第21話 いざ、出立!
2015/09/10…お話の整合性を取るために、20話と21話の順番を入れ替え、一部文章を改訂しました。
以降のストーリーなどに影響はありませんので、ご理解とご容赦のほどをお願いいたします。
「ほれ、入った入った。大したもんは何もないが、今日一日くらいゆっくりして行け」
チルとユレナから魔法を教わり、魔法を使えないことに落胆した後。
ついでにと夕食を一緒にし、グレッセル邸まで送って行ったユレナから、「せっかくだから泊まっていきなさいよ。お父様も歓迎してくれるわ」という提案が持ちかけられる。
ディーンさんと話したいこともいくらかあるし、宿代も浮かせられるのでありがたいということで、俺たちはグレッセル邸へと足を運んでいた。
グレッセル邸を目にするのは王都に到着したとき以来だが、あの時は外観を見ただけ。つまり、グレッセル邸の中に足を踏み入れるのは、今回が初めてだったりする。
屋敷の中は、しつこくなりすぎない程度に調度品が揃えられていた。貴族のお屋敷の内装は白と金だろうと勝手に思い込んでいたが、グレッセル邸の内装はゆったりとした落ち着きを見せる木目調で統一されている。ユレルさんに聞いてみたが、どうにもこの木目調はディーンさんの趣味らしい。冒険者上がりのディーンさんは、貴族らしい調度品や内装にどうしてもなじめなかったんだとか。大雑把で豪快なあの人らしい趣味である。
で、現在の俺はというと、貸し与えられた客間にて暇を持て余している最中だ。あつらえてもらったベッドも上質で寝心地が良いため、このまま寝てしまうのもいいのだが、一応護衛の身でもあるので、チルが帰ってくるまでは起きているつもりである。
……肝心のチルは、エリシアさんのところに連れていかれたので、多分今頃着せ替え人形になってる頃だろうか。ちょっと不憫だけど、俺の力ではどうしようもないので諦めてもらおう。だってエリシアさん、なんか目が血走ってたもん。
「……くぁ……」
それにしても暇だ。このままだとゆったり眠りに落ちてしまいそうなので、俺は気分転換もかねて道具の整理を行うことにした。余計眠くなりそうだけど気にしない。
治療を行うための薬に包帯、消毒液と剣の刃こぼれを治すための砥石。接近戦を行う冒険者には必須のアイテムだが、確認する限り長旅の為には少しばかり足りないような気もする。消費した分は途中にあるだろう村や中継地点なんかで補充すればいいが、もし利用できなかった場合のことを考えると、すこし多いくらいに持っておいた方が良いかもしれないな。出発は早くても明後日あたりになりそうだから、明日のうちに補充しておくことにしよう。
……そういえば、相棒であるあの剣の手入れをしてない。ついでだから、今のうちに済ませておくか。
ベッドのそばのチェストに立てかけてあった剣を静かに抜き放ち、刀身を確認する。今日は訓練の名目で、だいたいの敵をチルに押し付け……もとい倒させていたので、目新しい傷は見受けられなかった。もっとも、草を切ったり何匹かはお手本の為に俺が倒していたので、返り血――というか虫系生物の体液が付着してはいるので、これはふき取っておく。
初陣の時にディーンさんから譲り受けて以来、この剣はずっと使っている。たぶん、もう相棒と呼んでも差支えないくらいには使っているはずだ。
「……長旅になるだろうけど、よろしくな、相棒」
汚れを拭き終え、再び鮮やかな鋼色を取り戻した相棒に向けて、俺は小さくつぶやく。たぶんこの先も長い付き合いになるだろうから、なるべく大切に使ってやろう。
もしもこいつが使えなくなっても、その刃くらいは何かに再利用してやりたいなぁ、なんてことを考えていると、不意に扉がノックされる音が耳に入った。壁掛け時計――存在の言及を忘れていたが、これは魔法道具とかいう物の一つらしい。魔道具職人さんなら簡単に作れるらしいので、エルフラム中で普及しているんだとか。ファンタジーな世界で時差を気にするのも野暮なので、その辺の詳しい内約は聞いてなかったりするが――を確認してみると、いつの間にか11時前を指している。こんな時間に誰だろうか?
「エイジ、まだ起きてるか?」
扉の向こうから飛んできた声は、意外なことにディーンさんのもの。こんな時間に何事だろうかと考えつつ、俺は二枚扉を開いた。
「どうしたんです、こんな時間に?」
「おう、起きてたか。……悪いが、この子を預かってくれ。エリシアにさんざん弄られて、疲れちまったらしくってな」
そう言って差し出されたディーンさんの腕には、静かに寝息を立てるチル。あぁ、ここまで運んできてくれたんだな。
「あぁ、すみませんわざわざ」
「いや、やったのはエリシアだからな。このくらい訳ないさ」
ちっちゃなチルの体を受け取りながら礼を述べると、ディーンさんは時間もあってか、声を殺しつつ豪気に笑って見せる。いつも通りのその態度に苦笑を浮かべるが、その直後にディーンさんは眉尻の角度を下げ、困ったような怒ったような、なんとも言えない顔を見せてきた。
「…………エイジ。お前はそういう男じゃないよな?」
「へ? ……どういう意味ですか?」
質問の意味を図りかねて、俺は首をかしげて聞き返す。ディーンさんはしばらく目線をそらしたままだったが、やがて静かに俺の部屋へと入り込むと、外に向けて目配せしつつ後ろ手に扉を閉めた。
「……誰か、話を聞かせたくない人でも居るんですか?」
「まぁ、な」
そこで言葉を切ったディーンさんが、唐突に大きく大きくため息をついて見せる。何事かと尋ねようとしたが、彼はその前に扉にもたれかかり、腕を組みながら口を開いた。
「……まぁ、お前さんも薄々分かっちゃいるかもしれないがな。どうにも俺は、ユレナに甘いんだよ」
それはまぁ、見なくてもわかる。自分の大切な子どもなんだから、甘くなってしまうのは当然なんじゃないのだろうか。
「んで、だ。ウチにはもう家を継ぐ子供もいて、あいつに……ユレナに構うことは少なくてな。あいつ、いっつも難しい顔して、ずっと何かを悩んでるようなそぶりを見せてたんだ。……今思うと、なんで気づかなかったんだって、昔の自分を責めたくなるけどな」
「……まぁ、仕方ないことだと思いますよ。貴族って言うからには、後継ぎはきちんと育てなきゃいけませんし」
「そう言ってくれて嬉しいぜ。……でもな、時々考えるんだ。ユレナはウチが……自分に構ってくれなかった俺や家族のことが、嫌いなんじゃないかって」
少しだけ過去を思い出しているのか、遠い目をしているディーンさん。普段の豪快さを感じさせない寂しそうな口ぶりは、その考えが相当なものだということを暗に示しているのかもしれない。
「……そんなこと、ないと思いますよ」
だけど、俺はそれを真っ向から否定する。驚きに目を見開くディーンさんに向けて、俺は苦笑した。
「ディーンさんのことを話した時、ユレナがすごく、嬉しそうな顔してたんです。あの子も、心の整理がついてるんですよ、きっと」
ふと聞いた、親をどう思っているのかという質問に答えたときの、ユレナの照れくさそうな、しかし嬉しそうな笑顔。アレはたぶん、自分の親を誇らしげに思っている証拠なのだろう。本当に嫌いなら、あんな顔は見せないはずだ。
ユレナが俺に見せた照れくさそうな笑顔を知らないディーンさんは、再び驚いて目を見開いた後、不意に破顔する。
「そうか……すまんな、なんだかしんみりした話に付きあわせちまって」
「いいですよ。こういう話に付きあうの、不思議と嫌いじゃないんで」
自分がユレナに悪く思われてなかったことがよほどうれしかったらしく、その後もちょっぴりニヤニヤしながらしきりにうなずくディーンさんだったが、不意に我に返ったかと思うと、おほんと咳き込んで再び口を開いた。
「ま、ともかくだ。……そういうわけでお前さんには、あいつをできるだけ笑顔にしてやってほしいんだ。ユレナはずっと旅をしたいって言ってて、冒険者として生きていくことを楽しみにしていた。だから――」
「娘を、頼む」
そうして聞かされたお願いは、父親としての、本気の本音だったのだろう。
……卑怯だ。そんな言葉をかけられたら、やる気になってしまうじゃないか。
「……旅が終わったら、またユレナを連れてここに戻ってきますよ」
「おう。……いい話を期待してるぜ」
どことなく意味ありげな笑みを浮かべるディーンさんに向けて、俺はしっかりと頷いた。
「……で、だ。だいぶ話が脱線したんだが――」
あれ、今の本題じゃなかったんですか? という疑問をとりあえず飲み込んでおいて、俺は再び話を聞く体勢に移る。……なぜかディーンさんの目が座っているのが怖い。下手を打ったら殴り飛ばされそうなくらいには怖い。
「……ユレナはな、何をする時も大抵一人でいたんだ。だから……その、同い年の異性と過ごすことがあまりなかったんだ」
「はぁ……」
いったい何の話だろうか。相変わらず目は座っているが、纏う雰囲気はどことなく申し訳なさそうなものだった。
「で……あのな。あいつ自身、異性との距離の測り方を知らないらしくて……その……」
「……要するに、ユレナが俺たちと何かしたい、ってことで良いんですか?」
やたら言葉に詰まるディーンさんにそう言うと、今度は盛大にため息をついてきた。だから何なんですか。余計気になるからさっさと言ってくれればいいのに……なんて考えた俺は、ひょっとしたらバカなのか、それとも幸運なのか。
「………………ユレナがな。お前と一緒の部屋で寝たいって言ってるんだよ」
***
「どうしてこうなった」
「んー、どうしたのエイジ?」
「……いや、なんでもない」
数分後。
「俺は寝るんであとはどうにかしてくれ。手ぇ出したらぶっ飛ばすからな」……とか言って丸投げしてきたディーンさんに代わって入ってきたのは、パジャマらしき寝間着姿のユレナだった。眠いのか、普段のような強気な雰囲気は見られないが、ちょっぴり弛緩した彼女の雰囲気は、どこか落ち着かない気分にさせやがってくれる。
「……というか、ユレナはよく知り合いになったばかりの異性と一緒の部屋で寝られるな?」
額を抑えて頭を抱えつつ、抵抗できないなりの悔し紛れの文句をぶつけてやると、返ってきた答えは予想だにしない――いや、ある意味予想できたものだった。
「えー、別に何も問題ないと思うけど? 別に前みたいに肌見せる訳じゃないんだし。それに、これから一緒に旅するメンバーなんだから、親睦を深めるのもいいと思うわよ」
彼女の言うことにも一理ある。一理あるけど!
「……なんでよりにもよって俺とチルが一緒のベッドなんだよ!?」
「チルがあなたになついてるんだから、それでいいじゃない」
よくないよ! こちとら全くの無防備な女の子二人が近くにいるせいで心の中が修羅場ですよ!
「……二人とも女の子なんだから、そっちで二人一緒になればいいだろ?」
「やーよ。チルはちっちゃいけど、シングルベッドに二人って狭いじゃない」
俺のもシングルベッドだし、チルがいるせいで手狭なんですけど……。というか二人とも小柄なんだから、だいぶゆとりはあると思うんだけどなぁ。
「チルとの同衾じゃ不満? ……じゃ、私が一緒に寝てあげようか?」
唐突に吹っかけられた提案に、一瞬思考がフリーズしてしまう。魚のごとく何度か口をパクパクさせて、ようやく反論に出ることができた。
「っ……そういう意味じゃないっての! というか、一緒の部屋に居たいって言ったのはユレナだろ?!」
「あははっ、冗談よ。さすがにそこまで異性とのことを理解してないわけじゃないわよ」
じゃあどうして、という質問は、しかし続くユレナの言葉であっさりと取り消されることになる。
「エイジは、そういうことする人じゃないでしょ? なら安心よ」
「なっ……」
完璧な不意打ち。気恥ずかしさを感じて慌てて頬に手を当てると、運動したわけでも熱い部屋に居るわけでもないのに、火が近くにあるかのようにに熱くなっているのが分かった。
「じゃ、私はもう寝るわね。おやすみー」
そう言って、ユレナはいそいそとベッドの中に潜り込む。数分もすると、規則正しい寝息が二つ、俺の耳に届くだけとなった。
……俺、このままで本当に大丈夫だろうか?
***
「道具よし、剣よし、お金よし……うん、忘れたものはないな」
日ものぼりはじめ、世界が明るくなり始めたころ。旅路を共にする仲間である二人と共に、俺は旅立つ前の最終確認を行っていた。鞘に納めた剣をベルトで背負い、俺は二人の方を振り向く。
ちなみに、結局チルと同衾なんてハードルの高いことはできなかったので、俺は一人ソファで寝ていた。そのせいか若干体が痛いが、別段旅に支障が出ることでもないだろう。
「チル、ユレナ、そっちは大丈夫か?」
「ん、問題なし」
「こっちも大丈夫よ。あとは馬車をレンタルしたいところだけど、幌付きまだ残ってるかしら」
「その辺は向こうに行ってからだな。……ともかく、準備はできたな。んじゃ、行くか」
用意すべきものは、全て昨日のうちに用意を済ませておいた。残りは道すがらの町々で逐一補充すればいいので、背負っている荷物はそれほどの大きさでもなかったりする。三人分を合わせればそこそこの重量にはなるけど、馬車なりを使えばそれほどデッドウェイトにはならないので、特に気にすることもなかった。
「で、まずは何処だったっけ?」
「シエナリースの方向にある有名な町と言えば、ファリアムね」
口をついて出た質問に、ユレナがよどみのない口調ですらりと答えてくれる。
彼女曰く、ファリアムという街は数個の町村を経由した、シエナリース方面の国境近辺に存在する都市らしい。近くの山脈には鉱物資源が採れる鉱脈が存在したり、平原には大規模な遺跡が存在したりで、グリムウェイン領の中に位置する町々の中では、一番活気にあふれているそうだ。
おそらくそこならば、周辺に存在するいろんなもののおかげでクエストも多いはず。加えて敵性生物も多いだろうし、そこを拠点として修行すれば、未熟な俺の腕も上がるはずだ。となると、当面の目標はエニーラの町へと歩を進めて、シエナリース突入の前に十分な資金を獲得するとともに、俺たち三人のレベルアップになる。
「というわけなんだけど、反対意見はあるか?」
「ないわ。私もちょうど同じこと考えてたし」
「ん、異論なし」
二人に俺の考えを話すと、双方から賛成の、というか肯定の意見が返ってきた。
以前聞いた話ではあるが、チルの故郷はシエナリースよりも向こう側……世界地図で言えば、本当に地図の端っこにある、小さな島国らしい。そこに至るまで、シエナリースを含めて実に3つの国を経由しなければならないのだ。
旅に絶対の安全というものは存在しない。何が起こるかわからない以上、自分たちの腕を上げて、どんな事態にも対処できるようにしておくに越したことは無いというのが、個人的な考えである。
「それじゃ、行きましょ! 馬車を借りて、今日中に中継地点まで行きたいからね。急ぐわよ!」
「む……急ぐ!」
「うぉ、っとと、二人して引っ張らないでくれって!」
ちょっぴりウキウキしているユレナと、なぜか頬を膨らませているチルの二人に手を引かれながら、俺はグレッセル邸の出口へと歩を進めた。
これから、本格的に俺の――俺たちの旅が始まる。そう考えて高鳴った胸の鼓動を心地よく感じながら、俺は待ち受けるであろう何かに、期待の思いをはせていた。




