通常業務(仮)
これでようやく通常業務。
これだけ広いと、移動だけで時間をとられちゃうから大変だよね。子供の足だと尚更。
でも、他に動ける人がいないから仕方がない。私たちがやるしかないのだ。……責任もあるしね?
さて、次に私たちがやってきたのは今朝の牛舎。ここの掃除が朝食後のいつもの私たちの仕事だ。
牛は大きい。体高にして二メートル弱、体重にして六百キロ強。子供の視点から見ればそれはもう圧巻だ。
しかも、前の世界の様に肥育をしているわけではなく、すべて牧草で賄っているのにもかかわらず、その体重というのだから驚きだ。
たぶん、この世界の牛は前の世界よりも大柄なのだと思う。肥育したら、いったい何キロになるのだろう。
まぁ、体重計に乗せては飼ってるわけじゃないから、正確なところはわからないんだけどね。
さて、これほどまでに大きい身体だと、それだけたくさん食べるわけで……。そしたら、出るものも出るわけで……。一晩居ただけだというのに、牛舎の中はそれはもうすごい有様になってしまう。
床は尿と糞の水分でグチョグチョだし、臭いもキツイ。
そして、これをすべて片付けて綺麗にするのが私たちの仕事だ。言うなれば牛さんのベッドメイクといった所かな?
お客様がお泊りになられたお部屋を、お客様が戻っていらっしゃる前にお片付けさせて頂く、みたいな?
さぁ! 今日も頑張りますか!
「ほらー、やるよー」
「もー疲れたー」
「わかった。じゃあ先にやってるから休んだら戻ってきてよー?」
「レーヌは疲れてないの?」
「私は大丈夫だから」
「……じゃあ俺もやる」
「ふふふ」
「……なに?」
「なんでもなーい、ありがと」
「うー」
牛は体重も重いけど糞も重い。大量の水分を含んでいて、べっとりと地面にくっついているから、床の土ごと掻き出さないといけない。だから尚更重くて大変だ。
それが牛舎内の至る所に落ちている。豚みたいにトイレの場所が決まっていたり、羊みたいなコロコロした糞だったらきっともっと楽なのになぁ。
まぁ、でも、これもないものねだりか……。
ん? でも、糞は『ある』わけだから『ない』ものってわけでも……。
あ、そっか。糞の望む性質が『ない』からないものねだりでいいのかな?
そんなどうでもいいことを考えることで意識を臭いに向けないようにしながら糞を掻き出していった。
もちろん、この糞だってゴミではなく、栄養だ。みんなみんな肥料になる。
小屋から出して、山にして積んでおくのだ。これを定期的にかき混ぜるようにして山の中にまで空気がいくようにしてやれば肥料になってくれる。
大量に肥料ができるので、我が家で使うだけでなく、近くの農家さんに引き取ってもらったりもしている。
売ればお金になるのだろうけど、それよりも近所付き合いの方が大事だ。売ったところでたいしたお金にならない。
それに、農家さんが肥料を引き取りに来るとき、そこで採れた野菜なんかをお土産として持ってきてくれるので、家計的にも大助かりだったりする。
だから損得勘定で考えてもあげた方が得というわけ。
持ちつ持たれつってやつだね。
「もー、つーかーれーたー」
「頑張って、ロワ。あと少しだから」
「ぜーんぜん少しじゃなーいじゃーん」
「あとチョット、あとチョットだよ」
「うー」
「もう、しょうがないなぁ。ロワは休んでていいから、ね?」
「レーヌは?」
「大丈夫だよ」
「うー……」
「どんな具合だー?」
「あ、シモン兄! あと半分てとこかなー」
「もー疲れたー」
「おーし、やるか! ロワももうチョイだ! 頑張れ!」
「チョットじゃないー」
「なーに、すぐ終わるよ」
「えー」
「ほら、やるぞ」
シモン兄の登場からその後は特に何事もなく、何度もごねるロワを宥めながらだったけれど、無事、掃除作業を終えた。
掃除を終えた私たちは自宅へと向かった。
「ごっはんー」
「いや、ロワ、今日はまだ昼飯出来てないと思うぞ?」
「シモン兄もそう思う?」
「ああ」
「え!? なんで!?」
「ロワ、今朝何があったか思い出してみろ」
「うん? 朝は、鶏小屋に行ってー、掃除してー、牛乳絞ってー、ご飯食べてー、親父が椅子壊した!」
「そして、母さんが怒ったわけだ」
「そうだね。怖かったよ……」
「確かにな。父さんも懲りないよ、まったく……」
うんうんと頷く二人。きっかけはこの二人だったというのに……。まったくもう。まぁ、最後の引き金引いちゃったのは私だから人のこと言えないけど。
「それでだ。いつも母さんが昼飯を作ってくれてただろう?」
「うん」
「その母さんが今、手が離せない状況なんだ」
「なんで? 今家にいるじゃん」
「家で何してると思う?」
「えーと、待ってる?」
「違うな。あの母さんの説教がそんなに早く終わると思うか?」
「あっ」
そうなのだ。いつもならばお母さんが昼食を用意して待ってくれているであろうこの時間。だけど、今日は働き者の二人がいない。つまり、お父さんだけでなく、お母さんもいないということになる。
今朝のあの出来事から、既に結構な時間が過ぎているのは確かだ。お日様は天高く昇っているし、風が気持ちよく感じるくらいには気温も上がっている。
でも、お母さんの説教は長いことで有名だ。主に我が家で。たぶん、まだ終わってないんじゃないかなぁ。
「ねぇ、レーヌ。嘘だよね?」
「…………」
泣きそうな顔でこっちを見るロワ。嘘だと言ってあげたいけど……。ここで嘘をついても仕方がない。私はだた、首を横に振る事しかできなかった。
「そんな……」
「もしかしたら、今日の昼飯は抜きかもな……」
「……」
ロワが悲しそうに口を閉じた。そしてシモン兄も。
でも、まぁ、この後の流れは決まっている。シモン兄はそれがわかっているからか、黙ってはいるけど悲しそうではない。
そしてチラチラとこっちを見ている。
「はぁ……。お昼抜きはないから安心して」
「おっ、そうかレーヌ」
「え? だって、お母さん、もう、いないって」
お母さんはまだ健在だよ! ちゃんと家にいるから! なんて突っ込みを表に出すことなく、私は答えた。
「だって私が作るもん」
「え? ホント!」
「ホントだよ」
「ホントにホント?」
「ホントにホント」
「ホントにホントにホント?」
「ホントにホントにホント」
「ホントにホントにホントにホント?」
「もう、私がロワに嘘ついたことあった?」
「うーーーん……」
そこはないって答えて欲しかったな。そんなことだと、ご飯作るのやめちゃうよ?
まぁ、そんなことしたらますますロワに嫌われちゃうからしないけど。
「ははは。レーヌは嘘吐きだからなぁ」
「えー、そう……?」
「そうそう。ま、そんなことより、ありがとな」
「……? あ、どういたしまして」
私が嘘吐きかぁ。確かに隠し事は多いかもしれないし、そんな風に思われてても仕方ないか……。
「俺も手伝う!」
「うん、ありがと。やっぱり私だけじゃ心配?」
「そ、そうだよ! レーヌは嘘吐きだからね!」
「そっか、そっか」
「じゃあ、俺も手伝いますかね」
「シモン兄もありがと」
自宅に着くと、中からお母さん声が聞こえた。やっぱり、まだやっているみたいだ。
「やっぱりか」
「ごはんはー?」
「「シーッ」」
私たちの注意で、慌てて口を塞いだロワ。両手で口元を抑えてキョロキョロしている。……かわいい。
……ここで騒げば、お母さんの怒りがこちらに飛んでくるかもしれない。そうしたら、私たちはお父さんの隣に正座することになるだろう。そうなると本格的にご飯を食べる事が出来なくなってしまう。
私たちはソロリソロリと裏手から自宅の台所へと向かった。
「ロワはこれ持って」
「わかった」
「シモン兄は竃に火をつけてもらえる?」
「はいよー」
私たちはそれぞれ役割分担をし、作業に取り掛かった。
火を点けるのはシモン兄がしてくれるから、ロワと私で水を汲みに行く。家のすぐ近くに井戸があるので、そこから水を調達するのだ。
「よいしょっと! ロワ」
「はーい。ねぇ、なんでわざわざ水汲むの? 魔法で作り出せるんだから別にいいじゃん」
そう言いながら、手に持った鍋に魔法の水を張るロワ。
「それじゃあ水を入れられないでしょ?」
「えー、入ってるじゃん」
「もう、ロワ?」
「はーい」
返事と共に鍋の中の水が見る見るうちに消えていき、もともとそこには何も入っていなかったかのように空っぽになった。
私はそこに井戸から汲んだ水を注ぎ、今度は持ってきた野菜を籠から取り出す。
「じゃあロワ、お願い」
「ん! 今日のご飯は何?」
「んー? 何でしょう?」
そう言いつつ、ロワの手から出る魔法の水で野菜を洗っていく。最近市場に並び始めた玉ねぎだ。
ささっと土などの汚れを落としたら、再び籠に戻し、シモン兄の待つ台所へと戻った。