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鶏戦争 後編

 この世界には魔法がある。前の世界にはなった魔法が。


 魔法は魔力を消費して様々なものを生み出したり、操ったりといろんなことができる。

 例えば、ご飯を準備している時に出してもらったロワの水、さっきお父さんがやっていた重さを減らす魔法、そして、今から私がやる光の魔法。


 魔法を使うのは簡単で、ただ手に魔力を込めて、イメージするだけでいい。

 もちろん、複雑なことをしようと思えば、それだけ集中力が必要だし、消費する魔力も多くなる。

 私はまだまだ魔法に慣れていないから、簡単なことしかできないけれど、使い方によってはとても便利だ。


 私は両手を前に突き出して、体の中の魔力をそこに集めた。体の中央、鳩尾辺りにあるエネルギーの塊。そこから、少しずつ両手へと魔力を引きずり出していく。


「よっと」


 そうして集めた魔力を使って、私は真っ黒い球を作り出した。


 どこまでも黒く、何処までも深い闇。覗き込んでも何も見えない闇。光が反射することはなく、その球には何者も映りこむことはない。


 私は作り出した球をポイッと投げるようにして移動させ、近くにいた鶏の頭に被せた。


「……」


 静かになった鶏を持ち上げて、荷馬車へと運んだ。


 昔、鳥は見えないと安心して大人しくなると聞いたことがあったのを思い出したから試してみたんだけど、どうやら本当だったみたい。

 上手く行ってよかった。

 私だったら、急に暗くなって、パニックになっちゃうと思うんだけど、どうなんだろう? 鳥の気持ちは鳥に聞かないとわからないよね……。


「うおっ!」

「わっ!」

「コケーーッ!」

「あ、ちょっ、まっ、あっ、わっ、とっとっと」


 小屋の入り口でお父さんがいきなり叫ぶものだから、びっくりしちゃった。

 おかげで魔法も解けちゃったよ。

 鶏さんも驚いちゃって、暴れる暴れる。何とか逃がさず荷馬車に入れられたからよかったけど……。


「もう、ビックリしたなぁ」

「あぁ、すまん。魔法だったか」

「あ、うん。こっちもびっくりさせちゃってごめんね」

「いや。……それにしても、相変わらず高度な魔法を使えるもんだ……」

「そ、そんなことないよ? それより、ほら! それより、早く行かないと、私、すぐに、追いついちゃうんだから!」

「おっと、そうだな!」


 褒められて、ちょっと恥ずかしい。でも、私はああいうのしかできないから、決して高度というわけでも、魔法が得意というわけでもない。

 魔法の扱いで言ったら、ロワの方がよっぽどか上手だ。


 私の属性は光で、さっきの真っ黒い球も光魔法だ。

 原理としては、光を操ってその周辺だけ、光が侵入しないようにするもので、光魔法の応用らしい。

 私としては、ただ、真っ黒い塊をイメージして作ってるだけなんだけど、なんだか違うみたい。

 初めて魔法を使った時、偶然あれが出来て、お父さんたちが、こんな魔法を使えるなんて、すごい! ってびっくりしてたんだけど、光属性の人なら誰でもできるっていう、光の球を作り出すことは未だにできない。

 いわゆる、基礎の基礎っていうのが私はできないから、正直、私は魔法の才能がないんだと思う。偶然、応用が出来ちゃっただけなんだよね。


 さて、そんなことより、今は勝負だよ!


 お父さんの様子を見る限り、指輪の魔力も切れちゃったみたいで、魔法を使わずに鶏を追いかけまわしている。

 私はまだ魔力には余裕があるから、これは追い付けるんじゃないかな?


「よっと」


 私はそれから真っ黒い球を作り出しては投げ、投げては運び、運んでは作り出してを繰り返して、順調に鶏を捕まえていった。




「うーん、これがラストかなぁ」


 魔法というのは、この球の様に何かを作り出すことができる。それは自分の属性に合ったものに限るんだけど、他にもいろいろと制限がある。


 魔法で作り出したものはその状態を維持するのにも魔力が必要だし、私の様に、光属性の場合は手に持つことができないから、移動させるのにも魔力が必要になる。

 真っ黒い球を鶏に被せるために移動させるのだって魔力が必要だし、被せた後、運んでいる最中だって魔力はどんどん消費していく。意外と燃費が悪いのだ。

 移動に魔力が必要なら、直接鶏の頭がある場所に真っ黒い球を作ればいいと考えたこともあったけれど、離れた位置に球を作ろうとすると、余計に集中力と魔力を消費するらしく、あんまり意味がなかった。

 だから、作っては投げ、投げては運んでを繰り返していたんだけど、そろそろ私の魔力は限界っぽい。

 魔力が底をついたわけではないけれど、底をついたら動けなくなるらしいので少しは残しておかないといけない。


 球は今作り出したもので五つ目だから、これで六匹目の鶏だ。

 お父さんに勝つには最低でも八羽の鶏を捕まえないといけないから、あと二羽捕まえないといけないことになる。

 あと二羽は魔法なしで捕まえるしかないかな……。ちょっと身体がだるいけど、これくらいは我慢。あとちょっとで終わるから頑張ろう。


 ちなみにお父さんはあれから散々鶏を追いかけまわして一羽捕まえているから、ちょうど私が追い付いた形になる。

 私の方がちょっと劣勢になっているけど、捕まえた数は同じ。まだまだ勝負はわからないよね!


 そう思って、急いで鶏小屋へと戻った私だったけれど、小屋の扉を開けようとした瞬間、勝手に扉が開いた。


「わっ」

「おっと、すまん」

「あ、うん。私もごめんなさい」


 扉をあけて出てきたのはもちろんお父さんで、その手には鶏が抱えられていた。


「レーヌは今何羽捕まえたんだ?」

「六羽だよ。お父さんはそれで七羽目だよね

「お、よくわかったな。そうだ、これで七羽目だ。俺が一歩リードだな」

「そうだね。お父さんはこれでリーチかぁ」

「リーチ?」

「うん。私が六羽捕まえてて、お父さんが七羽でしょ? で、小屋の中にはあと二羽鶏がいるから……」

「えーと、ちょっと待ってくれ? 俺が七羽で、レーヌが六羽で、小屋が二羽。俺が一羽捕まえると……」


 片手が塞がっているから、指を折って数えることも出来ず、お父さんは目をつむって、唸りながら計算を始めた。

 私はそれを黙って見守ることにした。


 そういえば、どうでもいいんだけど、小屋には二羽鶏がいるって、早口言葉みたいだよね。おしかったなぁ。庭には二羽鶏がいる……、ふふ。


「あ! そうか!」

「わかった?」

「ああ、わかったとも! はっはっは。レーヌは大ピンチじゃないか」

「そうだねー。私も頑張らないと! お父さんも頑張って!」

「おう、俺もまだ安心はできないからな!」


 元気よく別れたのはいいけれど、私も後がない。ここからはスピード勝負だ。とりあえず、お父さんが戻ってくるまでに一羽捕まえて、並ばなくっちゃ。


「よい、しょっと」


 魔力の消費が少なくなるように、私はなるべく小さく球を作った。集中力が必要になるけど、こっちの方が魔力の効率はいい。

 こんなことなら、もっと練習しておくべきだったかなぁ。


「コケ……」


 前の五羽と同じように一羽捕まえた。

 ……魔力の残りが少ない。このまま維持するのは無理だから、球を解除した。暴れないように注意しながら鶏を荷馬車まで運ぶ。


「お、もう捕まえたのか。早いな」

「うん! これで私もリーチだよ」

「そうだな! 最後の勝負だ!」


 荷馬車の前でお父さんと軽く言葉を交わして、鶏を荷馬車に入れた。


 次で最後だ。お父さんはもう先に行っている。

 私は指先にしびれを感じながら、私はお父さんの後を追った。


「よーし、いい子だ、そのままだぞー」


 お父さんがゆっくりと最後の一羽を追いかけている。しかし、鶏はまだまだ捕まる気配を見せていない。

 あと一個、球を作り出せれば、私の勝ち。できるかな?

 指先はしびれていて、魔力切れの兆候が表れている。視野は遠く狭くなりつつある。背筋はすぅっとした寒気が広がり始めた。

 それでも、足元はしっかりしている。頭はちゃんと動いている。あと一個くらいなら……。


「コケーーーー」


 その時、お父さんから逃げてきた鶏が、私の目の前までやってきた。これはチャンスだ。このチャンスを逃したら、私はもう勝てないかもしれない。

 考えるより先に、私は球を作り出していた。とっさに作ったその球は集中力を高めて作る時のものよりも大きい。でも、私は球を作り出せたのだ。


 魔力が切れる前に、急いで目の前の鶏に球をかぶせた。

寒気が酷くなる。視界の端の方から段々と黒くなっていく。でもまだ、球は残っている。


 もう少し、もう少しだ。


 大人しくなった鶏の後ろにしゃがみ込んで、両手で押さえた。


 やった、捕まえた。これで私の勝ち。


 魔法の球はもう消えている。だけど私の手の中にはちゃんと鶏がいた。後は荷馬車に運ぶだけだ。


 背筋の寒気が体全体へと広がっていく。指先のしびれは既になくなり、その代わりに感覚すらも消えていた。

 

 なんとか、抱え込むようにして鶏を持ち上げる。持ち上げた鶏の体温がジンワリと広がって気持ちがいい。

 

 温もりを肌に感じる。ずっとその感覚を味わっていたかったけれど、今は勝負中だ。

 それに、体温に慣れてしまったのか、次第にその温もりも消えていっている。


 何かが聞こえた気がした。

 お父さんかな? でも、お父さんはそんなに声は小さくないし……。誰か来たのかな? 自慢しちゃおっと。

 でも、その前に、早く荷馬車に積み込まないとね。


 いつもよりも重たく感じる鶏を持ち上げたまま、私は立ち上がった。


 でも、既に私の視界は真っ黒に染まっていた。



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