第34話 自在なる人形遣いー2
2016/02/20…後半部分に一部加筆を行いました。以降のストーリーに若干の影響がありますので、本話以降を読んだ方の中で未見の方は必ずお読みください。
ガイウスの言葉に反応し、アトランダムな挙動をもって迫ってくる槍の一撃を、握る剣の腹で打ち落とす。そのまま一体をねじ伏せた直後、俺はそいつの四肢に相当する球体を砕き、最後に頭から股間の部分めがけて一直線に剣をふるった。バコン、という箱の開くような音を引き連れてあらわになった人形の中身に、表面と同じ木以外のものは見られない。
そのまま確認を続けるべく、今度は横に剣をふるおうとしたその時、木製の足音――人形の音が近づいてきた。とっさに目を向け、ガントレットと複数の鋭い刃を付けた、いわゆる戦闘爪による連続攻撃を回避した直後、戦闘爪人形の胸倉付近にハイキックを叩き込んで吹っ飛ばす。
再び確認をしようと、先ほどぶった切った人形のほうに目を向けたが、そこにいたのは受けた損傷を煙とともに吹き散らし、再び槍を構えようと立ち上がる人形の姿だった。ちっ、ずいぶんと再生が早い。
そのまま完全に傷を治した人形が、携えた槍をふるおうとしたその直前に、横殴りの一撃が人形を襲った。二転、三転して再び沈黙する人形に、衝撃を与えた人影が――ヴィエがとびかかり、紫色の軌跡を引き連れる小太刀を幾度も叩き込む。軌跡が吸い込まれるたび、噴水か何かのごとく木っ端が舞い上がるその光景は、さながら荒れ狂う紫電の乱舞だ。
やがて、幾何十にも重ねられた魔纏刃の軌跡が収まったころ、大穴を開けるどころか、胸部をはじめとした大きなパーツで構成された部分が、完全に粉みじんになった人形から離れ、軽やかに空を舞いながらヴィエが後退してくる。異空間の地面を構成する砂をざり、と踏み鳴らしながら着地したヴィエの顔はしかし、疑念と疑問に曇っていた。
「かの人形の原理がわかりませぬ。いかようにして、あの異常な再生能力を発揮しているのやら……」
何度もこいつらとぶつかってきたのであろうヴィエにも、ガイウスの仕込んだ仕掛けは看破できていないらしい。俺としても、ヒントらしいヒントをつかむことができなかったので、いまだに奴の手管はわからずじまいの状態だ。
「ユレナ、チル、そっちは?」
「駄目ね。魔法も使ってみたけど、結局人形が砕ける以外に変化はナシよ」
「炎の魔法でも、復活する。似たような魔法は知ってるけど……でも、それだって断定できない」
二人とも、目立った進展がないことを報告してきたが、チルのほうからは意外な答えが返ってくる。
「似たような魔法?」
「ん、無属性魔法。ユレナも言ってたけど、治癒の魔法なら似たようなことができるって、お父様が」
「ああ、そういえば少し前にも説明してくれてたっけ」
魔法という技術は、イメージで補強することによってさまざまな力を発揮するものだ。無属性魔法というのも魔法という括りに漏れず、様々な力を発揮することができるのだろう。そう考えて納得したのだが、しかし情報提供者であるチルは首を傾げた。
「でも、治癒の無属性魔法は人とか、生きている物にだけしか効果がない。それに、いくら無属性魔法でも、こんなに広い範囲をカバーして、しかもあんなに早く人形を再生させるのは、不可能に近い」
ふむ、さすがに魔法だとしても限度があるらしい。言われてから気づいたが、確かに今俺たちが立っている異空間じみた場所はかなり――ここに引き込まれる前にいた大部屋を軽く三倍にしたくらいの大きさはあるように見える。これほどの範囲に効果を及ぼせる魔法は、さすがに魔王の娘たるチルにも覚えがないようだ。
「でも、魔法の道具なら……魔導具ならできる。これだけの範囲をカバーできる魔導具なら、少なくとも懐には隠せないはず」
「ってことは、どこかに隠されたそれを破壊すれば、俺たちの勝ちってことだ」
こういう時、チルの有している魔王由来の魔術に関連した知識は本当に役に立つ。世界中の魔法に関するあらゆる事象を網羅する魔王も魔王だが、それの仔細を完璧に覚えているチルには、感服するしかない。
「探すのはいいけど、どうやってあたりを付けるのよ? このどこまで続いてるかもわからない中を、どう探すつもり?」
しかし、俺が建てた作戦にも、ユレナが言う通りの問題がある。いくらものが大きくて、探すことも不可能ではないと言っても、所詮「不可能じゃない」レベルでしかない。まして、ユレナたちにはそれの位置を特定する手段もないのだ。不安で眉を顰めるのも、致し方ないと言える。
「心配するな――もう目星はついてるよ」
そんなユレナたちに対する回答が、不敵な笑みと共に紡いだ言葉だった。どういうことかと怪訝な目をする三人に向けて、俺は自分の胸を親指で叩くしぐさを見せる。先刻ヴィエを説き伏せるときにも見せた、あのしぐさを。
「ヴィエは知らないだろうけど、俺の体には魔力溜まりの影響が色濃く残ってる。この目の色だってそうだ。……だから、ぼんやりとだけど視えるんだ。その、魔導具って奴の場所が」
先ほどから視界の端に見えていた、ガイウスから離れた場所に滞留している、不可解な紫色の薄靄。本当に薄く、じっと目を凝らさなければ見えないほどに薄いそれは、空を覆う天蓋となっていっる紫の分厚い雲とは違う、実際に在る物とよく似た気配を、確かに感じられた。
そこにチルの話を加味すれば、視えているものがどういう物か合点がいく。あくまで俺の直感が告げているだけの憶測に過ぎないが、現状を鑑みるとそう考えるのが妥当なのだ。
「便利ねぇ、その身体」
「死にかけたけどな。……ともかく、まずは行動だ。失敗した後のことは、後で考える」
脳筋ここに極まれり、である。とはいっても現状、ほかに取れる手段と呼べるものはない。ならば、わずかな可能性に全賭けするのも悪くないだろう。
「で、その靄はどこ?」
「あそこ。ガイウスの立ってる場所よりちょっと離れて、窪地っぽくなってるあの場所だ」
俺の指さした場所には、周辺にある同様の地形に比べると、二回りほど大きいクレーターのような地形が存在した。全領域をカバーできているとするならば、あそこを中心としてこの空間が広がってるのかもしれない。
ともかく、狙うは俺の視界に薄靄の映る、あの場所だ。そう考えて、襲ってくる人形たちを迎撃しつつ、即興で立てた作戦を伝える。
「俺とユレナが二手に分かれて、別々のコースであそこに突入しよう。ヴィエは、チルの死角をカバーしてくれ。それでいいよな?」
隣で二振りのダガーを振るいつつ、踊り子のように鋼色の軌跡を繰り出すユレナが、息を見出した様子もなく肯定の意を送ってきた。
「ええ、それでいいわ。ただ言っておくけど、突破のスピードは期待しないでよね」
期待するな、と言うのは、リーチの短さとダガーそのものの威力の低さゆえ、一度に破壊できる人形の数を増やせず進行が遅延してしまう、と言う意味だろう。
もともとユレナの戦闘スタイルは、一対一に特化させて周辺の状況を気にせずに戦うためのものと言っても過言ではないのだ。それを踏まえて、人形の波を速やかに突破するのは難しいはず。
「大丈夫。片方が進行を潰されないようにするための措置だから、速度は心配しないで確実に進んでくれ。ヴィエとチルも、その配置でいいよな?」
「意義はありませぬ」
「大丈夫。私もできる限り、サポートするから」
「助かる。――んじゃあ、行くぞ!」
自らの口走った号令を合図にして、俺は薄靄の場所へと大回りに迂回するコースを取って走り始めた。同時にユレナが飛び出し、眼前に居た人形たちを確実に破壊しながら前へと突き進んでいく。
「らああぁぁぁっ!!」
吹き飛んでいく木っ端を横目で見とめながら、俺もユレナ同様に人形たちの群れへと一直線に突っ込んだ。
幸いにして、俺の得物はユレナのダガーとは違い、様々な状況に対応できる万能武器である剣。だからこそ、後れを取るわけには行かない!
迫る人形たちを切り裂き、殴り倒し、蹴り飛ばし、時には別の人形に投げ飛ばして纏めて動きを止めたりしながら、俺は一直線に薄靄の部分まで走っていく。
そうして一連の行動を幾度か繰り返したころ、俺の足はクレーターの縁を蹴った。砂地をズザザザッと降りていく俺の目には、予想通りの大量の人形と――
「見つけたァ!!」
予想と違わない場所にあった、おそらく魔石と思われる巨大な八角形の結晶体を乗せた、これまた巨大な台座が、しっかりと映る。
まさか、自分の宜しくない頭で考えた推理通りの場所に配置されているとは思いもしなかった。魔力溜まりの濃密な魔力を受け、変質してしまった俺の体は、予想以上に精緻な情報を俺に伝えてくれるらしい。そのことに、思わず口角が吊り上がる。
ひょっとしたら俺の体って、自分で気づいてないだけでめっちゃチートじみた内容になってるのかもしれない。そんなどうでもいいことを考えながら、俺はたむろする人形たちを、草食動物の群れを吹き散らす肉食動物のごとき荒々しい動作から繰り出す攻撃によって、瞬く間に木っ端へと変えていく。
そのまま、さらに分厚さを増す人形たちの壁へと突撃しようとした直後、別の方向から飛んできた氷の槍で思わずたたらを踏んでしまった。飛来した氷の槍はそのまま中空を一直線に突き進み、そのまま巨大な結晶体へと突き刺さる――その寸前、うすらと目に映った半透明の障壁に妨害され、甲高い音と共に砕け散る。
飛来してきた方向を見ると、そこに立っていたのはクレーターの縁を踏みしめ、フリーにした左手をこちらに向けてかざすユレナの姿があった。その顔には、魔法を無効化されたことに対する悔しさが浮かんでいる。
「もう、遠距離攻撃くらい融通してくれたっていいじゃないの。……エイジ、悪いけど頼むわ! 私はここから、あんたのサポートするから!」
「わかった!」
ユレナの背後で白い爆発がいくらか発生していることから、彼女の死角はチルがカバーしているのだろう。ユレナが不意打ちでやられる心配はないことに軽く安堵した俺は、改めて人形たちの群れへと突撃した。
「うおおぉぉッ!」
群れる人形たちを一太刀で木っ端に変えながら、俺は結晶体めがけて疾駆する。時折死角に回り込む人形が居たが、そいつらは纏めてユレナの氷魔法で破壊され、俺を止めることは叶わなかった。
クレーター内は、目視できるこの異空間の大きさとは対照的に、全力疾走すれば中心までそう時間はかからない大きさだった。目前でゆっくりと回転を続けているそれに向けて、俺は剣を大上段に振りかぶり、魔力を流して魔纏刃を発動させる。
「砕けろおおぉぉぉッッ!!」
裂帛の雄叫びと共に振るわれた真一文字の一太刀は、展開された不可視の障壁をものともせずにすり抜け、巨大な結晶体に一筋の軌跡を刻み込んだ。
輝く剣の軌跡を受けた結晶体が、そこから枝葉の如く伸びていく亀裂にそって、粉々に砕け散る。すぐさま周囲を見回してみると、あたりに広がる光景が、俺の憶測に間違いがなかったことを証明してくれた。
今まさに木っ端から再生しようとしていた木偶人形たちが、不意にその四肢を痙攣させたかと思うと、再生途中の中途半端な形状のまま、がちゃんと地に倒れ伏して黙り込む。俺の見立て通り、破壊したこの結晶体こそ、再生能力の大本だったらしい。
罠が張られていないとも限らないと考え、クレーターから素早く脱出した
俺の目の前に、驚き半分嘲笑半分と言った表情のガイウスが現れる。
「――まだなんか策がある、って顔だな」
「んふふ、流石にお気づきですか」
俺の言葉に合わせて、ガイウスが不敵に笑んだ。その表情は、いましがた目の前で展開されているこの状況を読んでいたか、それともそんなもの歯牙にもかけていないのか。
「いやぁ、申し訳ありませんねぇ。せっかく頑張っていただいたのに――その努力を、文字通り踏みつぶしてしまうんですから」
ねっとり、という表現がよく似合う笑みを浮かべたガイウスが、まるで部隊役者の如く大仰なしぐさを交えて片手を振り上げる。
「んふふははは、これまでは前哨戦! 抗えない絶望を、その魂に刻み込みなさい!!」
そうして声高に宣言したガイウスの背後で、無数の雷鳴がとどろき、光の槍が飛来した。
すさまじい衝撃が俺たちの身体を揺さぶり、思わず吹き飛ばされてしまいそうになるところを、なんとかして懸命にこらえる。そうして、強烈な衝撃波と突風にあおられ続けた俺たちの前に現れたのは――――
「さあ、我が最強の傀儡の前に、「アルマ」の前に、その膝を折って地べたに額を押し付けなさい!!」
まるでSFの世界に迷い込んでしまったかのごとき、俺たちの身の丈をはるかに凌駕する、巨大な鋼鉄製の巨人だった。




