天使のテスト
待ち合わせ場所は最寄り駅。
いつもより少し洒落た服を選んだ。
人の波の中で、おれは赤い花のブローチを探した。
赤い花のブローチ。
そんなのが似合う服、今時着る女の子なんているのか。
不思議に思ったが、考えても仕方ない。あちこちきょろきょろして、探し回った。
そのとき、真っ白い長いコートを着た女の子の後ろ姿が、おれの目に飛び込んできた。
あの子だ!
直感的に、そう思った。
あの全体的に小さくてたおやかで、上品な雰囲気だ、あれが、おれの思い描いた、画面の向こうの女の子だ…!
振り向け、振り向けと念じつつ、接近した。彼女との距離があと3メートルにまで詰まったところで、その女の子はくるりとこちらを振り返った。
長くて黒くて綺麗な髪がゆれる。こちらに向いたちいさな顔には、男を夢中にさせるような仕掛けがたくさんあった。
なんていう美少女!
駆け寄って、すぐさま手を取りたい衝動に駆られた。が。
目線を胸元にスクロール。
赤い花のブローチはない。
赤い花のブローチがない。
赤い花のブローチは…。
その、向こうにあった。
改めておれは、本物の「相手」と対峙した。
赤い花のブローチを胸元につけているのは、ふっくらとした、おれの母と同い年くらいの、つまり妙年のおばさんだった。
ベージュのコートとスカートに身を包み、優しそうな瞳でこちらを見つめている。
例の女の子は颯爽とおれの向こうを見据えて歩き去った。幻想だったのだ。おれが勝手に描いた、イデアのような、あの美少女は。
いっそ、その美少女についていってしまおうかと魔がさした。こんなおばさんに声をかけるくらいなら、あの美少女とのワンチャンにかけたいと、強く思った。
ああもう、なんでこんなことに。
だから、ネットで出会いはろくなことがないんだ!
だけど仕方ない、おれが勝手に思い込んで、勝手に絶望しただけの話だ。約束は守らなければ、男が廃る。
彼女こそが、この優しそうなおばさんこそが、LINEでおれの心を奪ったあの言葉の主なんだ。外見だってどうでもいいと、すでに決心はついているんだから、いいじゃないか。ゆっくり話をしよう。この人と、今日は楽しく過ごそう。
息を吸い込み、笑顔を作る。
迷わない。もう、迷わないぞ。
「はじめまして。
あなたが、◯◯さんですね。」
するとそのおばさんは、にっこり微笑んだ。
「それが、どういうことだか全くわからないんです。さっき、若い女の子がわたしの胸元にこれをつけてくれてね」
おばさんは、赤いブローチを指し示した。
「これを渡されるように頼まれたのよ」
彼女が差し出したのは、水色の封筒。言われるがままに受け取って、中身をあける。
《お店で待ってるね。》
小さくて、可愛らしい字で、
そう、一言だけ。
それでおれは、全てを理解した。
思わずにやけた。たぶん、最高にだらしなく。でもどうでもいいんだ、そんなことは。
「あ…ありがとうございましたっ」
何に対してのお礼だか、自分でもわからないままそのおばさんに深々とお辞儀をし、駆け出した。
どきどきと胸が高鳴った。
あの店に彼女が待ってる。
待ってる。
ーーこの体験を通して、伝えたい。
どんなにSNSやネットが普及して、いくら他人とつながることが簡単になっても、相手に対する誠意を忘れるべからず。
よくよく覚えておきたまえ。
正直者に天使は訪れるのだよ!