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第12話 怒れる剣

2015/08/24…魔法の詠唱を変更しました。内容に変更はないので、ご了承をお願いします。

「ってめえ、なにもんだ!」

「慌てるな!けられてたんだろうさ、なぁ?」

 慌てふためきながら剣を抜く兵士とは打って変わって、野盗の男は至極冷静に構える。ただものじゃないことは分かっていたが、この分だともしかすると、潜伏していたのもばれていたのかもしれない。けど、今更そんなことはどうでもいい!

「……もう一度言うぞ、その子を離せ!じゃないと――」

「斬れるのかい?お前みたいなガキが」

 言葉の続きを取られ、俺は返答に窮してしまう。確かに、飛び出したのは怒りに駆られたからであり、実質本当に無策に等しい状態だ。確かに、俺に人を切る度胸なんてものはない。だけど――

「……斬るさ。お前らみたいな、人の命を軽々しく扱う奴は、斬らなきゃいけない!」

 再度、俺は吼える。たとえ金に困っているからとか、家族を養っていけないからとか、そんな裏事情があったとしても、知ったことじゃない。まして、人を攫って、殺して、その中身を売りさばこうなんて考える奴に、慈悲なんてくれてやるものか。

 それに、このまま静観していても状況の解決にはならない。ニコルさんには悪いけど、このまま待っていてはたぶん、彼は間に合わなかっただろう。だからこそ、俺は改めて覚悟を決めた。安っぽい覚悟だけど、俺が手を汚して人を助けられるなら、それで十分。

「ハ、青いねぇ。……この小娘を俺たちから取り上げて、どうするんだ?自分の慰み者にでもすんのか?」

 そんな俺を前にしてなお、野盗の男は憎々しげに油を注いでくれた。

 当然といえば当然だろう。若干17歳の俺が、成人男性三人相手に立ち回って、勝てる確率は非常に低い。仮にうまいこと立ち回れたとしても持って数分、下手すれば瞬殺だろう。

 だが、そうして油断してくれるならばありがたいことこの上ない。相手が手加減してくれているうちに、一気に決めることができれば、あるいは。

「――もうあんたと話すことは無い。大人しく、お縄にかかってもらうぞ!」

 言うが先か、俺は床を蹴って前へと飛び出した。狙うべきは、あわよくば少女を抱え上げて逃走を図ろうとしているかもしれない、野盗の男!

「だあっ!!」

「ふんっ!!」

 片や咆哮しながら、片や忌々しげに鼻を鳴らしながら、互いの得物をかち合わせた。いつの間にか、男の手には肉厚の大剣が握られている。――抜刀が見えなかった!

「青いって……言ったろうが!」

 風を切り、空間を薙いで、男の大剣が俺を砕かんと迫りくる。何とか視認できるほどの速度で振るわれた大剣を受け流すような無理はせず、グレッセル流剣術の一環として習った足さばきを使い、切っ先ギリギリを避けるように意識し、回避を試みた。

 瞬間、まさに重い斬撃を体現したかような轟音を引き連れて、俺の数十センチ前を切っ先がかすめる。寸前で避けようとしても、さすがに心の中ではまだ恐怖が先行してしまっているようだ。

「ハアッ!!」

「ッ――!」

 だが、男にはそれが十分な隙として認知されたらしい。Vの字を描くように跳ね上げられた切っ先が、俺の体すれすれを通り過ぎていったのだ。

 たたらを踏んで、俺は体勢を立て直しながら攻撃を食らった場所を確認する。胸元に目を落とすと、着込んでいた皮鎧に、抉られたような深い傷がついているのが分かった。その威力に、戦慄を禁じ得ない。

「オラオラオラァァッ!!」

 突然響いた叫び声で顔を弾きあげると、男ともども俺のことを伺っていた正規兵が、槍を振るって俺へと肉薄していた。剣の峰に手を当てて、大上段から振るわれた槍の柄に刀身を当て、その攻撃を停止させる。

 穂先をよく見ると、そこについて居た刃は突くだけでなく、取り付けられた刃によって切ることも可能にした構造になっていた。コイツの武器は、パルチザンで間違いない。

「それが――なんだ!!」

 全身に込めた力を、剣に込める体重へと変換し、受け止めたパルチザンを思い切り押し返すと、今度は仕掛けてきた正規兵がたたらを踏んだ。そのまま次の一撃で決めようと、そう考えながら踏み込もうとしたその時。突然降りかかった殺気に、俺は横っ飛びに跳躍した。殺気の出どころは、いましがた俺がいた場所を大剣で叩き潰した、野盗の男。

「忘れるなよ、三人いるってことをな」

 渾身の一撃を回避されたにも関わらず、男は不敵に笑む。同時に言葉の意味を悟った俺は、しかし突如横殴りに襲ってきた衝撃をまともに食らい、吹っ飛ばされた。

 床を転がりながら、衝撃が襲ってきた方向を見やる。そこにいたのは、先ほど俺が鞘入りの剣を叩き付け、昏倒させたはずの男だった。まさか、気絶に持って行けてなかったのか?!

「オイオイ、俺も忘れるなよ!」

 立ち上がろうとして、今度はパルチザンの正規兵に襲われる。心の中で舌打ちしながら立ち上がるのをやめて、そのままの姿勢から別方向へと跳びのき、今度こそ俺は体勢を立て直した。

 自分で仕掛けておいて何だが、さすがに3対1は分が悪い。かといって、下手をすれば攫われた少女が殺されてしまいそうな状況で、出ないという選択肢は少なくとも無かった。このくらい、強くなるための試練だと割り切ってしまえば、問題はない。

「らぁ!」

 考えているうち、正規兵のもう片方がとびかかってきた。その手に持っている得物は、ごくありふれたロングソード。振り方も騎士団統一と思しき型だったが、受け止めてみた限りではそれほどの威力ではなかった。さっきのパルチザンの方が、俺の腕には重く響いている。

「よそ見すんなよ!」

 そんなことを思い浮かべたら、今度はそのパルチザン持ちが突っ込んできた。先ほどの切りではなく、今度は突きを仕掛けてくる。

 このままロングソードを受けていれば、ダメージは免れない。だが、弾き飛ばしてすぐ振り向いても、間に合うかどうか――!

「く、おぉっ!!」

 一か八か、俺は体をひねって剣を振るい、回転切りを敢行した。こうすればロングソードを流しつつ、うまいこと行けばパルチザンの切っ先も叩き落とせると考えたのである。

「うおっ!?」

 もくろみ通り、ロングソードを受け流し、正規兵の手からすっぽ抜けさせることには成功した。だが、惜しいところでパルチザンの切っ先からは外れてしまう。

「――っ、ぐ……!」

 鈍い、けれども鋭い感触。幸いにして直撃とはいかなかったが、刃を持つ槍は俺の脇腹を掠め、そこを切り裂いていった。

 それだけだというのに、まるで真っ赤に燃える鉄を押し付けられたかのように、切り裂かれた部分が熱を持ち始めた。同時に、熱くなる傷口とは対照的に、凍るような鋭い痛みが襲い掛かってくる。

「ぜあっ!!」

「! っが……」

 痛みに顔をしかめていたその時、目の前から叩き込まれる大質量。それを大剣の一撃だと理解し、とっさに身をひねった時にはすでに遅く、俺の体は思い切り吹き飛ばされていた。先ほどまで身体を預けていた荷物に叩き付けられて、盛大な音響を立てて雑多なものが崩れ落ちる。さらにその衝撃で、剣を取り落した。

 どうやらあの大剣、斬るものではなく質量で叩き潰すものだったらしい。真っ二つにされずに助かったと安堵したが、続いて腕に走った燃えるような痛みに、思わずうめき声をあげてしまう。左腕をわずかに持ち上げてみると、大きな青あざができていた。折れる――まではいかなかったらしいが、ヒビの一つは入っているかもしれない。

「っう……!」

 全身を苛む、痛み。痛む場所こそ違うが、これはあの時――この世界に迷い込んだ時、逃げ回った際に追った数多くの傷が生んだ痛みと、よく似ている。違うのは、人の手によって付けられた人為的な物ゆえの、命を奪うことを考えた、冷たい痛み。

「ふん、やっぱり青いな」

「さすが頭領、相手の力量をわかってらっしゃる」

 呆れとも嘲笑とも取れる、野盗の男が発した言葉。それに追従したのは、パルチザンを持つ正規兵だ。

「しかし、甘く見ちゃいけない相手ですね」

「いいや、光るものがあったが、しょせん甘い考えのガキンチョさ。攻撃を受けて痛みを感じただけで倒れる、な」

 ロングソードの正規兵の言葉を否定して、男は小さくため息をつく。そして大剣を担ぎなおしながら、いまだ痛みに悶える俺の近くへと、音高く歩み寄る。

「まぁ、路地の奥とはいえわめかれると面倒だ。――死んどけ」

 俺の命を奪うために、力を込めて持ち上げられた凶器。それを睨みながら、俺は――。




「舐める、なよッ!!」

「む――?!」

 すぐさま体勢を立て直して、野盗の男の横をすり抜けるように前へと跳躍。すれ違いざま拾った剣を振るって、俺は男を切りつけた。

『頭領!!』

 正規兵の二人が叫ぶ傍ら、俺は一人舌打ちする。音を立てて倒れこんだ男はしかし、ちぃと舌打ちをかますとすぐさま起き上がってきた。落とした剣を拾った時、彼の腹に食い込んだのは刃ではなく、峰だったらしい。俺に切っ先を向けて握られていた剣が、それを物語っている。

「……俺を、ペテンにかけるたぁな。――覚悟出来てんだろうなぁ!!」

 しかし、一撃を加えられたことは、男のプライドに傷をつけたらしい。顔に青筋を立てながら、男が俺に向けて手をかざしてきた。何をする気かと身構えた直後、男が低い声で何事かを呟く。

「――(もと)むは真紅(しんく)()の名は彼方(かなた)()魔弾(まだん)。〈フレイムバレット〉!!」

 男のつぶやきが――魔法を行使するための詠唱が完成して、その大きく、武骨な手に赤い燐光が収束する。集まった光はやがて燃え盛る炎となり、男の手を離れたと同時、俺めがけて一直線に飛翔してきた。間違いない、炎の魔法!

「フッ!!」

 だが、男の放った魔法は俺の想像を超えた動きを見せる。ある程度の距離を飛んだ魔弾は、突然握りしめられた男の手の動きに合わせるかのように、急激に凝縮。とホウセンカのように爆ぜ、視界一面を紅蓮に染めるほどのたくさんの小さな魔弾となったのだ。


 避ける隙間も、暇もなく。三桁に届こうかというほどの大量の炎弾が、俺の全身を貫いた。

「っか、は――」

 熱い。熱い。燃えるように熱い。

 違うか、実際に燃えてるんだ。魔法は司る属性の力を実際に生み出すモノなんだから、当然の話。

 ――本物か幻かもわからない黒煙を上げて、俺はひざを折り、倒れ伏した。




***




「……まぁ、血を出されて足取りを追われるのも面倒だ、これで良しとするか」

 エイジが炎魔法に敗れ、その場に倒れてからいくばくか。かざしていた手を下した男は、小さくため息をついた。

「そうですね。……しかしコイツもバカですねぇ。いくら魔法を使えることを知らないとは言え、頭領にはむかうなんて」

「ま、生かされてるんだ。頭領の強さを知った以上、向かってくることは無いだろうさ」

 頭領と呼ばれた男が引き入れた、正規兵としてやっていくには後ろ暗い事情のある二人が、同調して軽口を叩きあう。それを傍目に見ながら、頭領は小さく肩をすくめていた。

「……頭領頭領、ちょっといいっすか」

「ん?」

 ここがばれてしまった以上、衛兵たちがすぐに駆けつけてくるはずだ。受け渡しの場所を変えるために早めに運び出すため、どこを使えば見つからないかと算段を練っていると、不意に正規兵の片割れが呼びかけてくる。何事かと振り向いた頭領の目には、だらしない顔をした男が一人、映っていた。

「……この子、めっちゃ美人ですよね。ちょっと……その、内臓売る前に一発、ね?」

 視線を泳がせながら、青年はある一点を指さす。そこにいたのは、倒れ伏したまま動かない黒髪の少年と、彼を見て驚きの顔を――見様によっては心配しているようにも見れる表情を見せていた。

 つまるところ、お願いはというのは少女を慰み者にしたい、ということなのだろう。何を馬鹿なことを、と言いかけて、しかし頭領は口をつぐむ。

 そういえば自分も、最近は裏社会からの依頼を受けなかったせいで生活が困窮し、ストレスやら何やらが溜まっている。そのはけ口として使うには、悪くないかもしれない。

「……別の場所に持って行ってからな」

「っしゃあ!」

 数分迷った後、頭領はそう答える。嬉しさを抑えられない若者を見て、頭領はただ苦笑するだけだった。






 だからこそ、気づかなかったのかもしれない。

「――――――――」

 薄闇の中でなお、月食のように真紅に輝く瞳を向けて。

 オオカミ、あるいはそれと酷似した獣のように、犬歯をむき出しにして。

 まるで獣人のように背を丸め、剣も持たずに腕を垂らした状態で。



「……何?」

 先ほど煙を吹いて倒れ伏した少年が――緑色の瞳をしていたはずの少年が、再び立ち上がったことに。


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