09. 黒星様のご活躍ー、私も超期待させて頂きますわー
「昨日は、すいませんでした!その、調子いいかもしれませんけど…やっぱり演劇部においてください!」
「みなさんがどうしてもとおっしゃるなら、ワタクシもこの倶楽部に戻ってあげなくても…ぐえっ」
演劇部の部室に入ってくるなり、沙夜は元気良く謝罪の言葉を述べ、腰を90度に曲げて頭を下げた。いつも通り調子に乗ろうとした蘭子にも、同じように力ずくで頭を下げさせる。
「わたしも、彼女も、みなさんのお役に立てるようにがんばりますので!…どうか…」
頭を下げたまま、2人は目配せをする。
「よろしくおねがいします!」「…お願いしますわ」
最後はユニゾンになった。ここまでは事前の打ち合わせどおりだ。『とにかく謝る』。部室に来る前に、どうやったら昨日のことを撤回できるか、演劇部に戻れるか、を考えた沙夜と蘭子が出した結論だった。
メガネをかけて演劇部備品のノートPCに向かっていたきいなは、急いで駆け寄ってきて2人の頭を上げさせる。
「いーから、いーからー。うちらも昨日はちょっと言ー過ぎたよー」
きいなはぴょんぴょん跳ねながら2人を歓迎してくれる。2人が戻ってきてくれたことを本当に喜んでくれている様子で、沙夜も蘭子もほっとする。
「よかった…。僕も沙夜ちゃんとはもっと仲良くなりたいなって思ってたんだ…」
しとねはいつの間にか沙夜の背後に立っていて、相変わらず無駄に近い距離でつぶやく。
「いやーよかったー!心配して損したよー。あたしらさっきも、どうやって2人に戻ってもらおーかって考えてたんだよー」
部室には今、しとねときいなの2人しかいなかった。衿花はクラスの用事で少し遅れるらしい。とりあえず先に外堀を埋められた事を喜ぶべきか、そもそもの大ボスがいない以上、なんの安心もできないのか…。沙夜は複雑な心境だった。
「やはりワタクシがいなくては劇が回りませんかしら?もう仕様がありませんわね!もう少しだけワタクシの力を…ぐむっ」「あー!あー!あー!蘭子ももう一度この劇に参加できる事がうれしくてしょうがないと言ってます!あはははー」
ちょっと放っておくとすぐ失言が出てくる蘭子の口を塞いで、沙夜はごまかす。だがそもそもしとねもきいなも、蘭子の暴言失言についてはとっくに諦めているらしく、別に気にしていないようだった。
「それにしても……2人はずいぶん仲良くなったよね…」沙夜の耳元でささやくしとね。「嫉妬するな…」
そういいながら沙夜を押し倒そうとするので、蘭子の口から両手を離して、今度はしとねに抵抗する。この2人が揃うと、沙夜は無駄に忙しい。
「あー、うん、そうなんだよぉ。ちょっと昨日いろいろあってねー。蘭子とは友達になったんだよぉ」
どんどん顔を近づけてくるしとねに抵抗しながら、なんとか笑顔を作ろうとする。こいつ男だったら絶対突き飛ばしてる…。引きつりすぎた笑顔は、もはや怒りの表情と変わらない。
「あら沙夜、ずいぶんですわね。あれだけの事をしておいて、友達なんて関係で済むと思って?」
解放された蘭子の口から、さっそく新しい失言が飛び出す。しとねときいなが声をそろえて「えっ」と目を点にする。少し遅れて沙夜も「ええぇ…」とため息にも似た驚きの声をあげた。
「いや、蘭子さん?それはあれですよね?友達じゃなくて親友だよ、っていうやつですよね。そういう誤解を招く言い方は控えていただけると助かるんですけどぉ…」
「ワタクシに、みなまで言わせるつもり?…昨日あんなに激しく抱かれて、ワタクシ、体が火照ってしまいましたわ」
顔を赤らめ、もじもじと体をくねらせる蘭子。
「だ、だくっ?!ほてっ!?ば、ばか!両手であんたの肩を押さえただけでしょぉーがぁ!」
沙夜は、顔を真っ赤にしながら蘭子を取り押さえようとするが、おもしろがったしとねが放してくれない。そんな様子を高みの見物のきいなは、頬を膨らませて今にも笑い出しそうな口を押さえている。
「でも、そうですわね。何も隠し立てするような事でもありませんもの。みなさんにも聞いていただきましょう?ワタクシたち、とっても仲良しになりましたのよ!そう俗に言う…」そこで蘭子は顎に指をあててつぶやく。「親友…?でも、ワタクシたちそれまで赤の他人でしたのに、おととい初めてお会いして友人、そして昨日は親友、…とすれば、今日はさらに進んでいなければおかしいですわね…?友情のさらに上、友愛の関係…?」
そこで自信に満ちた満面の笑みを見せる。
「そう、俗に言う愛人というものかしら!おーほっほっほー!」
この人日本語しらな過ぎるぅ…。
きいなは腹を抱えて爆笑している。しとねは真剣な顔で沙夜に迫ってくる。
「沙夜ちゃん!君はそっち系だったのか。だったら早く言ってくれればいいのに!」
あーもう…だから、いわんこっちゃない…。しとねから何とか逃げ回りながら、沙夜はもう泣き出したい気分だった。
「愛人…?」
気付くと、部室の入り口に衿花が立っていた。部屋の中を走り回っている沙夜としとね、高笑いをしている蘭子を一瞬だけ見て、すぐに興味をなくしたようにすたすたと部室の奥のドアに消えていった。しばらくして出て来た衿花は、ティーポットと5つのカップをトレイに載せている。その扉の向こうは給湯室にでもなっているようだ。特に誰を見るでもなく「皆様宜しければどうぞ」と言い、ティーポットから熱々のお茶をカップに注いだ。部屋にハーブのいい香りがたちこめる。
その数十秒間、しとねは沙夜に抱きつき、きいなは引き続き爆笑していたが、沙夜と蘭子はその場に立ち尽くして動けなかった。
「あははは…、あーエリ、2人とも戻ってきてくれたよー。よかったよねー」
やっと落ち着いたらしいきいなが、笑いすぎて出てしまった涙をぬぐいながら、優雅にハーブティーを飲んでいる衿花に言った。衿花はわずかに頷く。
「よかったーよかったー!これで劇の練習できるよー。いや、実はねー…」
そんな衿花の様子には慣れているようで、気にせず話を続けようとするきいな。まるで、沙夜と蘭子がいてもいなくてもどっちでもいい、と言う風な衿花の態度に、沙夜はむかつきを覚える。顔を引きつらせながら、部室に入ってきたときと同じ事を衿花に向けて言った。
「ぶ、部長さん?わ、わたし達、がんばりますからぁ、演劇部に置いてください、よ、よろしくおねがいしますねぇ?」
衿花は、口に運ぶ途中だったティーカップをとめて沙夜たちを一瞥し、ゆっくりとカップをソーサーにおいて言った。
「昨日も申し上げました通り、来て頂ける御方は拒まず、でございます。御断りする御理由は御座いません」
こんの部長はー…!こちらこそ昨日は言い過ぎました、ぐらい言えねえのかよ!
沙夜は顔に血管を浮き上がらせ、右手のこぶしを力いっぱい握り締めながら、左手でそれを抑えていた。
怒っちゃだめ、怒っちゃだめ…今は抑えなきゃ…蘭子の事は、演技で見返してやるんだから!体をぷるぷると震わせながらも、自制心をフル稼働させる。衿花は全く気にもとめていない風で、立ち上がった。
「さあ、本番様まではあまり御時間が有りません。御練習を始めさせて頂いて宜しいでしょうか?ただでさえ、昨日一日無駄にしてしまいましたし…」
無駄。
その言葉を聞いたとき、沙夜の頭の中で何かが切れる音がした。
「部長!」
沙夜は叫ぶように言う。その勢いで、抱きついているしとねを払いのける。
「はい?」
「練習の前に、お話ししたい事が有ります!」
衿花は億劫そうに、体を沙夜の方に向けた。
「何で御座いましょうか、黒星様?」
「昨日言いましたよね!蘭子には主役の資質が無いって!蘭子に主役なんか出来ないって、言いましたよね!」
「…わたくしには其の様に見える、と申し上げました」
沙夜の目は敵意をむき出しにして衿花を睨んでいるが、衿花のほうは完全に無表情だ。
「昨日も言いましたけど、蘭子にはちゃんとやる気があるんです!もし!蘭子だってちゃんと主役できるって、証明できたら!…蘭子に謝ってください。昨日のこと、ちゃんと謝ってください!」
言ってしまった…。沙夜は興奮した気持ちのまま、事態を冷静に見始めていた。無表情だった衿花は、今は眉間に皺をよせ、ギロッと沙夜の方を睨んでいる。沙夜に後悔はない。わたしは…、蘭子の味方になると決めたんだから…。
「…勿論でございます。鳳様が劇の主役様として御相応しい御方であったのだとしたら、昨日のわたくしの台詞は、全て見当外れの戯言であったという事で御座います。其の様な根拠の無い誹謗中傷で鳳様の御名誉を汚してしまったという事であれば、わたくし土下座でも何でもして、鳳様の御許しを請う所存で御座います」
本当に台本でも読んでいるかのような気持ちのこもっていない口調で、衿花は淡々と言った。にらみ合う2人を前に、きいなも蘭子もおろおろとしている。
「でも、それってどうやって証明するのかな?主役がんばりました、って本人が言ったら、OKってわけじゃないよね」
さっきまで笑顔でふざけていたしとねが、急に意地悪そうにつぶやいた。「えっ…そ、それは…」全く考えていなかった痛い所をつかれて口ごもる沙夜に、きいなと蘭子がここぞとばかりに追撃する。
「そ、そーだよー。証明できないもんねー。じゃー今の話しは無し!みんな同じ部のなかまでしょー?ケンカみたいなことやめよーよー」
「わ、ワタクシのような上流階級の人間は、一般庶民より覚えなければいけない事がたくさんあるでしょう?興味の無いことはどんどん忘れていってしまいますのよ。ああ!昨日したことですら、ワタクシ全然記憶にありませんわ。全く、みなさんさっきから何のことをおっしゃっているのかしら、おーほっほっほー!」
2人の必死のフォローを、しとねは無視する。彼女のベクトルは、2人とは逆だった。
「やっぱり客観性がないとだめだよね。他の部員で判断する…?いや、もういっそ全校生徒の投票で…」
きいなと蘭子が「お前、何言ってんだよー!」という顔でしとねをにらむ。必死に頭をめぐらせていた沙夜は、しとねの言葉を聞いてひらめいたことを、良く考えもせずに口走った。
「…投票?そ、そう!MVPっ!蘭子がMVPをとります!」
その瞬間、部室の中の時間が止まったようだった。
数秒の沈黙。その間沙夜以外の一同は、つまらない冗談を聞いたときのように無表情になり、何のリアクションもしなかった。きいなが言った冗談ではないが、沙夜の頭の中には部員達の心の声が聞こえてくるようだった。
いやー無理でしょー…。それは無理だよ。正直其れは御無理では無いでしょうか。何言ってますの?そんなの無理ですわ。
自分の妄想の中とはいえ、自分が味方している蘭子にまで否定されている気がして、沙夜の心は完全にくじけた。
「成る程…、鳳様は主役様として相応しいだけの御努力をなされている。であれば、文化祭様のMVP様を御取りに成る事も容易であると…。結構で御座います。MVP様ともなれば、文化祭様に来られた御客様方、即ち此の国を代表される様な皆様方に御認め頂けたと言う事。確かに鳳様の御努力、御実力の証明としては此の上無いですわ」衿花は口元を少し緩める。「それでは、文化祭様で鳳様がMVP様を御取りに成ったら、わたくしは鳳様に土下座で謝罪させて頂く、という事で、此の件につきましては御開きとさせて頂きたく思います。…さあ、そろそろ御練習を始めましょうか」
そう言って、もう興味が無いというように衿花は沙夜から目線を移した。それが合図だったように、一同はめいめい、練習の準備を始める。あまりにも非現実的な沙夜の発言に、さっきのやり取りはまるごと冗談にでもなってしまったようだ。緊迫した雰囲気は一気に薄れて、完全に何も無かった事にされてしまった。
「沙夜。ワタクシ、あなたがこれほど馬鹿だとは思いませんでしたわ」
沙夜の隣の席に座って、台本を必死に黙読している蘭子が真顔で言った。
「ええぇ…、だって蘭子だってこの前言ってたじゃぁん…」
「冗談と本気の区別もつきませんの?MVPなんて、そんなの無理ですわ」
面と向かって本人にも言われた…。沙夜はもう笑うしかなかった。
「…MVPが取れなかったときのペナルティはないのかな?」
軽くストレッチをしながら冗談交じりで聞くしとねに、席に座ってまたハーブティーを飲んでいた衿花は冷たく答える。
「其の時は、恐れ多くも鳳様の御実力がまだまだ未熟であったというだけの事。わたくし共、上級生が教え、導かせて頂く力が不足していた、という事に過ぎません。もう、此の件につきましては宜しいでしょうか?」
衿花にそう言われて、もう誰もその話しを続けることは出来なかった。しとねも「ふーん」と、特に気にする様子も無く自分の席に座り、練習開始の準備をした。
「……う…?……お…?あれー、これー…」
一同が昨日に引き続き読み合わせを始めようとしたそのとき、きいながノートPCのディスプレイの前で急におかしな声をあげた。
「みんなー、これ、ちょっと見てよー」
一同はきいなの周りに集まり、PCのディスプレイを覗き込んだ。
…談話室…
--部屋中に鳴り響いていた不気味な合成音声がとまる。しばらくの沈黙。
メイド「えっ、今の『声』は…?」
--平良が持っていたグラスを落とし、頭を抱えてしゃがみこむ。
--驚いた一同が平良に注目する。
平良「ああ!どうして…。
神よ、お許し下さい!
あれは事故だったのです!」
--平良はぶるぶると震えながら、手で何度も十字を切っている。
琢己「馬鹿馬鹿しい!
つまらないいたずらだ!」
--一同びくっとして、今度は琢己の方をみる。
琢己「なんださっきの『声』は!
でたらめな事ばっかり言いやがって!
俺はこんなところ、
もう1秒だっていられないぞ!」
--琢己、乱暴にコートをつかんで談話室を出ていこうとする。
--美浦が子供をあやすようにそれを抑える。
美浦「まあまあ…、そんなに慌てて
どうしたんですか琢己さん?
今出て行ったら、さっきの
『声』が言っていたことを
認めるのと同じですよ?
第一この嵐じゃあ、船なんて
出せませんしね、ははは」
--琢己は立ち止まって美浦を睨む。
--美浦、琢己の目を気にせず、観客席の方を向いて仰々しく喋りだす。
美浦「それにしたって、ずいぶん気が
利いてると思いませんか?
外界から閉ざされた離島の洋館。
集められた5人の男女。
……そしてその5人が過去に
犯した罪を断罪する、不気味な声…」
琢己「貴様!いったい何が言いたいんだ!」
--美浦につかみかかる琢己。
美浦「これがミステリーなら、
さしずめ僕達は、
さっきの『声』の主に殺される為に
集められた、愚かな犠牲者、
っていうことですよ!」
メイド「理不尽だわ。あんなことくらいで」
--メイドはつまらなそうにつぶやく。
--美浦は琢己の手をすり抜けて、不敵に笑う。
美浦「ふふ…、少なくとも彼女は、
さっきの『声』が言っていた事を
認めるようだ…」
--メイドは慌てて美浦に否定する。
メイド「私!何もやってません!」
美浦「心にやましい思いがある人ほど、
こういうときには取り乱すものだよ」
--美浦、琢己とメイドを交互に見る。
--琢己が美浦に殴りかかろうとする。
--メイドが2人の間に入ってそれを止める。
--鳳がゆっくりと舞台中央まで歩き、つぶやく。
鳳 「そんな風にお互いを罵り合うより、
私たちには調べるべき事が
あるように思います」
--その声をきっかけに一同が少しだけ冷静さを取り戻す。
メイド「さっきの声の主ですね?」
平良「悪魔だわ…。
きっとこの館は悪魔に
とりつかれているんだわ…」
メイド「よ、よして下さい!」
--琢己は呆れた風に鼻をならす。
琢己「ふんっ。そんなもの分かりきっている。
今もこの場に姿を現していない
この屋敷の主人に違いない。
くそっ!人を馬鹿にしやがって!
おいっ、ここの主人はいったい
いつになったら現れるんだ!」
--琢己、メイドに向かって乱暴に話しかける。
メイド「すみません…何も伺ってなくて…」
--ドカーン!
--急に何かが壊れるような大きな音が、屋敷内に響き渡る。
メイド「キャッ!」
平良「な、なんですのっ?!」
……………
「いち、にい、さん、しい、…ご?」
沙夜はPCに表示されているテキストの、行頭に書いてある登場人物を数える。
「いや、数えるまでも無いよ。『メイド』なんて、こっちの台本にはいないんだから…」
しとねは呆れた様子で、自分が持っているプリント用紙の束をピシっと叩く。
「どーゆーこと…」
部員たちが覗き込むディスプレイには無数のテキストの羅列。ぱっと見は、部員たちが今まさに練習しようとしていた演劇台本と同じものだった。今部員達が持っているプリント用紙の『オリジナル』、印刷前のテキストファイルと、同じ場所、同じファイル名、日付や作成者が空になっているのも同じ。
「…似てる。いや、ほとんどおんなじ…?この『メイド』ってのが増えてる以外は…」
その台本の大筋は、一番最初に部室で発見された『オリジナル』と同じだった。ただきいなが言うように、『オリジナル』にはいなかった登場人物、『殺人事件が起こる屋敷に仕えるメイド』が追加されていた。辻褄を合わせるためにか、全章にわたって他の人物の台詞などにも修正が加えられていたが、一番大きな変更点は、やはりそのメイド役の追加だった。
「台本が勝手に変わりましたの?そんなわけはありませんわね…」
「不可思議な事で御座います…一体、此の台本様はどなたが…?」
「まあ、犯人は誰だか分からないけれど、この台本を作ったやつが改訂したって事なのかな…。状況が変わったから…、それにあわせて台本を変更した…」
「状況かー、確かに変わったねー。なんてったって、4人しかいなかった部員が、5人に増えたんだもーん」
気が付くと、沙夜以外の全員が、沙夜の顔を見ていた。
「え、え…?…な、なんすか…はは……まさか」
沙夜は、自分の顔がさあーっと青ざめていくのを感じた。
「実は沙夜ちゃんだけが裏方っていうの、僕は納得いってなかったんだよね」
「よかったわね沙夜!せいぜいワタクシの邪魔をしないようにがんばってちょうだいな!」
「お嬢様だけじゃなく転校生君も見なきゃかー…、こりゃー練習のスケジュールを変更せねば…」
沙夜は助けを求めて周りを見回すが、誰もが沙夜を見て笑っている。最後に自然と目が合った衿花も、無表情から、にぃーっとわざとらしく笑顔をつくり、いつもの感情のこもってない声で言った。
「先程あれだけ大口様を御聞かせ頂きましたのですもの、御自身で鳳様の御手本を御示し頂けて丁度良いのでは有りませんか?わたくしも黒星様のメイド様役、期待させて頂きますわ」
くらくらしながらもかろうじて意識を保っていた沙夜に、きいなが真剣な顔で止めをさした。
「ノートに自分の台詞だけメモってねー、休み時間とか、事あるごとに見て覚えるんだよー。テストの暗記帳みたいな感じー」
「えっ…と何の事っすか…?」
きいなは小馬鹿にするように、意地悪く笑った。
「えー、気づかなかったー?メイドの台詞超多いよー。初心者が1ヶ月でやる役じゃないねー、普通ー。……黒星様のご活躍ー、私も超期待させて頂きますわー、くくっ」
そんなきいなの呟きを最後に、沙夜は意識を失ってしまった。