第24話 おシノビ少女と遺跡のクエスト
「改めて、先ほどは助太刀感謝します。拙者、ニーファンの旅人ヴィエ。フルネームは、リューズヴィエ・イニートリアにござります。……失礼ながら、お名前を伺っても?」
警備兵たちに死屍累々の不届き者を突き出し、改めてファタル遺跡の野営地へと向かう俺たちに、目的地が同じなのでぜひ、とついてきた少女が、小さく腰を追って挨拶してきた。
「あぁ、もちろん。俺はエイジ・クサカベ、グレセーラから来た冒険者だ」
「チル、です。ルチルクォーツ・エーデルシュタイン」
「ユレナフィアよ。ユレナって呼んでくれて構わないわ」
名前を問われて、俺たちは三者三様に自己紹介する。ユレナに関しては家名を利用されるとまずいので、唯一フルネームではなく名前だけを名乗っているが、ヴィエと名乗った少女は事情を察したらしい。頷いて微笑んだヴィエさんは、どことなく納得したような顔をしていた。
「エイジ殿に、チル殿と、ユレナ殿。重ね重ね、助太刀ありがとうございました。拙者、あまり多数を相手取った戦いは不得手でした故」
「いや、俺が勝手に首突っ込んだだけだからな。でも、助けになったんならよかった」
最悪、数の暴力で彼女がチルのような目にあわされていたかもしれない。そう考えると、考えなしな行動ではあったが、良い判断だったのだろう。もっとも、ヴィエさんから感じる雰囲気は、ただの少女と言うには少々違う感じを醸し出しているので、彼女の言葉が本当かどうかはいささか不明瞭ではあるが。
「ところで、エイジ殿たちはどうしてこちらへ?」
そんなことを考えていると、不意にヴィエさんが服の裾を翻しつつ、俺に問いかけてくる。内容はそのまんま、どうしてここにいるのかという疑問だ。
「……まぁ、簡単に言えば強くなるためかな。ちょっと遠いところまで用があって、長旅を乗り越えられるように、早い段階から経験と実力を積んでおこうと思って」
俺たちの当面の目的は、ヴィエさんに話した通り実力をつけることと、実戦の経験を積むことだ。
長旅と言うのは、どういったトラブルが起こるかわからないし、道中に何が待ち構えているのかもわからない。不測の事態に対処するには、人手だけでは足りないということも、往々にしてあるだろう。
そして、今回俺たちがやってきたファタル遺跡という場所は、そんな長旅で発生するであろうトラブル――不測の事態や未知の領域など、旅路で起こりうる出来事を集約した場所ともいえるのだ。ここで修行して経験を積んでいけば、後々起こるかもしれない不測の事態に対応できるようになるだろう、という算段である。
「そういえば、ヴィエさんはどうしてここに? このあたりだと、見ない格好だけど」
俺流理論を頭の中で展開して一人納得していると、ふとヴィエさんのことが気になったので質問してみた。主に服のこととか、拙者という一人称だとか、色々気になることがある。
「ヴィエ、だけで構いませんよ。……拙者も、ここには武者修行に来た次第。まだまだ未熟な半人前な身の上故、敬語を使われるほどのものではないので」
要するに、俺たちとだいたい同じ理由らしい。それにしては随分と戦い方が様になっていたが、そこまで詮索するのは野暮というものだろう。出会って間もない人間にそんなことを聞くのは無遠慮というものだ。
「この服は、かつて栄えていたニーフェン王家に仕えていたとされる、隠密部隊のものを模したレプリカ、と言ったところ。拙者、これでもその隠密部隊の末裔という身分なので、形だけでもと」
ヴィエの言いようから察するに、この世界のどこかにかつて存在したニーフェン王国には、忍者のような人間たちが居たのだろう。……目の前の少女も末裔と言うからには本物に違いないのだろうが、正真正銘の本物を見てみたかったような気もするなぁ。
「そうだ、エイジ殿。少しばかりよろしいですか?」
「え? あぁ、良いぞ」
そんなことを考えていると、唐突にヴィエが話を切り出してくる。あんな連中に追われるくらいには訳ありくらいだし、なにかしらの相談があるのだろうか……なんてことを考えていたが、続けてヴィエの口から語られた話は、少々の驚きを含んでいた。
「もしよろしければ、しばらくの間で良いので、あなた方と行動を共にしたい。なにぶん半人前故、遺跡の中を一人で歩くのには少々不安がありますので」
仲間になりたい、というニュアンスの言葉を受けて、俺はふむと考えるそぶりを見せる。考えるのは、ヴィエを仲間に入れるメリットだ。
先ほどの戦いはちらりと見かけただけで、あとは加勢しつつ背中を守っていたので、その戦いぶりをきちんと見ていたわけではない。それでも少女の腕前は、こと戦闘に関しては初心者である俺よりも上だろう。
俺たちのパーティはユレナこそ居るものの、やはり戦闘に慣れているとはいいがたい。となると、遠い地から旅をしてきたというヴィエの存在は、確実に戦力になるはずだ。
ただそれを考慮しても、ヴィエに襲い掛かってきた冒険者連中の問題は外せない。ここからすぐさま移動するならば別段問題はないのだが、俺たちもアイツらも冒険者。ここに来る目的と言うのはだいたい決まっているので、連中と遺跡の中でかち合う、と言うことも発生するだろう。そうなれば面識、もとい因縁のある俺たちとあいつらの衝突は避けられない。
毎回あいつらと騒ぎになるのはごめん被りたいが、だからと言ってかかわってしまった以上、彼女に対して無碍なことはしたくないというのが本音だ。どうすればいいかと考えていると、唐突に横からユレナが割り込んできた。
「別にいいんじゃない? 戦力は多いに越したことは無いし、もしあいつらがノコノコやってきたら、コテンパンにノシてやればいいのよ」
なんとも武闘派らしい意見だ、と苦笑してしまう。だが、俺の懸念を解消するならば、それが一番だろう。
先ほどの冒険者連中、軽く手合わせして分かったが、数ばかりで一人一人の練度は大したことは無かった。やらせることは無いが、チルを一人で戦わせても勝てるくらいだろう。そんな連中に四人相手なら、苦戦する気がしない。
それにユレナの言う通り、彼女はあの大人数を前にして臆しないくらいには強いのだ。そんなヴィエを味方につけることができれば、かなり心強い戦力となってくれるだろう。
「……うん、わかった。じゃあしばらくの間、宜しくな」
「こちらこそ。期間はそちらの自由で構わない故、宜しく頼みます」
差し出した手を自然に組みあい、俺とヴィエは互いに微笑んだ。
……どうでもいいけどこのパーティ、ユレナにチルのヴィエと結構な女所帯である。戦力は増えたけど、この分だと俺の肩身がちょっと狭くなるなぁと悲しくなるのであった。
***
「……お、ユレナの言った通りだな」
晴れてヴィエが仲間入りすることになってから少しして、俺たちはヴィエの一件以外に特段問題を起こすこともなく、遺跡の野営地へと到着した。
野営地に設営されているテントの内、ひときわ大きな天幕の前には、雑多な紙が貼られた簡易的なクエストボードの姿。ユレナの言った通り、遺跡関連のクエストはここにすべてまとめられているのだろう。
「ま、お父様の知識は伊達じゃないってことよ。……じゃあさっそく、何かないか探しましょ」
「お三方、拙者に任せてほしい。拙者これでも、クエストなどの目利きには自信がありますので」
日も少し傾いてきたので、さっさと選んで終わらせようと思っていると、ヴィエがそんなことを申し出てきた。どうしようかとほんの少し逡巡したが、悪いことはなさそうなので頼むことにする。
「じゃ、頼もうかな。本格的なトライは明日からになりそうだから、今日は手早く終わりそうなのをやりたい」
「あまり時間をかけない依頼、承知。少しばかりお待ちをー」
そう告げて小走りにクエストボードへと駆けていくヴィエの後姿を見て、ふと俺は一つの疑問を脳裏に浮かべた。
「……あのクナイと小刀、飾りじゃないよな」
ヴィエの腰についていたのは、ホルダーに差し込まれたままで固定されたクナイの柄と、木製の鞘に納められた小太刀だった。
ヴィエから語られた「隠密部隊の末裔」という口ぶりからするに、あれらの武器も決して飾りではないのだろう。腰には他にもいろいろとついていたので、あの中にも忍者道具の類が入っているに違いない。
「見ない武器。どういう戦い方?」
俺と同様、チルもヴィエの武器に興味を持ったようだ。小首をかしげながら、金色の瞳で俺の方に問いかけてくる。
「たぶん中衛……前衛にも後衛にもなれるタイプの戦い方だろうな。俺が住んでた世界でも、昔ああいう戦い方をする人たちが居たって言われてる」
俺が知る「忍者」と言うのは、基本的にファンタジーで言うシーフとほぼ同様の立ち位置で間違いない。素早い動きで相手を翻弄し、死角から致命の一撃を叩き込むのが、軽装備な冒険者の立ち回りだ。ユレナも例外に漏れず、機動力で圧倒するタイプである。
そして少し見た感じでも、ヴィエは重い鎧をつけるよなパワー型と言った感じはしなかった。むろん、見た目からは想像もできない怪力だったりするかもしれないが、先ほどの男たちと争いあった時も力任せではなく、体術を使った滑らかな動きを見せていたので、少なくとも脳筋と言うことは無いだろう。
「お待たせしました。……あいにくと、回転率のいいクエストはほとんど取られていた故、このようなものしか残っておりませんでしたが、これでも?」
そんなことを考えつつ、俺の持つ「忍者」の知識を二人に軽く説明していると、一枚の紙切れを手に持ったヴィエが戻ってきた。クエストの内容を確認してみると、書いてあったのは遺跡内部で時たま出没するらしい、「スプライト」と呼ばれる魔物の討伐クエスト。
「スプライト……聞いたことないな」
「拙者の故郷では、精霊として伝えられておりました。ただ、こうしてクエストとして張り出されている以上、遺跡の調査を邪魔立てする不届きな悪霊のようなものになっているのかと」
ふむ、精霊が悪い存在になるという話はよくあることだ。スプライトの強さはどの程度か測りかねるが、精霊として祀られていることや、こんな時間帯になっても出払わずに残っていることから推察して、そこそこ、もしくはかなり強い敵と認識しておいた方が良いだろう。
「どうする?」
「私は別にかまわないわ。いろんな種類の敵と戦う方が、修行にもなるからね」
「私も、経験を積みたい」
二人は賛成らしい。まぁ、俺も同じようなことを考えていたから、ちょうどいいな。
「じゃ、コイツを受けるか。相手の強さがわからないから、とりあえずは気を引き締めていかないとな」
少しだけ真剣味を増した言葉に、三人の少女たちは一様に頷いた。さて、鬼が出るか蛇が出るか。
2015/09/24…作者本人のスケジュールの都合などで変更となる可能性もありますが、もしかすると第23,24話が削除され、新しく書き直すことになるかもしれません。
ここまで読んできてくださった方にはまことに申し訳ありませんが、もし方針が固まった際には、なにとぞご理解とご容赦のほどをお願いいたします。




