夜の席
真っ暗な世界。目を開けているのか、閉じているのかわからないほどに光の閉ざされた世界で私は目が覚めた
私の感覚は、確かに目を開けていると主張している。しかし、私の目には何も映らない。私は目を閉じているのだろうか。
そもそも、この『目を開けている』という感覚は何処から来ているのだろうか。
眼球? 瞼? 周りの筋肉? わからない。
私は目を開けているつもりだ。しかし、それを確かめる術は瞳に光が入ってくるか、映像が映し出されるのか、それしかない。
だが、それが今はできていない。ずっと真っ暗なのだ。私の感覚は間違っているのだろうか。
それとも、私は今目覚めていないのかもしれない。これは夢で、夢の中で私は真っ暗闇の中にいるのかもしれない。
しかし、ここが夢の中であるならば、私が今、夢と気付いた時点で何かしら変化が現れるはずだ。
なぜなら、夢は夢と気付いた時点で私の思い通りになるのだから。だって、夢は頭の中の出来事であり、それなら、頭で考えたことがそのまま起こるはずだから。
でも、私が今、視界が明るくなってほしいと考えた所で、明るくはならない。それは今のこの空間が証明している。
だから、ここは夢じゃない。
いや、今私はこの世界を本当に夢だと思っているのだろうか? 現実だと思っているから夢の世界を動かせないんじゃないだろうか。
現実だと思っているから夢を動かせない。でも、夢だと思っても動かないからここは現実。
あれ? なんだか頭が混乱してきたぞ?
……頭が覚めてきた。混乱して頭が覚めてくるって言うのも変だけど、覚めてしまうのだから仕方がない。
私は確か、最後の鶏を捕まえて、その後……。
なるほど、アレが魔力切れの感覚かぁ。初めてだったけど、やっぱり怖いなぁ。
不快な感覚ではなかったけれど、なんだかすぅっと力が抜けていく感じで。気付いたら気絶してる、みたいな? 死んだ時もあんな感じだった気がする。
さて、ここは何処だろう? 鶏小屋ではないのは確かだ。だって、床が柔らかいし……。
うーん、触った感じ、床っていうより布団? てことは私たちの部屋かな?
お父さんが運んでくれたんだよね、たぶん。はぁ、また迷惑かけちゃったなぁ。私って、やっぱり駄目だ……。
いったいどれくらい寝てたんだろう? まだ街へは行っていないと思うけど、この暗さからするに、日が沈むくらいには時間が経ってるはず。
仕事、サボっちゃったなぁ。はぁ……。
落ち込んでばかりじゃ、明日、また迷惑をかけてしまう。そう思って、私はいったん外へ出ることにした。
いつも使っている部屋だから大体のものの位置は見えていなくてもわかる。梯子はすぐに見つかった。
音をたてないようにゆっくり、ゆっくりと降りていく。
たぶん、下ではロワが寝ているはずだ。起こさないようにしないと。
ギギギギ
軋む扉をこれまたゆっくりと開けた。にもかかわらず、周りがシンとしているからか、音がよく響いて聞こえる。
後ろを振り返ると、開けた扉から刺し込む光でロワの寝顔が見えた。
スゥスゥと気持ちよさそうに寝ていた。よかった、起こしちゃってはいない。
部屋を出て、同じようにゆっくりと扉を閉めた。どうしても音は鳴っちゃうけど、なるべく小さく、小さく。たぶんみんな寝てるから……。
あれ? でも明かりがついてるし……?
「起きたのね、レーヌ」
「あ、お母さん。おはよう?」
「ふふ、おはよう。身体は大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ。ありがとう。ごめんなさい」
まだ少しだるさは残るけど、どうってことはない。たぶん寝起きだから、身体が起きていないだけだ。
「あら? 謝らなくていいのよ。でも、よかったわ」
グゥーーーーーー
廊下に鈍い音が響いた。聞かれただけでも恥ずかしいのに、シンとしているから余計によく聞こえてもっと恥ずかしい。
私が顔を赤らめていると、お母さんが助け舟を出してくれた。
「ふふ、ご飯があるから、一緒に食べましょ?」
「お母さんも食べてないの?」
「えぇ、私もお腹がすいちゃったわ。やっぱり、ご飯は一緒に食べた方がおいしいでしょ?」
「うん! そうだね!」
「すぐに用意をするわね」
「あ、私も手伝う」
お母さんを追って、私も台所へと向かった。
台所へ向かう途中、お父さんと居間で会った。
「起きたか、レーヌ。なるほどな、さっきの音は――」
「れぇえおぉお?」
「な、なんだ? まだ何もしてないぞ?」
まだ、ってお父さん……。まったく、これから何かするつもりだったのかな?
「なんでもないわ」
「そ、そうか」
「お父さん、ありがとうね? それに、ごめんなさい」
「ん? どうした?」
「だって、運んでくれたのお父さんでしょ?」
「あぁ、そうか。なんだ、気にするな。親なんだから当たり前だ」
「それでも」
「あー、なんだ、どういたしまして?」
「ふふ。うん!」
その後、私たちは三人で食卓を囲った。お父さんはもう食べた後だったみたいだけれど、まだまだ食べられると言って聞かなかったので、お父さんの分も用意した。やっぱり、みんなで食べた方がおいしく感じるよね。
暖炉の火が温かくて気持ちがいい。春になって、気温も上がってきたけれど、それでも夜はまだ冷える。心地よい温もりは肩の力を抜いてくれる。
火の光に照らされて二人の顔が赤く、火照って見えた。
「しかし、レーヌが魔力切れなんて珍しいな。というか、初めてか?」
「ごめんなさい」
「何、気にするな。お前くらいの年ごろならよくある事さ」
「そうよ。むしろ今までがおかしかったのよ。ロワなんて週に一回は魔力切れを起こしてるでしょ?」
「そうだぞ? レーヌは今回が初めてだろう?」
「うん……」
「どうだった? 初めての魔力切れは?」
「なんか、寂しかった……」
「寂しい?」
「うん」
「どう寂しかったの?」
「なんか、独りになっちゃうみたいで」
「大丈夫よ。私たちはレーヌを独りにしないわ」
「そうだぞ? お前は独りじゃない。俺たち家族がそばにいる」
「うん……」
俺たち家族がそばにいる。それはとてもありがたいことだ。私は独りになりたくない。何もできない私は独りになったら、すぐに死んでしまう。
だから私は独りになりたくない。ずっと、みんなと一緒に居たい。みんなと一緒に過ごしたい。
「さぁ、早く食べないとせっかくのスープが覚めちまうぞ?」
「そうね。レーヌ、食べましょ?」
「うん……」
寒気はとうになくなっていたのに、それでもスープの温かさは身体に沁みた。
「ねぇ~、レーヌ? 今回は初めての魔力切れだったんだし、明日の街行きは――」
「大丈夫だよ。私、行ける」
これ以上は迷惑をかけられない。私は養ってもらっている身だ。私は働かなくちゃいけない。これ以上はサボっちゃダメなんだ。
「でも……」
「大丈夫だから、私行けるから。だから……ね?」
仕事をサボっちゃったら、私がここに居られる理由がなくなっちゃう。私はここを離れたくない。
わかってる。それが自分勝手なことだってことも、みんなはそんな理由で私を追い出したりしないってことも。
でも、私はここに居てもいいんだっていう理由がほしいんだ。
「レーヌもこういってるんだし、あんまり神経質にならなくてもいいんじゃないか?」
「……本当に大丈夫なのね?」
「うん! 大丈夫だよ!」
「そう……。そうね! じゃあ、レオをお願いね?」
「うん! 任せてよ!」
「おいおい、逆じゃないのか?」
「逆ぅ? 何を言ってるのかしら?」
「いや、だって、俺は父親だろ? 俺がレーヌの面倒を――」
「レオ?」
「う、ん?」
勢いで任せてって言っちゃったけど、確かに逆だよね?
うーん、お母さんがお父さんをからかっているみたいだ。いつまでも仲良しでいいなぁ。私も、あの輪の中に入れるのかな?
ううん。私が水を差すのも悪いよね。あの中には入っちゃだめだ。ちょっと寂しいけど、これ以上入り込むのはダメだと思う。
「卵を七個売りました。さて、いくらで売れるでしょう?」
「え、あ、ちょっと待てよ? えーと、卵は銅貨二枚だから……銅貨十四枚だ」
「は~い、正解」
「いったいどうし――」
「でも、お客さんは大銅貨しか持っていませんでした。お釣りはいくらになるでしょう?」
「え? あーっと、卵が銅貨十四枚だろ? 大銅貨は銅貨百枚だから……銅貨七十五枚?」
「は~い、残念。レーヌ、答えは?」
「……八十六枚」
「は~い、正解。ね? レオ? 面倒を見るのはレーヌでしょ?」
「うっ……」
「で、でも、計算表があればお父さんだって、ね?」
「そ、そうだ! 俺だって、あの木の板さえあれば!」
「ふふ、そうね。でも、その計算表もレーヌが作ったものでしょう?」
「くっ……」
「だからね、レーヌ。レオをよろしくね?」
「あ、うん。わかった」
「レ、レーヌ……」
なんだか、ますますお父さんの元気がなくなっちゃった。またやらかしちゃったかな?
切ない目で私を見つめている。何かフォローしないと……!
「だ、大丈夫だよお父さん! お父さんはやればできる子だよ!」
「お、おう……」
あ、あれ? 机を指でグリグリし始めちゃった。間違えちゃったのかな? ええっと、どうしよう。なんて言ったらいいのかな?
「レーヌ? 明日は早いんだし、そろそろ寝た方がいいんじゃないかしら?」
「でも、お父さんが……」
「レオなら大丈夫よ。後は私に任せて?」
「う、うん……」
「それじゃあ、おやすみなさ~い」
「おやすみなさい」
お父さん大丈夫かな? 自分の部屋まで戻ってきたけど、やっぱり気になる。
「ねぇ~、れおぉ――」
と思ったけれど、見てはいけないものを見てしまう気がしたので、私はそっと扉を閉めた。
あぁ、なんでだろう? 顔が熱い。火の熱に当たりすぎちゃったのかな?
次回の更新は六月になります。




