異世界に召喚されたので、その世界を征服する事になりました
「ん? どこだここは?」
草壁 彰は学校での授業が終わり、バイト先へと向かう途中だった。
しかし、突然まばゆい光に包まれたかと思うと、次の瞬間には見知らぬ場所にポツンと立っていた。
「今の感覚は……おっと、ボーっとしている訳にはいかないな」
戸惑っていたのは一瞬だけ。
すぐに彰は、周囲の状況を確認し始める。
やはり彰には見覚えのない場所だ。
周りは薄暗かったものの、何本もの太い柱がそびえ立ち、天井を支えているのが見えた。
(どこかの建物の中か? ギリシャの神殿とかに似ているけど……)
前にテレビで見た建物と、今いる場所の雰囲気は似ている感じがする。
(じゃあここは日本では無く、外国か?)
彰が自分の置かれている状況に考えを巡らせていた時、
「勇者様!」
後ろから声が聞こえてきた。
振り返ってみると、そこには純白のドレスを着た少女が跪いていた。
「キミは?」
彰からの問い掛けに、少女は伏せていた顔を上げる。
さらりと流れる金髪の下から現れたのは、整った顔立ち。
街を歩いていれば、多くの人間が足を止め、振り返るであろう。
「私は勇者様を召喚させて頂いた、ファルス王国の第一王女、クレアと申します」
その端整な顔に柔和な笑顔を浮かべ、少女は挨拶をする。
「勇者? 召喚? ……勇者様っていうのは俺の事かい?」
少女の言葉から情報を読み取りつつも、彰はこの態度で良かったのかどうかを自問する。
相手は王女様と名乗っているのだから、もっと丁寧な態度を心掛けるべきだったのだろうか?
そもそもこの対応は、普通の高校生として正しかったのだろうか?
そんな彰の内心に気付く事も無く、クレアは笑顔で質問に答えていた。
「はい、その通りでございます。詳しい事情を説明させて頂きたいと思います。どうか、お話を聞いては頂けないでしょうか?」
ここでイイエと答えたらどうなるのだろうと考えた彰だったが、今の状況で相手に悪印象を与えるのも不味いと思い、さすがに自重した。
素直に頷いた彰へと対し、クレアが事情を説明し始める。
クレアの説明を簡単に説明してしまうとこうだ。
人類を滅ぼそうとする魔王が現れたので、伝承に従い、勇者を異世界から召喚した、と。
「勇者様、どうか魔王を倒し、この世界を救っては頂けないでしょうか!」
必死に懇願してくるクレアを前に、彰は頭を掻いてしまう。
(ゲームとかで見る様な状況だな……さて、どうしたものか……ん?)
どうするべきか悩んでいると、ポケットの中で振動を感じた。
すぐに確認してみると、バイト先から貰った携帯が着信を告げている。
(異世界なのに……繋がるのか?)
不思議に思った彰ではあったが、着信している事は事実なのだ。
振動の音に驚いているクレアへと断りを入れると、携帯を耳へと当てる。
「もしも―」
「もう時間なのに、お前はどこをほっつき歩いているんだー!!」
聞こえてきたのは、雇い主にして悪友でもある少女の声。
続く罵声の言葉を、彰は携帯を遠ざける事で回避する。
暫しの間、静かな建物の中に怒鳴り声が響く。
「聞いてるの!? ちゃんと聞いてるの!? 彰!」
「ああ、悪い。実は……」
やがて相手の勢いが弱まった頃、彰は電話を耳元へと戻し、自分の事情を説明し始めた。
「異世界? 勇者? アンタはまた私をからかって……」
「いやいや、事実だから」
信じられないのは当然だよなと思いつつも、彰は辛抱強く説明する。
しかし異世界に来ている事をどうやれば納得させられるのか……。
「ちょっと待って。今、彰の座標を確認して……え? 本当なの?」
だが、その証明は電話の向こう側でやってくれたようだ。
彰は信じて貰えそうだと、安堵の息を吐く。
「本当に? 本当に異世界なの?」
「だからそう言ってるだろうが。そもそも何でこの携帯、異世界でも通じてるんだ?」
「ああ、それは製作者が、『こんな事もあろうかと』って」
「またあの人か……」
いつも奇抜な機械を造りだし、はた迷惑な事を引き起こす奇人の顔が、彰の頭によぎった。
「それで、どうする? 多分、用件を済まさなきゃ帰して貰えそうにないんだが」
「う~ん……座標掴んだから、そっちにゲート作れないかな? やっぱり異世界だと少し調整が必要?」
電話の少女は、自分ではなく他の人間と相談しているようだ。
そう気付いた彰は、向こうの答えを待つ。
(多分、ドクターとかと相談しているんだろうな)
そして、その結論はすぐに彰の方へも伝えられる。
「うん、やっぱりすぐにはゲートが作れないみたい。まぁドクターに掛かれば時間の問題だとは思うけど」
「じゃあ、ゲートが作れるようになるまで、こっちで待機か?」
恐らくそれはないだろうと思いながらも、彰は聞いてみた。
「それじゃあ、つまらないでしょ? せっかくそんな面白そうな場所にいるんだから」
返ってくる答えは、彰の予想通りのもの。
電話だから相手の顔は見えない。
だけど彰には、相手がニヤリとした笑みを浮かべている事が、ありありと想像できた。
「首領命令よ、彰。いえ、我が怪人よ。その世界、征服してきなさい」
凛とした声で、命令は下された。
彰は姿勢を正して、その命令を受ける。
「ゲートが開き次第、戦闘員や増援の怪人を送るわ。……それまでは無理しないようにね」
最後に心配そうな言葉を残し、少女からの電話は切れたのだった。
「ああ、心配するなよ」
切れた携帯をポケットへと戻し、彰は唖然としていたクレアへと向き直る。
「お待たせしてすみません。魔王を倒す話、お受けしようと思います」
彰の言葉に、顔を輝かせるクレア。
「本当ですか! この世界を救って頂けるのですね!」
そんなクレアへと、彰は軽く、こう答えた。
「いえ、救うのではなく……征服する為に」
「え?」
彰の言葉に、再び唖然となるクレア。
だって仕方ないじゃないかと、彰は思う。
バイト先の社長から命令が出てしまったのだ。
この世界を征服しろと。
(だったら、やるしかないよな)
獰猛な笑みを浮かべて、彰は外へと向けて歩き出す。
「さぁ、まずは邪魔になりそうな魔王を潰しに行くとしようか」