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第1話 木漏れ日の中で

プロローグと同時投稿となります。ご注意ください。


2015/07/17…各部への加筆修正を行いました。

「……ん」

 目を、覚ます。そうして俺の目に入ったのは、視界一面を覆い尽くす天井……ではなく、暖かな日差しが木の葉の間から差し込む、うっそうと生い茂る森の中だった。

 どうやら、俺は現在、深い森の中で大の字になって寝っ転がっているらしい。背中をはじめとした全身で感じる、草と土の少しちくりとする感触が、その事実を音もなく物語っている。

 どうして俺は、見渡す限り大自然な森の只中で寝転がっていたのだろうか。疑問に思いながらも、とりあえずここがどこかを確認するために、俺はぐっと上体を起こし、その場に胡坐をかいて座り込む。薄い布地だけの病人みたいな服が、どこからか吹いてきた一陣の風にはためいた。

 上は先ほどと変わらない、うっそうと生い茂る森と、木々の間からあふれる木漏れ日だけ。続けて視線を動かし、正面を見てみる。が、そこにあったのは、木漏れ日以外の光源が存在しない、どこまでも続く薄暗い森だけだった。

 ならば、右はどうだろう。何かあるかもしれないと期待を込めて向けた目線は、ある種残酷なくらいに現実を――正面と同じ光景を視界にとらえてくれた。

 だったら、左。今度こそ、という期待と、まぁどうせ同じなんだろうな、という諦めの感情、二つを含めたある種の期待は、裏切ってくれなかった。思いっきり、森。

 ここまで来たら、もう確認しない手はないだろう。そして、やっぱりなと言わない手はない。ぐるりと首を回して振り向いた後ろ側は――とっても代わり映えのしない、森だけだった。

「……はぁ」

 周囲360度。どこを見ても、そこにあるのは鬱蒼と生い茂る森だけ。そんな事実を突きつけられた俺は、無意識のうちにため息をついていた。

 ここはどこなんだろうか。そして、そんなことを考える俺は、一体全体どうしてこんなところにいるんだろうか。

 ……あれ?そういえば俺は、この森で寝っ転がっている前はどこで何を(・・・・・)していたんだろう(・・・・・・・・)

 首をひねって思い出そうと唸ってみるが、いくら記憶の棚を覗き込んでも答えは出てこない。それどころが、そうして自分の行動を振り返ってみて、俺はとんでもないことに気付いたのだ。


「……俺って、どういう人生だったっけ?」

 ――俺が俺である証でもあるはずの、今まで歩んできた俺だけの道。その記憶の一切合財が、俺の記憶の本棚から、すっぽりと抜け落ちている、その事実に。



「…………マジ?え、マジで?」

 俺自身の、記憶がない。そのことに、俺自身驚愕していた。その最たる理由は一つ、「記憶がないことを認識している」ということである。

 記憶喪失と言えば、自分が誰かということを含めて、自分や自分の周りの世界のことの一切を忘れてしまうのが基本のパターンだろう。だが、俺はそうではなかった。

  俺の頭の中には、自分の本名や基本的なプロフィールから、俺がもといた世界――日本をはじめとした、地球を中心とする世界についての知識や、おそらく俺自身の個人的な趣味だったのだろう、元居た世界では世間一般に「オタ知識」と称される、創作物に関する豊富な知識が詰め込まれている。それも、さっぱり忘れた人生の記憶とは対照的に、忘れたくても忘れられないくらいにしっかりと、がっちりとしたイメージができるくらい、鮮明に記録されていた。

 たとえば、いましがた俺が持論を展開した記憶喪失に関する知識。あれは、俺が持っていたオタ知識から瞬時に引っ張り出したものである。他にもやろうと思えば、この状況を説明できそうな単語――つまるところの「異世界トリップ」とか、今いる場所はどんな世界なのか――ここまで平坦で広い森があるのは、だいたいファンタジー世界が大半だということだとか、この世界と元居た世界の区別――というより、現代とは違う場所なんだろうなぁという、確信めいた直感なのだが――なども、すべて瞬時にできる。そのくらい、しっかりと覚えていた。


 なぜ、人生の記憶を失うなんて世界仰天な出来事に遭遇したにもかかわらず、知識だけは鮮明な状態で健在なのだろうか、と俺は考えを巡らせる。

 ヒントになるのは、現在の俺が「歩んできた人生」の記憶を失っていることだろうか。


 ――しばらく考え込んだ後。俺の頭の中に浮かんできた答えは、「混乱を防ぐために、自己を確立するために必要な記憶が保たれている」ということだった。

 日本の常識的に考えれば、自分で自分の人生が消えてしまうなどという事態に遭遇すれば、人は間違いなく混乱するだろう。最悪、情緒不安定になるかもしれない。だが、俺は一時的な混乱こそしたものの、自我や自意識というべきものは、全てきちんと機能している。

 その理由が、固定されているのかと錯覚してしまうくらいにしっかりと覚えている、人生以外の記憶だとしたら。それが、人生の記憶という太い支柱を失った俺の心の中を支える、新たな――もしくは代替となる支柱になったのだとしたら。

 本当に推測の域を出ない範疇の、まして心理学など欠片も心得てない稚拙な発想だが、おそらくはこれで合っているだろう。合っていなくても、今は問題ない。

 ――異世界トリップ。その言葉が脳裏によぎった瞬間、俺は言い知れぬ喜びと感動に胸を突かれていた。そのことから察するに――察さなくてもいいけど、俺の夢は「異世界トリップを体験すること」だったのだろう。そう考えると、胸中に燻っていた歓喜の火種が、燃える烈火へと移り変わったことから、ほぼ間違いない。


 異世界トリップ。端的に説明すれば、「現代とは違う世界へと飛ばされる」という、空想上の物語ではよく用いられる伝統的、かつ王道的な手法のことだ。

 飛ばされる先は、RPGでもよく見かける剣と魔法が台頭する世界だったり、宇宙空間を科学兵器が所狭しと駆け巡るSF世界だったりと様々。中には、崩壊した後の地球に飛ばされたりとか、似ているようでどこか違う現代世界に飛ばされるなんて変わり種もあったりする。

 それだけならばなんてことないフィクションの物語だが、俺が異世界トリップに求めていたのは、どうにもよくあるチーレム――チート能力で女の子にモテるっていう、最近のネット小説ではある種のテンプレとなっている要素のことだ――とは違う、もっと別の方向に対するモノらしい。あいにくとそれも人生の範疇に入っているようでさっぱり思い出せないが、チーレムという単語に心動かされるような感覚はないので、多分それが求めているもの、というわけではないのだろう。

 ――さて、現実逃避じみた思考はこれくらいにして、行動を始めよう。というか、始めなければならない。始めないと――――俺は死ぬ。

「ガルルルルル……!」

「……そもそもこんな森の中で思索にふけるのが、いけないんだよなぁ」

 口角をひきつらせながら、俺はあぐらをといて足に力を込め、立ち上がる。そうして振り向いたその先には、ずらりと並んだ鋭い牙を歯茎までむき出しにして、鮮血で濡れそぼったように鮮やかな、そしておどろおどろしい真紅の瞳をぎらつかせる、四足歩行の獣が――赤い瞳のオオカミが居た。

 赤目オオカミの状態を一言で片づけるならば、「敵対心むき出し」という言葉がしっくりくるだろう。あるいは、「得物を逃がさない狩人」とでも言うべきか。……どちらにしろ、現状俺の身にとんでもない危機が迫っているのは、手に取るよりも早く肌で感じ取れる。

「くそっ、ここがどこかもわかんないのにッ!」

 逃げなければ、死ぬしかない。そのことをぞくぞくと冷えていく背中で感じ取った俺は、再びぐるりと身を翻して、力を込めた足で草濡れの地面を蹴り飛ばした。ここがどこかはわからないし、どこに行けばこの森から出られるかもわからない。それでも俺は、目前に迫る落命の危機から逃げる以外に、選べる道を知るほど聡明ではなかった。

 はたしてこの先、俺はどうなるのだろう。そんな一抹の不安を抱えながら俺は、ともすればかくりと折れてしまいそうなほどに頼りない膝を叱咤して、全身で加速をつけながら、無限に続いているのかとさえ錯覚してしまうほどに、弱弱しい木漏れ日と共に一つの光景しか映し出さない森の中へと、走り出した。

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