お土産とプリン 後編
「ここで作っているんですか?」
思わず聞いてしまった。
だって、銀貨五十枚もする高級菓子を作っている所だよ? なんていうか、もっと、こう、あるじゃん!?
「はい。それほど大量に作る必要もございませんし、目立っても仕方がないので」
な、なるほど。なんだか納得いかないけれど、ダリウスさんにもいろいろと考えがあるのかな。
「さぁ、どうぞこちらへ」
ダリウスさんに示されるまま、私は小屋の中へと入っていった。
建物って、外から見たら、『アレ? 小さいな』って思っても、実際中に入ってみると意外に広く感じたりするよね。あれってなんでだろう?
プリン工房もそうで、中に入ってみると、作業をするには十分なほどには空間があった。
この世界の事だから、魔法で広くしているのかもしれないけど……。
小屋の中は一般的な台所と同じで、煉瓦で出来た竃が二つに、作業台が一つ。壁には調理器具が掛かっていて、その下には食材が入っているのであろうツボが並んでいた。
小屋の中には私たち以外に人はいない。
プリンを買うのはドーファン家だけなのだから、要請があってから作るんだと思う。作り置きもできないし……。
人を置いておいてもすることがないのなら、人件費の無駄だ。
ダリウスさんがそんなことをするはずもなく、そのため、普段のプリン工房は無人となっているんだと思う。
「それじゃあ、プリンを作りましょうか」
「わかりました」
私の指示でダリウスさんがプリン作りの準備を始めた。
すべての材料が用意できたところで、私はプリン作りの解説を行う。
「先ずは蒸し器からですね」
竃に火を入れ、蒸し器をセットする。もちろん、蒸し器の中には水をセットして。
予め水を温めておかないと、プリンに巣が出来てしまうからね。
まぁ、今回はどんなに頑張っても巣は出来てしまうんだろうけど……。
蒸し器を温めている間に、長持ちするための工夫をしておく。ここからが、私の取引内容だ。
「えーと、まずは牛乳、ここからが大事です」
「混ぜるのではないんですか?」
私が以前教えたプリンの作り方は、牛乳、卵、砂糖、バニラを混ぜて、容器に入れて蒸すだけ。一般的なカスタードプリンの作り方だ。
だけど、保存料を入れてないこの方法だと、その日のうちに食べるのが好ましい。保存するとしても三日が限度だと思う。出なければ、腐ってしまう。
なので、保存期間を延ばすために、材料から工夫しなければならない。
「牛乳を煮込みます」
「混ぜる前に加熱するんですか?」
「はい、そうすることで腐りにくくなるんです」
牛乳は本来、腐りやすい物で、牛乳として流通させるのは非常に難しい。
そのため、牛乳を牛乳として流通させるのではなく、加工して流通させるのが一般的だ。
我が家でも、発酵乳として加工することで菌の繁殖を抑えている。
ただ、まぁ、プリンを作るのには牛乳が必要だから、一部は殺菌処理してボノム商会に売っているんだけどね。
さて、我が家で出荷している牛乳は殺菌済みとはいえ、輸送途中に菌が混入していないとも限らない。
なので、念には念をという事で殺菌処理を行うのだ。
「なるほど。わかりました」
牛乳を、沸騰しないように注意しつつ、加熱殺菌をしたら、次は容器だ。
「その瓶をどうするんです?」
容器に使っているガラス瓶を徐に持ち上げると、私は、蒸し器の中にそれを置いた。
「これも予め加熱しておきましょう。腐りにくくなります」
「瓶が腐るんですか?」
「いえ、プリンが、です」
「あ、ですよね」
少し恥ずかしそうな表情をするダリウスさん。おっさんが恥じらう姿がちょっと気持ち悪かったのは内緒だ。
……ダリウスさんがシュンとしている気がするけど気のせいだよね!
「では、プリン液を作りましょうか」
そう言いつつ、竃から鍋を降ろし、その中に卵、砂糖、バニラを入れて混ぜていく。
「あ、そうそう。卵を入れるときは、殻を拭いてからの方がいいですよ」
卵の殻には何がついているかわかんないからね。牧場でも注意してはいるけど、サルモネラとか、怖いし……。
「ふむふむ」
ダリウスさんは、私の発言に逐一頷いてはメモを取っている。熱心な生徒で助かる。
私も、この街にずっといるわけではないので、何度もは教えられない。
まぁ、牧場に来るのなら話は別だけどね?
プリン液が出来たら、蒸し器から殺菌済みの瓶を取り出して、そこにプリン液を注いでいく。
ここまでは誰でもできる簡単な作業だ。
「ここからは、ちょっと難しいよ」
そう言って、私はプリン液の注がれた瓶、その口の部分を火にくべた。只管熱く、熱く熱していく。
火の温度が足りないかもと一瞬思ったけど、とりあえずはやってみるしかないのでガラスが柔らかくなるのを待った。
「これは……」
瓶の口を溶かし、細く、引き伸ばしていく。その形は横向きのS字を描くように、細く、細く、引き伸ばしていく。
「うん、こんなものですね」
「……これで終わりですか?」
「最後にもう一回作業がありますけど、後は大体同じです」
そう言いつつ、蒸し器の中に特殊な形状のプリン瓶を詰めていき、蓋をした。
「あの形は何です? 湾曲した、細長い瓶は……」
「白鳥みたいでしょ?」
「ああ、なるほど。確かに」
「あれはね、白鳥の首フラスコっていってね、中のものが腐りにくい形状なの」
「ふむ……。俄かには信じがたいですが、……どうやら嘘ではないようですね」
白鳥の首フラスコ。フランスの科学者、パスツールが自然発生説を否定するために作ったものだ。
外気に触れているにもかかわらず、その中には菌が入っていかないという優れもので、外気に触れているので蒸すことができるし、プリンを作る過程の過熱で滅菌が出来れば、無菌状態が保たれて、プリンは腐らない。
少し多めに加熱しておけば、巣はできやすくなってしまうけれど、王都まで運ぶことが可能になると思う。
「最後にこうしてっと……。完成です」
蒸し終わったプリン瓶の首を熱して溶かし、完全に密封したところで完成だ。
白鳥の首フラスコはその形状から持ち運びには不便だし、蒸し終わったら外気と触れている必要もないので、首は折ってしまった方がいい。
この世界では自然発生説を否定するどころか、そんな論争すら、まだ起こっていないんだから。
「ふむ、本当に簡単で、費用が掛からず、すぐにでも取り掛かれましたね」
「私は嘘は言いませんよ」
「私と違って、ですか?」
「はい!」
「これはこれは……」
クックックと愉快そうにダリウスさんは笑った。
いつもの仮面の、ではなく、心からの笑いだと思う。
「ですが、欠点がないわけではありません」
「確かに、そうですね。食べるには割らないといけませんし、風味も少し落ちてしまうでしょうね」
ダリウスさんの指摘はもっともだ。
完全に密閉しているので、食べるためには口の部分を割らないといけない。その際に、ガラスがプリンに混入してしまう可能性がある。
風味もそうだ。加熱時間が長かったため、やはり巣が出来てしまった。
それに、カラメルもない。これに関しては始めのプリンの時から教えてないんだけどね。また、何か必要になったときのためのカードとして取っておいてあるのだ。
「……けれど、その解決策も考えているのでしょう?」
「流石ダリウスさんですね。よくわかっていらっしゃる」
先ずは、と私はプリン瓶の開け方を実演して見せた。
「なるほど、確かにそうすれば割らなくても済みますね。うーむ、私も頭が固い。このガラスのように柔らかくなりたいものです」
「あははは、上手いですね」
瓶を開ける方法は意外と簡単で、これを作ったときと同じ方法で開ければいいのだ。
つまり、熱して柔らかくするのだ。
柔らかくしてしまえば、穴を空けて、口を広げるのも容易にできる。
さらに、副次的な効果として、プリン表面がこんがりと焼け、香ばしい風味を醸し出すことができる。
「口どけは滑らかではなくなりますが、別の味わいを楽しむことができますよ」
「なるほど、物はいいようですね。しかし、以前の方が風味がよいのもまた事実ですが?」
「確かに。ですが、それを逆手に取りましょう」
「逆手ですか? ……なるほど、そういうわけですか」
流石ダリウスさん。察しがいい商人だね。
風味が落ちたプリンを王都で流行らせる。風味がよいプリンは輸送できないので、当たり前だ。
けれど、田舎とは言え、街でプリンを売っていれば、ここのプリンの方がおいしいという噂が出てくると思う。
そうなれば、こちらのものだ。
つまり、風味の悪いプリンを売ることで、今あるプリンに付加価値を付けることができるというわけ。
風味が悪いとは言っても、それなりにおいしいので、貴族の人たちは食いつくと思う。そして、さらにおいしいプリンがあると知れば、さらに、そのプリンがなかなか手に入らないとなれば、さぞ、大量のお金を落としていってくれることだろう。
まぁ、上手く行くかはダリウスさんの腕次第だけどね。
ダリウスさんもそのことがわかっているのか、その顔はやる気に満ち溢れていた。
「確かに、これはよい取引になりました。あの杖を手放しても惜しくはないですね」
「私は嘘を吐かないからね」
「……肝に銘じておきます」
「はい。それでは、お父さんも待ってるので、取引を終了させたいんですけど」
「そうですね。恐らく積荷も運び終わっている頃でしょうし、戻りましょうか」
こうして、私たちは取引を終えた。やっぱり、商人との取引は疲れるよ……。




