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第27話 遺跡の番人

「で、結局習得できたのはチルだけか」

 その後、遺跡内で軽い昼食を終えた俺たちは、改めて俺たちは本日の目標であるクエスト対象の敵性生物を捜索していた。

「悪かったわね、覚えの悪い教え子で」

 俺のつぶやき通り、昼を追えるまでに習得できたのはチルだけで、惜しいところまで行きこそしたものの、ユレナはいまだ魔纏刃を習得できてはいない。そのことをちょっぴり根に持っているらしいユレナが、むっとしながら愚痴ってくる。

「いや、そういう意味じゃなくて」

「冗談よ。ま、私だって一応普通の人間だからね。気長に練習していくとするわ」

 そもそも、一日どころか半日と経たずに習得できた俺やチルが規格外なのだ。そのことを考えれば、羨みこそすれ理不尽に思うようなことは無いだろう。もっとも、旅のメンバーの中で一人だけ魔纏刃を覚えられなかったのが悔しいからこそ、拗ねたような態度をとっているんだろうけど。

「魔力の扱いに慣れているチル殿はともかくとして、ユレナ殿は魔法以外で魔力を行使することは少なかったせいもあるのかと。気落ちせずとも、ゆっくりとコツをつかむのが一番でしょう」

「えぇ、そうするわ。反復練習はすべての基礎だって、お父様も言ってたし」

 ユレナの口から出たディーンさんの言葉には、俺も聞き覚えがある。ヘルトミアに居たころ、剣術や体術など、戦うことに関する知識を教わるとき、必ず初めに教えられた言葉だ。やはりというか、何処の世界でも反復練習による地道な特訓が功をなすのは変わらないらしい。

 そう考えると、チルはともかく俺が特殊な訓練もなしにすぐさま魔纏刃を覚えたのは、少々ズルな気もしてしまう。本当なら一文の得にもならないはずの知識を応用するのもどうかと思ったりするが、そもそも俺は異世界人であり、この世界の人間とは少々異なる存在なのだ。そのくらいは許してほしい、なんて考えるのはちょっぴり虫が良すぎるだろうか。

「――エイジ殿、敵が」

「ん、了解だ」

 そんなことを考えていると、先導していたヴィエが立ち止まって、俺の鼻先に手をかざして静止を促してくる。言われた通りに立ち止まり、通路の先に意識を向けると、なるほど確かに、何らかの気配が――魔力の質からして、おそらくは魔力溜まりの影響を受けた魔物のそれとよく似た、不穏な波動を感じ取ることができた。

「魔物、かしら?」

「魔力の波動はよく似てる。でも、私はリプルマンティス以外の魔物を知らない」

 ユレナの問いかけに、眉尻を下げながらチルが応答する。もともと彼女は、魔物のような危険な存在とは無縁の場所で育っていたのだろう。魔物のことを詳しく知りえてなくても無理はない。

「たぶん、魔物だな。イビルドールとか毒イモムシとか、リプルマンティスの近くにあった魔力溜まりと同じ感覚を感じる」

 そうなると、ヴィエを除いたメンバーの中で、一番魔物の魔力に精通しているのは、ほかでもない俺だろう。何せ、この体は魔力溜まりの影響を受けてなお生きながらえたものだ。同系列の力を敏感に感じ取れても、無理はないはず。

「ヴィエ、君はどう思う?」

「拙者も、エイジ殿と意見は同じに。お三方とも、お気をつけて」

 旅の身ゆえ、そう言ったこと柄にも詳しいであろうヴィエにも意見を仰いだが、結果は俺の見解と同じようだ。ヴィエの忠告に俺はもちろん、ユレナもチルもぐっと顔を引き締める。


 そうして警戒を強めたまま少し進んだ先には、数十人がゆうに収まりそうな規模の大広間があった。ドーム状の広間の周囲には等間隔で鳥人のような石像が設置されており、暗がりと合わせて少々不気味な雰囲気を放っている。

 探索済みの証である、魔力を使って明かりをともす特殊な照明――いわゆる魔力松明が設置されていないことから察するに、この場所はどのチームも踏破していなかったらしい。偶然の発見ではあったが、ラッキーと言えるだろう。

 ただ、喜べるような事態ではないようだ。俺たちが先ほど感知した魔物の波動が、この部屋の中から強く感じ取れる。

「……どうする?」

 一人で考えても答えは出ないと考えて、俺は後ろで控えていた三人に助言を求めることにしたところ、返ってきたのは共通の返事だった。

「別に、行っちゃってもいいと思うわ。魔物が居たんなら、逃げるなり戦うなりすればいいんだし」

「私も、そう思う。でも、多分、魔力の感じ方で言えば、そんなに強くないはず」

「同じく、拙者も賛成に。旅の道すがら、魔物とは何度も戦ってきた経験がある故、そうそう遅れは取りませぬ」

 やっぱりというか、荒事が多いこの世界の人間は、気の強い人間が多いらしい。みんな女性だっていうのに、下手をすれば俺よりも闘志に満ちているように思えてしまう。

「んじゃ、ユレナの言う通り、ヤバそうなら退却だな。ともかく、無理しない程度に行こう」

 きちんとした指示を出せるくらいの冒険者になりたいなぁ、と漠然とした理想も脳裏に浮かべつつ、俺を先頭にして大広間へと踏み入っていった。


 通路のところから見た印象の通り、俺たちが踏み入った大広間はドーム状の空間になっているらしい。天井の真ん中に向けて伸びるように組まれた石と円形の床、そして外周に等間隔で設置されている「台座だけの石像」が印象的だった。

「……んー、特に何もなさそうね?」

 警戒した割には特段何かが起こるようなそぶりのない景色を見回して、ユレナが少々不服そうな顔を見せる。しかし、そんなユレナに構うことなく、俺は油断せずに周囲を見回し続けていた。

「……エイジも、感じる?」

「ああ。うっすらとしか感じないから発生源は分からないけど、この場所の魔力が濃いのはよくわかる」

 魔法以外の濃い魔力というのは、すなわち魔力溜まりか、それに付随する存在――つまり魔物以外、自然には存在しない。つまるところ、この大広間から濃い魔力を感じる以上、この場所に魔力溜まり、あるいは魔物が存在していると考えて差し支えないだろう。

「ヴィエ、君は何か感じたか?」

「ふむ……いえ、拙者には特に――」

 返事を口にしかけて、しかしヴィエは即座に口をつぐみ、素早く周囲へと視線を走らせた。幾度か首を回し、大広間の中を世話しなく見回していたヴィエの目が、ふいに一点へと留まる。その視線につられ、俺たち三人の眼も自然とそちらへと向いた。

「――まさか、あの石像?」

 俺が疑問を口にすると、ほぼ同時。突然、ライターの火が灯るような音と共に、指をさした石像の目に当たる部分に、人魂のように揺れる青い炎が宿った。まさか、あれが魔物なのか?!

 俺の驚愕に答えるように、炎の瞳が灯った石像が、軋みを上げて動き始める。石でできているという事実をまるで感じさせないまま、コウモリのような、もしくは悪魔のような翼が、ばさりとはためいた。


「――グギャアアアァァァァァァァ!!」

 耳障りな甲高い雄たけびをあげて、石像――オタ知識的に「ガーゴイル」とでも呼べそうな石の魔物は、そのまま自分が座していた台座を蹴り飛ばし、軽やかに飛翔する。その勢いたるや、まるでガーゴイルに重力や物理法則のくびきなど存在しないかのようだ。

「エイジ!」

「っ」

 さらに面倒なことに、魔物なのはこの一つだけではなかったらしい。一匹が目覚めるのに呼応するかのように、他の鎮座していたガーゴイルたちにも次々光が灯っていく。

「ちょっとちょっと、こういうトラップだってのは聞いてないわよ……?」

「そりゃ、言ってなかったもんな……」

 引き抜いた短剣を構えながら、引き気味の表情を見せるユレナがぼやくのも、無理はないだろう。俺だってこんな話聞いちゃいない。

 幽鬼のごとく妖しく揺れる青い瞳で俺たちをにらみつけるガーゴイルたちが、コウモリ――あるいは悪魔のような翼を羽ばたかせながら、俺たちの周囲を飛び回りつつ、その手に持っている槍を振るい、こちらに危害を加えようと襲い掛かってくる。その数、台座の数から換算すれば実に8体。ぐるりと俺たちの周囲を取り囲み、数泊ほど滞空した後、不意に一体がこちらめがけて突進を仕掛けてきた。

 それに対応しようとして、しかし俺は別の方向へと、抜いた剣の切っ先を突き出す。刃の先には、今まさに振り下ろされようとしていた、別のガーゴイルの槍があった。

 俺への攻撃が失敗したことを悟ったらしいガーゴイルが、忌々しげなしぐさと共に再度周囲の旋回に戻る。と同時に、そことは別の場所からガーゴイルが飛び出し、俺たちめがけて槍を振るってきた。

「お三方、こちらも円陣を! チル殿は槍に対処できぬ故、拙者たち三人が作る円の中に!」

 幾分かの焦りを伴った声で、ヴィエが俺たちに指示を飛ばす。現状、ガーゴイルたちが見せている攻撃は槍による物理攻撃なので、物理攻撃の手段を持たないチルにとっては天敵もいいところ。ゆえに、俺たちが作った円陣の中に避難して、そこから援護、あるいは俺たちが対処を終えるまで待機する、と言うのが、ヴィエの指示の狙いだろう。それを理解して、俺とユレナがアイコンタクトを取り、すぐさまヴィエの背中で円陣を組む。

 まるで何かに操られているかのように統制のとれた動きを見せるガーゴイルは、時に軌道を変え、時に標的を変えて、複雑な連携と共にこちらへ攻撃してきていた。行きつく暇もない多段攻撃を三人でいなしつつも、俺は撤退の際に隙を見せたガーゴイル、そのがら空きの胴体めがけて、一撃を叩き込む――が、その瞬間に響いたのは、切り裂かれたガーゴイルの断末魔ではなく、俺の剣が空しくはじき返される、鈍い音響だった。

「っそ、硬すぎる!」

 ガーゴイルたちの元になった――というか魔物に変化した原材料は、間違いなく石材だろう。となると当然、肉や草を絶つことに特化している刃物との相性は最悪だ。腹で叩けばいくらかダメージは入るかもしれないが、そんなことをすれば先に寿命を終えるのは剣の方。まして、ユレナの短剣やヴィエの小刀では腹で殴る、なんてこともできないので、現在の俺たちは実質手詰まり状態にあった。

「――いや、だったら!」

 それと同時に、俺はガーゴイルに関する知識を、記憶の中から掘り起こす。こういった敵は大抵、物理攻撃が効きにくい代わりに、魔法がよく通るというケースが往々にしてある。ならば、今現在護衛している彼女の力が、役に立つはずだ!

「チル、何でもいいから魔法を撃ってくれ! もしかしたら、通用するかもしれない!」

 とっさに体の位置をずらしながら、俺はチルに向けてそう告げる。言わんとすることを理解してくれたらしいチルは、そのわずかな隙間からチルを狙おうと飛び込んできて、俺に攻撃を受け止められたガーゴイルめがけて、明確な詠唱を開始した。 

「――求むは真紅、其の名は此の地を舞う息吹〈フレイムブレス〉!」

 俺たちが円陣を組み、その中央に避難していたチルが、近づいてくるガーゴイルに気付き、素早く詠唱を完成させ、浮かび上がった陣の中から、勢いよく炎の息吹(フレイムブレス)が飛び出した。

「ギャアァアァァァッ!?」

 放たれた魔法の一撃は、わずかに遅れながらも飛びのいた俺の行動に対応しきれず、空中でたたらを踏んだガーゴイルの体を包み込む。炎にまかれたガーゴイルは、苦しそうに一瞬身もだえした後、すぐに揺らめいて床へと墜落した。炎から出てきたその体は、文字通り焼け石となって動かなくなっている。

 もくろみ通り、ガーゴイルは魔法に弱いらしい。ならば、あれも効くはず!

「――ぜらぁっ!!」

 先刻ヴィエから教わった技を用いて、俺の剣が鮮やかな翡翠色に光り輝き始めた。昨日の食事の後に聞いた彼女の説明では、発動した魔纏刃は魔法と同様の効果を持つ。それならば、魔法に弱いガーゴイルにも高い効果が見込めるのではないか、と俺は踏んだのだ。発動できる時間にはそれほど期待できないが、斬撃の一瞬だけ発動させることができれば、不意打ちにも使える大きな利点になるはず!

 そう考えながら振るった魔力の刃は、先ほど俺の刃を事もなげにはじいた石の体に、易々と断面を露出させた。やはり、魔力の刃である魔纏刃ならば、物理攻撃が通用しにくい敵にも攻撃を行えるらしい。

「ヴィエ、コレすげぇ!」

「でしょう!」

 自分にも魔力を使った攻撃ができたことを嬉しく思うあまり、そんなことを口走ってしまったが、名前を呼ばれた本人は得意げな顔を見せつつ、別のガーゴイルたちを相手取っていた。対して、ユレナの方は魔纏刃の習得がまだだったせいか、少々苦戦気味らしい。

「――チル、ユレナのサポートを頼む。俺とヴィエのことは、気にしなくて大丈夫だから」

「うん、わかった」

俺のすぐ後ろに控えていたチルが、どことなく安心したようなそぶりを見せつつ、ユレナの方へと歩を進める。魔力を使う攻撃なら魔法が存在するが、攻撃をいなしながらの詠唱なんて、それこそベテランの域に達しないとできない荒業だ。だからこそ、ユレナにはチルを守りつつ、チルはユレナの援護を行う。いわゆるwin-winの関係……とはちょっと違うかもしれないが、互いの短所を補い合うのが、戦闘におけるコンビネーションの最善と言えるはずだ。

 なんてことを考えながら、次の攻撃のために剣を構え直す。がしかし、ガーゴイルは旋回の体勢を保ったまま、大広間の向こう側にあった通路の方へと首を向けていた。

「……?」

 つられて俺もそちらへと目を向けると、今までガーゴイルに注目させていた意識が、別の方向へと向き始める。俺の感覚に届いたのは、かすかな地響きと、何かがこちらに近づいてくる音だった。

 ガーゴイルの不自然な動きと、俺が手を止めたことに3人も気づいたのだろう。全員が顔の向きを変えて俺と同じ方向へと向けているのがわかる。

「チル」

「うん、感じてる」

 確認のために、俺はチルに意見を求めてみた。そして返ってきた答えは、案の定のもの。


『――間違いなく、魔物』

 二つの声が重なって響くのとほぼ同時に、反対側の通路、その暗がりの中から、巨大なそれが――四角い石材をランダムに組み合わせて、雑に人型を形成したかのような、「人型の巨石」が、悠然と進み出てきた。

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