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お土産とプリン 中編

「これが情報の対価だけど、どうする?」

「そうですねぇ……」


 渋るように頭を捻るダリウスさん。長く伸びた髭を指でクリクリと回しては、しきりに唸っている。

 確かに、金貨数枚もする魔法の杖を手放すのは躊躇してしまうと思う。

 だけど私もロワと約束したのだ。お土産を買ってくるって。


 しばらく悩んだ後、ダリウスさんは笑顔で切り出した。

 柔らかな微笑み。まだ、戦意を喪失してはいないらしい。


「脂肪と骨を我が商会で買い取りましょうか?」


 ダリウスさんが提示してきた案はこうだ。

 蝋燭屋さんの夫婦に嫌われている私の代わりに、今後、商会が脂肪を売ってくれるというものだ。

 しかも、普通なら仲介料として幾らか安く買い取りになるところを、今、私たちが売っている値段で脂肪を買い取ってくれる。

 さらに、何処で情報を仕入れたのかはわからないけど、骨も買い取ってくれるというのだ。

 その代わり、杖は今回の取引から外してほしいという事らしい。


 確かに魅力的な提案だと思う。だけど、杖を取引から外すには明らかに物足りない。

 だって、脂肪は私が我慢すればいいだけだし、骨については解決策が現在進行中なんだから。


「残念だけど、それだけじゃ杖を諦めることはできないかな」

「もちろん、これだけではありませんよ。杖の代わりに、こちらで我慢していただけませんか?」


 そう言って出されたのは分厚い本。

 私の顔ほどもある大きさに、片手では抱えきれないほどの厚さ。推定五キロはあろうかという本だった。


「これは?」

「魔導書ですよ。様々な魔術書や魔石について書いてある本です。どうでしょうか?」


 魔法について書いてある魔術書の上位互換の様なものなのかな? だけど、ロワはこんな分厚い本を渡されたところで、喜ばないだろうなぁ。

 だって、あの子、字、嫌いだし……。


「うーん、確かに高価なものだと思いますけど、ロワは喜ばないと思うよ」

「そう、ですか……」


 もうチョイかな? こちらも少しは譲歩しないと。


「じゃあ、こうしよう。もし、杖を貰えるなら、少しだけ、情報を先出ししてもいいよ」

「はい?」

「だから、情報を先に出すから、その後取引するかどうか決めてもいいって言ってるの」

「それは……」


 ダリウスさんは困惑していた。

 まぁ、そうなるよね。

 だって、情報は相手に知られた時点で、価値がなくなってしまうんだから。

 情報を聞いた後で、その情報はいらないですって言えば、タダで情報を手に入れることが出来ちゃう。情報は一度教えしてしまえば、忘れることなんかできないんだから。


「……忘却術ですか?」

「忘却術? なにそれ?」


 神妙な顔つきでダリウスさんは聞いてきたんだけど、私はそれを知らない。魔法の一種なのかな? 名前からして何かを忘れさせるもののようだけど……。


「あ、はい。忘却術は呪術の一種で、物を忘れさせることができるそうです。私も噂程度にしか知りませんが……」

「なるほど、それで与えた情報を忘れさせようと?」

「はい、そう思ったのですが、違うようですね。ははは、実在するかもわからないものに怯えるとは、私もまだまだですね」

「危機管理能力は大事だと思うよ。それで、どうする?」

「ありがとうございます。そうですね。情報を聞いた後で、この取引はなかったと、そうできるのですよね?」

「うん。そうだよ」

「それなら、聞かない手はないでしょう」

「じゃあ、決まり! 何を聞きたい?」

「えっ?」


 何度目になるかわからないダリウスさんの驚きの表情。ダリウスさんも、以外と表情を隠すのが苦手なのかもしれない。

 さて、少しでも情報を出してしまえば杖を取引から外せなくなる。早く質問をして貰わなくちゃ!


「あ、あの、こちらから質問できるのですか?」

「うん。もちろん、答えられない情報は答えられないっていうけどね。さあ! 早く早く!」

「えっと、わかり、ました」


 ダリウスさんは狐につままれたような表情で頷いて、少しの間呆けていたけど、私たちの質疑応答が始まった。


「ではまず、プリンを王都に持っていくための費用はどれくらいになるのですか?」

「うーん、今がどれくらいなのかは知らないけど、私の方法で輸送費が増加するってことはあんまりないかな」

「あんまり、ですか?」

「そうだね。容器が少し大きくなるくらいだし……」

「……となると、プリンの容器に費用が掛かるわけですか」

「うーん、というより、プリンを作る時に、一手間かかるって感じかな?」

「具体的には?」

「それは秘密」

「ですよね」


 にたりと笑ったダリウスさんは始めから私の答えを予想していたのか、別段残念そうには見えなかった。


「では、その一手間にかかる費用はどのくらいですか?」

「うーん、特別材料が増えるってわけじゃないから……大銅貨五十枚もしないと思うよ」

「それはプリン一個に対してですか?」

「うん」

「なるほど」

「他に質問は?」

「では――」




 その後、いくつかの質問に答え、ダリウスさんは考え始めた。


「確かに、魅力的な取引ですね。簡単で、費用が掛からず、すぐにでも取り掛かれるとなれば……」

「でしょ? どうする?」

「……杖は諦めて貰えませんか?」

「もちろん!」


 はっきりと答えた私の言葉を聞いて、ダリウスさんは深くため息を吐くと、観念したかのように私との取引に合意した。


「わかりました。流石はレーヌ様です」

「褒めたって、何もでないよ?」

「それは残念」


 さも楽しそうにそう言ったダリウスさんは、契約書の作成のために一旦席を外した。


 この世界では契約書によって結ばれた契約は絶対のものとなる。

 法律で決まっているとか、信用がどうとか、そういうものではなく、強制的に守らされるのだ。


 契約書には呪術と呼ばれる術がかけられていて、契約を破ればその術が発動するようになっている。

 発動する内容は、その契約によって様々なんだけど、人権の剥奪や身体機能の喪失、命を失ったりと、重いものが多い。

 そのため、この呪われた契約はほぼ、確実に守られることになるのだ。


「お待たせしました」


 私はダリウスさんが持ってきた契約書を確認した。


 やはり、契約書にサインをするときは緊張してしまう。

 これは一種の呪いだと、そう思うと、やっぱり怖い。


「大丈夫ですか?」

「うん、大丈夫」

 

 私はダリウスさんに返答してから、ナイフで指先に小さな傷を作った。

 ぷっくりと小さな赤い球が指先にできる。

 私はそれをペン先に付け、契約書にサインした。

 

 これで契約完了だ。もし私が情報を提供しなければ、私はダリウスさんの奴隷となってしまう。

 逆に、ダリウスさんの場合は全財産を私に渡すことになる。

 これなら、どちらかが契約を破っても、結局は契約が果たされる。

 奴隷になれば命令一つで情報を引き出せるし、ダリウスさんの全財産の中には杖が含まれているからね。


「はい、確かに契約成立です。お疲れ様でした」

「お疲れ様。それじゃあ、早速、行こっか」

「どこにです?」

「プリン工房だよ。実際に見せた方が早いでしょ?」

「ああ、なるほど。わかりました。では、こちらです」


 私たちは店を出て、プリン工房へと向かった。




 道中の事、私は口調を戻した。契約はしたので、今は私が優位な立場であると示す必要もなければ、そうである必要もない。

 それと、何故かダリウスさんが私の事をとにかく褒めてくるので、その照れ隠しだ。

 契約を結んだ後だからもう変更はできないというのに、何か狙っているのかな?


「そんなことないですよ。純粋に驚いているんです」


 相変わらず私の心を読んで……。まったく、プライバシーなんてあったもんじゃないよ。

 というか、ダリウスさんに純粋って……。


「失礼ですね。私にだって裏がないときくらいあります」


 裏がないときくらいって……。それじゃあまるで――


「いつもは裏があるみたい、ですか?」

「もう! なんでわかるんですか!?」

「ははは、すいません。私も商人の端くれですからね。これでも洞察力は鍛えているんです」

「観察するだけで、何を考えてるのかわかるものなんですかね」


 実際それを目の前でやってのけるんだから信じないわけにもいかない。

 うぅ……。商人怖い。


「そんな怖がらないでください。……表情や仕草は人が思っているよりも感情を映し出しているものなんです」

「感情ですか?」

「はい、感情です。私はそこから推測しているに過ぎませんよ」

「それにしたって、……当たりすぎです。あんまり鋭すぎるとモテませんよ?」

「ははは、それは、なんというか、嫌ですね。しかし、この頭ですから、諦めてますよ」


 それに、とダリウスさんは続けた。


「それに、私はまだまだです。本物には敵いませんよ」

「ダリウスさんよりすごい人がいるんですね」

「はい、心を知る人が……っと、着きましたね」


 そこには、とても大金を生み出すようには見えない、小さな小さな小屋が建っていた。




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