出発の準備 前編
「おはよう」
「おはよう」
次の日の朝、ロワは普通に接してくれた。約束を忘れてた私を許してくれた。心底ほっとした。
だけど、やり残したことはまだまだある。後二週間しかないんだ。何の憂いもなく王都に行くのは無理だと思うけど、出来るだけそういうものはなくして行きたい。
だから、先ずはこれだ。
「お父さん、渡したいものがあるんだ」
「ん? どうしたんだ?」
朝食の時、皆が集まるこの時に、忘れてしまっていたプレゼントを渡すことにした。
「あのね、……はい、これ」
「これは……! こんなものいつ用意したんだ?」
一か月前です……。お父さんは私の荷物を倉庫に運ぶ時に見たはずなんだけど、忘れちゃったのかな? まぁ、この、忘れたっていうのは私的にはありがたいんだけどね。
「あら、そんなのいいじゃない。レーヌが旅立ちの記念にって送ってくれるんだから」
「そ、そうだよな。悪い、レーヌ。ありがとな」
「ううん。でも、飲み過ぎには気を付けてね?」
「うっ、そうだな、……気を付ける」
「うん! えっと、お母さんとベル姉にはこれ」
「あら、私にもあるの?」
「わ~、何かしら~?」
「髪留めだよ。仕事の時、縛るでしょ?」
「ふふふ、ありがとう。大切にするわ」
「どう~、似合う~?」
ベル姉が早速付けてくれた。それを見たお母さんもすぐさま髪を纏める。
よかった。二人ともとても似合っている。
二人の髪に、よく映えている髪飾り。黒が全体的にスッキリとした印象を与え、黄色や白といったアクセントが女性らしさを示していた。
「似合ってるよ。めちゃくちゃ可愛い!」
「ふふふ~、ありがとう~」
「レオ? どうかしら?」
「ん? ああ、似合ってるよ」
「ふふ」
いつまでも仲がいいっていうのはいいよね。私が帰ってきた時も、そのままでいてほしいと思う。
「シモン兄にはこれ」
「ナイフか? 大切に使うよ。ありがとう」
「それで、家族を守ってね?」
「ん? ああ! 任せろ!」
そうそう、その意気だよ、シモン兄! 誰と結婚するのかは知らないけれど。その人をちゃんと守ってあげてね。
「俺は……」
「あ、ほ、ほら! お父さんはナイフがなくても強いし!」
「そ、そうだよ、父さん! 今度、その強さの秘訣を教えてよ!」
「うぅ、そうだな、任せとけ……」
お父さんが落ち込んでしまった。うーん、お父さんもナイフの方がよかったかな?
「次はロワの番ね」
「俺は、昨日――」
「はい。ロワはこれね」
「え、俺の分もあるの?」
昨日の杖はロワとの約束。今日のは王都へ行く私からの今までの感謝を込めた贈り物だ。
これらを買った当初はこんなことになるなんて思ってもみなかったけど、でも、感謝の気持ちは変わらない。今も、あの時も。
だから、家族皆にプレゼントを贈るんだ。
「お、重いね……。これは?」
「魔導書だよ。魔法についていろいろ書いてあるの」
ダリウスさんが杖の代わりにって言っていた魔導書だ。何だかんだで、結局杖も魔導書も貰っちゃった。
私よりも、ロワの方が魔法の才能はある。それに私は学園に行くから、そういう勉強は本がなくてもできるはずだ。
だから、この本はロワが持っているべきだと思う。
とは言え、ロワは文字が嫌いだからなぁ……。
「そっか、ありがとう。俺、頑張って覚えるよ」
「うん、頑張って」
あれ? うへぇー、とか言って嫌がると思ってたのに、ちょっと意外だ。私はロワを見くびっていたのかもしれない。
いろいろ私を気にかけてくれるし、勉強だって嫌いじゃない様で、実は、ロワの方が大人なのかもしれない。
私も負けていられないな。双子なんだもん。肩を並べられるくらいには私も成長しないとね!
「アントンさん、それと、カティナさん、ちょっといいですか?」
「え!? うっ」
「大丈夫? えっと、レーヌちゃん。私達にも?」
「あ、えっと、プレゼントっていう訳じゃないんですけど……」
「ここは俺が話そう」
そうだよね、この件は家主から話した方がいいよね。
「ここで働かないか?」
「それは……どういうことですか?」
「そのままの意味だ。ここで働いてほしい」
「えっと?」
「あのね、アントン。それにカティナも。聞いてちょうだい。この牧場はこれから、とても深刻な人手不足に陥るの」
「そうか。レーヌちゃんが居なくなるから」
「そうね。それに、家畜の数も倍になるわ」
「ああ、なるほど……」
「でも、俺達は牧場の仕事なんて、やったことないですよ?」
「幸い、今すぐに家畜の数が増えるわけではないから、それまでに仕事を教えるわ」
「なるほど。うーん……」
五百頭の家畜を集めるのは時間がかかる。相手は生き物なので、お金があれば勝手に生まれてくるわけでもないし、農家さんも五百頭もの家畜を扱ってるところは少ないので、色んな所から家畜を連れて来なくちゃいけない。
全部ここに集まるのは大体一年くらいはかかるんじゃないかな?
それまでに、アントンさんたちには仕事を覚えてもらうのだ。
「なぁ、カティナはどう思う?」
「私は……そうね、この話受けたいわ。ローヌさんやレオナールさんにも恩返しがしたいし」
「恩返し?」
アントンさんと同様、お父さんとお母さんも首を傾げていた。二人とも身に覚えがないらしい。
まぁ、二人の事だから、知らず知らずの内に助けているんだと思うけど。
「うん、恩返し。でも、受けたいと思ったのはそれだけじゃないの。アントンは私たちの今の状況をわかってるわよね?」
「ああ、そうだな。雇い主に騙されて、このザマだ。もう、あそこじゃ働けないな」
「そうよね。だから、この話を受けるべきなのよ」
「そう、だよなぁ……」
「あ、私からも補足説明をいいですか?」
「何かしら、レーヌちゃん?」
「えっと、この提案にはカティナさん達を保護するっていう意味もあるんです。こうなってしまったのも、私のせいですから……」
私が原因でアントンさんは襲われたし、カティナさんも襲われそうになった。だから、保護をしたい。だけど、私の力じゃどうしようもないから、また、家族に頼ってしまった。
「なるほど、わかりました。俺もこの話には賛成です。ですが、街にはまだ、お義父さん達がいるので、相談をさせてください」
「そうね、わかったわ」
そうだよね。カティナさんもこの街には家族で来たって言ってたし、二人だけじゃ決められないよね。
うーん、街に家族がいるとなると……。
でも、あの牢にはそれらしい人はいなかったし、私の件があったからアドルフもそんな大胆には動けないかも。
何にしても、アドルフに襲われていないといいけど……。
朝食の後、アントンさん達はお母さんと一緒に街へ戻って行った。護衛はもちろんアルフレッドだ。
でも、なんでお母さんだったんだろう? いつもならお父さんなのに。何か用事があったのかな?
「なぁ、レーヌ。さっきの話なんだけど」
そんなことを考えていると、シモン兄が話しかけてきた。
「さっき?」
「ああ、保護って言ってただろ? どういう意味なんだ?」
「そのままの意味だよ。家に居ればアドルフに襲われないから」
「アドルフに襲われる? ああ、そうか。アドルフは契約で俺達には手を出せないけど、アントンさん達は別だからな」
「うん。だから、契約で守られてる家の敷地内に居ればアドルフには襲われないはず」
「だな。あー、スッキリした。全然話が見えなくてモヤモヤしてたんだ。ありがとな」
「どういたしまして」
さて、アントンさんの件と家畜の件は一応方が付いたので、次の問題を解決するために、私は倉庫へと向かった。
「うーん、どうしようかなぁ……」
目の前にはいくつかの樽が並んでいた。
昨晩、お土産を探していたら発見してしまった、私が忘れていたものの一つ、いや三つだ。
一か月前にダリウスさんに頼んでおいたもの。それが、倉庫の隅に置かれていたのだ。
私が、ある実験のためにと買ってしまった三つの樽。硫黄、石灰、塩だ。目の前には他にも樽はあるけれど、私が原因で放置されているのは三つだけ、とういことにして欲しい。
とは言え、石灰は鞣しに使うし、塩は肉の加工に使うから問題ない。でも、硫黄は特に使う当てがない。私が実験を行わなければ、そのまま残り続けると思う。
ただ、私がやろうとしてた実験は結構時間がかかるものだったから、とても、二週間じゃ終わらない。
でも、とりあえずやるしかないので、私は硫黄と塩の樽、それと、その辺にあった硝石の樽を外へと運んだ。
「ふぅー、これで全部かな?」
実験の準備を終えた私は早速実験に取り掛かった。
先ず、適当な大きさの瓶に硝石と硫黄を入れて、火を点けたら、出てくるガスをガラスの管を使って水に通すだけ。
もっと効率のいい方法とかあるだろうけど、今できるのはこの程度だ。本当はもっと時間をかけてやる予定だったし……。
まぁ、でも、見た感じガスは水に溶けているみたいだし、目的のものは得られたかな?
今作っているのは硫酸だ。鉛室法と呼ばれる方法で鉛の部屋を使って作られたことからそう呼ばれている。まぁ、今回は使ってないんだけどね。
前の世界で使われてたのは触媒法って呼ばれる方法なんだけど、白金とか、五酸化バナジウムとか使うらしい。正直、この世界でどうやったら手に入るのかわからないので、今回はこの方法を使った。
硝石と硫黄を燃やして、水に通すだけだし、簡単だよね。まぁ、でも、大規模化するならダリウスさんにお願いするしかないんだけど。
「えーと、次は……」
さて、硫酸が出来たら次は塩酸だ。
硫酸に食塩を溶かして加熱して、ガスを水に通すだけ。混ぜて熱して溶かすだけ。錬金術の基本だよね! 知らないけど……。
こうして、硫酸と塩酸を得た私は次の作業へと移った。
次はいよいよ骨だ。
私は、この骨をどうにかするためにこの実験を思いついたのだ。骨をどうにかすることが出来なければ、この実験に意味はない。
という事で、私は一抱えの骨を適当に砕いて、グツグツと音を立てる鍋に放り込んだ。
グツグツと泡立つ鍋。細かく砕かれた骨は水流にもまれ、右往左往している。
うーん、温度が高すぎるかなぁ。でも、温度計ないし……。温度調節できるような技術は持ち合わせていない。
ジュールさんはスープを作る時、どうしていたんだろう? やっぱりグツグツ煮てたのかな?
あまり長いことやっていても仕方がないので、三十分ほどで骨を取りだした。
鍋に残ったのは牛脂のスープだ。グツグツ煮こむことで骨から脂を溶かしだしたのだ。この牛脂のスープはお昼ご飯にでも使おうと思う。
とりあえず、脱脂した骨を洗うため、私は井戸へと向かった。
ヌルヌルが取れるまで、何度も何度も骨片を洗い、軽く水を切った。
どうせ乾かすんなら、ロワに水魔法お願いすればよかったなぁと洗っている途中で思ったけど、濡らしちゃったし……、と我慢した。
ロワも今は仕事中だし、邪魔するのも悪いよね。
次に、洗い終わった脱脂骨片を先程作った塩酸に漬ければ今日の作業は終了だ。
脂を抜いた後は脱灰、カルシウムを抜くのだ。塩酸と反応させて、骨の固い成分である水酸化リン酸カルシウムを分解する。
骨から、要らないものを次々と抜いて、最後に必要なものを抽出するのだ。
さて、この脱灰の作業は一週間ほどかかる。なので適当に液を入れ替えつつ、このまま。放置だ。その間は特にすることがないので、さっきの牛脂をお昼の一品にするべく、私は台所へと向かった。




