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第29話 弾丸の如く

 はじけ飛び、周囲を吹き荒れるまばゆい魔力の閃光の中で、ゴーレムは胸に直撃を受けながらも、しっかりと短めの二本足で床を踏みしめ、こちらをにらみつけてくる。心なしか、単眼のような炎が恨めしげにこちらを睨んでいるような錯覚を覚えた。

「……っち、誰がこんなん作ったんだっての」

 悪意をぶつけられたような感覚を覚えて、身に生じた寒気を吹き飛ばすため、素直な感想を込めて毒づく。同時に霧散する閃光、その強烈な魔力の奔流に晒されていたゴーレムの上半身には、まるでプログラムのバグが起きたような不可思議な文様が渦巻き、明滅していた。複雑に輝く幾何学模様の中心からわずかに覗く本体に、少し焦げた程度しか傷が入っていないことから、やはりコイツの表面には魔力を減衰する術が施されているのだろう。まったくもって、厄介な敵が来てくれたものだ。

「何よコイツ……物理も魔法も効かないとか、ふざけてるわね」

 若干青ざめたような表情を見せるユレナが、恨み節を込めて一言毒づく。俺が知る限り、この世界に存在する攻撃の方法は「物理」か「魔法」のどちらしかない。その両方が効かないとなると、今の俺たちには対処のしようがないのだ。

 厳密にいえば、剣での斬撃ではなく、メイスなんかを使った純然たる打撃攻撃は通用する見込みがある。あるにはあるのだが、問題なのはその打撃武器がここにないということ。わかりやすく言えば、手詰まりなのだ。

「……一度、撤退して体勢を立て直しては? こやつと渡り合わずとも、遺跡探索のしようはありまする」

 ヴィエの提案を耳にする間にも、ゴーレムは上記のようなものを上げて、焦げ付いた部分を元の味気ない石材へと修復していく。

 先ほどのチルの砲撃は、俺が感じた限りでもかなりの魔力量を消費しているのだ。魔法が撃てなくなるくらいに上限ギリギリの魔力を持つ俺がそう感じるのであれば、常人に換算すればその量はとんでもない。仮にこのまま大出力の魔法を連発して仕留めようとしても、チルの魔力が先に尽きるのは自明の理。現在の状況を俯瞰して見れば、ここは撤退が最善なのだろう。だがしかし、それを理解しながら俺は首を振る。

「駄目だ。コイツが通路を通れる以上、逃げたところで探知して追ってくる可能性がある。……なにより、このゴーレムは魔法でも倒せないんだ。下手に外へ出して、被害を被るパーティを増やしたくない」

 俺が撤退を渋るのは、何よりも俺たちが逃げることで、周囲への被害が出るかもしれない、という懸念からだった。

 むろん、俺の懸念が杞憂だったという可能性は大いにある。だがそれでも、このゴーレムに対する対策を知らない人間がここにたくさん入り込んでいる以上、最悪対処を間違えて倒されるパーティだって出てくるかもしれないのだ。その可能性が捨てきれないせいで、俺の中で撤退を渋る声が大きくなっている。

「そうは言っても、コイツをここで倒すとして、どうやって戦うって言うのよ? 私たちが持ってる手段は、もう全部使ったわけだけど」

「それがわかれば苦労しなかったんだけどなぁ……。まあ、ともかく対策を考えないとな」

 若干半眼なユレナのツッコミを受けて、半ば頭を抱えるような形で俺は考え込む姿勢に入った。わしわしと頭髪をかき乱しながら、どうにかならないかと思考を巡らせる。

 先ほど試したのは、斬撃を行う武器による物理攻撃、魔纏刃による攻撃、大出力魔法でのゴリ押しの三つ。これまでに使った手段がもたらした結果を組み合わせて、どうにか突破口を見つけ出すことにしようか。

 こういった手合いには有効である、純粋な質量を活かした打撃攻撃も試してみたいところではあるのだが、今のところ俺たちのメンバーには打撃を扱えるメンバーがいないため、それは除外しておく。

 まず、どうしてゴーレムに魔法攻撃が効きづらい――というか効かないのかは、すでに解明済みだ。そのものずばり、魔法の威力を著しく減衰させる障壁が、ゴーレムの表面にまんべんなく張り巡らされている。だからこそ、ヴィエに教わった魔纏刃では出力不足で破ることが叶わず、チルの大出力魔法によってようやく可視化できるほどに障壁がダメージを受けたのだ。

 そして、その大出力魔法によって障壁をはがされた部分には、俺の眼にもはっきりと映るダメージ……すなわち、「石の体の表面にできた焦げ」があったのも確認済みである。このことから鑑みるに、相当の強度を持つ魔力障壁の裏は、俺がよく知るゴーレムが持つ特徴と差異は無いらしい。

 となると問題になるのは、やはりというべきか強固な障壁だ。チルに行ってもらった一点集中の魔法でも破り切ることはできなかった以上、あれを破るのはかなりの難易度となる。

 ただ、可能性がないわけではない。先ほど確認した限りだと、一点集中をもう少しだけ長く照射することができれば、修復速度から見て数秒間程度かもしれないが、障壁に致命的な大穴を開けることができるはずだ。あるいは、横で不服そうな顔をしているチルもまだ、温存という名目で本気を出していなかった様子なので、正真正銘最大最強の魔法を叩き込めば、あるいはもっと致命的なダメージを与えることは可能かもしれない。もっとも、それをやってしまうと「その後」があった時が怖いので、無謀な賭けに出るのは踏みとどまっておくことにした。

「エイジ殿、そちらにゴーレムが!」

「ん、おっと!?」

 ヴィエの呼びかけに顔を上げると、すぐ正面に拳を振りかぶったゴーレムの姿。慌てて回避すると同時に、先ほどまで突っ立っていた石畳が一撃のもとに粉砕される。危ない危ない、呼ばれなければつぶれたトマトになるところだった。

 ともあれ、このままやみくもに攻撃を続けていても消耗するだけなのは明らかだ。幸い、機動力の高い二人が軽めにゴーレムを引きつけてくれているので、俺と無力化されている状態のチルは後ろに下がることができた。さて、改めて突破方を探らないと。

 仮にチルの魔法を放ち、障壁にわずかな穴を穿ったとしても、俺たちがそこにたどり着くまではどうしてもタイムラグが発生する。その間に魔法、ないしは魔纏刃を開いた穴に叩き付けるのは、閉まる電車のドアに向かって駆け込み乗車をするくらいの賭けといってもいい。ファンタジーな戦いにそぐわないたとえだが、要するに色々な要素が絡む賭けなのである。

 何が大変かと言えば、ゴーレムに通用するのが魔力による攻撃だけと言うことだ。魔法は発動までに詠唱が必要だし、すぐに発動できる魔纏刃だとしても、ヴィエの場合はリーチも短いし、俺の場合はいまだに発動が不安定で、放てるのは一瞬だけ。それを鑑みると、魔纏刃で攻撃すると届かなくなる確率が高くなり、逆に魔法での攻撃となると間に合わなくなる可能性が出てくるのだ。

 どうにかならないものかと考えるが、打開策が見つからない。いくつか戦術パターンはあるのだが、出会って間もないヴィエと完璧に息を合わせるのは難しいし、ユレナと行うにしても、俺たちには絶対的に経験が不足しているのが現状だ。迷った末、隣で状況を静観するしかできなかったチルの方を向いて――

「ぁ――――っ、そうだ、これがある!」

「へ?」

 電撃に撃たれたように、俺の感覚に鋭いものが走る。そうだ、コイツなら操作するだけで、一定の威力を持つ魔法が放てるじゃないか!

 どうして気づかなかったのかという自分への叱責と、すっかり忘れていたという悔しさを飲み込みながら、俺はそれを小さく指さす。

「チル――その「魔弾銃」を貸してくれ! それがあれば、あいつの障壁を突破できるんだ!」

 俺が示したのは、手持無沙汰にチルが握っていた「魔弾銃」だった。魔法の使えない俺でも使えた経験のある魔弾銃があれば、ヴィエの時に懸念した射程、俺の時に懸念した発動の安定、ユレナやチルの時に懸念したタイムラグ、そのすべてを解消できるのだ。

 むろん、もしかすると威力不足で通用しないかもしれない、という懸念も残る。だが今は、とにかくこれにかけてみたいと、そう考えたのだ。その勘を、信じてみたい。

「……私は、サポートでいいの?」

 なんてことを考えていると、グリップをこちらに向けた魔弾銃を差し出しながら、チルがそう問いかけてきた。その表情はすでに、普段野生生物や魔物を相手取るときと同じ、あどけなさを残しつつも凛々しく引き締められた、戦う時の顔になっている。どうやら、俺が言わんとすることをしっかり理解しているようだ。

 出会ってそんなに経っていないのに不思議なものだと考えつつ、俺は魔弾銃を受け取りもって説明する。

一通りの流れを聞いたチルは、そこで不安げな顔を見せた。

「……私もまだ、魔法のコントロールに慣れてるわけじゃない。エイジに当たるかもしれないよ?」

「それでもいいさ。死ななきゃ、どんな怪我も痛みも安いもんさ」

 銃の中にセットされていた魔晶石を確認しつつ、俺は心配するチルにそう答えてやる。

 生死の境を彷徨ったせいか、俺の中には「死ななきゃ安い」という考えが生まれていた。たとえ大けがを負っても、痛みを伴ったとしても、生きているならば再び立ち上がることはできる。事実、あの森の中で一度はあきらめ、ぽっきり折れたと思っていた生存本能は、今なお俺の中に根付いているのだ。それを踏まえて、俺は俺の考えを通したい。

 肩をすくめて苦笑気味に述べる俺を見て、チルも方から力を抜いてくれたようだ。なんだかんだと言いつつやはり、魔王と呼ばれる人間の娘である彼女のコントロール能力は、現パーティの中でも抜きんでている。もっと幼いころから魔力、そして魔法に精通していた彼女ならば、失敗は無いはずだ。

 あとは、俺次第。この戦局をひっくり返せるかどうかは、俺の手にかかっている――!


「ユレナ、ヴィエ、退いてくれ! 後は、俺たちに任せろ!!」

 二人に向けて呼びかけると同時に、俺は魔弾銃を下向きに構えながら走り始める。その後ろでは、涼やかなソプラノでチルが詠唱を始めていた。

「――求むは純白、其の名は地平も貫く魔光。〈シャイニングラスター〉!」

 詠唱が完成すると同時に、掲げられた掌中に乳白色の光が集束し、一気に広間中へとはじけ飛んだ。ゴーレムめがけて疾駆する俺の背後から飛んでくる無数の光は、一瞬空間に停滞して真円状の光になったかと思うと、次の瞬間には無数の光の矢となり、標的であるゴーレムめがけて、そのすべてが一気に突貫した。その光の矢が降り注ぐ中を追随しながら、俺はただひたすら一点へと走っていく。

 数瞬ののち、強烈な閃光と炸裂音を伴って、光の矢がまとめてゴーレムの胸ぐらへと突き刺さった。閃光が迸る直前、ゴーレムの表面に幾何学模様が発生したが、次の瞬間には弾けた閃光に混じり、うすらと白光りする黒いスパークが迸る。

 そうして光の矢を受けたゴーレムは、ぐらりと大きくのけぞりはしたものの、次の瞬間にはすぐに踏みとどまって体勢を元に戻した。だが、その胸部には確かに、閃光に混じっていた黒いスパークと同じ色をした淵を持つ、人の掌ほどの大きさをした穴が穿たれている。

 狙うならば、今しかない。そう確信した俺は、下げていた魔弾銃を一気に持ち上げて、銃口を突きつけながらゴーレムへと突進した。直後、鈍い音と共に俺の体がゴーレムに衝突する。

「――っふ、ぐぁがあぁっ!?」

 とたん、体に流れ込んできた黒いスパークが、俺の身体を強制的に撥ねさせた。恐らく魔法を阻害する障壁に肌で触れてしまうと、障壁の効果が作用して肉体的にダメージを受けるようになっているんだろう。

 ――だが、そんなのは些細な事。今のタックルで障壁が一時的に再生を停止してくれたおかげで、開いた穴はいまだに閉じる気配を見せていないのだ。ならば、やることは一つ!

「くら、ええぇぇぇっ!!」

 裂帛の雄叫びを上げながら、俺は振りかぶった右手に握る魔弾銃の銃口を、障壁の回復していな穴へと叩き付ける。そのまま連続して引き金を引くと、伝えられた命令を忠実に実行した魔晶石から魔力がはなたれ、バレル内で魔法弾に変化。引き金を引いた回数分、銃口から魔法弾が発射され、守るもののないゴーレムの本体を、続けざまに抉っていく。

 明確なダメージを与えられてか、ゴーレムがショックを受けて小さく体を痙攣させる。それと同時に、俺の体を苛んでいた黒いスパークが霧散。直後にゴーレムの体から幾何学模様が浮かび上がったかと思うと、光るヒビに沿って粉々に砕け散った。

 何事かと思いつつ、銃口を突きつけていた部分から魔弾銃をのけてみると、深く抉られたゴーレムの中に、黒曜石のような黒光りするクリスタルが、砕けた状態で崩れ落ちていた。恐らくこれが先ほどまで展開されていた障壁の発生元で、先ほどの魔弾銃の連射によって破壊。結果、維持できなくなった障壁が解除された、と言うことなのだろう。となれば!

「魔力が通る――決めるぞ!!」

「オーケー!」

「うん!」

「御意に!」

 三者三様の返事を聞きながら、俺は改めて抜き放った剣に、イメージで練り上げた光のラインを流し込み、魔纏刃を発動させる。狙うは、立ち上がろうとしているゴーレムを地面に縫いとめるための脚!

「らあぁぁッ!」

 一息に渾身の力を込めて、雄叫びと共にゴーレムの脚の付け根を薙ぎ払う。狙いたがわず吸い込まれた魔力の刃は、まるでバターを溶かし切るかのような手ごたえと共に、切り口の反対側へと突き抜けた。直後、両断されたゴーレムの脚がずれ、ガラリと地面へ崩れ落ちる。

「その腕を封ず!」

 再び地面へと倒れこんだゴーレムの腕めがけて、走りこんできたヴィエが発動した、魔纏刃の軌跡が叩き込まれた。一瞬のうちに幾重もの軌跡を食らったゴーレムのいびつな両腕が、次の瞬間には見事な断面を持つ瓦礫に変じる。

「退きなさいエイジ、そいつ縫いとめるわ! 〈アイシクルジャベリン〉!」

 ユレナの声に慌ててゴーレムの近くから退避すると同時に、複数の槍にわかたれた魔法槍がゴーレムに突き刺さり、周囲を一気に凍結させた。まるで絡みつく茨のように地面へと固定された氷によって、ゴーレムの動きが完全に封じられる。

「――チル、決めろ!!」

「うん! ――求むは真紅、()()()たれし破邪(はじゃ)鉄槌(てっつい)。〈メテオストラトス〉!!」

 両手を天に掲げたチルの詠唱に呼応して、ゴーレムの直上に白みがかった真紅の魔方陣が展開した。そしてそこからゆっくりと産み落とされたのは、人の身の丈の数倍はあろうかと言う、燃え盛る巨大な隕石。


 その光景を見た直後、俺たちと大広間を巻き込んで、爆ぜるオレンジ色の炎を孕んだ大旋風が巻き起こった。

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