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お土産とプリン 前編

「では、商談と行きましょうか」


 奥の部屋に通された私は、ダリウスさんのその一言で気を引き締めた。


 商人。商いを生業としている人。中でも、ダリウスさんはそのスキルが高い人と言える。

 だって、田舎に一店舗とは言え、これだけ大きな施設を構えられるだけの財産を築いているのだから。


「それで、本日の御用件は?」


 柔らかい口調で、笑顔を絶やさず、ダリウスさんは口火を切った。

 これがダリウスさんのスタイルだ。

 相手の警戒心を解くように、自分は無害であると示すように、のんびりと、優しく話しかけるのだ。

 そして、笑顔のポーカーフェイスで自らの考えを悟られないようにする。

 

「いつものものを買いに来ました」


 いつものものというのは、塩に硝石、蝋燭、石灰、それと雄鶏だ。


 ダリウスさんは表情を変えず、私の言葉に対応した。

 一見無害そうな顔の下で、どれだけ黒いことを考えているのか。油断できない。


「おや、そうですか。わかりました。他には何も?」

「えーと、牧場で待ってる家族へお土産を買いたいんですけど」

「ふむ。予算はいかほどで?」

「これくらいです」

「少々お待ちを」


 私がエルマンさんから貰った金額、大銅貨六十枚を出すと、ダリウスさんはいくつか商品を持ってきてくれた。


「先ずはこれですね。ロワ様にはこの木剣なんかどうでしょう。そろそろそう言ったことに興味を持ち始める年頃かと」


 うーん、どうだろう。そう言った素振りは見せていないけど……。どちらかと言えば魔法に興味がありそうだ。


「うーん、他には?」

「もちろん、木剣の他には木槍、棍棒、短弓など各種揃えておりますが、やはりここは木剣がよろしいかと」

「うーん、どうしてですか?」

「木剣ならば……、ここに教本がございます」

「うーん、ロワは本を読むタイプじゃないと思います。それに……」

「それに?」

「明らかに予算オーバーでしょう?」


 製紙技術の未熟なこの世界ではやはり本は高い。木剣とセットで買わせようという魂胆だったのかもしれないけれど、その手には乗らないよ。


「やはり乗ってはもらえませんか」


 ……やっぱり。


「では、とりあえずロワ様のお土産は保留という事にしましょうか」


 ダリウスさんが保留とは珍しい。いつもなら、次から次へと商品を出すのに……。

 何かやらかしたのかな?


「次の商品はこちらです。ローヌ様やベル様にはやはり装飾品がよろしいかと。女性へプレゼントには定番ですね」


 装飾品と言ってもネックレスや指輪なんかは作業の邪魔になるからお母さんたちは着けたがらないだろう。

 その辺はダリウスさんも承知なようで、並べられているのは飾り気の少ない質素な髪留めばかりだった。


「どうです? レーヌさんもお一つ」

「いえ、私は……。そうですね。では、これとこれをください」

「わかりました」


 私はたくさんある髪留めの中から、茶髪に無難な黒を基本とした二つを選んだ。


「では、次はシモン様ですね」


 そう言ってダリウスさんが並べたのは指輪だった。

 ……なんで指輪?

 一応シモン兄も作業の邪魔になるから、指輪は喜ばないと思うけど?


「これは?」

「見てのお通り指輪です。シモン様は近々ご結婚なさるとか」

「え!? 結婚!?」


 お父さんが最近騒いでたのはそういうことか。

 シモン兄が結婚するから、次はベル姉、その次は私と。


「御存じなかったのですか?」

「は、はい」


 驚いた、という様にダリウスさんが尋ねてきた。

 いや、そもそも、なんでダリウスさんが知っているのだと聞きたい。

 私が知らなくてダリウスさんが知っている。ダリウスさんがすごいのか、私が家族だと思われていないからなのか……。

 きっと前者だよね。うん、そうだよ。きっとそう……。


「……それで、いかがなさいますか?」

「え、えっと、そういうのはシモン兄が直接選んだ方がいいと思うから」

「それもそうですね。では――」


 それからいくつか商品を勧められたけど、最終的にナイフを買って行く事にした。

 ナイフなら、皮を剥ぐときなんかにも使っているので、役に立つと思う。

 それに、刃物には家族を守るための力という意味も込めてみた。こういう世界だからね、守るための力はあった方がいい。

 そういう意味ではロワにも武器を買って行った方がいいかもしれない。


「では、最後にロワ様ですね」


 再び回ってきたロワの番。だけどその前にもう一人、家族がいる。


「その前にお父さんへも買って行きたいです」

「レオナール様へ、ですか? ご一緒に街へ来ているのでは?」

「それでも……家族、ですから」

「かしこまりました。レオナール様ならば、これがよいでしょう」


 そう言って出されたのは一本の瓶。お酒だ。

 

 確かに、お父さんはお酒が好きだ。それに強い。

 昨日もあれだけ酔っぱらって、潰れていたのに、今日の朝にはケロッとしていた。

 私もお酒にしようと思っていたところだったので、ちょうどよかった。


「そうですね、それにします」


 すんなりお父さんのお土産が決まったところで、三度目のロワの番になった。


 身を守るための力、武器がよさそうだけど、ロワは物理的なものよりも魔法が好きそうだし……。


「ロワへなんですが、杖ってないですか?」

「杖ですか。ないわけではりませんが、最低ランクでも銀貨数十枚はしますよ?」

「うっ……、そうですか」


 銀貨数十枚となると、流石に買えない。予算オーバーしたとしても銀貨一枚程度には抑えないたい。


「それでしたら、魔術書なんかどうでしょう?」

「魔術書ですか?」

「はい。それでしたら、銀貨一枚でお買いになられます。少々予算オーバーではありますが……」


 そう言いつつ取り出されたのは一束の羊皮紙。これだけで銀貨一枚もするのか。

 魔法関係はめちゃくちゃお金を消費するなぁ。

 ……ん? 私予算オーバー後の金額って言ってないよね?


「えっと?」

「商人の勘です」

「……そう、ですか」


 勘って……。まぁ、確かに、大銅貨六十枚を出したから、これくらいまでなら出せるだろう見たいな推測は出来そうだけどさ。


 うん、でも、まぁ、銀貨一枚程度ならギリギリ許容範囲内、かな?

 一応、ダメ元で言ってみよう。

 

「うーん、そこをなんとかできないですか?」

「こちらとしても、そうして差し上げたいのですが、商売ですので……」


 そうだよね。それじゃあこれでいこうかな。


「わかりました。銀貨一枚ですね」

「いえ、銀貨三枚と大銅貨四十枚です」

「へ?」


 思わず変な声が出てしまった。予算の六倍弱の値段を言われるなんて。

 さっき、銀貨一枚で抑えられるって言ってたじゃん。


「銀貨三枚と大銅貨四十枚です」


 あ、うん。大事なことなので二回言ったのかな? 大丈夫だよ、わかってるよ。


 いけない、いけない。テンパってる。落ち着いてー。

 はい、深呼吸。すってぇーはいてぇー。もう一回。すってぇーはいてぇー。


「スゥー、ハァー。……スゥー、ハァー」

「……」

 

 無言でニヤついているダリウスさんがウルサイ。無言なのに、ウルサイ。

 

 とりあえず、ダリウスさんを視界の外に追いやって、私は値段の意味を考えてみた。

 

 予算は大銅貨六十枚。買った品物は五品。値段は六倍弱。……なるほどね。

 勘違い? この人に限って、それはあり得ない。絶対に故意にやっている。

 私を怒らせるとどうなるか、この人も知っているだろうに……。


 それじゃあ、ご期待に応えちゃおうかな☆ミ


「プリン」

「はい?」


 今度はダリウスさんが変な声を出す番だった。

 けれど、私よりも随分と復活が早かった。悔しいけれど経験の差だと思う。


「プリン」

「ええ、レーヌ様から教えていただいたあの料理。あれは非常に良いものです」


 二回言ってみたけど、たいして意味はなかったみたいだ。私もなんとなく二回言っただけだから、どうでもいいんだけど。


「売れてないんでしょ?」

「いえいえ、大変儲けさせていただいております」


 ダリウスさんが言っている『儲けている』というのはたいしたことはない。


 プリンの原材料はそれほど高くなくて、人件費等を合わせてもせいぜい銀貨一枚程度じゃないかな。

 それを高級菓子として銀貨五十枚という法外な値段で売っているのだから、利益率から見れば、確かに儲けてはいる。

 けれど、高級菓子として売っているため、その対象が貴族相手になってしまう。そこが今回の問題点だ。


「王都で売ってみたくはない?」

「……いずれ、王都に店を構えた時には」


 特別興味を持っているという表情を見せはしないダリウスさんだけど、わずかな沈黙が食いついた証拠だ。


「言いたいことはわかるよね?」

「……フゥ。何がお望みですか?」


 疲れたように髪を掻き上げる仕草をし、そう尋ねてくるダリウスさん。でも、その手は頭をなでるだけで、髪を掻き上げることはなかった。

 笑顔を保ってはいるけど、それがイタイ。


「先ずはこれらの商品をタダにして」

「先ずは?」

「もちろん! 得られる利益を考えれば当然でしょ?」

「……そうですね」

 

 ボノム商会は本店がこの街、ドーファンにあるだけで、支店は持っていない。

 そして、ドーファンの街にいる貴族はドーファン子爵だけ。

 保存料を入れていないプリンでは、精々持って三日。それも、魔石を使って、十分に冷やした状態を保って、だ。

 三日じゃ王都どころか、近隣の街にもたどり着けるかどうか怪しい。

なので、プリンを売れる相手も実質ドーファン家だけになる。


「では、次に、杖を一本頂戴?」

「流石にそれは……。あ、いえ、現在、当店には用意してなくてですね」


 ダリウスさんが初めて表情を崩した。

 いい感じだね。焦れば焦るほど、不安になれば不安になるほど、冷静な判断が出来なくなる。


「ちなみに、杖の相場はいくらくらいですか?」

「銀貨数十枚です」

「さっきもそう言ってたね。で、ここにある杖の値段は?」


 先ほど言ったダリウスさんの言葉、『流石にそれは』。ここから、ダリウスさんは杖の取引はできるけど、したくないと言っている。

 つまり、ここに杖はあるのだ。

 そして、 銀貨数十枚程度のものをダリウスさんが出し惜しむはずもなく、という事はもっと高いというわけだ。


「いえ、ここにはありませんよ」

「嘘はためにならないよ?」


 私はにっこりと笑って、ダリウスさんを見つめた。まるで、悪魔が微笑みかけているような、そんな顔を意識して。


「……金貨五枚といった所ですね」

「嘘はためにならないよ?」

 

 私はもう一度揺さぶりをかけた。

 金貨と言えば、銀貨の百倍である大銀貨、そのさらに千倍。遊んで暮らせる金額だ。


「本当ですよ」

「……そんなお金、何処から出てきたの?」

「それは……プリンで儲けさせていただきました」


 プリンを一万個くらい売れば確かにそれくらいの金額にはなるけど、三年でそんなに売れるものなのかな? しかも相手はドーファン家のみ。


「流石にそれは苦しいんじゃないかな?」

「ハァ。ですよね。すいません」


 ため息交じりに俯いてダリウスさんは頭を下げた。


「旅の魔術師から譲っていただいたんですよ」

「騙し取ったわけじゃなくて?」

「……そうとも言いますね」


 そんなことやってるから王都から追い出されるんだよ!


「ははは、確かにそうかもしれません」


 ちょっと! 平然と心を読まないでよ!


「これは失敬。顔に出ていらしたものですから」


 また読まれてるし……。

 私って、そんなにわかりやすいのかな?

 まぁ、いいや。ダリウスさんにペースをつかまれる前に、この話は終わっておかないと。


「もらったものならくれてもいいでしょ?」

「それは、勘弁してください」

「うーん、こんな田舎に? ダンジョンもないのに? 誰がそんな杖買うの?」

「確かにそうなんですがねぇ」


 もうひと押しかな?


「王都でプリンを売った方が確実に稼げると思うけど?」

「うーむ」


 腕を組んで悩み始めてしまったので、先に進めることにした。


「じゃあ、次ね」

「次があるんですか!?」


 ふふふ、驚いてる、驚いてる。考える余裕をなくしていってくれればいい。


「毎回貰ってるものに硫黄と塩と石灰を一樽追加」

「硫黄ですか?」

「うん、ちょっと実験」

「何にお使いになるのですか?」

「高くつくよ?」

「……やめておきます」


 さて、これくらいでいいかな? あんまりからかうのもアレだしね。

 私の怒りも十分発散できたし、これで終わりにしよう。



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