馬が……素直に謝るのは良いことだ。まさかどストレートに謝ることが新しいドラマを紡ぎ出すなんて思わなかったよ。これで私は一年を無駄にせずに済む」
裁番長は嬉しそうにうんうん頷いている。……どうやら許してもらえた? ようだ。
それにしても、今の発言、説教に丸一年使うという噂は本当ということだろうか。バカか?
「それで、落とした絵筆というのは?」
「これなのですが……」
そこには砂にまみれた絵の具付きの絵筆があった。裁番長の蓬髪が白くなっていく。
「完璧に……完璧な色が完成していたんだ……この毛先には」
サラサラと崩れていく裁判長。どうやら絵筆に付いていた絵の具は、良い塩梅と偶然により合成できた奇跡の色だったようだ。
悪いことをした。しかし、崩壊し砂と一体化した裁番長に叱られることはもう、ない。
どこか嬉しそうな顔の部員達を横目に、僕は美術室を通り抜けた。
それにしても、素直に謝るだけで陥落する裁番長はなぜ、皆に恐れられていたのだろうか?
これは憶測だが、裁番長の態度や風貌が人々をイラつかせ、反抗心を煽っていたからではないだろうか?
きっと皆、普段なら謝れる人も、多かれ少なかれ言い訳をしていたのだろう。
人の第一印象だけで自分の態度を変えてしまうのは良くないな。今日はいい勉強になったな。と、僕が一人で納得していると、授業終了のチャイムが響いた。
次回は、
流転するビオトープ!
不死身のパイナップル!
の二本立てだ! 来週も見てくれよな☆