臨時業務
これは、あれだね。間違えちゃった。えへっ☆
うーん、話の内容をずらせば、もう少し落ち着いて話せると思ったんだけど、誘導先を間違えちゃったみたい。
成人祝いのプレゼントの話にすればよかったなぁ。
「わわわ、わたし!?」
「ベル! 結婚とはどういうことだ!」
普段はおっとりしているベル姉だけど、びっくりすると忙しなく動いてアワアワする。そこが可愛かったりするけど、本人は必死なのだからそれは迷惑な話だよね。……それでも可愛いけど。
「れぇえおぉお?」
お父さんのことをレオという愛称で呼ぶのは我が家には一人だけ。そう、お母さんだ。
お母さんはいつも笑顔だ。嬉しいとき、悲しいとき、そして怒ったときだって。
「ロッロッロッローヌッ! い、いったいどうしたっていうんだ?」
「どうしたじゃないわよ~。それ、何度目?」
「そ、れ? ……あ」
「わかってるわよね?」
「あ、あぁ、そうだな! 街に行かないとな!」
「…………」
「わ、悪かった! この通りだ!」
「…………」
「ほ、ほら。何かいいもん買って来てやるから機嫌直してくれよ、な?」
「……何かって?」
「髪留めだって、指輪だって、首飾りだって、何だって買って来てやるよ。だから、な?」
「…………そう」
あー、これはダメみたい。そろそろいい時間だし、ここは退散かなぁ。
ロワ、ベル姉、シモン兄、そして私の四人はお互いに目配せをして、みんなが同じことを考えているのを確認した。
少し私にも非があるとはいえ、今回もお父さんが悪いし、反省してもらわないとね。
「レオ?」
「ん? なんだ?」
「そんなお金、何処にあるの?」
「へ?」
「だいたい、レオはわかってなさ過ぎるのよ。いっつもいっつもいっつもいっつも、壊してばっかじゃない。そりゃあ一つ一つは微々たるものかもしれないわよ? でも、積み重なったら――」
ガチャ
さーて、仕事仕事! 明日は街に行くみたいだし、今日中にやれることはやっておかないと!
牧場生活はすることが山ほどある。機械化の進んだ現代社会ではないこの世界では尚更だ。
採卵、搾乳、放牧、掃除、毛刈り、屠畜、加工、見回りとその仕事は多岐にわたる。それらのことを家族六人で分担してやらなければいけない。
我が家の土地は広大で、それはお父さんが頑張って開拓したからこそ。これだけの土地があって、たくさんの動物たちを飼うことができているのは本当にありがたいことだ。
今はあんなだけど、きっと当時はすごかったんだと思う。あ、もちろん今でもすごいと思うよ?
さて、今日は働き者の二人がいないから一人当たりの作業量が格段に増えてしまう。
けれど、事の発端は私にもあるわけだし、ここは何も言わずに頑張ろうと思う。
そうしてやってきたのが厩舎の前だ。
いつもなら朝食の後は牛舎に行って掃除をするのだけれど、今日はお父さんの仕事をしなくちゃいけない。
我が家では馬を二頭飼っていて、名前はアンとドゥ。二頭とも女の子。
アンは鹿毛で鬣が真っ黒。まつ毛がとても長い。性格は大人しく、従順。真面目でよく働く子だ。
一方、ドゥは栗毛で鬣はクリーム色。額から鼻にかけて白い班がついている。性格はマイペースというかなんというか。狂暴ではないけれど頑固で、自分のやりたくないことは絶対にやらない子だ。
この子たちには荷物を運んだり、牧場内を移動したりするときに頑張ってもらっている。
二頭はいつも一緒だ。というか、二頭は常に一緒にしておかないと気もそぞろになって仕事にならない。
まぁ、群れとして生きる馬にとって、二頭の状況はたった一人の家族みたいなものなのだから仕方がないのだと思う。
彼女たちにとっては二頭でも群れなのだ。離れ離れになることは群れの崩壊を意味し、自然界ではすなわち死を意味する。
たとえそれが柵の中だったとしても、彼女たちにとってそれは関係のないことだ。
まぁ、ただ単にいつも一緒にいたから離れ離れは寂しいってだけかもしれないけどね。彼女たちの気持ちはやっぱり彼女たちにしかわからないと思う。
さて、この子たちも仕事がないときは放牧に出している。いつも厩舎の中じゃあストレスが溜まっちゃうしね。
そしてそれがお父さんのいつもの仕事。
「いやー、助かるよ。レーヌもロワもありがとな。助かるよ」
「まったく、仕方ないなぁ」
「あはは、私たちは見てるだけなんだけどねー」
いつもはお父さんとシモン兄の二人でやっているのだけれど、今日はシモン兄とロワ、そして私の三人だ。
まぁ、三人でやると言っても実際に作業をするのはシモン兄の一人だけで、私とロワはそれを眺めてるだけ。たいしたことは何もしない。お礼を言われるようなことではないのだ。
まぁ、それでも必要なことなんだけどね。
我が家では牛や馬みたいな大型の家畜に対して作業をする時は必ず二人以上でするようにしている。
大型家畜は大人しくて、頭もよく、言うことをよく聞いてくれる。けれど、その体重は人の何倍もあって、その分力だってものすごい。
むこうが本気を出せば人なんかは簡単に負けてしまうし、攻撃の意思がなくても、ふとした拍子にこちらが大怪我を、なんてこともあるのだ。
例えば、牛や馬がじゃれるつもりでちょっと頭を押し付けただけで、人は簡単に吹っ飛んでしまう。
そんなとき、一人だったらとても危険だ。そのまま気絶して踏まれたり、怪我をして、柵の外へ移動できなかったり、最悪、死んでしまうこともある。
そんなことにならないために、我が家では大型家畜を相手にするときは二人以上で作業をしているのだ。
「ほーら、いくぞー」
シモン兄の掛け声で頭絡を付けた二頭が進む。カポッカポッと心地よい音を響かせながら意気揚々と歩いている。
やはり外は気持ちがいいのだろう。心なしか二頭もうれしそう。
いつでも外に出してあげられればいいのだけれど、夜は危険がいっぱいだ。今のうちに、存分に気分をリフレッシュしておいて欲しい。明日から頑張ってもらわないといけないのだし。
放牧地につき、シモン兄が二頭の頭絡を外した。二頭同時に走り出せるよう、そして、頭絡が足に引っかかってしまわないよう注意しながら。
風にたなびく鬣に尻尾、走り去る二つの茶色。それを見送る三つの陰。
気持ちよさそうに走る彼女たちをいつまでも見ていたい気持ちもあるけれど、次の仕事が待っている。
「二人ともありがとな」
「ほーい」
「うん! シモン兄、頑張ってね!」
「おう、そっちもな!」
「ありがと! じゃあ行くね!」
「えー、いきたくなーい」
「まぁ、そう言うなって。こっちが終わったら兄ちゃんも手伝うから」
「えー、もうちょっとここで見てるー」
「ほら、ロワ、行くよ!」
「うううー」
随分と日が高くなってしまったみたいだ。早く終わらせないと……。
次にやってきたのは牧場の外れ。これもお父さんの仕事。
「おはよーアルフレッド」
「お、おはよ」
「ガルルァア」
欠伸のような返事に思わずクスリとしてしまう。
アルフレッドは熊だ。それもとても大きくて、そしてとっても不思議な熊。
どういう経緯で我が家にいるのかわからないけれど、仕事をいろいろと手伝ってくれている。
我が家の敷地を自由に出入りしていて、たまにフラフラ~っと何処かへ行ったと思えば、その日の内には必ず帰ってきて、敷地の外れに陣取って眠っている。
きっと、我が家で飼っている動物たちを驚かせないように、ここで寝ているのだろう。
さて、その存在もさることながら、その容姿も不思議でいっぱいだ。
全身が黒い毛でおおわれていて、立てば三メートルを優に超えようかという大きさだ。まぁ、でも、ここまでは何処にでもいる熊だ……と思う。
しかし、その頭にはなぜかヘルメットのような兜が被せられている。
熊の頭にヘルメット……。本当に謎だ。
会う度に思うけれど、考えても答えは出ないのでそんな疑問は頭の隅に追いやってしまおう。特に今日は忙しいのだから。
「あのね、アルフレッド。今日はお父さん来れないみたいだから、一人で言って来てもらえる?」
「グァ!」
「わっ!」
アルフレッドの返事でロワが驚いてしまった。生まれた時から一緒にいるのに、どうして怖いのだろう? こんなに可愛いのに……。
アルフレッドはロワを一瞥するとノッソノッソと柵沿いを歩いて行ってしまった。
アルフレッドは本当に頭がいい。熊なのに人の言葉を理解できるのだ。
それに、いろいろなことに気が付く。
獣が近くにいたり、柵が壊れそうになっていたりとそういう危険によく気が付くのだ。
だから、お父さんと二人でいつも見回りに行ってもらっている。
「いつまで座ってるの? ほら、行くよ!」
「あ、ま、まってー」
ホント、ロワはもっとアルフレッドにちゃんとした態度をとるべきだと思うけどな! アルフレッドはすごいんだから!




