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ドーファンの街 後編

 私たちが次の目的地へと向かっていると、通りを歩いていた人が声をかけてきた。


「よお、レオナールさんじゃねぇか。熊がいるから一発でわかったぜ」

「ん? ジャメルか」

「こんばんは」


 熊というのはアルフレッドの事だ。アントンさんも特に何も言わなかったように、アルフレッドについては既に街の人は慣れてしまっているようで、別段、怖がったりはしていない。

 まぁ、こんなにかっこかわいいアルフレッドなんだし、当たり前だよね。

 

 ジャメルさんはお父さんの顔をじっと見つめた後、心配そうに言った。


「どうした、なんかあったのか? ……って、訊くまでもないか」

「ああ」

「ったく、あの貴族も困ったもんだよな。街の管理を任されてるからって、偉そうに……」

「まぁ、な」

「レオナールさんも気にすんなよ。あいつらはああいう奴らだって割り切るしかないぜ」

「そうなんだがなぁ」

「ま、なんだ。お互い頑張ろうぜ」

「おう」


 そういって、二人は大きくため息をついて空を見上げた。

 先ほどまで赤く染まっていた空は、その大部分が黒くなっており、夜の到来を告げていた。

 街というだけあって、通りを照らすように、家々から明かりが漏れており、夜になるというのに、段々と活気づいているようだ。

 そんな喧騒の中に二人の溜息は消えていった。


「明日、店開くんだろ? 顔出すから、肉は取っておいてくれよ」

「そんなことしたら、売るもんなくなっちまうだろ?」

「ははは、ちげぇねぇ。んじゃ、また明日」

「おう、また明日」


 そう言って、ジャメルさんは去って行った。

 別に、私たちの売るものは肉だけではないけれど、一番の人気商品が肉なので、ジャメルさんみたいなことを言う人は結構多い。

 でも、この街にも肉屋はあるのに、何故、そんなに肉が売れるのだろうか。チーズとか発酵乳みたいな乳製品の方が手に入りにくいと思うんだけど……。不思議だ。


 その後、何度か街の人に絡まれながら、私たちは次の目的地へと到着した。


「おーい、パトリツィオー! いるかー?」

「ったく、今日は、もう店じまいだよ……っと、レオナールと、レーヌか」

「こんばんは」

「売りに来たぜ」


 頭をポリポリと掻きながら、片翼の鳥人族の男が家から出てきた。


 パトリツィオ、片翼の鳥人族。燃えるような赤い髪に、赤い右翼を持った男だ。

 見た目三十代中ごろといった感じだけど、私たちと種族が違うため、見た目と実年齢があっているのかどうかはちょっと微妙。実際のところ、何歳なんだろう?


 鳥人族はこの世界にいる人間種族の一つで、鳥と人とが合わさったような容姿をしている。

 上半身は人なんだけど、背中から翼が生えていたり、瞼が下から閉じたり、瞬膜を持っていたりと、いくつか鳥類の特徴を持っている。

 もちろん、嘴がなかったり、腕があったりと他の部分は人そのものだ。

 そして下半身は完全に鳥で、膝下までは羽毛に覆われており、その下は鱗に覆われた細い足が伸びている。

 指は四本で、前に三本、後ろに一本。その先には鋭い爪がついている。


 空を飛ぶためなのか、全体的に細く、そこまで筋肉が多いようには見えない。

 ただ、筋肉だけで空を飛ぶとなると、明らかに翼の筋肉が足りていないので、魔法で何とかするんだと思う。


 パトリツィオさんは片翼だけど、普通は左右に翼が生えているらしい。昔やらかしたとかなんとか。詳しいことは聞いていない。


 さて、この片赤翼の鳥人族、パトリツィオさんだけど、何故かこのドーファンの街で肉屋を経営している。

 ドーファンの街が属するこの国、ケン王国は猿人族の国だ。人口の大半が私たちのような猿人族で構成されていて、パトリツィオさんのような多種族の人が生活しているのは珍しい。

 実際、私もパトリツィオさん以外の鳥人族は見たことがなかったりする。


 さて、私たちはここへ何をしに来たかというと、鶏を売りに来たのだ。


 というわけで、早速私たちはパトリツィオさんを連れてドゥの荷馬車の前へとやってきた。


「で? こいつらが今日の商品か……」


 荷馬車の中を覗いたパトリツィオさんはそう呟いて、押し黙ってしまう。

 たぶん、取引の値段について考えているんだろう。


 別に、パトリツィオさんが鳥人族で、鶏は鳥だから共食いになるんじゃ、とかそういうことを悩んでいるわけじゃない。

 そもそも、鳥人族は人間だし、例え鳥であっても、タカやワシが他の小鳥を食べるなんて言うのはよく聞く話だ。問題ないと思う。

 というか、本人にそんなこと言ったら、絶対に怒られるよね……。

 私だって、お前は猿だとか言われたら絶対に嫌だもん。


「どうだ?」


 痺れを切らしたお父さんがそう尋ねた。

 パトリツィオさんは軽薄そうな見た目や口調の割に、よく熟考して物事を決める。

 だからこうやって、しばしば黙り込むことがあるのだ。


「そうだな。大銅貨四十枚って所じゃないか?」

「よし、わか――」

「待って、待って、お父さん」

「どうした?」

「いつもより安いけど、大丈夫なの?」

「なに? パトリツィオ! お前、騙したのか!?」


 私の指摘を受けて、お父さんはパトリツィオさんに詰め寄った。

 ……別に騙したわけじゃないと思うんだけど。


「騙したも何も、俺は値段を言っただけだぜ? 相変わらず算術はダメみたいだな。こんな子供に負けてるじゃねぇか」

「……うるせぇ」

「レーヌは今いくつだっけか?」

「えーと、十歳です」

「ふはは、十歳児に負けてやんの」

「レーヌは特別なんだよ」


 私は特別。その言葉に少しだけ胸が痛んだ。


「……で、どうなんだ?」

「ったく……。いいか? 内訳はこうだ」


 そう前置きをして、パトリツィオさんは地面に数字を書きながらお父さんにゆっくりと説明を始めた。


「先ず、いつもなら、鶏一羽大銅貨三枚で取引している。そうだよな?」

「そうなのか?」

「そうなんだよ」

「そうか」


 お父さんが納得したのを見て、パトリツィオさんは地面に三と数字を書いた。


「それでだ。あの中には鶏が十五羽いる」

「そうだな」


 お父さんはパトリツィオさんが指さした方向を見て、今度はすんなりと頷いた。

 そしてパトリツィオさんは三と書かれた隣に十五と数字を書いた。


「大銅貨三枚分の鶏が十五羽いる。つまり、大銅貨三枚が十五個あるわけだ」

「おう。そうだな」

「なら、いつもと同じ値段で取引するなら、大銅貨三枚が十五個で、大銅貨四十五枚だよな?」

「お、おう。そう、なのか?」

「……わかった。ちょっと待ってろ」


 疑問符を浮かべるお父さんの様子をみて、パトリツィオさんは地面に三をたくさん書き始めた。


 それからしばらく、パトリツィオ先生の算術教室が続いた。

 途中、夕日が完全に沈んでしまい、地面の数字が見難くなってしまったため、パトリツィオさんが家から明かりを持ってくるという、長丁場を意識した行動にでたけれど、何とか、無事、お父さんは鶏十五羽が大銅貨四十五枚で取引されるはずだったということを理解した。

 

「――なるほどな。つまり、お前は俺達を騙したわけだ」

「いやいやいや、お前は何を言っているんだ?」

「だって、そうだろ? 大銅貨六枚分も少ない値段で取引しようとしたじゃないか」

「……五枚分な? まぁ、六枚分でもいいんだが、それにはわけがあるんだよ」

「わけ、ですか?」

「ああそうだ。この鶏、まだ若いだろ?」

「ギクッ」

「ギクッ、じゃねぇよ! お前の方が騙そうとしてんじゃねぇか!」

「すいません、そうでしたね。なら、この値段で納得です」

「レーヌは素直でいい子だなー」


 そう言いつつ、パトリツィオさんが頭を撫でてくれる。とても優しい手つきだったけれど、その目はどこか私を見ていないみたいだった。


「おい! てめぇ! レーヌに色気を使ってんじゃねぇ!」

「あー、はいはい。悪かった、悪かった」

「なんか、すいません」

「いや、レーヌが謝るようなことじゃないさ。さて、レオナール、これで納得したか?」

「ああ、仕方ないな。大銅貨四十枚で勘弁してやるよ」

「ったく。ほらよ」

「確かに。さて、こいつらは中まで運べばいいのか?」

「あぁ、そうだな。でもその前に、他の商品も見せてもらっていいか?」

「ん? 加工肉の方も見るのか?」

「あぁ、今回は鶏だけだったしな。豚とか牛とかが居ればよかったんだが」

「そうか。悪いな」

「いや、大丈夫だ。そっちにもいろいろあるんだろう?」

「……まぁな」


 その後、持ってきていた加工肉をいくつか売り、取引は終了となった。


「じゃあな。次は別の家畜を持ってくる」

「おう、わるいな」

「なんだ、気にするな」

「さようなら、パトリツィオさん。お元気で」

「レーヌもな」


 こうして、私たちは次の目的地へと出発した。



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