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プロローグ 当たり前の幸福

※ほのぼのと銘打っていますが、最初の数話は乾いた空気が流れますのでご了承ください。


2015/08/25…内容を変更し、加筆を行いました。以降のストーリーに変更はありませんので、ご理解とご了承のほどをよろしくお願いします。

「では、――――を始める」

 目の前からまっすぐに目を焼く、レンコンのような形をした大きな蛍光灯。それを目の前にして、しかし少年は静かに、じっとしていた。



(――どうして)

 少年の脳裏には、蓄積された記憶が、過去の記憶が、まるで走馬灯のように流れている。

 彼が覚えている光景は、例外なくその身さえも切り裂いてしまいそうな、痛みを伴っていた。


(どうしてだよ、神様)

 少年が、神という存在を信じたことは、ただの一度もない。その神に祈るようなことも、神にすがるようなことも、神に文句を言うことも、彼の送った人生の中にはなかった。有ったのは、無限と呼べるほどに深い海の底のような、ひたすらに暗い闇。



 やがて、少年が横たわる蛍光灯つきのベッドの周りには、にわかに人が集まり始める。そのどれもが統一された服を着て、皆一様にマスクをしているその風貌は、顔立ちが違うことを除けば、まるで人の姿をしたロボットが量産されたかのような無機質さと、硬質さをうかがわせていた。

 それを見つめる少年の瞳に、人ならば持つはずの光は、ない。これから自分に、自分の身に起こることを知っている少年は、ただひたすらに視界を埋め尽くす天井と光を見つめていた。



(頑張ったのに)

 灯が掻き消えることは、わかり切っている。「その時」がそう遠くないことも、少年は理解していた。理解しなければ、壊れてしまうから。

 それでも、彼はひたむきだった。消されても、突き落とされても、奪われても、糾弾されても。少年は、信じていた。


(イヤ、だよ)

 自らを待ち受けているのは、幸せだったはず。そう信じて疑わなかった彼は、しかしせせら笑いを浴びせられたように、裏切られた。

 ある意味では、これが幸せであり、救いなのかもしれない。そう考えなければ、少年は自らの現実に、耐えることができなかった。



 すっ、と、少年の身体から、感覚らしい感覚が消失する。ほぼ同じタイミングで、彼の頭に霞がかかり、その思考を鈍らせ始める。

 いまだに動き回りながら、冷たい金属のきらめきを持つ何かを手に取り始める人影を、少年は意識の端に見とめた。そうしてどれほどか経った時、人影たちのいくつかが、一斉に少年の方を向いた。



(もう、思い出したくない)

 やがて、駆け抜けていった走馬灯は、否定の思いを紡ぎ出す。

 脳裏に刻み込まれた経験を。忌まわしき因果を断ち切りたいと願いながら。少年はただ否定する。


(いらない)

 殺されたことも。


(必要ない)

 果たした出会いも。


(見たくない)

 あざ笑う視線も。


(聞きたくない)

 刃のように冷たい告白も。


(知りたくない)

 奪われたことも。


(わかりたくない)

 焼け落ちたことも。


(消えろ)

 責められたことも。


(消えてしまえ)

 売られ、この場にいることも。


(要らないんだ)

 簡単に予想できる、自らの結末も。



(俺を、空っぽにしてくれよ――)

 消し去って。

 



 冷たいものが、差し込まれる。それを少年は、否定で埋まった頭の片隅で、わずかに息をしていた感覚で知覚した。

 一片の迷いも、曇りもうつさないそれは、ゆっくりと少年を滑っていく。霞がかった頭で、自分の身に起こっていることを理解した少年は、しかし何の抵抗も見せなかった。否、遠のいた感覚を行使するのが、酷く面倒に思えたから、動かなかっただけ。



(――でも)

 自ら空白となった少年の意識は、その中心にあった小さな光に念じ始める。

 かがり火ほどもない、遠い虚空で輝く小さな星のようなそれを、少年は胸中で握りしめた。


(でも、もしこの願いが叶うなら)

 その時少年は、初めて願い事をする。


(俺は、もう一度生まれたい。こんな現実、捨ててやりたい)

 とても、とてもあいまいな存在に向けて。

 まばゆく輝く、遠い星のようにおぼろげな光を。消えてしまいそうにか細い二つの光を、その胸に秘める。



(そして、いつか。いつか、この手に――)

 遠のいた意識は、それ以上の願いを許さずに、少年を暖かな闇へといざなった。



 神の御業か、灯の消えたその身が、眩い光に包まれたことも知らずに。

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