答え合わせ 前編
「レーヌ? 俺がどうして怒っているかわかってるか?」
教会に着いてから、開口一番にそう言われた。
わかってる。私が後先考えずに子爵の所へ行って、お父さんを巻き込んで迷惑をかけちゃったから。
私は迷惑をかけ過ぎたんだ。みんなの優しさに甘えて、好き放題やりすぎたんだ。
「迷惑をかけたから。一人で屋敷に行ったから……」
「そうじゃない。そうじゃないだろう?」
「……」
「お前が屋敷に一人で言ったことは確かに怒ってる。だけどそれは迷惑をかけたからじゃない。命を大切にしなかったからだ」
怒鳴ることなく、お父さんはゆっくりと言った。
「俺達は命を扱う仕事をしている。そして、命を奪って生きている。そのことはよく教えたよな? だから、俺達はその命の分まで生きなきゃいけない。命を無駄にしちゃいけないんだ。お前ならわかるよな?」
「うん……」
「確かにファビオの野郎はムカつく。アドルフなんてこの手で殺したいくらいだ。だけどな、そのためにお前が命を捨てたらダメなんだよ。命を貰って生きてるんだ。だから俺達は必死にもがいて、もがいて、それこそ死に物狂いでもがいて生きなきゃいけないんだ」
「うん……」
「別に、今回の行動すべてが悪いわけじゃないんだ。牧場の動物たちのために、アントンのために、皆の悔しい思いをぶつける為に動くのは悪いことじゃない。自分のために動いてくれるってわかるだけでもうれしいもんだ」
「そう、だよね……」
「そうだ。だからな? 次からは一人じゃなくて、皆でやろうな。ちゃんと相談して、必ず勝てる戦いにしような」
「うん。ごめんなさい……」
「レーヌは賢い。だから次は上手くやれるさ」
復讐は何も生まないって言うけれど、復讐をしなかったら何かが生まれるのかな?
してもしなくても同じなら、私はする方を選びたい。それで気持ちが晴れるなら、私はいつだって復讐すると思う。
だけど、次からは一人じゃなくて、皆で仇をとろうと思う。
「さて、話は終わったかい?」
「ああ、こっちは終わった」
お父さんの含みのある言い方は、もちろん、カスパールさんに話があるという事だ。
王都とか教皇とかいろいろ聞かなきゃいけないことがある。
「そうかい。さて、何から話そうかな」
「全部だ」
「ああ、もちろん全部話すさ。だけど、物事には順序というものがあってだね……」
「いいから包み隠さず話せ!」
「わかった! わかったから手を放してくれないか!?」
痺れを切らしたお父さんがカスパールさんの胸ぐらを掴んだ。確かにそれでは話が進まない。
私はお父さんを宥めつつ、カスパールさんの話を聞いた。
「ふぅ。まったく、君って奴は……。先ずは、そうだな、教皇様の話をしようか」
カスパールさんは襟首を正すと、話を続けた。
「レーヌが治療魔法を使えると知って、僕は教会の人間として本部に早急に知らさなければならなかった。後になってバレるよりも、こちらから申告した方が色々と便利だからね」
バレるって……なんだか不穏な響きだ。
ちょっと怖くなって、お父さんの手を握ってしまった。だけど、お父さんが握り返してくれたので心が温かくなった。
「治療魔法は教会の権威の象徴でもあるからね。それを教会外の物が使用したとなれば大問題だ。教会の存在そのものが揺らいでしまうかもしれない。僕の報告を受けた教皇様は直様命を下した。君たちも知っての通り、教会本部への招致だ」
なるほど。確かにそうだよね。教会だけが使える、ものすごい魔法であるところの治療魔法だもんね。
私がホイホイと使っていいものでもないのかな?
でも、私の力なんだし、私の意思で使いたいなぁ。……副作用がキツいけど。
「教皇様は恐らくレーヌ、君を抱え込もうとするだろう。この歳で治療魔法が使える逸材だ。単に治療魔法の使い手としてだけじゃなく、教会の旗、シンボルとしても利用ができるからね」
「その言い方は気に入らねぇな。レーヌは物じゃねぇ」
「確かにそうだな。けれど、こういう考え方もあると頭の隅に置いておいてくれ。さて、話が逸れたな。僕としてはレーヌが教会に出入りするようになる事は概ね賛成だ」
「俺は反対だな」
私はどっちだろう? 教会に入ったら、治療魔法は好きに使えなくなるよね?
私の力は皆のために使いたい。不特定多数の皆じゃなくて、お父さんやお母さん、シモン兄、ベル姉、ロワ、私がお世話になった人、皆だ。
だから、教会の利には反しちゃうのかな?
「私は、反対かな?」
「らしいぞ?」
「話は最後まで聞いてくれ。僕は概ね賛成なんだ。懸念材料もある。だけど、先ずはメリットから言おうか。教会は治療魔法の専門団体だ。治療魔法の事を調べるのなら、他にない。もちろん、治療魔法を覚えるのも教会なんだ。そして、レーヌの治療魔法は未熟で非常に危ない。レオナール、君もわかるだろう?」
そう。私の治療魔法は副作用がデカい。治療した傷を自分が負ってしまうのだ。
皆のためにそうなるのなら、私は構わないけど、もし、この副作用がなくなれば、皆が怪我を負った時、心置きなく治療ができるのだ。
アントンさんの大怪我だって、私に力があれば治療で来たんだ。
確かに私は力が欲しい。治療魔法を上手く扱えるようになるための力が欲しい。
「レーヌがその力を制御できるようになるためには教会は避けては通れない道だと思う。そして、教皇様は治療魔法を扱える者の内の一人だ。その教皇様から直々にお声がかかっている。これはチャンスだとは思わないかい?」
「……デメリットはどうなんだ?」
「レオナール、君だってわかっているんだろう? レーヌの容姿だ」
そう、私の容姿。
教会の不倶戴天の敵、吸血鬼。その吸血鬼と同じ白い髪と赤い瞳を持つ私は教会と相いれるわけがないのだ。
「教会に所属している信徒たちは殆どが頭の固い連中で、王都にいるには特に頭の固い敬虔な者ばかりだ。僕だって、そんな老害共が巣食う巣窟に何の準備のなくレーヌを放り込もうなんて考えちゃいないさ」
「そのためのハインリヒ様か」
「君にしては察しがいいじゃないか」
そう、それ! ハインリヒ・ケント様だっけ? 誰だか知らないんだけど、めちゃくちゃすごい人なのかな?
「馬鹿にするな。俺だって、たまには正解を言うんだ」
「えっと、ごめんなさい。その、ハインリヒ様って誰なんですか?」
「おや? 君にしては察しが悪いな。父親に養分でも吸い取られたかな?」
察しが悪いって言われても、知らないものは知らない。結局誰なの?
あと、お父さんを煽ると、後が大変だから、ちょっと控えてほしい。
「レーヌ。ここが何処だかわかるかい?」
「教会、ですよね?」
一応周りを見渡して確認しながら答えた。私の良く知っている教会だ。
木造の、ちょっと古い、けれど、汚くはない、落ち着いた雰囲気の建物。
最近、扉が寂しくなったり、厚くなったりしている教会だ。
いきなり話を変えたけど、あんまり話したらマズイない様なのかな?
「正解だけど、正確にはケント王国ブラディ領メロー州ドーファンの街、光の三精霊教会支部だよ」
なんでそんな長ったらしい名前を……ケント王国!?
え? それって? え!? ちょっと!?
「そうだよ。ハインリヒ・ケント様は王族の方さ」
「え、えっと、ちょっと……、あ、はい」
「……教皇の事はわかった。お前が教会の事だけを考えているってわけでもないこともな。だが、学園ってのは何だ? どうしてレーヌが学園に行かなきゃならねぇ?」
「いい質問だよ、レオナール。そのことについてはハインリヒ様と協議した結果なんだ」
確か、ハインリヒ様が後見人となって、私の学園入りを認めるとかそんな感じだったかな?
学園に入るなら、俺が後見人になってやろう、見たいな感じかな?
「ハインリヒ様は王族だ。そして、学園長を務めていらっしゃる。だから、ハインリヒ様の庇護を受けるのならば、学園の生徒が最適なんだ」
はい、新情報来ました! 王族で、学園長ってどういう事だろう? 王族が学園長になるほどの凄い学園なのかな?
うーん、王家が経営する学園かぁ。場違い感が半端ないなぁ。
だって、私農民だよ? 差別されるのは嫌いだけど、階級の区別は必要なんじゃないかな? 住んできた環境が違うんだし、なじめない気がする。
「学園は知っての通り貴族養成所だ。未来を引っ張っていく貴族のため、勉学、武術、その他貴族になるために必要なものを磨く場所だ。もちろん魔力の扱い方だって学べる。治療魔法は無理だろうが、魔力自体の扱いを学ぶことはレーヌの治療魔法を向上させるうえで重要なことだと思う」
知っての通りって、私は知らなかったけどね!
うーん、学園が貴族の養成所なら、私が学園に行ったら、貴族にならなきゃいけないのかな?
知識や魔法の勉強なんかはしたいけど、牧場に戻ってこれないなら、私は治療魔法を覚える必要性を感じられない。
「そして、レーヌは天才だ。こんなところで腐らせておくには惜しい人材なんだよ。この国を引っ張っていく、そう言う人材なんだよ。レオナール、君もそう思うだろ?」
こんなところって……。私はここにいるだけで幸せになれている。皆のために尽くしたいって思うけど、皆にはこれ以上ないくらいに満足しているのだ。
それを、こんなところって……。
「確かにレーヌは天才だ。学園に行って、貴族になって、この国を動かす一員になれば、この国、いや、世界に名前を残す人物になるだろう。だけどな、それは俺達が決めることじゃない。レーヌが決めることなんだ」
「ぐっ。だけど、レーヌは子供だ! 我々大人がレールを引いてやらなきゃ道を踏み外すかもしれない!」
「お前も言ったじゃないか。レーヌは天才だ。だから、レーヌはそんなことにはならない。自分で決めて、自分で歩んでいける子だ。そうだろう、レーヌ?」
私はまだまだ子供だ。今回だって、お父さんたちが助けに来てくれなかったら、奴隷になって、自分では何も決められない人形になっていたと思う。
私は天才なんかじゃなくて、みんなに迷惑ばかりかける出来の悪い子だ。
前の世界の記憶があるってだけで、世間知らずには違いがないんだ。
だけど、お父さんがそう期待しているなら、私は自分で選択しようと思う。
私がどうしたいのかを、自分で考えてみようと思う。
「うん。わかった。自分で決めるよ。だから、時間をください」




