見下す者
私は非力で、大人二人の力を抑えることはできない。
引きずられる様にして引っ張られる私の身体を、私自身の力で止めることはできない。
無情にも、私の力は及ばないのだ。
それなら、他の人に助けてもらおう!
「おい! このデブ! キモいんだよ!」
「小娘! ファビオ様に向かって、失礼であるぞ!」
ブチッと何かが切れる音が聞こえた、ような気がした。ホントに血管切れてたら面白かったのにな。
それと文官さん。私、後ろ向いてるのに、よく誰に向かって言ったか分かったね? 文官さんも同じこと思ってたのかな?
「小娘ぇ、貴様ぁ……」
首を回して後ろを見れば、なるほど、子爵の後ろにメラメラと炎が見えるようだよ。
そのまま燃えちゃえばいいのに。
「こいつを捕らえろ! 不敬罪で即刻死刑だ!」
「皆の者! 早く捕まえるのだ!」
すでにがっしりと両脇を抑えられてるのに捕えろって、お前の目は節穴か! ふふふ。
周りの兵士だって戸惑ってるじゃん! これ以上、どうしろと……って。
顔は見えないけどわかるよ、みんなの思っていることが!
「貸せ!」
兵士の一人から杖もとい剣を奪ってズカズカと私の方へ歩いて来る子爵。パッツンパッツンに膨れたお腹ってあんまり揺れないよね。
このままだと確実に斬られて錆にされちゃうので次の行動を起こすことにした。
「あ、ごっめーん。口が滑っちゃった。でもでも、死にたくないから、取引をしようよ!」
「……」
無言で進み続ける子爵。目だけじゃなくて耳もお飾りらしい。まったく、その地位だってお飾りなんでしょ? 身体に着いてるものくらい飾りじゃないものにしなよ。
「ほらほらー、そんなカリカリしてると太っちゃうぞ? あ、もう太れないかー。アハハ」
「……」
「あっれー? 聞こえてないのかなぁ? 耳の穴、脂肪で塞がってるんじゃないのー?」
「……死ね」
「私を殺したら、貴方、死ぬよ?」
子爵は振り上げた剣を空中で止めた。耳はお飾りじゃなかったみたい。よかったね、子爵。
ま、はったりだけど。
「貴方はいつでも私を殺せる。殺すのは話を聞いてからでもいいんじゃない? でなきゃ、貴方、死ぬよ?」
「ぬかせ、小娘ぇが」
「まず、話し辛いから正面来てくれる?」
「状況がぁわかっているのか? このまま話せ」
とりあえず剣を降ろしたしそれで良しとするか。あぁ、首痛い。
「取引をしようよ」
「申してみよ」
「せっかちだなぁ、もう。……コホン」
咳払いをするのに、握り拳を口の前に持ってきたくなるのはなんでだろう? まぁ、今の私にはできないけど。
「私の罪を無くす代わりに、この街で食料を売ってあげる」
「気でも狂ったか。死ね」
「ホントにいいの? 戦争するんでしょ?」
「……どこでそれを?」
「秘密!」
ここで可愛くウインクを忘れない。可愛さは時に凶器になるのだから。
まぁ、街で商売してれば戦争が起きそうなことくらいわかるけどね。
武器の取引量が多くなって、保存食が減り始めてる。この時点で何かしらの戦いがある事は察しが付く。
武器を使うのは戦いのためで、使う人と言えば傭兵、貴族、冒険者くらいだ。傭兵は対人、冒険者は対人外、貴族はその両方を相手にする。
ここで、エルマンさんが言っていたことを思い出す。
エルマンさんは注文が増えてきたと言っていた。言い換えれば、今後も増える予定があるという事。
長期的に増えるのなら対人の戦争。短期的に増えるのなら対人外の討伐。
さらにここでパトリツィオさんだ。
いつもなら買わない加工肉を買って行った。もちろんこっちの不手際もあるんだけど、それでも豚や牛を求めたあたり、商品が不足していることはほぼ間違いない。
戦争でも、討伐でも、食料はいる。では、どちらなのか?
ここ周辺の土地が国土になったのは十年前の戦争で、敵国との国境線も近い。
さらに、街に入る人の行列を見かけていないことから、外部からの戦力、傭兵や冒険者はまだ集まっていない。
つまり、長い時間をかけて少しづつ準備をしているのだ。そこから、状況は切迫していないと考えられる。
切迫していないのなら、こちらから仕掛ける戦争が答えだ。
討伐なら、モンスターが襲ってくる前に遂行されなければいけないから迅速に対応する必要があるし、敵国が攻めてくる場合も同様だ。
けれど、こちらから攻めるのならば、相手に悟られないように準備を進める必要があるし、期間も定められていない。
「まぁ、よい。だぁが、貴様はぁこの街ではぁ取引できぬではぁないか?」
「嫌われてるから?」
「我がぁ、許可してぇいないからだ」
おっと? 知ってるんだ。だったら私の言いたいこともわからると思うんだけど、察しが悪いなぁ。
「あのさ、取引させてほしいって言ってるんじゃないの。取引してあげるって言ってるんだよ? わかる?」
「なぁあにを訳の分からんことを……」
もう。ホントイライラするなぁ。
農民は言うことを聞いて当たり前、貴族には逆らわない。そう言った考えが貴方の思考を鈍らせてるんだよ。
私はため息を一つ吐いて子爵に説明してあげた。もちろん、ため息は相手を煽る様にするのを忘れてはいない。
ピキッと青筋が浮かんだ気がするけど、そのまま説明を続けた。
「この街の食料がどうやって維持されてるか知ってるの?」
「おぉ前ら農民がぁ作っているんだろうが」
それくらいの頭はあるわけか。これで勝手にできるとでも答えていたらどうしようかと……。
「じゃあその農民がこの街に物を持ってこなくなったらどうするの?」
「農民の代わりなんぞぉ、いくらでもぉいる。おぉ前から食料をぉ得ずとも、他から得ればよい。よってぇ、おぉ前は無価値だ。……死ね」
「そこが違うんだよ、デブ」
ピキピキ言ってるけど気にしない。豚ならフゴフゴ言ってればいいんだよ。ピキピキが似合うのは子豚ちゃんまでだ。
「この街周辺で牧場経営をしてる人がどれくらいいるか知ってる?」
「ハッ! 何かとぉ思えば」
鼻で笑った後、子爵は小馬鹿にしたように話を続けた。そこはハッ! じゃなくて、フゴッ! でしょ?
「こぉの街を何処だと思っている? 草原のぉ街、ドーファンだぞ? 言わずとぉ知れた名産品はぁ軍馬。牧場なんぞ、おぉ前ら意外にもぉ無数にあるわ」
「ねぇ、食料の話してるんだけど、何で軍馬? 馬鹿なの? 面倒くさいから正解言っちゃうけど、食料生産している牧場は私達ベルラン家だけだよ。この意味、分かるよね?」
「なんだと……! おい! ガストン!」
「は、はい! 閣下、残念ながら事実です……」
ガストンと呼ばれたさっきまで空気だった文官。たぶん、これからも空気な気がする。だって、椅子の側から動かない、やる気あるのかな? あの人。
「おぉ前らが消えれば、こぉの街の市民はぁ飢えて死ぬと?」
「そういう事」
「ハン! ばぁか馬鹿しいぃ。食料がぁ牧場だけからしか作られないとぉでも、思っているのか? 小麦もぉ、野菜ぃも、果物もぉ、ある。おぉ前らがいなくてもぉやっていける」
「冬はどうするの?」
殆どの植物が枯れる冬には収穫物は限りなく少ない。地面に生えるのは生命力の草だけ。人間が食べて栄養として利用できるようなものではない。
それらを利用するのは草食動物。私たちの牧場にいる子たちだ。
「貯えがぁある」
「それで毎年冬を越すの? 食料貯めてるんでしょ? 大丈夫?」
「何がぁ言いたい?」
ふぅ、と一息吐いて、私は目の前の醜悪な大馬鹿野郎に説明を始めた。
「今年の冬を越せるだけの貯えがあったとして、来年は? 再来年は? 毎年冬は来るんだよ? 知ってる?」
「何をぉば――」
「あー、ごめん。答えは求めてないんだ。黙ってて。それでね? 毎年冬が来て、その度に貯えを放出してればいつか尽きちゃうんじゃない? それとも、この街はそれでも余りあるほどの収穫が見込めているの? まぁ、もしそうだと仮定しても、貯えを放出しちゃうわけだから、以下進行してる計画はパーになっちゃうね。アハハ」
私が話している最中に、『おい』とか『この』とか言ってるけど、無視してどんどん話を進めちゃおう。
発言はしても邪魔しないあたり、私の説明に興味はあるようだしね。
「貯えを放出すれば、それだけ戦争に回せる兵糧も減っちゃうね。バレない様にこそこそやってるんだもん、今すぐに戦争が起きるってわけじゃないだろうけど、期限はあるよね? でも、毎年、冬を越すだけの食料をそこから出してたら、きっと間に合わないと思うなぁ」
「……」
観念したのか、黙って聞くようになった豚ちゃん。エライぞー。
「だから、私たちがこの街で食料を売ってあげるってわけだよ。わかった?」
「……話はぁ終わりか?」
「うーん、とりあえずは?」
「そうか。では、こちらからもぉ言わせてもらおう」
そうして、一呼吸置いた後ドヤ顔で子爵は言った。
「おぉ前らを殺してぇ、別の奴にぃ任せれば、よいではないか」
「別の奴って、例えば?」
「牧場なんぞぉ、他にもある。そいつらにぃやらせればよいではないか」
「ハァ……。さっきも言ったけど、食料の話してるんだよ?」
軍馬とは違うんだけどなぁ。その辺わからないんだろうなぁ。
「軍馬の生産者が牛とか豚とか育てられると思ってるの? 」
「同じぃ牧場ではないか」
確かに、やってできなくはないと思うよ? でもね、効率は確実に落ちる。だって、やることがまるっきり変わるんだもん
「飼う動物が変われば手順も変わってくるの! 馬からチーズが作れるの? 卵が産まれるの? ベーコンが作れるの? 」
牛乳を搾ったり、乳製品を作ったり、屠畜して皮を剥いだり、肉を削いだり、ベーコンやソーセージだって作れるのか怪しい。
軍馬は軍馬。食用馬ならまだしも、軍馬だと生産者のプライドもあって馬が口に運ばれることはない。つまりそのための加工技術もないのだ。
「私たちの牧場の規模を維持するためにはそれなりの時間がかかると思うよ」
「人員をぉ増やせばよいではないか」
「それだと馬の生産量が落ちるね」
「それは困る!」
だよね。せっかく戦争っていう金のなる木が目の前にあるのに、その栄養となる軍馬がないんじゃ、ね?
「ならばぁ、奴隷にやらせればよいではないか」
奴隷ね。元気な奴隷を数揃えればできなくもないかな? まぁ、でも、こういう言い方は好きじゃないけど……。
「奴隷が作ったものを食べたいと思う?」
「うっ……」
奴隷のイメージは汚い、病気、ボロボロと食欲を減退させるものだ。そんな人たちが作ったものを食べたいと思うだろうか? 何が入っているかもわからないのに。
言い方は悪いけど、そういうことだ。
「納得した?」
「……ハッハッハ。ハッハッハッハ。アーッハッハッハ」
子爵は弾けるように笑いだし、不敵な笑みを浮かべるとこう言い放った。
「小娘を奴隷にしろ!」




