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鶏戦争 前篇

 お腹も膨れたことだし、午後からのお仕事も頑張ろう!


「よし、レーヌ、行くか!」

「うん!」


 午後からは街へ行くための準備をすることになった。お母さんから正式にお願いされたんだもの、断れないよね。


 まぁ、今朝お父さんが椅子を壊した時点でわかってたんだけど。


 それにしても、シモン兄元気なかったなぁ。お母さんのお説教がそんなにきつかったのかな? 改めてお礼しないと。


 お母さんもシモン兄のことを思ってしてるんだし、シモン兄も悪乗りするところあるから仕方ないんだけど、今回はちょっと加減してもらいたかったかな。


「レーヌ、アルフレッドは何処にいる?」

「うーん、もう見回りは終わってると思うけど……」

「そうか。すまんな」

「え? いいよいいよ、そんなこと」

「……それじゃあ、まずはアルフレッドの所だな」

「うん!」


 アルフレッド、不思議な熊。我が家の安全を守ってくれていて、そして、私の命の恩人でもある。

 大きくて、強くて。頭がよくて、そんなアルフレッドが、私は大好きだ。


 街へ行く時もアルフレッドに手伝ってもらっている。荷馬車三台に売り物を乗せて街まで運ぶのだ。

 もちろん、三台ともアルフレッドが牽くわけじゃなくて、アンとドゥにも牽いてもらう。それぞれ一台ずつ。

 アルフレッドの荷馬車が一番大きくて、アンとドゥのは一回り小さい。それでも、私がゴロゴロ転がれるくらいには大きいんだけどね。

 

 さーて、今は何処にいるかなー?




 牧場の外れで、アルフレッドは黄昏ていた。遠く、北の方を眺めて……。あっちに何があるのだろう?

 よくああしているけど、アルフレッドが何を思って見ているのか私は知らない。

 お父さんは何か知ってるみたいだけど、私には教えてくれなかった。


 アルフレッドはすぐに私たちに気付き、眺めるのを止めた。心なしか、嬉しそうだ。

 今朝はお父さんと会えなかったしね。うーん、ちょっと羨ましい。


「おー、アルフレッド。今朝はすまなかったな」

「ガウ」

「あぁ、助かるよ。それで、明日街へ行くことになったんだが、頼めるか?」

「ガウ」

「いつもありがとうな」

「ガア」


 どうしてお父さんはアルフレッドの言ってることがわかるんだろう? 私もなんとなくはわかるんだけど、お父さんのは、なんか、もっと、こう、ちゃんと会話してるっていうか……。


 私もアルフレッドと話したいのに……。


 なんてことを思ってたら、アルフレッドがじっと見つめてきた。もう、敵わないなぁ。


「あ、うん、ありがとう、大丈夫だよ。さ、行こ?」

「ん? どうした、レーヌ?」

「なんでもなーい」

「そうか?」

「うん。ほら、お父さん、行くよ?」

「ああ。……?」


 アルフレッドを連れて、今度は大きな小屋の前まで来た。ここは所謂ガレージってやつだ。


 我が家の車三台がここに収納されている。三台も荷馬車が並ぶんだから、それなりの大きさが必要で……。つまり、それだけ大きな小屋ってことだね。


 先ずは、アルフレッドにアン用の荷馬車を蔵の前まで牽いてもらった。


 蔵には非食品の売り物が仕舞ってあって、これらをアン用の荷馬車に積み込んでいく。

 牧場で採れるものは何も、食べ物だけではない。肉をとろうと思えば、動物を殺さなきゃいけないし、動物は肉だけで出来ているわけじゃないのだ。

 だから、蔵の中には、樽いっぱいに詰め込まれた脂肪や骨、山積みにされた塩まみれの皮など、食べられない部分が置いてあるのだ。

 そして、食べられないからと言って捨てるわけではない。得られるものは全て利用しなければもったいないし、命に失礼だからね。利用される場所にちゃんと持っていくのだ。


 意外と重たいそれらを荷馬車に積み終わったら、次はアルフレッド用の荷馬車に切り替えて、食糧庫だ。


 食糧庫には、もちろん食料が入っている。チーズに、ベーコン、ソーセージの他にもバターや発酵乳、ハムや干し肉、ラードなど、いろいろの種類の食料品が並べられている。

 季節によって、並べられるものの数は変わるけど、大体いつもこんな感じだ。

 今の季節は、肉と乳製品が半々って感じかな? 


 食料品は種類も数も多いので、一番大きなアルフレッド用荷馬車に入れられる。個々の重さはそこまでだけど、塵も積もれば、ってね?


「あ!」

「どうした?」

「う、うん。今日回収した卵、こっちに運ぶの忘れてた……」

「そうか、珍しいな」

「ごめんなさい」

「いや、俺の仕事をやってて忘れたんだろう? 俺の方こそ悪かった」

「ううん。私が悪いの。私がちゃんと……」


 ダメだな、私。何の役にも立ってない。養ってもらっている身のに、迷惑ばっかりかけて……。本当に、使えないよね。

 こんな自分が嫌になる。仕事はできないし、髪は白いし、目は真っ赤。変なことを言って皆を困らせてる。

 さぞかし不気味な子だろう。気持ち悪いだろう。私はここにいちゃいけない存在なんだ。ここにいるのは私のわがままで、そしてみんなの善意だ。


 私はみんなの事を家族と思ってる。けど、本当は――


「……レーヌ」

「ごめんなさい」

「お前は悪くない」

「でも!」

「お前は、悪くない。いいな?」

「……わかり、ました」


 そうだ。この家の人たちはそんなこと考えるような人じゃない。

 そんなこと、私が一番よくわかってるじゃないか。

 大丈夫、私たちは家族だ。家族なんだよ……。




 最後にドゥ用の荷馬車だ。実はこれが一番大変だったりする。


「よし、やるか!」

「……うん」


 やってきたのは鶏小屋の前。鶏を出荷するのだ。


 我が家の鶏小屋は三棟ある。卵を回収する用の産卵鶏小屋、後代の鶏を育てる繁殖鶏小屋、そして、いま私たちがいる肉用鶏小屋だ。


 鶏は卵を産む。そして、卵は売り物だ。でも、雄の鶏は卵を産むことはできない。では売り物にならないのか、と言えばそうではなくて、雄の鶏は肉になる。

 もちろん、雌の鶏も最終的には肉になるんだけど、雄の鶏は始めから肉用として育てられるのだ。

 孵ってから、大体四か月くらいで肉用鶏は出荷となる。そして、今いる鶏たちは、そろそろ四か月齢になるため、荷馬車に積んで明日出荷するのだ。


 肉はベーコンやソーセージの様に加工して出荷するものもあるけど、すべて加工肉にしてしまうわけではない。生肉にだって需要はある。

 でも、まだ冷蔵技術の発達していないこの世界では、生肉を荷馬車で運ぶのはとても危険だ。

 だから、生肉として出荷するときは生きたまま運ぶのだ。


「レーヌ、どっちが多く捕まえられるか、競争だ!」

「え? ちょっと、待って」

「負けたら何でも言うことを一つ聞くんだぞー」


 行っちゃった……。そんな賭け事しなくても、何でもするのに。私に拒否権なんかないんだから。

 でも、お父さんが楽しみたいって言うなら、その期待に応えなきゃね!



「よーし、いい子だ。そのまま、そのまま……」

「コケーッコッコッコッ……ケーー!」

「うわ! おい、コラ、逃げるな!」


 怒鳴ったら逆に逃げちゃうよ、お父さん……。


 お父さんは既に捕獲を開始していた。けれど、あの様子だとまだ一羽も捕まえられていないみたい。

 確か、今は十五羽の雄がいたはずだから……。


「ごぉ……じゅう……じゅうご」


 うん、まだ一羽も捕まえられていないね。出遅れちゃったけど、引き離されていないし、まだ私にも勝機はある。


「いい子だねー。チッチッチッチッ」

「コケッ?」

「チッチッッチッチッ……はい、捕まえたー」

「何っ!?」

「さぁ、行こうねー」

「俺も負けんぞー! こら、待てー!」


 そんな追い回したら捕まらないって……。もう……。


 鶏は意外と重い。それに、力も強いから、両手でギュッと抑えていないと暴れられたら大変だ。

 翼を背中でクロスさせると、動けなくなって大人しくなるんだけど、私はそれがまだうまくできないから、こうやって両手で抱えるしかない。

 この子は大人しい方だから、こうやって持っていられるけど、暴れる子は暴れるからね……。そういうのはお父さんに頼むしかないんだよね。

 早く大人しい子たちを捕まえておかないと、勝負に負けちゃう!


 あ、でも、もし私が勝ったとして、何をお願いしようかな? うーん、というか、お願いするのも悪いよね……。

 私を捨てないでください? 冗談でも笑えないか……。それに、そんなことする人たちじゃないって、私が一番よくわかってる。


 うーん、どうしよう。お願い事、思いつかないなぁ。


 ……ま、いっか。勝ってから決めよう。


 私は捕まえた鶏を荷馬車に移して、また、鶏小屋へと戻った。


「え! ちょっと! お父さん! 早くない!?」

「ふっはっは! これがお父さんの実力なのだよ。惚れ直したか!」

「すごい……」

「はっはっは! そうだろう、そうだろう」


 お父さんの足元には翼をクロスされた鶏たちが横たわっていた。その数にして五羽。一気に突き放されてしまった。

 どうやって、あんなに一度に捕まえたのか気になるけど、あの数を一度に運ぶなんてできない。精々片手に一羽ずつ持つのがやっとだろう。

 二羽ずつ運ぶから、三往復分の時間がかかる。その間に私も追いつかないと!


「さて、……っしょっと」

「そんな……!」


 あろうことか、お父さんは一度に五羽の鶏を持ち上げていた。右手に三羽、左手に二羽だ。鶏の足を指と指の間に挟んで、器用に持っている。


「……重くないの?」

「ふっふっふ。お父さん、力持ちだからな!」


 抱えているならまだしも、ぶら下げて持っている。そんなの……。

 いくら大の大人とは言え、指の挟む力だけで鶏、しかも雄の成体を支えることができるのかな? でも実際目の前で持っているわけだし……。

 

 あ! そうか!


「……魔法?」

「やっぱりばれたか。正解だ、レーヌ」


 忘れていた。お父さんにはアレがあったっけ。


 お父さんの属性は水。だけど、あの、左手の薬指にはめている指輪。その中央にきらめく小さな緑の石。あの結婚指輪は風属性の魔石をはめ込んだものだった!

 まさか、こんな勝負であの大事な結婚指輪を使うなんて……。


 あの結婚指輪についている魔石はとてもとても高価なもので、風属性の魔法が使えるようになるという代物だ。

 もちろん、制限はある。指輪に込められた分の魔力しか使えないし、魔力の変換効率はとても悪い。何日も何日も魔力を注ぎ続けて、ようやく数分の、しかも小規模な風魔法が使えるというものだったはず。


 それを使うということは、それだけお父さんも本気だということだ。


 そこまでして私にして欲しいことがあるのかな? 言ってくれれば、何でもするのに。それこそ、死ね、なんて言われない限り。

 まぁ、そんなこと言う人じゃないのはわかってるんだけどね。


 わざと負けた方がいいのかな? 私には特に聞いてほしいお願いなんてないわけだし……。

 でも、勝負ごとに手を抜くのって、どうなのかな? お父さんはそれでうれしいのかな? うーん、わかんないよ……。


「レーヌ、本気で来い」


 すれ違いざまに、お父さんがそう呟いた。

 慌てて振り向くと、そこにはお父さんの後ろ姿が見えた。その背中はどこか大きく見えた。


 わかった、お父さん。それがお父さんの願いなら!


「私も魔法、使うよ」


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