04. ずっと好きでした
……………
--ステージの中央にスポットライト。
--背中を向けてたっている鳳。館の外は嵐。激しい風雨の音が響き渡る。
--鳳は客席を振り返り、傍白。
鳳 「今私は、とてもいい気分です。
1つの事をやり遂げたという満足感!
パズルのピースが全て埋まった瞬間の
ような、得も言われない快感!
…いえ、正確にはピースはまだ
1つ足りていないのですけれど…」
--鳳、全身が返り血で真っ赤に染まっている。
--歓喜に身を震わせ、両手についている血を自分の頬にこすり付ける。
鳳 「何を驚いているのですか?
まるで死人が生き返ったような…。
ああ、神になんて祈らないで下さい。
そんな必要はありませんの。
だって私はずっと生きていたのです
から。死人の振りをして、
この館に集まった愚かな罪人たちを
裁いていただけですわ。
そう、私こそがこの館で起きた
全ての殺人の犯人…ふふふふふ…」
--鳳、両腕を広げて満足気に笑う。
鳳 「…じゃあどうしてこんな
回りくどい事をしたのかって?
初めから館のどこかに
隠れていればよかった?
確かにその通りですわ。
ただ、これはちょっとした
実験でもあったのです。
『1度死んだはずの人間が蘇り、
生き残った罪人に裁きを下す』という
シュチュ…、シ、シチュエーションが
象徴的に機能すれば、
罪人達により深い恐怖を与える事が
できるのではないかという
私のロマンチックな希望による、
実験……」
--鳳、懐から大きなナイフを取り出し、愛おしそうにその刃を眺める。
鳳 「1人、また1人と罪人たちを
裁いていくうちに私は確信しました。
これこそが私の天職……
これをするために私は生まれて
きたのだと…」
--鳳、ナイフを突き刺すような仕草をする。
鳳 「私の心は今満ち満ちています。
罪人を裁く事の快感!
正義に身を任せることの快楽に!」
--鳳、徐々に声を荒げていく。
鳳 「楽しみは、やはり最後に取っておくもの
ですわね。
最も罪深い人間は、最後まで
生かしておくことに決めていました。
いつか自分が殺されるかも
しれないという恐怖と絶望を、
少しでも長く与えてやるために…」
--鳳、急に怒りに顔をゆがめる。
鳳 「何より許せないのは、
平良というあの教師した。
犯した罪を自分で勝手に後悔して、
それで全て許された気になっている!
そんな事には何の意味も無い!
所詮勝手な自己満足!
その罪には……最も深い苦しみを
与えてやらなければ…吊り合わない…
は、はははははは………」
--鳳、殺人の快楽を思い返し、酔いしれるように怪しく笑う。
--ナイフを投げ出し、手は目の前の誰かの首を絞めるような形を作る。
--呼吸は荒い。
鳳 「…ああ、そろそろ私も逝く事に
しましょう。
…これでやっとパズルが完成する。
誰かがこの館を訪れれば、この惨状は
白日の下に晒されるでしょう。
しかし、本当にこの館で起きた事を
理解できる者は誰もいないのです!
ああ、なんて完璧!なんて美しい!
これはまるで神の所業!
私は神になるのだわ!」
--鳳、テーブルに置いてあった飲みかけのグラスを持つ。
--うっとりとその香りをかぎ、一息に飲み干す。
--満足そうに目を瞑ってゆっくりと天井を見上げる。
--急に崩れ落ちるように床に倒れこむ。グラスの割れる音。
--外の風雨の音が大きくなる。舞台全体がフェードアウト。
幕
……………
「発表します!第32回セントレミア学園文化祭のー!MVPはー!」
数時間前に演劇部が劇を演じていた劇場。そのときには学外からの来賓が埋め尽くしていた客席には、今は学園の生徒たちが座っている。文化祭が終了して来賓が帰った後、後夜祭はメインイベントであるMVPの発表に移っていた。
ステージは暗転し、ドラムロールが流れている。奇抜な格好をした司会役の生徒を、他の生徒たちが客席から見守っている。客席を照らすスポットライトが右へ左へとすばやくいったりきたりする。演劇部が固まって座っている一帯をスポットライトが通り抜けるたびに、選ばれるのは誰でもいいから、どうかここで止まって、と沙夜は願う。
「MVPはー…」
タイミングを見計らっている司会が、じらすように繰り返す。
ダラララララ…、ダン!
ドラムロールが止まる。同時にスポットライトも止まり、客席に座っている一人を照らす。
「演劇部の鳳蘭子さんです!」
一瞬の沈黙。そしてすぐにわあああという歓声が上がった。沙夜はうれしさのあまり、隣に座る蘭子に抱きつく。蘭子はなにが起きているのか分からない様子で、酸素の足りない熱帯魚のように口をパクパクさせている。
「やったっ!やったよ蘭子ぉぉぉ!」
「わ、わた、ワタクシ…」
近くにいた生徒たちも、拍手をして祝福してくれる。文化祭実行委員の腕章をつけた那珂川千秋が、ステージの上へ来るようにと蘭子を誘導する。蘭子はまだ信じられない様子であたりをキョロキョロと見回している。そんな蘭子に、衿花が優しく笑いかけた。
「御目出度う御座います、鳳様。どうぞ其の御栄光を皆様に御示し下さい」
蘭子は小さく頷いて、那珂川の後についてステージに上がった。
「誰が書いたのかわからない謎の台本。そんなショッキングな宣伝文句で劇場内に立ち見が出るほどのお客様を集めた演劇部。しかし、劇を見終ったお客様達は口をそろえて言いました。そんな宣伝文句が無かったとしてもこの文化祭で最も素晴らしかったのは演劇部だと。2年生にしてその劇の最も重要な、犯人役を演じられました鳳さんです!特に最後の犯人の告白シーンでは、狂気に満ちた哀れな犯人の心情を見事に表現されました!今のお気持ちはいかがですか?!」
ステージの上では、自身も少し興奮した様子で、司会の生徒がマイクを蘭子に向ける。やっと現状を把握したのか、それともただテンションが振り切ってしまったのか、蘭子はそれにいつもの調子で高飛車にこたえ、高笑いをする。沙夜と衿花がそんな蘭子を客席から見守っていた。
「蘭子、一生懸命練習してましたもんね。最初とは比べ物にならないくらい上手になりましたよ…。よかった、本当によかった…」沙夜はまだ高揚感が抜け切れていない様子で衿花に話しかけた。「でも、わたしはホントは、先輩方のどちらかが取ってほしいなって思ってました。3年生のお2人にとっては最後の舞台だったし…」
「…ありがとうございます。でも、今回は矢張り鳳様ですわね。御ラストシーンの鳳様、本当に御見事で御座いました。御練習であの御演技を見させて頂いた時から、わたくしは此の結果を確信させて頂いておりました…」
衿花も嬉しいのか、喋り方にいつもより抑揚がある。心なしか、ステージのライトが反射する瞳が少し潤んでいるように見えた。
「ところで…、もう文化祭終わったようなもんですよね?たしかあの部則って、文化祭が終わるまで、って約束ですよね」
衿花は沙夜の方を見て少し驚き、それから微笑む。
「ふふ、黒星様は本当に破廉恥な方ですわね。こんな時にまで……ええ、あの様な部則はもう関係御座いません。黒星様は、鳳様と御好きな様に御交友頂いて結構ですわ…」
衿花の悲しそうな笑顔に、沙夜は胸を痛めた。またそうやって勝手に自分で想像して…。
「心外だなぁ…ずっと言ってますけど、わたしハレンチなんて違いますよ……むしろそういう系って…結構奥手なんですから…」
ちょうどステージでは「この感動をまず誰に伝えたいですか?」という質問を司会から受けた蘭子が、「沙夜!ありがとうー!大好きよー!」と元気良く沙夜に手を振って、あらぬ噂を拡散している。沙夜はそんな蘭子を無視する。
「…だから、今だって結構緊張してます。…昨日だって、今日何て言おうかずっと考えててほとんど眠れなかったんですから」
結局、沙夜は何も取り繕わず、1番ストレートな台詞を選んだのだった。
「わたし、ずっと部長さんの事が好きでした。付き合って下さい」




