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鍛冶屋の口説き

 翌早朝、私たちは宿を出た。

 やっぱり、ジュールさんは下拵えなどで忙しいようで、あの事についてじっくり話している時間はなかった。

 それでも、私たちのためにお弁当を用意しているあたり、草原の香り亭の優秀さが窺えた。


 さて、私たちは今、街の広場へと来ている。

 ここでは毎日のように市場が開かれていて、いろんな人が商品を見に来ているんだけど、もちろん私たちはそれを見に来たわけではない。お店を出すためにここに来たのだ。


 昨日、ジャメルさんが言っていたように、私たちは街の人に向けて、牧場で作ったものを売っている。

 直接消費者に売った方が、間に何かを挟むよりも儲けが大きいのだ。

 まぁ、パトリツィオさんたちの様に、優先して物を売るお客さんもいるんだけどね。


「なぁ、レーヌ。本当に一人で大丈夫なのか?」


 今日で何度目かわからないけど、また、お父さんが心配そうに私に尋ねてきた。


「大丈夫だよ、お父さん! 任せて!」


 お店を出している間、二人とも店番をするわけではなく、私は別の用事を済ませるために、街を練り歩くことになっている。

 それで、私が一人になるから、お父さんは心配しているのだ。


「なんだか、胸騒ぎがするんだが……」


 昨日、カティナさんから失踪事件の話を聞いたからだと思う。

 でも、ベルニエの街からここまで随分と離れているようだし、今までだって私一人でやっていけたんだもん。何も心配することはない。


「大丈夫だよ。いつも通り、ちゃんとやるよ!」

「しかしなぁ……。そうだ! 俺が街を回るから、レーヌは店番をしろ。うん、それがいい」


 お父さんの提案に私は思案した。


 確かに、それでお父さんの気が済むのなら、それでいいかもしれない。

 でも、お父さんに商会との取引ができるとは思えない。

 あの人やり手だし、お父さんは、たぶん、上手く丸め込まれてしまうと思う。

 私のためにお父さんが不利益を被るのは嫌だ。


「うーん。でも、ジャメルさんも来るって言ってたし、お父さんが店番してた方がいいんじゃないかな?」

「ああ、そうか。あいつ、顔出すって言ってたな」


 そう。ジャメルさんは私なんかよりお父さんに会いたい。

 だから、私が残っているよりもお父さんが残っていた方がいい。


「おお! そうだ! それならアルフレッドを連れていけ!」


 それは本当に魅力的な提案だった。

 アルフレッドと二人で街をブラブラする。なんて甘美な響きだろう。想像しただけで口元が緩くなってきてしまう。

 でも、それもやめた方がいい。

 アルフレッド用の荷馬車にはここで売るための食料が入っている。

 それをアンの荷馬車の中身とすべて入れ替えるなんて、それはあまりにも手間と時間がかかってしまう。

 私のためにそんな迷惑はかけられない。

 だから私は、この素敵な素敵な提案を泣く泣く拒否した。


「う、ううん。それだと、準備に時間がかかるから、お店を出すのに間に合わなくなっちゃうかもしれないよ」

「そうか……」


 私の言葉に頷きはしたけど、納得できないみたいで、お父さんは必死に頭を捻っていた。

 その間に、私は急いでお店の準備を進めた。

 屋台を立てて、一部の商品を並べて、値札を置いて行く。

 一旦出発してしまえば、お父さんも悩まなくて済むだろう。

 

 これは私にしかできない仕事で、私の存在意義だ。

 私がベルラン家の一員でいていい理由を失うわけにはいかない。

 お父さんが悩んでいる間に出発してしまおうと思う。


「それじゃあ、お父さん。行ってくるね! お父さんも頑張って!」

「あ、おい! 気をつけろよ!」


 私はアン号の御者席に乗って、広場を出発した。


 舗装のされていない道を、車輪がゴトゴトと音を立てながら回る。

 まだ肌寒い早朝の澄んだ空気を肌に感じて、外套を羽織った。

 アンが荷馬車を牽いていて、隣にはドゥもいる。


 大丈夫だよ、お父さん。私は一人じゃないから。



 お父さんのお願いを聞かなかったことに後ろめたさを感じながらも、私たちは最初の目的地へと到着した。


 瓦屋根に煙突、広く開け放たれた店先には商品が並べられている。

 煙突からはモクモクと煙が上がり、店の中からは早朝だというのにカンカンと高く響く音が聞こえる。

 店先に並ぶ商品の形は様々で、けれど、その多くが金属でできていた。

 

 ここは鍛冶屋さんだ。


「おはようございます」

「……」


 お店に入って、中の人に声をかけたのだけれど、返事がない。

 ただハンマーを振るい、カンカンと音を奏でているだけだ。


 一心不乱に振るわれる腕は太く、そこに繋がる体躯は、服の上からでもわかるほどに筋骨隆々としている。

 ハンマーを振る度、長く伸びた真っ白な髭が揺れた。髭は作業の邪魔にならないようにするためか、一つに纏められていた。


「おはようございます!」

「ん? ああ、レーヌか。ちょっと待っておれ」


 もう一度、今度は叫ぶようにして挨拶をすると、ようやくこちらに気付いたようで、お爺さんは返事をしてくれた。


 私は言われた通り、隅の方で待つことにした。


 金属同士をぶつける、甲高い音をBGMに私は店の中を見渡した。


 一見、ゴチャっとしているようでいて、整理されているようにも見える。

 棚には所狭しと小物が置かれていて、一応、種類別に分類されてはいるようだ。

 置かれているものは、短剣や小手、ベルトにブーツ、よくわからない箱、包丁、鍋、フライパンといろいろあった。

 一方で、少し離れたお店のちょっと奥には樽が置いてあり、長剣や槍と言った長めの武器が刺さっていた。

 盾は壁に立てかけてあり、その下には鎧が並んでいる。


 私がお店の中を眺めていると、BGMが止まった。どうやら作業が終わったようだ。


「ふぅー。ちょうどよかったわい。革が切れてしまってのう」

 

 お爺さんは手拭いで汗を拭きながらそう言った。


「すいません。今回は鞣してないんです」

「む? そうか。まあ、仕方あるまい。ベルラン性の革は質が良いから使いやすかったんじゃが……」

「すいません……」

「よい、よい。こちらで鞣しておこう」

「本当に、すいません」

「それで、皮は外でいいんじゃな?」

「あ、はい。こっちです」


 お爺さんと一緒に、店の外、アン号に積んである皮を取りに行った。


 このお爺さんは名前をエルマンと言って、見ての通り、この鍛冶屋を一人で営んでいる。

 何故一人なのか、弟子は取らないのか、と前に聞いたことがあるんだけど、『レーヌが弟子になるかのう?』と言われただけで、結局わかってはいない。

 もちろん私には牧場の仕事があるから、鍛冶屋の弟子なんてやっている暇がない。

 お断りしようと思っていたんだけど、その時はちょうど運悪く、お父さんもいたから、喧嘩になったのは、まぁ、うん、言うまでもないよね。

 エルマンさんも見た目通り、ザ・職人っていう性格してるから、お互いに引かないんだよね。

 あの時は大変だったよ。うん……。


「ふむ、塩、じゃな」

「はい、塩、です」


 私たちの牧場では、採った皮を乾燥ではなく、塩漬で保存している。

 乾燥させて保存する方法は日に当てるだけだから、費用はかからないんだけど、乾燥させすぎてひび割れてしまったり、逆に、乾燥が足りなくて腐っちゃったりと、管理が難しい。

 だから、大量の塩を皮に被せて保存しているのだ。


「それで、いったいどれだけあるんじゃ?」

「えーと、豚が五に羊が三ですね。足りますか?」

「それは上々じゃな」

「よかったです。ちょっと早めに街に来たのに、革がなくなってしまったと言っていたので……」

「ああ、そうなんじゃ。最近は注文が増えてきてのう。老体にはツライわい」


 ふむ、そうなのか。次からはちょっと量を増やした方がいいかもしれないなぁ。

 うーん、でも、皮を増やすと他のものまで増えるから……。


「またそんなこと言って。エルマンさんはまだまだ現役ですよ」

「ほっほっほっ。レーヌが弟子になってくれれば、ワシも楽できるんじゃがのう」


 お父さんと喧嘩してからというもの、こうやって私を弟子に誘うことが多くなった。

 頑固というか、意地というか、そんなところだと思う。


「ふふふ、ありがとうございます。でも、私には牧場があるので」

「ふむ、また振られてしまったわい」


 そんなことを話しつつ、私たちは塩まみれの皮を店の奥へと運んだ。


「さてと、ほれ、代金じゃ」

「あ、でも、その前に」

「どうしたんじゃ?」

「釘がほしいんですけど」

「……またあやつがやらかしたのかのう?」

「ええ、まぁ、あはははは」


 お父さんはあんまり知られたくないみたいだし、ここは笑って誤魔化しておこう。


「いっそ、鉄の椅子でも作ってやろうかの?」

「あ、あはは、はは」


 鉄の椅子かぁ……。

 確かに壊れないだろうけど、高いんだろうなぁ。それに、床も傷つきそうだし……。


「ほれ、これくらいあれば十分じゃろ」


 鉄の椅子を使うかどうか検討していると、エルマンさんが釘の束を渡してくれた。


「いくらになりますか?」

「屑鉄同然じゃし、金はいらんよ」

「いいんですか!?」

「うむ。それより、皮の代金じゃ」


 そう言って差し出された代金を受け取ると、そこには銀貨が十六枚もあった。


「ちょ、ちょっと! エルマンさん! 多すぎますよ!」

「む? 計算間違ったかのう? 自信あったんじゃが……」

「いえ、いつもならこの金額であってますけど、今回は鞣してないので」

「おお、そういうことじゃったか」


 エルマンさんは右手に拳を作り、左の掌にポンッと当てた。


「して、いくらになるんじゃ?」

「えーと、大銅貨四十枚です」


 私は全額返しながらそう答えた。


「ふむ、数えるのも面倒じゃな。ほれ」

「わっとっと」

 

 そう言ってエルマンさんは手に持っていた銀貨を一枚こちらに放った。

 いきなりだったので、私は慌ててそれをキャッチした。

 

「ないすきゃっち、じゃな」

「えーと、お釣りです」


 お釣りを渡そうと手を伸ばしたけど、エルマンさんは受け取ってくれなかった。

 うーん、この街の人はお金を受け取ってくれない人が多いのかな?


「お小遣いじゃ。好きにするといい」

「でも……」

「……家族に何か買って行ってあげるんじゃ」


 そう言われると、ちょっと、返しにくい。

 ロワにもお土産買わないといけないしなぁ。

 商会で何か貰って来ようと思ってたけど、このお金で何か買うのもいいかもしれない。

 エルマンさんの好意に甘えて、私はお小遣いを受け取ることにした。


 釘もタダにして貰っちゃったし、申し訳ないなぁ。

 タダより怖いものはないっていうし、うーん……。

 

「それじゃあ、気を付けるんじゃぞー!」

「はーい! ありがとうございます! エルマンさんもお元気でー!」


 こうして、無事? 取引を終えた私は、次の目的地を目指して荷馬車を進めた。



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