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第4話 少年の初陣

 2015/08/17…主人公の武器を「片刃の長剣」から「細身の片刃剣」に変更しました。

 以降の戦闘描写などの改編はありませんので、ご理解をお願いいたします。

 ディーンさんの家にお世話になってから、はや一週間。その間、俺は足の治療を終えた後、ディーンさんやシリウスさんに、この世界のことをいろいろと教えてもらい、そして当面の目的を決めていた。


 まず、この世界は俺の思った通り、俺がいた世界とは全く別の次元に存在している世界なのだという。

 はるか昔に二度も巻き起こった、魔神と呼ばれる存在の復活。それを斃し、食い止めた英雄の名前から、この世界には「エルフラム」という名前がついているらしい。

 世界観は、創作小説でもよくいうところの、剣と魔法の世界。何度かディーンさんが治めるこの村――「ヘルトミア」と呼ばれる大規模な村で、隣国との国境線近くに存在する場所なのだという――を見させてもらったが、それはそれは見事なまでにファンタジーの村だった。違うのは、小さな町くらいの規模と設備を持っていながら、村と言い張っている点ぐらいだろう。


 そんなファンタジード直球な世界であるここには、当然人類未踏の地なんてものや、自然に構築されたダンジョンのようなものもたくさん存在する。それを調査したり、危険な生物……つまるところの魔物から人々を守ることを生業とする職業――「冒険者」も存在していると、ディーンさんから聞かされた。

 その冒険者として登録を行い、食い扶持ぶちを稼いで、行動の拠点となる定住地を手に入れること。それが、当面の俺の行動指針だ。



「りゃあああぁぁっ!!」

「良いぞ、そのまま相手を押し切れ!」

 剣と剣の刃が交わり、硬質な音と火花が散る。音源は、ディーンさんの家の裏手に作られた、小さな広場ほどの訓練場だ。

 打ち込んだ剣を引きもどして、俺はステップを駆使して目の前の人影――刃を落としたロングソードを携えたディーンさんから距離をとる。

「いいヒットアンドアウェイだ。だが、相手の動きの見切りが甘いな!」

 その言葉とともに、今度はディーンさんが距離を詰めてきた。一瞬退きそうになる足をぐっとその場に留めて、俺は真正面からディーンさんの剣をにらみつける。

 俺の技量では、彼のスキをついて一撃を与えるなんてことは到底無理だ。なので、今はまず相手の攻撃を受け流すことを優先する。

 右、左、上、下。ランダムな軌道で迫りくる刃のわずかな閃きを目で追いながら、俺はディーンさん同様、刃を落とした剣を追随させ、迫る剣の軌道に割り込ませた。直後、甲高い音を立てて、ディーンさんの攻撃を受けた剣がかちあげられる。

「ぐっ……!」

「ほう、この短期間で実戦レベルに引き上げたか。中々の才能じゃないか」

 無理な追撃をせず、打ち上げられた勢いに任せて退いた後、体勢を立て直して今度は俺からディーンさんめがけて突撃をかけた。ディーンさんが防御の体勢を取るその前に、俺は剣を袈裟懸けに振り下ろすが、受け止められる。構うものかと何度も剣を振るうが、そのすべてが受け流され、はじき返された。

「ふーむ、まだ呼吸は乱れてるな。だがまぁ、剣の経験もなしにたった一週間んでこれなんだ。自信を持って良いぜ、エイジ!」

「ありがとう……ございますっ!」

 丁寧に俺の癖を分析して、それに合わせた特訓を行ってくれるディーンさんに感謝を述べつつ、俺は手に持った剣を大上段に持ち上げて、必殺の一撃を打ち込む。

「らぁっ!!」

「いいぞっ!」

 ガィン!!という大音響。とどのつまり、俺の剣ががっちりと受け止められた音だ。そのまま軽くふり払われたが、ディーンさんはいい笑顔を見せてくれる。

「よぉし、合格だ!これなら、ギルドの連中に舐められるようなこともそうそうないだろう」

「ふっ、ふっ……ありがとうございます、ディーンさん。おかげさまで、ここまで来れました」

「おうよ。だが、油断はするなよ。戦闘に絶対はないからな」

「はいっ!」

 はっきりと返事をして、俺は剣を拾い上げた鞘にしまい込んで、訓練場の壁に立てかけた。同じように剣を鞘に納めたディーンさんが、俺に向けてタオルを放りながら口を開く。

「んじゃ、俺は準備してくる。終わったら他の奴らと一緒に行くから、馬と一緒に村の入り口で待っといてくれ」

 そう言いながら、すたすたと歩き去っていくディーンさん。彼の背中を見ながら、俺はディーンさんから貸し与えられた馬を取りに行くために馬小屋へと歩くのだった。



 今日は、ディーンさんがこのヘルトミアから出て、ここグリムウェイン王国の王都であるグレセーラへと赴く日だ。そして、俺が初めてこの村の外へ出て、この広い世界へと踏み出す日でもある。

 冒険者をサポートする依頼斡旋所――通称ギルドは、基本的に世界中様々な場所に存在しているのだが、幸か不幸かここヘルトミアには、そのギルドの支部が存在していなかったのだ。なので、ディーンさんが王都に戻るのに便乗して俺もグレセーラへと赴き、そこのギルドにて冒険者として登録を行う予定である。

 ただ、さすがにディーンさんの厚意に甘えすぎるわけにはいかない。そう思って志願したのが、先ほどまで続けていた、剣の鍛錬である。俺は客人としてではなく、護衛としてディーンさんに同行するつもりなのだ。

 そもそも、冒険者として登録を行って、依頼をこなしていくためには、知識や雑用の腕前だけでやっていくことは難しい。冒険者の主な仕事は、危険な魔物の討伐や未開拓地域の調査であり、そのためには戦いの腕も必要不可欠なのである。その点も踏まえて、俺はディーンさんに相談したが、まさか二つ返事でオーケーを貰えるとは思ってもみなかった。

 後でシリウスさんから聞いた話なのだが、ディーンさんはもともとグリムウェインの猛将として名をはせてきた人物らしく、彼の弟子になりたいと思う人もたくさんいたんだという。ただ、ディーンさんがこれだ!と思う人物がいなかったらしく、これまでは弟子をとるようなこともほとんどなかったんだとか。

 ただ、俺には何か感じるものがあったようで、俺の中にある資質を本能で察した彼は、俺の申し出を快く引き受けてくれた、というのが、二つ返事の真相らしい。

 正直な話、俺に剣の才能があるとは思えないのだが、という言葉は、口が裂けても言えなかった。

「お前が死んでもその才能は引き出してやる!」なんて息巻いている相手に、そんなこと言える奴はいるのかと問い詰めたい。小一時間問い詰めたい。


***


 馬の乗り方に関しては、世界についての知識を教わるのと同時に、シリウスさんから教えてもらっていた。おかげさまで、騎乗に関してはわりかしスムーズに行えるようになっている。さすがに騎馬戦とかになったら、そんなことができる自信は全くないが。

 なんてどうでもいいことを考えながら、俺は自分が乗せてもらうことになった馬の毛にブラシを当ててやる。あまり手並みは宜しくないので、ガシガシといささか乱暴なものになってしまうが、それでも馬は気持ちよさそうに目を細めていた。

 このくらい強いほうが馬の肌には気持ちいいのかなぁなんて考えながらブラッシングを続けていると、不意に何かの音が俺の耳に届く。

「……?」

 よく聞くと、それは時たま聞いていた木を伐採する音に似ていた。だが、ゆっくりと軋みを上げて倒れていたそれとは違って、今聞こえる音は異様にテンポが速い。たとえるならば――何か大きな力で無理やりなぎ倒されているような、そんな音。それが、連鎖して聞こえてくる。同時に、何か複数の生き物らしき鳴き声も。

「――まさか!」

 馬のブラッシングをしてやる手を止めて、あやすように馬をなでた後、俺はぐるりと身を翻し、村の方へと走り出した。




「魔物が出たぞー!」

「戦えない奴は逆方向に逃げろ!手の空いてるやつは逃げる奴を先導するんだ!」

「戦える奴は武器を持ちな!相手は魔物だ、手加減すんじゃないよ!!」

 ディーンさんの屋敷の前を、あわただしく人々が駆け抜けていく。その只中を、俺はただ一人逆走していた。すでにまばらになった人の波をすり抜けて、村の奥に作られていた広場。その最奥にいたそいつの存在感に、俺はただ呑まれた。

「グオオォォォァアアァァァァァ!!」

 どす黒い瘴気のような煙を口元からどろどろと吐き出し、血濡れのように紅い瞳で俺や、周囲の兵士をにらみつける、人型たち。――人間、と形容できなかったのは、その半身が獣のようなシルエットを形作っていたからだ。そんな連中が、目算で5体ほど、広場に立って咆哮を上げている。その後ろには、拳か足かで殴り倒されたような跡を残す、無数の倒木があった。やはり、こいつらが犯人だったらしい。

「大丈夫か、お前ら!」

「ディーンさん!」

 唐突に後ろから聞こえた声に、俺は振り返った。声を出したのはやはり、俺が一週間の間世話になっていた恩人であるディーンさんである。

 そのディーンさんの両手には、鞘に収まった剣が二本、握られていた。俺たちのすぐそばまで走ってきた彼は、そのうちの片方を俺に突きだす。

「……あいつらは〈イビルドール〉。人が魔力溜まりの魔力に中てられて、体を魔物に変えられた存在だ……かわいそうに。やりたいことも、まだまだあったんだろうなぁ」

 魔力溜まりに中てられた人間、という言葉を聞いて、俺は人知れず背筋を凍り付かせた。ディーンさんに助けられてなかったら、今ごろ彼らのような異形の生命体となって人々を襲っていたのかと思うと、ぞっとしない。

「こうなったら、もうこいつらは倒すしか道がない。……不謹慎な話だが、あいつらは元が人間だからそうそう強いわけじゃない。お前の初陣相手には、おあつらえ向きだと思うぜ」

 そう聞いて、ようやくディーンさんの持ってきた剣の意味を理解する。つまりこれは、ディーンさんから俺に課せられた卒業試験なのだ。

 ここで通用しないようならば、冒険者の道は限りなく遠くなる。むろん、戦って旅をする以外の道もあるにはあるのだが、ここは異世界。自分の身ぐらい、自分で守れるようになりたい――そう思って、俺はディーンさんに指南をお願いしていたのだ。その試練を、受けないわけがない。

「……やって、みます」

 それだけ答えて、俺は鞘に納められたままだった剣の柄をがっちりと握りしめ、静かに刃を引き抜く。

 無機質に光るのは、命を奪うための刃。それを初めてこの手で持ったことに、俺は少しの興奮と恐怖を覚えた。

 なにせ、俺の記憶の中に真剣を握ったというものはないのだ。下手をすれば人や生き物の命を奪うものなど、日本で暮らしていれば絶対に持つことはない。故に俺は、それを奪うための武器を、その重さを、しっかりと味わっていた。

 戦う力は手に入れた。あとは、進むだけ!

「――行くぞッ!」

 力を込めた腹で押し出した、たった一言の気合。それを皮切りに、俺は地を蹴り、イビルドールめがけて走り出した。

 俺が持っている剣は、片方にだけ刃がついた片刃の剣だ。近いところで言うならば、創作小説で山賊、海賊などの野党がよく使うサーベルである。

 だが、俺が持っているのは、そういった粗野な類のものではなく、どちらかというと冒険者が使っていそうな、落ち着いた色調の柄と鍔を持った剣だった。湾曲は見られず、流麗さを覗かせる細身の刀身は、日本の武器でもあるカタナとよくよく似ている。さしずめ、片刃の片手直剣とでも形容するべきか。

 そしてこの剣は見たところ、刃をはじめとした全体に傷らしい傷が見受けられない。恐らくは、冒険者となる俺の為に、ディーンさんがわざわざ新品を宛がってくれたのだろう。後でお礼を言わないといけないな、と苦笑しながら、俺は目前に迫ったイビルドールに、挨拶代りの一撃を打ち込んだ。

「はぁっ!」

 自慢じゃないが、ディーンさんと鍛錬をしていたこの一週間で、俺の剣術レベルは一人前とは言えずとも、低ランク冒険者としては十分通ずるくらいには鍛え上げられている、という自覚がある。それだけ俺が運動していなかったのか、はたまた天賦の才でもあったのかはわからないが、ともかく俺は一週間の鍛錬の分、確実に強くなっていた。

 だが、さすがに魔物というのは、そんな付け焼刃程度の腕前で軽くいなせるような代物ではないらしい。手に持っていた槍の柄を剣の軌道にすべり込ませ、はじいてきたイビルドールが、今度は俺を貫こうと槍を振る。

 迫る槍の先端を、俺はサイドステップを駆使して回避した。最小限の動きで相手の攻撃を回避し、そのうえで確実なダメージを蓄積させていくのが、ディーンさんの剣術だという。それに習って、俺も回避の術を学んでいたのだ。

 ただ、さすがに体の近くをかすめて飛ぶ槍の攻撃には、冷や汗を禁じ得ない。ディーンさんとの訓練で慣れたと思っていたが、やはり実戦ではそうもいかないようだ。事実、俺は目の前のイビルドールが発する威圧感――殺気とも形容できるそれに、半ば呑まれている。

「くっ」

 小さく舌打ちを挟んで、俺は大きく後方に下がった。攻撃を怖がりながら回避していては、いつか必ず手痛い一撃を貰うだろうと、俺の勘が言っている。

 だがさすがに、イビルドールもそうやすやすと逃がしてはくれないらしい。身の毛もよだつような雄たけびを上げたかと思うと、俺めがけて持っていた槍を投げてきたのだ。

「うぉっ!?」

 突然の行動に仰天し、大きく体をそらす。幸いにも直撃コースは外れていたので、それだけの動作でやすやすと回避はできた。が、その隙は大きい。

「ガアァァッ!!」

「ぐっ……!」

 踏み込んできたイビルドールが振るった爪の、その一撃。剣の腹で受け止めたが、それが持つ衝撃をいなしきることはできなかった。まるで鋼鉄同士を叩き付け合わせたかのような甲高い音が響き、俺の体を後ろに大きく吹っ飛ばす。

 土煙を巻き上げながら、俺は地面を滑走して停止した。そこで俺は初めて、自分がそれほど息を上げていないことに気が付く。

 推測の域を出ないが、ここ一週間の間ディーンさんに課せられた鍛錬のおかげで、多少なりとも体力がついてきているのだろう。そうでなければ、インドア派(推論)であった俺が、戦闘で疲弊しないはずがない。

 ともかく、少なくともこの戦闘において疲弊することはないだろう。それを確認して、俺は再び地を蹴って走り出した。

「おおおおおぉぉぉぉぉっ!!」

 今度は様子見なんて真似はしない。正真正銘、真っ向からの全身全霊を込めた、必殺の一撃!

 脇の下へとすべり込ませた刃を、抜刀術の要領で斜め上めがけて振り上げる。刃の軌跡がとらえたのは、イビルドールの腰から肩まで、全て。

「――――!!」

 声にならない、としか言いようのない、形容しがたい断末魔の悲鳴を上げて、イビルドールがぐらりと揺らいだ、かと思うと、俺が振るった剣の軌跡に合わせて切れ目が生まれ、そこからイビルドールの体は真っ二つに両断された。

 土煙を巻き上げて倒れたイビルドールは、やがてその体をどす黒い瘴気に変えて、空気へ、大空へと溶けていく。それを見つめながら俺は、ゆっくりと血払いの動作を行った後、初陣をともにしてくれた愛剣を、音高く鞘へと叩き込んだ。


 緊張とあっけなさから来るため息を吐き出した後、そういえばまだ四体居たんだと思って振り返ったが、そこにいたのはディーンさんと自警団の女戦士さんの二人だけだった。どうやら二人で二体ずつ相手取っていたらしいが、苦も無く撃退していたらしい。痛みひとつない衣服と鎧が、それを物語っていた。

「お疲れさん、エイジ。人型を相手にしたにしちゃあ、中々様になってたぜ」

「ありがとうございます」

 短くお礼の言葉をいい、次いで俺は腰に吊っておいた片刃の剣を手に取り、頭を下げる。

「それと、これもありがとうございました。俺の為に、わざわざこんなものまで用意してもらって、なんてお礼を言ったらいいか」

「うん?あぁ、気にするな。訓練の指南もその剣も、俺がお前のためになるだろうと思って進んでやったことさ。礼を言われる筋合いなんてないが……そうだなぁ」

 謙遜した後、ディーンさんは悪い笑みを浮かべて顎をさする。数秒ほど考えた後、にやりと笑ったディーンさんのその顔の、なんとあくどい事。

「よし、その礼は俺の護衛でしてもらおうか。……もう少しの間、よろしくな!」

「――はいっ!」

 そんななりでもいい人なんだなぁ、と改めて実感しつつ、俺は威勢よく、はっきりと頷いたのだった。

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