忌み子の呪い
エルマンさんのお店は革が足りていないみたいだし、次はもっと多めに持ってきた方がいいよね。
今回はいっぱいサービスしてもらっちゃったし、これで何もしないって言うのはダメだと思う。
でも、革を増やすのはいいとして、他のものも増えちゃうのがなぁ。
革は動物から採った皮を鞣すことで手に入る。
けれど、動物は皮だけでできているわけではないので、皮をとろうと思えば、自然と他のものも手に入ることになる。
それは肉だったり、脂肪だったり、内臓だったり、骨だったり……。
食料品は毎回足りないくらいだから何とかなるとして、骨をどうするかが問題なのだ。
オービーヌさんの所で売れなくなったとなると、新規でお客さんを探さなきゃいけない、
けれど、私から買ってくれると所なんて他にあるかどうか。
はぁ、また迷惑をかけちゃってる……。
今後の事について考えていると、次の目的地である蝋燭屋さんに到着した。
太陽は既に高い所まで登っていて、早朝というには随分と遅いけれど、お昼にはまだ早いという時間帯になっていた。
私はあらかじめ脂肪の入った樽を荷馬車から降ろして店先に並べてから店内へと向かった。
蝋燭の原料は脂肪だ。脂肪を燃やすことで火を灯し、明かりとしている。
この街には蝋燭職人が一人しかおらず、ここでしか蝋燭は手に入らない。
田舎とはいえ、街一つ分の蝋燭の消費量は多く、つまり、それだけ原料が必要になってくる。
毎月持ってきてはいるけど、たぶん、カツカツなんじゃないかな? 私たちが脂肪を持ってこなくなったら、どうなるんだろう?
まぁ、そんなことしないけど。
「おはようございます!」
私は『元気よく』を意識しながら、蝋燭屋さんの扉を開けた。
蝋燭は魔法があるこの世界でも重宝されている。
光属性の魔力を持った人がいれば、魔法で明かりを確保できるとはいえ、魔力は有限で、使い続ければ倒れてしまうからだ。
それに、すべての人が光属性というわけでもないので、そういう場合に蝋燭は明かりとして重宝するのだ。
私たちの家でも明かりは蝋燭を使っている。私は光属性だけど、光を生み出すことができないからだ。
魔法の才能がない私は偶然できた黒い球を生み出すくらいしか魔法が使えない。
私にもうちょっと魔法の才能があれば、蝋燭代も浮くのに……。
つくづく使えない奴だと思う。
「あら、レーヌ。レオナールさんは?」
店内には女性がいた。淡い黄色の髪をポニーテールにている二十代くらいの女性だ。
傍から見れば柔らかな、そして、親しみやすい笑顔で女性は対応してくれた。
この女性は蝋燭職人であるヨアンさんの奥さんで、ゼナイドさんという。
大抵の場合、店番は彼女がやっている。
嘘を言っても仕方がないので、私は本当のことを言った。
「今日も私一人です」
「そう……」
そう呟くと張り付いていた仮面がゼナイドさんから剥がれ落ちた。笑顔という名の仮面が。
両目を吊り上げ、唇を歪ませ、眉間に皺を寄せ、そして、叫びだす。
「この化け物! いったい何しに来たのよ!」
「あっ、その、脂肪を売りに」
「そんなことはわかってるの! どうしてレオナールさんじゃないのよ!」
「えっと、お父さんは忙しくて……」
「あんたの顔なんか見たくないのよ! さっさと帰んなさいよ、この! 吸血鬼!」
帰るわけにはいかない。
私はできた人間じゃないから、こうやって怒鳴られるのは嫌だ。
でも、蝋燭屋さんはこの街にはここしかない。だから、脂肪を売れる場所もここしかない。
私の我儘で取引を止めるなんてことは、できない。
だから、帰るわけにはいかない。
「どうした、うるさいぞ?」
奥から、男性が一人出てきた。この街唯一の蝋燭職人、ヨアンさんだ。
「チッ……。お前か。店に入らないでもらえるか?」
ヨアンさんは大きく舌打ちをした後、私を睨みながら言った。
「早く帰ってくれないか。変な噂が立ったら困るんだ」
「脂肪を売ったら、帰ります」
「早くしてよね!」
「外に並べてあるので……」
ゼナイドさんは腕を組みながら、明らかにイライラした口調で言ってくる。
私としても長居をするつもりはない。あらかじめ店先に並べておいた樽を見せた。
「まったく、こんなところにおいて、邪魔じゃない!」
「これで、全部です」
「なら、早く帰ってよね!」
さっきからそればっかりだ。私だって早く帰りたい。
「代金を……」
「ハッ。お金をとるの? こんな脂肪の塊、うち以外じゃ引き取ってもくれないのに? ずうずうしいったらありゃしないわね」
「ほら、金だ」
ゼナイドさんが文句を言い、ヨアンさんが硬貨の入った袋をこちらに投げた。
二人とも私に近づきたくないのだろう。私が忌み子だから。私が化け物だから。
「確かに、いただきました。ありがとうございました」
お金が入っていることを確認して、私は蝋燭屋さんに背を向けた。
蝋燭も買っておきたいところだけど、二人は私に蝋燭を売ってくれない。なので、別の場所で手に入れることにしている。
私の容姿のせいでこんな回りくどいことをしなくちゃいけなくて、お父さん達には本当に申し訳ないと思っている。
お父さんたちはこの事を知らないし、知らせるつもりもない。あまり心配かけるのもよくないと思うし、なにより、蝋燭屋さんとの関係が悪化したら、脂肪が売れなくなってしまうからだ。
蝋燭屋さんで脂肪を売り終わったところで、私は次の目的地である商会を目指した。
そこが最後の目的地だ。早く終わらせてお父さんを安心させてあげないと。
最後の目的地はボノム商会。そこの主人が私と対等に取引をしてくれる数少ない理解者の一人だ。
私の理解者はアントンさんにオービーヌさん、ジュールさんにエルマンさん、そして、ボノム商会のダリウスさん。あとは、昨日会ったカティナさんとこの街の教会の神父さんであるガスパールさんくらいだ。
こうして数えてみると、片手じゃ数えきれないくらいにはいた。意外と多いのかもしれない。
そんな新発見に少し気分がよくなったところで、ボノム商会本店に到着した。
まぁ、本店と言っても、支店があるわけじゃないんだけどね。
「こんにちはー」
そろそろお昼になるので、挨拶を変えて商会内へと入った。
店へ入って、受付の女性と挨拶を交わしたところで、ちょうど商談が終わったところなのか、行商人風の男の人が奥の扉から出てきた。
その後から、頭と顎の毛の配分を間違えてしまったかのような人も出てきた。あれがダリウスさんだ。
端的に表現すれば、『ハゲで髭ボーボー』だ。
行商人風の男の人は何やら上機嫌だったようだけど、私を一瞥するとすぐさま態度を変えて叫びだした。
「うわあああ! なんですかこいつは!?」
それに対してダリウスさんが落ち着いた、柔らかい口調で対応する。
「どうされましたかな?」
「どうしたもなにも、なんで吸血鬼がこんなところにいるんですか! というか、なんであなたはそんなに落ち着いていられるです!? 早く逃げましょう!」
「吸血鬼、ですか?」
「ああ、そうですよ! ひぃいい! 寄るな! 近づくな!」
私が弁解しようと少し動いただけで商人風の男の人は腰を抜かしてしまったようで、しりもちをついた。
浮かない腰を懸命に浮かせようと、手足をじたばたさせている。
どうしよう? 私は動かない方がいいのかもしれない。
「この方は吸血鬼ではありませんよ。もしそうなら、既に我々は死んでいます」
ダリウスさんは尚も優しい口調で話を続けた。
「それに、こんな昼間っから吸血鬼が徘徊しているわけないじゃないですか」
「に、逃げなきゃ。逃げなきゃ!」
「レーヌさん、すいません。口を開けて貰えますか?」
「あ、はい」
「うわあああ! やめてくれ! 俺は美味しくない! まだ死にたくないんだぁあああ!」
「落ち着いてください? ほらよく見て」
「なんだ! 何だってんだ! 頭おかしいんじゃないか!?」
「ええ、そうですね。頭がおかしいのかもしれません。ですので、ほら、よく見て」
「クッソ! 俺は生きるぞ! 絶対生き延びてやる!」
「ほら、ね? 犬歯が伸びていないでしょう? この方が吸血鬼ではない証拠ですよ?」
「うわあああ、あ、あ……あ? あれ? ホントですね?」
「落ち着きましたか?」
「すいません、取り乱しました。もう大丈夫です」
もう大丈夫とは言いつつ、お尻が地面から離れないところを見ると、完全に腰が抜けてるよね? 全然大丈夫じゃないよね?
「いえいえ、お気になさらず。どうです? 奥の部屋で休まれては」
「い、いえ、先を急いでるものですから……」
「そうですか。それは残念です」
先を急いでいるなら、早く立ち上がればいいのに。
ほら、見かねて受付のお姉さんが手を貸してくれちゃってるよ?
「で、では」
私を避けるようにして商人風の男の人は建物から出ようとした。
だけど、ダリウスさんは逃がすつもりはない様で。
「高級な茶菓子も用意してあるのですが……」
その言葉に、商人風の男の人は立ち止った。あーあ、立ち止まっちゃった。
さっきまであんなに怯えていたのに、茶菓子の一言で気持ちが切り替わっちゃうんだもんなぁ。
この人、甘党?
「茶菓子、ですか?」
「えぇ、王都から取り寄せた物があったんですがね」
そして、ダリウスさんは声を潜めてその続きを言った。
「ここだけの話、一つ銀貨五枚もするんですよ」
「そ、そんなにですか!? あっ、すいません」
「いえいえ。どうです? 召し上がられては?」
「……そ、そうですね」
私の方をチラリと見て、一瞬だけ悩んだ後、商人風の男の人は答えを出した。
「では、少しだけ」
「はい! かしこまりました。それでは、奥の部屋へとご案内しますね」
被せ気味にそう言い放ったダリウスさんは、受付の女性に指示し、商人風の男の人を先程とは別の部屋へと案内させた。
凄く上機嫌で、ニタリを笑ったダリウスさんの顔を見ていれば、あの人も奥の部屋へ行こうとは思わなかっただろうに。
もっとも、ダリウスさんは見られていないと確信したからこそあの顔をしたんだろうけどね。
「レーヌさんもどうです?」
邪悪な笑みを内にしまって、ダリウスさんは私にも茶菓子を進めてきた。
お土産として貰えるのなら、いいかもしれない。もし、貰えるのなら、ね。
「いえ、遠慮しときます。それよりも取引をしましょう」
「これも取引だったんですがね?」
「……やっぱりですか」
ダリウスさんの言葉に、私は苦笑した。




