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お嬢様 must go on!  作者: 紙月三角
第5幕 ショー・マスト・ゴー・オン
33/37

03. 今までありがとう…

「黒星様、到着いたしました」

 若い運転手がそう言うのとほぼ同時くらいで、沙夜は高級車から飛び出していた。


 遠くまで見渡せる開けた草原、それが途中でぶっつりと途切れて急に断崖絶壁が現れる。そこは、沙夜が転校してきて直ぐに、部室を飛び出した蘭子を追って執事の釈に連れられてきた場所だった。沙夜自身は、その場所にどうやって行けばいいのかは知らなかったのだが、きいなの家の運転手の青年は、最初からその場所を知っていたのか、沙夜が伝えた簡単なイメージだけで見事にその場所までたどり着いてくれた。

 開演時間まではもうあまり時間がない。学園まで戻る時間を考えても、ここに蘭子がいなかったら、沙夜にとっては完全にお手上げという状況だった。


 だが、蘭子はいた。


 前の時のように崖の淵に腰掛ける事はせず、崖っぷちに立ち尽くして海の方を向いている蘭子。相変わらず強い風が吹いていて、蘭子の髪、そして黒いドレスが激しく揺れている。

「蘭子!………って、その格好は…」

 振り向いた蘭子が着ていたのは、穴の開いた黒い布を頭から被っただけのような、ゆったりしたつくりのドレス。判事の法服をイメージした、文化祭用の蘭子の舞台衣装だった。沙夜が着れば地味すぎてまったく舞台栄えしなそうなシンプルなデザインだったが、金髪で目鼻立ちのしっかりした蘭子にとっては、持ち前の派手さを上品さに変換する演出上の効果があるようだった。


「待ってたわ」

 沙夜に気づいてにっこりと笑う蘭子を見ただけで沙夜は、ここに来るまでに考えてきた何パターンもの蘭子への説得の台詞を全部忘れてしまった。

「ど、どうして…」怒り、悲しみ、無気力、自暴自棄…、沙夜が考えてきたどのパターンとも違う、落ち着いた様子の蘭子。沙夜は完全に混乱してしまう。「どうして…だって蘭子は……」

「来てくれて、嬉しいわ…沙夜…」蘭子は気まずそうに口ごもる。「今までごめんなさい…。ワタクシ…ひどい勘違いをしていて…平良部長と、沙夜に本当にひどい事を……ご、ごめんなさ…」

 本当にすまなそうにつぶやく蘭子。未だに事態がよく飲み込めていない沙夜だったが、その蘭子の姿を見て嬉しさがこみ上げてきた。


「…分かってくれたんだね。…じゃあ、もう、謝んなくてもいいよ。蘭子と仲直りできただけで、わたし…」

「ごめんなさい……沙夜は、それに平良部長も…ずっとワタクシのためを思ってくれていたのに……」

 思いつめた表情の蘭子は、沙夜が許しているのも聞かずに謝り続ける。沙夜は優しく笑っている。

「いいって。…だってわたし信じてた、…ううん、わかってたよ。蘭子は絶対いつか気づいてくれるって、部長さんの事…、それにわたしたちもまた友達に戻れるって…」

「でも、ごめんなさい……ワタクシは沙夜の事を信じてあげられなかった……。ワタクシは親友失格だわ……沙夜のほうから絶交されても仕方ないくらい……」

「ふふ、ばかだなぁ、絶交なんてしないよ。だってわたし、すごいつらかったんだよ…蘭子から絶交って言われて……、うれしい…わたしたち仲直り出来たんだね…友達にもどれたんだね…」

 瞳に浮かんだ涙を、沙夜は直ぐにぬぐった。

「ごめんなさい……あんなひどい態度をとっておいて、許して欲しい、なんて都合が良すぎるかもしれないけれど…」

 沙夜は首をふる。

「だからもういいって…。全部終わったこと。みんな元通り、でしょ…?」

「ごめんなさい……謝っても謝りきれないけれど…お願い、もう一度…友達に…」

「大丈夫、もうわたしは許してるから」

「ごめんなさい……友達が駄目でも…、お願いだから…ワタクシの事を嫌いにならないで…」

「だから、許してる…って」

「ごめんなさい……ワタクシ、沙夜に許してもらえるならどんなことでもするわ」

「だからぁ…」

「本当にごめんなさい……いっそワタクシもここで土下座をして…」

「人の話を聞けぇーっ!もういいって言ってんでしょうがぁ!」

 沙夜は蘭子の両肩を押さえて、蘭子に顔を近づけて叫んだ。驚いて黙り込む蘭子。沙夜は叫んだ勢いで蘭子をにらみつける。一瞬の硬直状態。


「…うふふふふ」「…あっははは!」

 直ぐに2人は吹き出した。

「…ふふふふ、ワタクシこの場所で、以前沙夜にこんな風な事をされませんでしたかしら?」

 笑いが止まらないまま、上品に手を口に当てながら蘭子は言った。

「あぁ、あったかも…ちょっとぉ、それの仕返しってわけぇ?ひどいなぁ…。ってか、こういうのは蘭子の専売特許でしょ?あんたって基本、人の話聞かないもんねぇ」

「あら、失礼ね。ワタクシ、沙夜の言葉だったら一言だって聞き逃した事なんかなくってよ?だって当然でしょう、沙夜の事が大好きなんですもの。大好きな人とはいつまでだって話していたいし、その何気ない一言でこの胸が激しく鼓動を……」

 うあぁ、これこれ……蘭子って言ったらこれだよねぇ。やっぱ本場は違うわぁ。沙夜は久しぶりに聞く蘭子節を深くかみしめる。そのまま一瞬遠くに行きかけたが、なんとか正気を取り戻した。

「ってかねぇ……。わたしなんかどうだっていいんだけど…、あんたちゃんと部長さんにも謝りなさいよねぇ。体育祭のとき、あんなひどい事言って…」

「平良部長…?それでしたらとっくに……ああ!そうでしたわ!」

 蘭子は、はっと何かを思い出したように慌てる。


「もう本番まであんまり時間が有りませんのよ!こんな事している場合ではありませんわ!そろそろ本題に入らなくては!」

「こ、こんなことって……」自分たちの仲直りをばっさり切り捨てる蘭子に呆れる沙夜。「…ってか、蘭子は劇に出たくないんじゃなかったの?」

 蘭子はきょとんとした顔になる。

「え?どうしてワタクシが舞台に出たくないという事になるんですの?ワタクシ、今日の舞台とても楽しみにしてたのよ。ああ、考えただけでわくわくしてきたわ!今までワタクシが一生懸命練習してきた事、沙夜だって知っているでしょう?楽しみじゃなくってどうしてあんなに頑張れるというのかしら!」

 い、いやそれはそうなんだけど…。目をきらきらさせている蘭子を、沙夜は頬を膨らませて不機嫌そうに見た。

「じゃあ、どうしてこんなところにいるのよぉ?わたしもそうだし、演劇部のみんなだってぇ、てっきり蘭子が劇がイヤになって逃げ出したのかと…」

 蘭子はまた不思議そうな顔をして、首を傾げる。

「その演劇部の皆様にご用意していただいたのですわ。ワタクシが沙夜に謝る事ができて、2人きりで話す事ができる状況を」蘭子は優雅ににっこりと笑う。「今日こちらで待っていれば、沙夜の方からワタクシに会いに来てくれる、そういう風に仕向けると平良部長がおっしゃってましたの。でも沙夜がいつ来るかまでは聞いていなかったから、舞台の衣装を着て待っていなくてはいけませんでしたわ」

「へ…?」

「あら?皆さんから聞いているのでしょう?ここ、ワタクシたちが親友になったこの場所で、沙夜に話したい事があってワタクシが待っていると、だから会いにいって欲しい、と」

 蘭子の言っている意味が時間差でだんだん理解できてきた沙夜は、怒りと恥ずかしさの混じりあう複雑な感情で顔を真っ赤にした。


 結局、知らなかったのは沙夜だけだったのだ。衿花が沙夜以外の部員たちに協力をあおいで、沙夜と蘭子を仲直りさせるために一芝居うったことを。

 しとねもきいなも、協力を拒みはしなかった。2人ともわかっていた。沙夜と蘭子がこのままではいけないということ。そして、信じてもいたのだ。2人はきっと仲直りできるということ。2人きりでじっくりと話してもらえば、きっとわかりあえるということを。衿花としては、反抗していたはずの蘭子が簡単に協力してくれたことが意外だったが、それは、しとねがそれまでに奔走してきたことが大きく寄与していた。そういった意味で、沙夜と蘭子が今日ここにこれたのは、部員たち全員のおかげだった。


 くっそぉー、だまされたぁ……。全部嘘かよぉー…。あんの部長ぉ、あんな「落ち着いているようで、実際には心ここにあらず」みたいな顔してたくせにぃ…、全部演技って事かよぉ…。なぁーにが「鳳様無しで上演いたしましょう」だよぉ!だいたい、こんな本番直前で蘭子の役を無くす、なんてそんな大きな変更できるわけないってわたしだってわかってたのにぃ!なんかあの人がしれっと言うもんだから「あれ、意外とできるもんなのかな?」とか思っちゃったよぅ!知らなかったのわたしだけってことぉ?!あぁもぅ恥ずかしぃ!

 両手を顔に当てて、体をくねらせる沙夜。蘭子はそんな沙夜を気にせず、何かを思い出してひとり笑った。

「沙夜も覚えてはいないでしょうね?ワタクシと沙夜が、以前平良部長と交わした約束を…。あんなもの、ワタクシはとっくに忘れてしまっていたわ…」

「えっ、何?約束?」

 蘭子は笑う。

「うふふ……ワタクシが文化祭のMVPなんて、そんなの絶対ムリですのに…。あの方ったら……今年はワタクシが必ず取るはずだから、って…。練習を見て、それを確信したから、と言って昨日ここで、ワタクシに向かって………あの方には敵いませんわ…」蘭子は大きく深呼吸する。「…せっかく平良部長のくれたチャンスですもの。逃すわけにはゆきませんわね…」


 本題を切り出す事は、蘭子にとって決して容易な事ではなかった。それでも今の蘭子には、それを後押ししてくれるたくさんの味方がいたのだった。


「ワタクシ、沙夜に言わなければいけない事がありますの…」

 覚悟を決める蘭子だったが、やはりいいづらいようで、言葉をつまらせて俯く。沙夜はその様子に何かを感じ取ったのか、恥ずかしさで浮き足立っていた気持ちを落ち着け、しっかりと蘭子と向き合った。いつもの沙夜だったら、まるで初めて好きな人に告白する女子中学生のような蘭子の様子を見て、1人で勘違いして舞い上がってしまった事だろう。しかし今の沙夜はただ蘭子を見たまま、「…うん」と返事をしただけだった。


「…ワタクシ、沙夜には言わなかったのだけれど、……きっと学園のみなさんはご存知だと思うので、沙夜にも本当は伝えておくべきだったと思うのですけれど…、だって親友ですものね、隠し事するなんて、そんなの親友ではありませんもの…こんな大事なこと…いや、沙夜にとってはあまり価値は無いのかも知れませんけれど……でもワタクシにとってはとても重大なことで……………ああ、もう!」

 蘭子は両手で頬をパンと打って、気持ちを落ち着ける。そしていつにもまして自然な笑顔で沙夜に微笑んだ。


「ワタクシ、今、お付き合いしている方がいますの」


 蘭子はその人物の名を告げる。沙夜は「そうなんだ…」とつぶやくように答え、一瞬顔を曇らせ、すぐにそれを隠すようにいつもの笑顔を作った。そんな沙夜の様子には気づかずに、蘭子はぽつぽつと途切れがちに、しかし意思のこもった声で続けた。

「ずっと前から、沙夜がこの学園に転校してくる前から、その方とはずっとお付き合いしていましたわ。…本当の事を言うと、沙夜を演劇部に誘ってみたら、って言ってくださったのもその方ですのよ。…沙夜は以前ワタクシに、『演劇部に誘ってくれてありがとう』って言ってくれましたわよね?でも結局それはワタクシではなく、その方のおかげなんですの…幻滅したでしょうね…」

 沙夜は優しく首を振った。

「そんなことない。誰に何を言われたって、結局わたしを誘ってくれたのは蘭子だもん。蘭子は別に嫌だったら、わたしを誘わなくてよかった、違う?」

「それは、そうですけれど…」

「だからやっぱり、わたしは蘭子に感謝してる。蘭子がわたしを誘ってくれた、わたしの居場所を作ってくれた…。ありがとう」

 蘭子は微笑む。

「ごめんなさい…ね。…こちらこそ、今まで沙夜がいてくれて、本当に感謝しているのよ。本当に、本当に…、ありがとう」

 沙夜はこのとき覚悟した。

「沙夜のおかげで、ワタクシは今日の文化祭をむかえる事が出来ましたわ。沙夜がいなかったら、ワタクシは平良部長の期待に気づくことさえ出来なかった。あの時部室を飛び出したまま、もう2度と演劇部に戻る事なんて出来なかった。平良部長の期待を裏切ったままでしたわ…」

 蘭子が言う前から、蘭子の恋人の事を知っていたから、覚悟していた。

「それに…、ワタクシにお友達が出来るだなんて…。沙夜が来る前には想像も出来ませんでしたわ。…自分と言う人間には、そんなことをする才能が、そんなことができる可能性が、無いものと思い込んでおりましたわ。自分はわがままで、世間知らずで…、誰からも嫌われているものと…」

 沙夜は静かに首をふる。

「誰からも愛される、誰をも愛してくださる方にまで…、ワタクシだけが拒否されて、避けられて、嫌われて…。ワタクシには、お付き合いしている方がおりますもの…、それ以外を求めてはいけないんだと…そう自分に言い聞かせて…。でも沙夜がワタクシと友達になってくれたから、ワタクシはそんな風に逃げる事をやめる事が出来ましたわ。…あの方もワタクシに手を差し伸べてくれるようになった。本当に嬉しかった…」

 蘭子がこれから言う事を想像できてしまったから、覚悟せざるをえなかった。


「沙夜は本当に、ワタクシの親友ですわ。きっと、これからどんな事があっても、ワタクシはあなたを忘れません。あなたがしてくれた事、ワタクシは一生かかってもお返しするつもりですわ」


 沙夜は震えていた。本当は覚悟なんてできていなかった。できる事だったら、今すぐここから逃げ出したい。蘭子の言葉の続きを聞きたくない。そんなことをしても、何も変わらないのに…。


「ありがとう沙夜。今まで、本当にありがとう」

 蘭子もうるうると目に涙をためている。きっと今までで一番勇気がいる言葉を、しかし、蘭子はあっさりと言った。

「ワタクシ、今日の文化祭が終わったら、学園を辞めなければいけないの。ごめんなさい。もっと沙夜と一緒に居たかったわ…」

 やだ。やだやだやだやだやだやだやだやだ…。

「これは決まっていた事なの。本当は、あの方とのお付き合いを学園に知られてしまったときに、辞めなければいけなかったのに…。あの方がいろいろと手をまわして下さって…、文化祭までいられることになって…。でも、沙夜との別れがこんなに苦しいのなら、いっそ沙夜と出会う前に学園を去った方がよかったかしら…」

 蘭子は涙をぼろぼろと流しながら笑う。

「…うふふ、冗談ですわ。沙夜と出会えた事、それが無くなるのなら死んだほうがましだわ」

 やだ…、行かないで蘭子…。わたしだってもっと蘭子と一緒にいたいよ…。

「…そうですわね。なにも死ぬわけじゃなし、どんなに遠くに行ったって、会おうと思えば会えますわ。演劇部もやめるのですもの、部則だって関係ないわ。ワタクシ、これからも毎日だって会いにきますわね」

 沙夜は顔に皺を寄せて涙を我慢しながら、それでも無理矢理笑顔を作る。

「ばぁか。いちいち…極端なんだよ…蘭子は…」


 沙夜は蘭子に抱きついた。沙夜の頭に、蘭子との『デート』の事が思いだされる。ああ、やっぱり蘭子は馬鹿だな…、クレープも知らないんだもん…。それをきっかけに、今までにあった蘭子との思い出がとめどなく蘇る。


 部室を飛び出した蘭子のこと。

 必死に練習してたくせに…、下っ手くそな言い訳しちゃって…。全然ばればれなんだよ…。それ、ちゃんとみんなに言えばいいんだよ。自分1人でなんとかしようとしたって上手くいきっこない、あんた馬鹿なんだから…。


 部則を真に受けて、沙夜を避けていたこと。

 会えない時間が想いを強める?障害があるほど燃える?馬鹿じゃないの…。TVかなんかできいた台詞、意味もわかんないで使ったんでしょ?もう馬鹿、ホント馬鹿……。あんたがあんな事言うから、ホントに、…そんな気がしちゃったじゃん…、あんたにはわたしがついてなきゃ、なーんて、思っちゃったじゃん…。


 蘭子とケンカした事。

 本当に寂しかった、苦しかった。でも、結果よかったのかもね…。わたしがどれだけ蘭子と一緒にいたいのか、どれだけ蘭子がいないと駄目なのか分かったから…。蘭子も部長さんの事わかってくれた。わたしのおかげ?ううん、ちがうよ。蘭子はちゃんと自分で気づいたんだよ。蘭子はちゃんと人の気持ちがわかる優しい子だもん。


 …初めて出会ったときのこと。

 『演劇部にようこそ。歓迎いたしますわ』…。あの時の台詞は、本心なんでしょ?あんたは嘘とか社交辞令なんて気の利いた事できるほど、器用じゃないもんね…。あの時の蘭子は、本当に、本心から、わたしのこと歓迎してくれたんでしょ?わたしが、…わたしなんかが、蘭子にとって必要だって思ってもらえたんでしょ?

 それが、すごいうれしくて…。これ前に言ったよね。でもさ、本当に、本当に、うれしかったんだ。……恋しちゃうくらいに。

 うん、あの時のわたし、やっぱり好きだったんだと思う…蘭子の事。ごめんね、こんな事は絶対に蘭子には言えない。わたしだけの秘密にしておくよ。だって今は、ちゃんと親友だもん。怖くて逃げてるんじゃないよ。蘭子に好きな人がいるから、負け惜しみ言ってるんじゃないよ。だって…、だってさ……。


 沙夜は蘭子に抱きついていた手をそっとはなした。蘭子に背中を見せて、手を腰に当てて精一杯強がる。

「ばーかばーかばーか!なーにが『毎日会いに来ます』よ!『沙夜はワタクシ離れをしなければ』とか言って、わたしのこと頼りっきりなのは蘭子のほうじゃん!言っとくけどねぇ、わたし、別に蘭子に会えなくなったってなんとも思わないし!わたし、他にも超友達多いし!蘭子なんか直ぐ忘れちゃうんだから!…だって、だってさ、わたしも好きな人いるし!蘭子なんかより全然好きな人いるし!」

 涙目の蘭子は、うれしそうに「まあ!」と驚く。

「もう付き合う一歩手前?もうラブラブ?…だぁかぁらぁ、蘭子は恋人と仲良くやってればいいんだよ!わたしなんか忘れて、恋人といちゃついてればいいんだよ!」


 …ちょっと頼りないけど、ちょっと心配だけど、蘭子のそばにいて、蘭子を守るのは、元から『あんた』の役目なんだからね。蘭子に変な事ばっか教えて…。『あんた』蘭子のことちゃんと見てるの?蘭子のこと、泣かせたりなんかしたら絶対許さないんだから…。


「話しってそれだけ?だったらわたし、もう行くけど!?せっかく本番用にセットしたのに、こんな風強いとこに来たせいでもう髪ぼさぼさだよ!早いとこ帰ってやり直さないと、もう舞台始まっちゃうんだからね!」


 大丈夫だよね。だって蘭子のいいとこ、ちゃんとわかってるから付き合ってるんだもんね。わたしなんかよりずっと前から、蘭子に必要だって思ってもらえたから、付き合ってるんだもんね…。



「あ、ちょっと待って」

 いつもの笑顔に戻っている蘭子。

「なんでしょうかね?早くお願いしますよ。もう行かなきゃ!あーあ、蘭子がこんなところまで来させるから!」

 本心を悟られないように、いらだちを取り繕っている沙夜。つけてもいない腕時計を見る仕草がわざとらしい。蘭子は、自分の足元にあった紙袋を拾い上げ、中から黒い塊を取り出した。

「ちょっと遅れましたけれど……。誕生日おめでとう、沙夜」

 そう言って蘭子が取り出したのは、大きな黒いぬいぐるみだった。

「こ、これって…あの時の…」

「あなたはこれのこと、気に入っていたでしょう?……貴女の親友としてワタクシも、少しは理解できるように努力しましたのよ?あの日からずっと観察して、最近ではまあ、かわいく無くも無い、くらいには思えてきましたわ!おーほっほっほ!」

 それは、2人の『初デート』の時に沙夜が「かわいい」といって蘭子に薦めた、目も鼻も付いていない黒い熊のぬいぐるみだった。沙夜はまた気持ちが抑えきれなくなってきてしまう。

「うん、…ありがと」

 うれしいよ、ほんとに……わたしが喜ぶ事を蘭子が考えてくれたってことが……ぬいぐるみなんかよりもずっと……。やっぱり蘭子って優しい子だよ。ちゃんと人の事考えられるんだもん…。

「良かったわ、沙夜に喜んでもらえて!どうぞワタクシと会えないときはこのぬいぐるみを、わ、ワタクシだ、と?お、思って…?………わ、ワタクシがこの不細工なぬいぐるみですって……な、なんて屈辱…!」

 体を震わせる蘭子。沙夜は冗談ぽく笑う。

「もぉう、そぅゆぅ事言ってホントは結構気に入ってるんじゃ………」

 笑…おうとした。だが、高ぶった気持ちがそれを邪魔する。

「沙夜?どうかしまして?」

「なんでもない!もう、なんでもないって!と、とにかく、ありがとね!あぁ、もう早く戻らないと、劇始まっちゃうよぉ!はい行くよ行くよ!」

「ええ、そうですわね。皆さんにこれ以上ご迷惑おかけできませんもの。…ここまでは、あのせせこましい車でいらしたの?帰りはもちろん釈さんのリムジンに乗っていくでしょう?あ、ちょっと…」


 沙夜は蘭子を置いて、逃げるように草原を走り去った。もう限界だったのだ。きいなの家の車に転がりこむように乗ると、それをきっかけに涙はぼろぼろとこぼれた。抱きしめた熊のぬいぐるみに顔をうずめても、涙は際限なくあふれでてくる。最後には声をあげて泣き出してしまった沙夜を、運転手の青年は特に気にした様子もなく、静かに学園に向けて車を動かした。



 残された蘭子は小さく笑い、つぶやく。

「本当に、今までありがとう…」


 ゆっくりと、少し離れた場所で待っているリムジンに向かう蘭子。やがて、そのリムジンも静かに走り去ると、誰もいなくなった草原に強い風が吹きつけ、背の高い雑草を揺らす。激しく波が打ち寄せる断崖は、力強いようでどこか切ない。その光景はまるで、何かの映画のラストシーンのようだった。

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