第43話 魔物たちの行進
翌日、のんびりと過ごしていた俺たちの元に、魔物襲来の報が飛び込んできた。
「場所はこっちだったな?」
「ええ。私たちの担当は北西の山林、その手前付近よ。この辺を担当させられてる人間は少ないから、腕が鳴るわねぇ」
ギルドから借り受けた馬を走らせながら、俺たちは担当区域についての打ち合わせを進める。
バレリオに襲撃してくる魔物は、日によって襲撃してくる方角、規模、強さにばらつきが多い。これは、魔力溜まりの発生位置と、その活動の活発さによって、魔物の出没量が変化するからだ。
魔力溜まりは、一度一定の規模に発生すれば、滅多に規模が拡大することは無い。しかしごくまれに、まるで生きているかのように魔力溜まりが移動し、その跡に高濃度の魔力を残していくことがあるらしい。そうしてあちこちに高濃度魔力が散らばり、それぞれが周囲の魔力を取り込んでいった結果、同時に複数規模の魔力溜まり、ひいてはそこで高濃度魔力を取り込んだ魔物が、大量に発生するのだ。
「さぁて、俺たちの方には来るのかな」
「できれば弱い奴がいいわねー。チルの魔法数回くらいで殲滅できるくらいならなおさら」
「むぅ、ユレナも働いて。魔法だって、魔力の消費で結構疲れる」
「冗談よ。私だって戦う人間なんだから、やる時はバシッとやってやるわ」
なんて緩いやり取りを背中に聞きつつ、俺はこきこき首を鳴らしつつ、抜身のミスリル剣――そろそろ名前の一つでもつけてやりたい相棒を、がしゃりと右肩に担ぎ上げた。
事前に集めた情報によると、魔力溜まりから湧いて出てくる魔物の強さは、ほとんどの場合中堅レベルの冒険者で対処できるものばかりなのだという。
これは、魔力溜まりの濃度が日々変化し、それを魔力を餌とする魔物が追いかけていく結果、魔物として育ちきらないうちに街の方角へと出てしまい、そのまま魔力を潤沢に持つ人間を食らわんと襲い掛かってくるから、と言うのが、どこぞの魔物学者さんの見解なんだとか。
「まあ弱いに越したことは無いけど、どうせならやりがいのあるやつを所望したいな。遺跡での練習の成果を試してみたいし」
そう言うのにも、腕試し以外の理由がある。
そもそも俺たちがここに来たのは、不足しがちな路銀の補填の為だ。魔物の大規模発生、という物は割とメジャーな部類に入るらしく、そのあたりのシステムも均一化されている。
大規模発生によって出没した魔物からは、大小さまざまな魔物の核――魔晶石が手に入る。それをいかにして手に入れるかと言うと、早い話が「倒した者勝ち」だ。
俺が数回戦った魔物たちと同様、この大規模発生で出没した魔物たちも一匹の例外なく、討伐されれば魔晶石を残して霧散、消滅してしまう。だからこそ、討伐した時点でその魔物の核だった魔晶石は討伐者の元へと自動でいきわたる、と言うわけだ。
喧嘩の一つでも起きそうなものだが、基本的にギルドは冒険者同士の諍いには不干渉の姿勢を貫いているので、最終的には自分たちで折り合いをつけるほかない。そう言ったいざこざを面倒臭がる人間も多いため、自然と取った者勝ちのシステムが出来上がったんだそうだ。
で、なんでそんなことを長々説明しているのかと言うと、俺たちが企んでいる路銀稼ぎの為には、必ず押さえておきたいポイントだったからである。
以前毒イモムシを相手取った際、ユレナが言っていたように、魔晶石は魔石の代用品――もっとも、純正の魔石に比べると魔力が通りにくかったりするため、魔石に比べれば用途は限られるが――として一定の需要があるため、割合高値で売りさばける。
魔物の出現は珍しくないとはいえ、それを相手取って討伐できる人間の数が限られるのは事実。ゆえに、下手な素材を売り払うより、魔晶石は比較的良い値段で買い取ってもらうことが可能なのだ。加えて、魔石同様大きければ大きいほど魔力も強くなるため、緩やかにだが値段は上がって行く。
今回の俺たちの目的はすなわち、より多くの魔晶石を手に入れて、旅の資金の足しにすることだ。むろん多く入手するのが最優先目標――大きさはなくとも、量があればそれなりに賄えるのだ――なのだが、俺としてはぜひとも大型を相手取って、一つでっかい魔晶石でもゲットしてやりたいな、と思ってもいたりする。
だってロマンじゃん。命を賭けた一獲千金って、なんか心震えるものがあるじゃん?
「来るっぽいわよ。エイジ、チル、構えなさい」
なんてことを考えて、一人内心で口元をほころばせていると、ユレナの声が現実へと引きもどしに来た。眼前に視線を戻すと、そこには確かにいくらかの魔物らしき影。幸い、俺たちからまだ距離がある。
「よし、戦闘開始だ! チルは後方からバックアップ、ユレナはフォワード……先行頼む!」
「わかったわ!」
「ん。私もある程度、付いていく」
俺の号令で、ユレナが軽快なダッシュで先陣を切った。そのあとに俺と、両手に魔弾銃を構えたスタイルのチルが続く。
「牽制頼む!」
「わかった!」
ごく短い応答を経て、チルが両手に握る二丁の魔弾銃を構え、その銃口をしっかりと目の前の魔物へと向けた。瞬間、聞きなれた魔弾銃の銃口が魔力の弾丸を吐き出す音が、二つ絡んでこだまする。
中空を飛翔したのは、それぞれ炎と光を象徴する紅白の魔弾。二発の魔弾は真っ直ぐに宙を滑り、魔物――まるで人間の様な背丈で二足歩行を行い、肥大化した拳を握りしめる大ウサギ、その足元に着弾した。土くれがはじけるさまを見てか、はたまた突撃してくる俺たちを見てか、大ウサギもまた拳を構えて戦闘態勢に入る。
「ユレナ!」
「任せときなさい!」
不敵な笑みを浮かべるユレナが、一息を入れて横に低く跳躍。直後、ユレナが本来走っていたであろう場所を、大ウサギの鉄拳がぶっ叩く。
どうやら大ウサギは俊敏性こそ大したものだが、その速度故に動き自体はいたって単調なものらしい。幾度かの同じ攻防を繰り返した直後、ユレナが強気な笑みを浮かべ、大ウサギめがけて突っ込んだ。
「やっ!!」
一息に合わせて、彼女のか細い両腕に握られた短剣が、鋼の軌跡をとびかかってきた大ウサギに叩き込む。一泊の間を置いた直後、大ウサギはユレナのすぐわきを通り過ぎ、魔力の瘴気を吹きあげながら地面へと倒れ伏した。
「さすがだな!」
「どうも!」
賞賛を浴びせると同時に、俺はユレナの背後に回ってきていた魔物――いつぞや戦った時とは比べ物にならない、まるで大きさの違うリプルマンティス、その胴体部分に剣の切っ先を叩き込む。肉、と言うよりはまるで木の幹に切っ先を突き立てたような感触だったが、手ごたえに反して切っ先はあっさりと反対側へと抜けてくれた。そのまま袈裟切りに剣を振るうと、胴体の関節から頭部までがバッサリと割けてくれた。
「あ、っとと、忘れてた」
その勢いで、リプルマンティスの体内から飛び出た魔晶石をキャッチする。握ってしまえばすっぽりと覆えてしまえる程度の大きさだが、これでもそこそこの売値はついてくれるだろうか?
「求むは純白、其の名は敵を屠る魔槍。〈シャイニングジャベリン〉!」
そんなことを考えていた直後、俺の背後に――正確にはいつの間にか回り込んでいたらしい、まるで刃の様な翼をもった鋼鉄ニワトリに、光の魔槍が突き刺さる。なおも俺めがけて振るわれた鉄翼を剣でいなし、とどめの袈裟切りを叩き込んだ。
「ユレナは俺の後ろを! チルは近くに来て、魔法で遠距離の敵を頼む!」
「わかったわ!」
「うん!」
背中合わせに構えた俺とユレナのすぐ近くへとチルが駆け寄り、即興の布陣を形成する。そのまま飛び出してきた岩石の様な皮膚を持つトカゲ、略称岩トカゲに向けて、俺は魔纏刃を発動した剣で連撃を打ち込んだ。
背後では鋼色の軌跡が閃き、視界の遠くでは魔力の燐光が爆ぜ、眼前の魔物たちは握りしめた剣で切り裂かれていく。そんな状況が一時間ほど続いた後、ようやく魔力溜まりの活性化は収まりを見せることとなった。
「ら、あぁっ!!」
切れかかった魔纏刃を何とか保たせ、俺は目の前からとびかかってきた人間ほどの大きさもあるムカデを一太刀で真っ二つに叩き切る。ムカデが霧消すると同時に、俺はどさりとその場にへたり込んでしまった。
「はぁ、はぁっ……終わり、でいいんだよな?」
「そう、みたいね。……噂には聞いてたけど、全くなんて数なのよ」
「ん……範囲魔法がたくさん必要だから、魔力が足りなくなる」
俺もユレナもチルも、三者三様に息を切らしている。想定よりも魔物の量がはるかに多く、俺たちだけではとてもではないが対処しようがなかったのだ。もっとも、結局は援軍を呼ぶ暇もなかったため、前線で俺が一人暴れまわり、撃ち漏らしたやつを二人の魔法で叩くという陣形にシフトしたのだが。
「魔力の小瓶でも携帯する必要があるわねぇ。この調子で次回もなんて、正直お断り願いたいところなんだけど」
「一理あるなー。……ま、今回は多分運が悪かっただけだよ。次回はもうちょっとくらい、まともな連中と戦えると思う」
どことなくフラグっぽい発言を口走りつつ、俺たちは手分けして確保した、数十個の魔晶石を地面に転がしておいてやる。
「とりあえず、今日の収穫はこの位か」
「ん、銀貨10枚は取れそう」
一つの魔晶石の最低額は、大きさにもよるがだいたい銅貨30枚ほどだ。基本的に発見からそく討伐の流れが多い魔物から産出されるものであるため、流石にあまり高い値段は設定されていない。しかしそれでも、そうそう見つかることがなく割高な魔石の代用品としての需要は多いため、値段が大きく変動することは無い。なので、冒険者たちにとって魔晶石は安定した資金として知られているのだそうだ。
「大型が居なかったのは残念だけど、多分次かその次位になったら、わんさか出てくるんでしょうねえ。その時はいっちょ、ずばーっと稼いでやりましょ」
「だな。――とりあえず、今日のところは引き上げるとするか」
回収した魔石を各々で確保した後、俺たちは疲労もそこそこにちょっとした戦勝ムードになりつつ、バレリオへの帰路につくのだった。




