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母の役割、母の願い

「だいたいあの時だって、噴水集合って言ったのに私の家まで押しかけて。しかも二時間も前に! 私だっていろいろ準備があるのよ? それにお父さんの説得だって大変だったんだから」

「すまん」

「ホントにわかってるの?」

「わかってる」


 あんまりわかってない顔だわ。いったい何年一緒にいると思っているのかしら。レオの考えている事なんてお見通しよ。

 ハァ……。こういうのも含めて結婚したんだけど、気を付けてほしいわ。

 子供たちが真似したらどうするのかしら。シモンもロワもお嫁さん貰えなくなっちゃうじゃない。

 

「終わったか?」

(もぅ、ホントに聞く気がないんだから……)

「……あの子にあんまり負担をかけないでよね」

「……レーヌか?」

「えぇ。あの子、一人で背負いこんじゃうから」

「あぁ」


 そういう私も、こうやってレオを拘束してあの子の負担を増やしているのよね。他人の事言えないわね。

 あの子、怒ってるかしら。私を許してくれるかしら。


 ううん、あの子はそんなこと思わない。唯当たり前のように私たちの穴を埋めてくれているはずだわ。


 だからこそ私が気をつけなくちゃいけないのに……。


 どうしてかしら。あの子が私たちに心を開いているとは思えないのよね。我が儘一つ言ってくれないんだもの。

 頼みは何だって聞いてくれるわ。断られたことなんてない。嫌なそぶりさえ、見せない。ただ言われたことに頷くだけ。


 できた子なんだと思う。私たちにはもったいないくらいに。それはきっといいことなんだろうけど、でもね? もう少し甘えてくれたら、そう思ってしまうの。


 だって、今のままだと、あの子がまるで奴隷みたいじゃない。

 これじゃあ、私たちは対等には慣れないじゃない。


 恩返しとでも思っているのかしら。そんなの、いいのに……。


 私たちは、家族になれないのかしら……。

 

「ローヌ、大丈夫だ」

「レオ……」


 こういう時だけ、察しがいいんですもの。ズルいわ……。


 ガシャーン


 どうしたのかしら。台所の方で大きな音がしたけれど……。


「あー、俺が見てくるよ」

「だ~め。レオはそこで正座。まだ終わってないわよ?」

「はい」

「誰かいるの~?」


 誰かしら? みんな仕事に行っているはずだし。

 ハッ! 泥棒だったらどうしましょう! 子供たちが戻ってくる前に何とかしないと!

 やっぱりレオを連れてくるべきだったかしら……。

 

「私が行くから、二人は料理を続けて。あとはベーコン入れて、味付けするだけだから」

「え? え?」


 この匂い、もうそんな時間なのね。またやってしまったわ……。後で謝らないといけないわね。


 それにしても珍しいわね。ロワが手伝ってるなんて。

 ふふ、料理のできる男の子はモテるわよ? もしかしてお母さん、手を出さない方がいいのかしら?


 そうね。とりあえず私は陰で見守ることにしましょう。レーヌもいるし大丈夫よね。

 ……私じゃあの子の心を開けないのだし、ロワならもしかしたら……。


 でも、何を揉めているのかしら。声だけじゃ分かり辛いわね……。


「待てよ、レーヌ」

「シモン兄、離して。早く行かないとお母さんが来ちゃう」

「俺が行く」

「なん、で?」


 私が居たらまずいのね……。さっき出て行かなくて、本当によかったわ。

 大丈夫よ。私は行かないから、ね。


 胸の奥から何かが溢れそう。でも、耐えなきゃ。ここで耐えなきゃ、子供たちに見つかってしまうわ。

 

 大丈夫、大丈夫よ。私はお母さんだもの。子供たちの願いをかなえるのが私の役割ですもの。


「レーヌ、お前が居なきゃ飯は作れない。俺とロワだけじゃ無理だ。だから俺が行く」

「で、でも……」

「お前たちの料理、楽しみにしてるぜ? じゃあ、行ってくる」


 深呼吸して、ほら、ローヌ、落ち着いた? 落ち着いたわよね? 

 ふぅ……。シモンが来るわよ。


「あら? シモンだったの」

「や、やあ、母さん」


 シモンの表情が硬いわ。やっぱり変だったかしら。いつも通りふるまわないと。


「すごい音がしたけど?」


 大丈夫よ、ローヌ。わかっていたことじゃない。えぇ、そうよ。わかっていたことなのよ。


「いやぁ、父さんどうしてるかなーって思ってたら、鍋落としちゃって」


 ……たぶんロワが落としたのね。それでシモンが身代わりに、か。弟や妹の前で格好をつけたかったのね。

 いいわよ。お母さんが悪者になってあげる。少しでもあの子のためになるのなら、もういっそ……。


「……あら、そう。怪我は?」

「あー、問題ないよ」

「そう、ならよかったわ。あなたもこっちに来なさい」

「わかったよ」


 あとはレオの所へ行くだけね……。何を話そうかしら。


「レオ、ただいま」

「どうした、ローヌ、大丈夫か?」

「えぇ、大丈夫よ。ふぅ。それよりシモン、そこに座って?」

「はい」

「あ、椅子でいいわよ~」

「え?」

「だから、椅子でいいのよ」

「でも、父さんが……」

「レオは自分の椅子がないから床に座ってるの。シモンはあるでしょ?」

「あ、うん。わかったよ」


 シモンが自分の椅子に座ったわ。私の気持ちも少しは落ち着いたみたい。


 歳を取ると自分の心に嘘を吐くのが上手になるわね。嫌になっちゃう。でも今は少しだけありがたいわ。


「シモン。あの子たちの前でいいかっこつけたいって言うのはわかるんだけどね?」

「あ、わかってたんだ」

「そりゃあ、お母さんですもの」

「敵わないなぁ」

「ふふふふ」


 お母さんが聞いて呆れるわ。娘に心を閉ざされたままで、何がお母さんよ。私はあの子の事、何もわかっていないじゃない!

 挙句、近づかれたら不味いですって。お母さんなんて……。


「……ローヌ?」

「何? レオ」

「あー、ほら、そろそろ立っても――」

「だ~め。ご飯が終わるまではその恰好ね?」

「くぅー」

「終わったら、適当に座れるもの用意するから、ね?」

「うおおー! 愛してるぞ、ローヌ!」

「あはは、ごちそうさま」

「もう、シモンったら」


 もぅ……、レオったら……。やっぱり敵わないわね。


 さて、気持ちを切り替えなきゃ! お昼ができるまで何を話そうかしら。シモンへの説教? 何かあったかしら……。


 あ! そういえば、シモンもそろそろお年頃よね? 今朝の話じゃないけれど、シモンはその辺、どうなのかしら。


「ねぇ、シモン?」

「何だい、母さん?」

「彼女とかいないの~?」

「い、いないよ!」

「お? 怪しいな。ほれほれ、お父さん達に言ってしまいなさい」

「いないってば!」

「でも、貴方ももう十五でしょう? 好きな人くらい居るんじゃないの?」

「何言ってるんだよ。だいたい、俺は殆どこの家から出たことないんだからさ、す、好きな人とか、できるわけないじゃないか!」


 そういえばそうよね。街へ行くのはレオとレーヌだけだし。家の子たち、出会いがないのかしら……。

 これはいけないわね。明日はシモンにも街へ行ってもらおうかしら。でも、そうなると人手が……。


 あら? そう言えば、あの子が居たじゃない。アバロさんのところの娘さん。たまに家へも来てくれる……。えーと、名前は何だったかしら……。


「カリマ」

「なっ」

「そう! その子よ! ねぇ? どうなの~?」

「な、何のことかな~」

「父さん知ってるんだぞ? ジャンに伝言頼んでるだろう?」

「どうしてそれを!」

「え! 本当なの?」

「……まあ、ね」

「すごいじゃない! 父親公認よ~」

「でも、父さん知ってたなんて、ズルいよ」

「悪い悪い。 ジャンと、この前ちょっとな」


 男同士の話し合いがあったのね、知らなかったわ。


 あら? でも、この前って、アバロさんが家に最後に来たのっていつだったかしら……。確か、冬が始まる前だったような気がするわね。


「へ~、そうなのね~。いつ聞いたの~?」

「うん? いや、偶然酒場で会ってな?」

「ふ~ん、酒場、ね?」

「あ」


 また行ってたのね。誰がお目当てだったのかしら? 

 そりゃ、レオも男なんだし、そういうのが好きなのもわかるけど、やっぱり寂しいわね。


「ち、違うんだ、ローヌ! あの店じゃない!」

「そう」

「あの店って?」

「シモンは知らなくてもいいのよ」

「今回は本当だ」


 今回は、ね。もう、嘘が下手くそなんだから……。


「もういいわ。それで? アバロさんはなんて?」

「あ、ああ。と、その前に、シモン」

「な、何だい、父さん?」


 レオが真剣な表情になったわ。あれは本気の時の眼ね。男同士の話がある。そういうことかしら。ここでも私は除け者なのかしら。


 ううん、違うわね。母親は、静かに見守るもの、そうでしょ?


 ローヌ、あなたは母親なんですもの。見守って、見守って、見守って。子供の成長を邪魔しちゃダメ。頼られるまでは、助けを求められるまでは、自分の力でやらせるの。

 ぶつかるのは父親の仕事。私の仕事じゃない。レオの仕事よ。


「カリマの事、好きなのか?」

「う、うん。好きだよ」

「本気なんだな」

「本気だよ」

「そうか……」

「父さん?」

「確かに、お前も十五だもんな。ちょうどいいのかもしれん」

「じゃあ!」

「だが、お前がどれだけ真剣に考えているのかが知りたい」

「俺は真剣だよ! 真剣にカリマを愛してるんだ」

「なら、もし仮に、だ。カリマがお前に死ねと言ったら死ねるか?」

「……死ねるよ」

「そうか……。もう少しちゃんと考えるんだな」

「そんな……」

「さて、この話は終わりだ。覚悟が決まったら、また話を聞く」

「覚悟なら決まってるよ!」

「……」

「父さん! ……どうしろって言うんだよ」


 もう、レオも意地悪よね。愛する人のために死ねるかなんて聞かれたら、死ねるって答えるに決まっているじゃない。シモンはまだ十五歳なんだから。

 もっとも、今回の質問はそれが聞きたかったわけじゃないんだけれどね。


 私は、シモンには幸せになってほしいし、そのお嫁さんにも幸せになってもらいたいわ。それに、結婚することの責任だってちゃんとしてほしい。

 死んで解決することなんて少ないのよ。死んだらそれで終わり。愛する人を守ることも出来ないのよ。

残された人はどうしたらいいのかしら。愛する人が死んじゃって、残された人は生きるための希望を得られるかしら? 後を追って死んでしまうかもしれないわね。

 それって、守れたって言えるのかしら? その死に意味はあったのかしら?

 死んだら、それで終わりなのよ。それこそ、最後の手段だわ。そして、その死は絶対に無駄なものになっちゃいけないの。


 それにね? 死ねと言われて死んだら相手が幸せになる、それって愛し合ってるって言えるのかしら。

 相手の死を望むような相手と愛し合えるのかしら?


 お互いに支え合う、それが夫婦っていうものなのよ。


 言葉では説明しにくいけれど、兎に角、シモンにはじっくり考えて答えを出してほしいわね。

 カリマのためにも、ね?


 シモンは必死に考えてるみたいね。それが、質問の答えについてなのか、レオに反対されたことについてなのかはわからないけれど。

 でも、シモンなら何れ辿り着けると信じているわ。だって、私たちの子なんですもの。


「ご飯出来たよー」

「あら? もうそんな時間だったかしら。ごめんね、レーヌ、任せちゃって」

「いいよいいよ、たまには私も作らないと」

「ふぅ、ありがとね~」

「お、飯か? ようやく解放――」

「れぇえおぉお?」


 ダメよ、レオ? 御飯が終わるまではその格好なんだから。かっこよかったけれど、反省するところはちゃんと反省してね?


 さて、レーヌに任せっきりはよくないわ。配膳だけでも私がやらなくちゃ。


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