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無力の罪

残酷描写があります。苦手な方は注意してください。

内容が急に重たくなります。気を付けてください。

 積荷を確認し終えた私は、ボノム商会を後にして、お父さんの待つ広場へと向かった。

 

 日は下降し始めてから随分と時間が経っており、もうすぐ夕焼けが見れることだろう。

 一日の終わりが近づいていることに寂しさを覚えつつも、業務を全うできたことに対する安心も感じていた。



 広場へ向かう道の途中、道を遮る様にして人だかりができていた。

 この時私は、珍しいこともあるなぁ、なんて呑気なことを考えていた。



 人だかりができていては荷馬車が通れない。広場までの道で、荷馬車が通れるのはこの道だけだし、どうしたらいいのかな?

 うーん、とりあえず、様子だけでも見てみよう。そのあと考えても遅くはないよね。


「ちょっとすいません」


 荷馬車から降りて手前の人に声をかけると、その人は呻き声を漏らした後、道を開けてくれた。

 その様子に気付いた周りの人も、次々と道を空けてくれる。まるで、モーゼの十戒のようだった。まぁ、実際に海が割れる所なんて、見たことはないんだけれども……。


「おら! 動け! こいつ! この!」


 人だかりの中心にはお揃いの鎧を着た兵士と、一人の少年がいた。

 少年はしきりにその下にいる何かに向かって叫んでいる。


 少年の下にいる、うごめく何か。

 赤黒く、毛のない身体に、大きな瞳。トカゲのような流線型の頭を持ち、短く太い首が体に繋がっている。体からは蝙蝠のような翼が生えていて、その中央辺りには鋭い鍵爪が三本ある。足は四本指で、鳥のような配置だけれど、見た目は獣のようだ。長い尾は太く、力強く地を叩いていた。


 それは、飛竜だった。


 ワイバーンとも呼ばれるこの飛竜は鋭い爪で地面を掻き、時折、口からはチロチロと火の粉が出ていた。

 成体になれば、人間など簡単に葬り去れるだろう。そう、成体になれば……。


 目の前の飛竜はあまりにも小さかった。


 人の頭よりも、ほんのちょっとだけ大きな飛竜。とても、人を乗せて飛べるような大きさではない。

 にもかかわらず、少年は飛竜の子に馬乗りになり、飛べ! 動け! と命令しているのだ。


 これじゃあ、虐待だ。


 首輪をされ、逃げることも出来ず、ただ、少年に痛めつけられている姿は、見るに堪えない姿だった。

 ただ無意味に命を弄ぶ姿に、私は耐えられなかった。

 こんなことに関わっている暇はないのに、お父さんを早く安心させないといけないのに、私は見過ごすことができなかった。

 

「その子、嫌がってます」


 気が付けば私は、群衆の中心へ、そう言葉を放っていた。


「アドルフ様は御下がりください!」


 私が進み出ると、兵士たちが壁を作る様に私の前に立ちはだかった。

 叫ぶことに夢中になっていたアドルフと呼ばれた少年も、ようやく私の存在に気付いたようで、私を見ると勢いよく立ち上がり、私を睨んだ。

 しかし、よく見るとその足が震えている。


「ギャゥ」


 アドルフが立ち上がったことで身動きが取れるようになった飛竜の子は急いでその場から逃げようとした。

 けれど、首輪に繋がれた鎖をアドルフがしっかりと握って離さなかったので、首が引っ張られる形となってしまい、苦しそうに悲鳴を上げた。


「おおおまお前は!」


 どうやら、この少年は叫ぶことしか知らないらしい。そんな叫んだって、足が震えている分、余計に滑稽に見えるだけなのに。


「その子、嫌がってます」


 私はもう一度そう言いつつ、一歩前へ進んだ。

 私が前へ進むと、立ちはだかる壁はズズズっと後ろに下がっていく。まるで、見えない何かに押されているかのように。

 自分で言うのもなんだけど、こんな子供にビビっているようでは、後ろにいる御主人様を守れないんじゃないかな?


「ち、近づくな! 即刻立ち去れ!」


 主人が主人なら、従者もまた従者なようで、この男も叫ぶことしか知らない。

 一人が叫びだしたところで、また一人、また一人と目の前の兵士たちは叫びだした。


 消えろ、立ち去れ、死んじまえ、言葉はいろいろだったけど、結局言いたいことは同じで、『私が目の前にいるのが怖から、何処かに行ってください』と、そればっかりだった。


「お、俺、知ってるぞ! お、お前、化け物だろ! エミールが言ってたぞ!」


 アドルフが何かを叫んでいる。けれど、私にはエミールという人物に心当たりがない。まぁ、この街には私の事を化け物と罵る人ばかりだから、そのうちの一人だとは思うけど。


 そんなことより、早くあの子を助けないと。


 私が一歩近づき、兵士が一歩遠ざかる。しかし、足の覚束ない叫ぶ御主人様は後ろに下がれず、どんどん私との距離が縮まっていった。


「この、化け物め! 俺が成敗してくれる!」


 そう言って、ブルブルと震えながらも、腰に差してある長剣を引き抜こうとするアドルフだったけれど、飛竜の子供に繋がっている鎖を握っているせいで上手く行かない。


 早くその手を放せばいいのに……。


「くっ、この、この!」


 長剣に手を伸ばしては、鎖に手を引っ張られるという行為を幾度か繰り返したところで、アドルフがキレた。


「お前! さっきからウルサイんだよ!」


 手に持っていた鎖を地面に打ち付けるようにして撓らせ、飛竜の子を叩き付けたのだ。


「キュ」


 小さな悲鳴が、私の耳へと木霊した。

 助けたい、目の前の子を助けたい。けれど兵士が邪魔で、私に力がないせいで、あの子は蹂躙されている。

 踏みつけられ、蹴飛ばされ、私には、何もできないのだろうか。


「やめろぉぉおおおお!」


 私の中で、何かが弾けた。

 それと同時に、私も弾け飛ぶように兵士たちへと飛びかかっていた。


「う、うわぁああ」

「ぎゃあ!」

「なんだこいつ!」

「クソッ! 放せ! 離れろ!」

「きゃっ!」


 アドルフをはじめとする数人が、私の叫び声に驚き、尻餅をついた。

 私が掴みかかった兵士は、混乱しながらも私を引きはがそうと甲冑で私の頭を、体を、腕を、背中を、辺り構わず殴ってくる。


 尻餅をつかなかった周りの兵士は、私に掴み掛り、力の限り引っ張った。


 ビリリという嫌な音が、後ろで聞こえた。きっと、服が破けたのだろう。服だって、タダじゃないのに……。

 激情している自分の他に、もう一人、冷静にそんなことを考える自分がいて驚いた。


 殴られて、大きな痣ができた。血だって出ている。けれど私もやられてばかりじゃない。

 掴みかかっている兵士の兜をなんとかして脱がし、投げ捨てた。


 私を化け物と呼ぶのなら、こういうのがお望みだろう。


 私は兵士がよく見えるようににっこりと笑った後、その首筋に噛みついた。


「ぎゃああああああ」


 私の顎の力なんて高が知れてる。首筋に噛みついたところで、歯型を付けるのがせいぜいだと思う。

 けれど兵士は、この世の終わりだとでも言う様に大きく悲鳴を上げた。


 耳元で叫ばれ、その声量に怯んだ私を、兵士が投げ飛ばした。


 衝撃。ゴロゴロと転がり、天と地が何度もひっくり返る。


 口の中には土が入り、ジャリジャリと不快な感触が伝わってくる。それと同時に地と血の味が入り混じった、苦く、生臭い味も私を不快にさせた。


 天と地が元の場所に戻ったところで私の視界には、兵士たちが収まった。


「ぶっ殺してやる!」


 一人だけ兜のない兵士が眼を充血させ、涙を流しながら、私に向かって叫んだ。

 周りの兵士たちは彼を止めようと叫んでいたけど、彼は止まらない。

 顔を歪め、明確な殺意をもって、腰の長剣に手を伸ばしながら、私の方へと走ってくる。


 もうすぐ、私は、殺される。


 悲しさ、寂しさ、申し訳なさ、いろんな感情が私の中にあった。

 お父さんにも、お母さんにも、シモン兄にも、ベル姉にも、ロワにも、アルフレッドにも、他の私を慕ってくれる人たちにも、何にも返せていないのに、こんなところで死んでしまう私は、なんて使えない奴なのだろう


 シュルルルルという、金属をこすり合わせる音。長剣がさやから抜き放たれる音。


 長剣は天高く掲げられ、今にも振り下ろされようとしていた。


 死ぬのは怖い。けれど、身体はいう事を聞かない。這う事しかできない私では、逃げることすらままならない。


 私はなんて弱くて、使えない奴なのだろう。みんな、ごめん。


 私は目を閉じた。




 グシャリという、肉を裂く音の後にビチャビチャと液体の飛ぶ音が聞こえた。

 私の顔には生暖かい液体の粒がかかり、私は斬られたのだと思った。


 けれど、斬られた痛みはない。全身を鈍痛が襲っているけれど、それ以外の痛みはなかった。


「おい! やめろ!」

「クソッ! 放せ! 俺は! こいつを! 殺すんだ!」

「おい! 落ち着け!」


 争い合う声、それと、ガチャガチャと金属がぶつかり合う音が聞こえた。


 私は生きている?

 

 自分が生きていることを知って、私は、恐る恐る目を開けた。


「よく見ろ! お前の首からは血が出てないんだよ」

「うるさい! 黙れ!」

「お前は血を吸われてないんだよ!」

「うるさい!」

「お前は助かるんだ!」

「なん、だって?」

「お前は、助かるんだ」


 お前は助かる。その言葉に兜のない兵士からは力が抜けた。

 そして、他の兵士がそれを支え、連れて行く。

 どうやら私は死なずに済んだらしい。痛む全身のせいでまとまらない頭だったけど、それだけはわかった。



 人だかりは徐々に解散していき、いつもの、閑散とした街並みに戻りつつあった。


 兵士たちの手によって、地面に転がっている兜や血の付いた長剣が回収されていく。


 ……血の付いた長剣?


 そう疑問に思った時、私は全身が熱くなった。

 嫌な汗が毛穴という毛穴から噴き出る。まとまっていなかった頭が急に冴えてくる。


 この血は誰のものだろう? 私を斬ろうとした長剣には血が付いていて、でも、私は斬られていない。

 この血は私のものじゃない。私を守ろうとした誰かのものだ!


 私を守ろうとする人なんて、この街には数えるほどしかいない。誰だ、いったい誰が……。


 私は痛む身体に鞭を打ち、周りを見渡した。私を庇った誰かを探すために。




「ああ」


 そう、声を出すのが精いっぱいだった。そこにはあの飛竜の子が血だまりを作って、横たわっていたから。


 私が助けようとしたのに、逆に助けられてしまったのだ。

そして、私が助けようとしなければ、この子は死なずに済んだのだ。

 あのまま声をかけなければ、この子は斬られることはなかった。私を庇うことはなかった。

 ああ、私のせいだ。私がこの子を殺したのだ。意味もなく、私が、この子の命を奪ったのだ。


「ュゥゥ」


 小さく、声が聞こえた。私が作り出した幻聴かもしれない。私の願いが生み出した幻かもしれない。

 でも、もしかしたら……。


 そう思って、私はその子に近づいた。ズルズルと身体を引きずりながら、早く動けない自分にもどかしさを感じながら、私は飛竜の子に近づいた。



 飛竜の子は生きていた。浅く、息をしているだけだったけれど、確かに生きていた。

 でも、このままだと、本当に死んでしまう。血が止まらないのだ。


 傷口を抑えて圧迫止血を試みても、傷口が大きすぎて、私の手じゃ足りない。それに、私も上手く力が入らないから、ずっと圧迫し続けることもできない。


 どうしよう……。どうすれば、この子を助けられるのかな……。


 ふと、私は思い出した。この街の神父が昔、教えてくれたことを。


 私は両手に魔力を込めて念じた。

大丈夫、私ならできる。私は使えない奴だけど、ここで出来なければ、私に生きている価値はない。


 今からやるのは治療魔法だ。

 神父が言っていた、修行を何年も、何年も積んで、それでも一部の才能あるものだけがそれを使えるようになるという治療魔法。

 属性は光。私と同じだ。条件はそろっている。


 治れ、治れ、治れ、治れ――


 治れと、そう念じるごとに、私の中の魔力が抜けていくのがわかる。

 段々と力が抜けていき、身体が冷たくなっていく。魔力切れの感覚だ。

 でも、背中は熱い。燃えるように熱い。だから大丈夫。まだ、魔力はある。

 

 治れ、治れ、治れ、治れ――


 視界が狭く、暗くなっていく。身体は冷たく、寒い。でも、震えることすらできないほどに、力が入らない。

 でも、まだいける。まだ、使える。


 治れ、治れ、治れ、治………。

 


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