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ベルニエの噂 後編

「この事件には続きがあるんです」


 ゴクリ、と誰かの唾をのむ音が聞こえた。


「街の外へと調査に向かった兵士も失踪してしまったんです」

「え?」

「外へと向かった兵士は五人いましたが、その五人ともが街に戻ってくることはありませんでした」

「そいつはヤバいな。国へは報告したのか?」

「はい。しかし、一度応援の貴族が送られてきただけで、その後は特に何も……。大方、アリゼ様が女だからとか、そんな理由でしょう」

「上層部に話が行っていればそんなことにはならないと思うんだがなぁ……」

「そうでしょうか。貴族なんてみんな同じですよ」


 不満を払拭するかのように、カティアさんはジョッキを仰いだ。


「すいません! ビールもう一つ!」

「あいよ!」

「……それで、何も対策できないまま、次の事件が起こるんです」

「また人が失踪したの?」

「はい。ある雑貨屋の娘が失踪しました。……その子は、私の親友でした」

「そいつは、辛かったな」

「……いえ、私はいいんです。こうして無事なんですから。でも、あの子は! ミミは!」


 こぶしを握り、カティナさんはテーブルに思いっきり叩き付けた。

 その音に、周りで飲んでいたお客さんが何事かとこちらを向く。

 しかし、すぐに自分たちの話へと戻っていった。


 騒がしい食堂の隅で、カティナさんはポツリと呟いた。


「……もう、いないんです」

「カティナ」


 アントンさんがカティナさんの肩を抱き、カティナさんはアントンさんの胸の中に顔を埋めた。

 赤く腫れた手でアントンさんの服をぎゅっと掴み、小刻みに震えていた。


「……すいません」

「辛かったら、話さなくてもいいんだぞ?」

「いえ、話させてください。これは懺悔でもあるんです」

「……わかった。最後まで聞こう。レーヌ?」


 お父さんが視線で、お前は去ってもいいんだぞ? と伝えてくる。

 でも、私は最後まで聞きたい。私が何かの役に立つのなら、私はそれをしたい。

 だから私は首を横に振った。


「ううん。私も最後まで聞く」

「そうか」

「……すいません。それで、その後も、次々と、人が、消えて、いったん、です」


 赤く腫れた目で、ゆっくりと、絞り出すように、カティナさんは話を続けた。


 それから、大規模な捜索隊を組み、街の外を捜索したこと。捜索をする度に参加した人が数人消えたこと。そして、隊を取り仕切っていた隊長さんも消えてしまい、捜索を続けることが出来なくなってしまったこと。


 カティナさんは悲しそうに、そして、悔しそうに語った。


「それで、私達家族は、安全のために、ここへ、越してきたんです」

「そうだったのか。よく話してくれたな」

「いえ。すいません、こんな話を、長々と聞かせてしまって」


 気付けば、随分と長いこと話してしまっていたようで、食堂のお客さんもほとんどがいなくなっていた。


「私は、何も、できなかった。親友のために、何も……。それどころか! 親友を置いて、私だけ、安全な場所に……」


 そう呟きながら、カティナさんはテーブルに突っ伏してしまった。


「カティナが潰れるなんて……」

「それだけ辛いことだったんだろう。ちゃんと支えてやれよ?」

「言われなくても」

「だな」


 二人はしばらく、無言でビールを飲んでいた。

 

 テーブルの上には酔いつぶれたカティナさんとそれぞれのジョッキがあるだけで、料理は既になく、お皿も片付けられている。

 オービーヌさんが話の腰を折らないよう、合間合間でいろいろしてくれた。

 流石、これだけ大きな宿屋を切り盛りしているだけあって、出来る女は違う。

 まぁ、その分お値段も張るんだけど……。


「……それで」

「?」


 沈黙の中、唐突にお父さんは言った。


「お前の一目ぼれか?」

「へ? あ、あははは。なんです、いきなり」

「そうなんだろ?」

「え、えぇ、まぁ」

「可愛いもんなぁ」

「……渡しませんよ?」

「馬鹿言え。俺には愛するローヌがいるんだ」

「カティナの方がいい女ですからねー」

「何をぉ。ローヌの方が百倍はいい女だぜ」

「それじゃあ、どっちの方がいい女か勝負しますか?」

「望むところだ。ローヌは頭がいい!」

「カティナは料理がうまい!」

「ローヌは――」


 二人とも酔いが回ってきたらしく、さっきの雰囲気とはうって変わって、妻自慢を始めてしまった。

 もしかしたら、暗い空気を飛ばしたかったのかもしれない。

 

 でも、二人の争いを聞いていると、背中が、こう、むず痒くなってきてしまう。なので、とりあえず私はトイレへと行く事にした。



 トイレから戻る途中、オービーヌさんに声をかけられた。そういえば、まだここでの取引はしていなかった。


「そろそろ大丈夫かい?」

「あ、はい。すいません、話込んじゃってて……」

「いいさ、そんなの。お客様だしね」

「えへへ。お父さん呼んできますね」

「あー、レオナールさんはもう無理だよ」

「へ?」


 食堂へ戻ると、お父さんとアントンさんもテーブルへと突っ伏していた。

 他にお客さんはなく、どうやら私たちで最後だったらしい。


「ほらね?」

「あ、あはは。すいません」

「気にすることないさ。大変だったみたいだし? それに、さっきも言ったけど、お客様なんだ。多少の事なら何にも問題ないさ」

「すいません。それじゃあ、行きましょうか」

「はいよ」


 私たちはお店の外、荷馬車が置いてある車庫へと向かった。



 車庫の前には一人の男性が立っていた。少し長めのクリーム色をした髪の毛の人だ。

 身長はあまり高くなく、物憂げな表情をよくしている、草原の香り亭のシェフ、ジュールさんだ。


「こんばんは、レーヌちゃん」

「こんばんは、相変わらず眠そうですね」

「あはは、ひどいなぁ。あれだけの人数捌いたんだから、眠くなるのは当たり前だよ」

「あんたはいつもそうだろう?」

「女将さんまで……、ひどいなぁ」


 車庫の中は月明かりが差さないために暗く、オービーヌさんは蝋燭に火を点けて明かりを灯した。

 ボンヤリとした光の中、荷馬車が数台鎮座している。屋根つきのもの、装飾が施されているもの、荷車だけのもの。

 種類が色々あって、大きさもバラバラ。統一感はなく、けれど一様に私よりも大きい。

 見上げると、荷馬車がこちらに倒れてきそうな感覚に陥った。

 暗闇の中、動くはずもない荷馬車がこちらに迫ってくる。まるで、私をここから追い出そうとするかのように。


「レーヌ?」


 私が圧倒されていると、オービーヌさんが私の名前を呼んだ。

 見ると、二人は既に私たちの荷馬車の所にいる。どうやら、待たせてしまったみたいだ。

 私は急いで二人の元へと向かった。


「それじゃあ、取引と行こうかね。ジュール?」

「あ、はい。欲しいものはここにリストにしてあるよ」

「わかりました。確認しますね」


 リストにはチーズやバターのような乳製品から、ベーコンやハムと言った加工肉などの名前が並んでいた。


「えーと、骨ですが、豚骨が二樽、羊骨が一樽ですが、大丈夫ですか?」

「あれ? 鶏がらはないのかい?」

「すいません、今回は鶏関係はないんです……」

「ん、そうか。まぁ、仕方ないよね」

「すいません」

「いや、いいんだ。他は全部あるんだよね?」

「はい、大丈夫です」

「わかった。それじゃあ女将さん。お願いします」

「あいよ。いくらだい?」

「えーと、銀貨七枚と大銅貨九十五枚ですね」

「それじゃあ、銀貨八枚ね」

「では、大銅貨五枚のお返しです」


 私がお釣りを渡そうとすると、オービーヌさんは手を振ってそれを拒否した。


「いいや、必要ないよ」

「いいんですか?」

「ああ、これで最後になるだろうしね。サービスだよ」

「最後って……。宿屋やめちゃうんですか!?」

「いや、宿屋は続けるよ。ただ……」


 そう言って、ジュールさんの方を見た。


「はぁ、僕が説明した方がいいですよね」

「そりゃそうだろう」

「……レオナールさんにもお伝えしたかったんですが、あんな状態ですし、先にレーヌちゃんにお伝えしておきます」


 そう前置きをして、ジュールさんは私に教えてくれた。

 緊張しているのか、言葉遣いが変わっていた。


「実家に帰ろうかと思いまして」

「あれ? ジュールさんってここの出身じゃなかったんですか?」

「言ってなかったっけ? 僕は要塞都市出身だよ」

「要塞都市?」

「北の国境沿いにある街さ。寒いところだよ」

「そうだったんですね」


 ジュールさんの話によると、ジュールさんは成人を迎えてすぐにこの街へ修行に来たそうだ。

 料理人になりたくてここを目指したらしいけど、その理由が、田舎だから競争相手がいなさそうというものだった。

 なんとも、ジュールさんらしいというか……。ジュールさんの腕なら、競争相手がいたってへっちゃらだと思うけどなぁ。

 それで、街へ着いたはいいけれど、特に当てもなかったジュールさんを拾ったのがオービーヌさんというわけだそうだ。


「でもどうして急に?」

「ああ、ちょっと親父の体調がすぐれないらしくてね」

「そういうわけだから、ジュールには辞めてもらうことにしたのさ」

「なるほど、そうですよね。ジュールさんは早くお父さんに顔を見せてあげてください」

「うん、そうさせてもらうよ」


 なるほど。ジュールさんがいなければ料理は出せない。だから、食堂を閉めてしまうのか。

 食堂がなければ、食料を買い込む必要もなくなるわけだから、確かに最後の取引になるかもしれない。


 他の人を雇わないのかな? とも思ったけれど、ジュールさんの前でそんなことを聞くのも気が引ける。

 それに、オービーヌさんは他の人を雇う気はないと思う。

 いつかジュールさんがこの街に戻ったときに迎えられるように、場所を空けておくつもりだろう。

 なんだかんだで、オービーヌさんはジュールさんを可愛がっていたからなぁ。


 それにしても寂しくなる。


「それじゃあ、レオナールさんにもよろしく伝えておいてよ。明日の朝話してる時間なんてないと思うし」

「わかりました。ジュールさんも、お父さんによろしく伝えておいてください」

「ははは、わかった。可愛い女の子がよろしくって言ってたって伝えておくよ」

「ったく、レオナールさんが居たら、大変なことになってただろうさ」

「ははは、確かにそうだね」


 それから、しばらく談笑して、私たちは宿屋へと戻った。



 テーブルには相変わらず三人が突っ伏していた。


 アントンさん夫婦はオービーヌさんたちが運ぶとして、お父さんを上まで運ぶのかぁ。

 うーん、持って行けるのかな? とにかくぶつけないようにしないと……。


 その後、従業員さんと協力して、何とかお父さんを部屋まで運んだ。

 

 そう言えば、オービーヌさんに宿代払うの忘れちゃった。明日ちゃんと払わないと。


次回更新は7月になります。

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