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Chapter 5

「・・・ちさとちゃん」

誰かが私を呼んでいる。

少しずつ、手足の間隔が戻ってきた。

誰かが私の手を握っている。薬臭いにおいが鼻を突いた。

「もう、大丈夫よ」

どこかで聞いたことのある声だなあ、と私は思った。

とじた瞼の上に少しずつ光を感じて、私はぱちぱちと瞬きをした。

天井の蛍光灯のまぶしすぎる光が私の目をつらぬいた。

顔をしかめて、もう片方の手で目隠しをしながら、私は考えた。

ここは、どこかな。もう大丈夫って、どういうこと?

「お姉ちゃん?」

私はようやくさっきまでのことを思い出した。

お姉ちゃんと私で、旅に出たんだ。電車に乗って、それから・・・。

「みさとがね、あんたを助けたんだよ」

傍らでそう言いながらすすり泣く声がした。

この声は。

「お母さん?どうして・・・」

死んじゃったはずなのに。なんで?

「みさとは、事故で亡くなったんだ。

それですぐ、おまえはみさとの心臓移植の手術を受けたんだ」

お母さんの後ろには、お父さんが立っていた。

二人とも、顔色が悪く、すっかりやつれていた。

「お姉ちゃんが、なんで?」

私は何が何だかわからないまま、

再び深い眠りの暗闇に吸い込まれていった。

それからしばらくの間、私はいろんな夢の間をさまよっていた。

お姉ちゃんと二人で手をつないで、青い空の真ん中をすごい速さで飛んでいたり、

知らない人たちに囲まれて、たくさんのチューブをつけられたりはずされたり、

たった一人で海の底に沈んで、息が出来ずにもがいていたり、

お父さんとお母さんの声を聞きながらどうしても目があけられなかったり・・・。


しばらくしてベッドの上に起き上がれる頃になって、

ようやく私は事実がのみこめてきた。

お姉ちゃんは、通学途中の電車の脱線事故で、脳死状態になった。

持っていた健康保険証の裏に、

もし自分が万一のときには、妹に心臓をあげてほしい、と書いてあったらしく、

両親はお姉ちゃんの意向を尊重することにした。

私は、何も知らされないまま病院へ連れていかれ、

検査だと偽って手術室に運ばれた。

お姉ちゃんは私に心臓をくれてすぐ、亡くなったそうだ。

私は何日も、生死の境をさまよっていた。

リスクの多い、大手術だった。

両親はきっと、ものすごく悩んだ末の選択だったと思う。

だって、お姉ちゃんと私、両方失うことにもなりかねなかったのだから。

でも、私の心臓ももう限界で、もし移植を受けなかったら、

あと何年も持たないとお医者さんに言われていたそうだ。


それからさらに一か月ぐらいのリハビリを経て、私はようやく家に帰った。

お姉ちゃんが小説家になりたかったなんて、

お父さんもお母さんも知らないことだった。

ある日私は、こっそり入ったお姉ちゃんの部屋で、

「SHOSETSU」とマジックで小さく書いたUSBメモリを見つけた。

少しためらったが、結局のところ、私の中にはお姉ちゃんの心臓があり、

お姉ちゃんと私は一緒に生きているのだと思い、開いてみることにした。

いくつかの短編の中に、「透き通った空の向こう」というのを見つけて、

きっとこれがお姉ちゃんが公募に出そうと思っていたやつだとわかった。

でも、その小説は途中までしか書かれていなかった。

病弱な妹が両親や自分を振り回しているのをいつも恨めしく思っていた姉が、

何度も妹を殺してしまおうと思うんだけど、

どうしてもうまくいかないというようなストーリーだった。

その小説の中で、お姉ちゃんが書いていた一節に、私の目は吸い寄せられた。


・・・妹が私を見るうらやましそうな眼を見ていると、

がんばって何かしないと、と強迫観念にとりつかれてしまう。

妹の目は貪欲で、私がどんなに努力して成果を上げても、

もっとできるでしょ?まだまだやれるでしょ?と求めてくる。

そうして手にした成果を見て、妹はさらに物欲しげに私を見つめ、

さらに、もっともっと、と私を急かすのだ・・・。


出来すぎぐらいの努力と成功の裏で、

お姉ちゃんがそんな風に追い詰められていたなんて。

私は確かに何でもできるお姉ちゃんがうらやましかったけれど、

お姉ちゃんに何かを求めていたわけではなかった。

私はいつだって、自分の目の前のことに精いっぱいだったのだから。

結局のところ、お姉ちゃんはお姉ちゃんの理屈で、

頑張り続けてきたんだと思う。

「そういうのがないと、もっとしんどかったから・・・」

あの言葉は、お姉ちゃんの本音だったのだろうから。


小説を最後どういう風に終わらせたかったのか、今となっては永遠の謎だ。

もしかしたら、あの長い夢が、小説の続きだったのかもしれない。

そもそも、あれは単なる長い夢だったのだろうか。

もしかしたら、お姉ちゃんの強大な精神パワーが生み出した、

本物のパラレルワールドだったのかもしれない。

だから、あちら側では、

私たちはまだ二人で楽しく暮らしているのかもしれないのだ。


さて、こちら側の世界の私には、

最近、ささやかながら夢というか、目標が出来た。

受験して、春になったら高校に行くことだ。

制服を着て、電車やバスに乗って学校に通い、

部活とかスポーツとか、あんまり好きじゃないけど勉強も、

これからはへとへとになるまでできるのだ。

きっとお姉ちゃんの心臓は、二度目のハードな高校生活にも耐え抜いてくれるだろう。

そして、できたらすてきな男子と恋に落ちて、デートの一つもしてみたい。

これは、私ぐらいの年齢だったら

きっと百パーセント全ての女子が抱くに違いない、

しごく普通の、当たり前の夢だと思う。


<了>


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